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ラジオにまつわるエトセトラ

村上春樹「1Q84」の一節。

「昼間のラジオ番組は主婦と高齢者を主なリスナーと設定して作られている。出演している人々は気の抜けた冗談を口にし、意味のないバカ笑いをし、月並みに愚かしい意見を述べ、耳を覆いたくなるような音楽をかけた。そして誰も欲しがらないような商品を声高に宣伝した。」(第三巻 P309)

村上春樹氏はよくラジオを話題にする。
小説の中で、ラジオ(特にFM局)を聞きながら、珈琲の2杯目を主人公が飲んでいたりする。
ラジオは、小説の世界の小道具として効果的なのかもしれない。
テレビはすべてを語りすぎる。
ラジオなら、脇役としてキラリ光る。


ラジオが文学の中でどれだけ登場してくるか。
一昔前、ラジオは青春の一ページとして効果的によく使われていた。
深夜放送、DJの言葉、リスナーのリクエストカード。
それらが、多くのメッセージを伝えてきていた。
その世界は、確実に時代を語っていた。
だから、それが商売にすんなりと移行していったのだろう。
今は、メッセージを伝えるツールとして、ラジオは居場所を失いはじめている。


村上氏の言葉に戻る。
1984年の話として、ラジオのことを語っているが、実はこの話は今でこそふさわしい。
84年、私はFM局の営業マンだった。
月並みに愚かしい意見というの、理解できるが、誰も欲しがらない商品を声高にというのは、少し違うかなと思う。
当時は、ラジオショッピングは、それほどメジャーではなかった。
ショッピングはテレビや新聞が活用されていた。
ただし、今ほどではないが。
ラジオショッピングって、いつからこんなに一般的になっていったのか。
少なくとも私が営業をしていた時は、ラジオショッピングに力を割いた記憶はない。
ある電機メーカーをクライアントにして、「テレビデオ」なる商品を売る番組を放送したことはある。
番組自体は、中島みゆきのニューアルバム「寒水魚」を特集しながら、合間合間に「テレビデオ」を紹介、特別の電話番号を設定してリスナーからの注文を受けるという内容だった。
だが、この企画は大失敗だった。
電話はかかってきたが、何故か中島みゆきにのアルバムを問い合わせばかり。
今かかった曲は何か、このアルバムはいつ出るのか、肝心の買いたいというリスナーからの電話はとれずじまい。
ラジオは、ものを買うメディアとは当時思われていなかったのだろう。
今とはまるで違う。


そうだ、少し前久しぶりに古巣のFM局の社員と会った。
彼は言った、4月の聴取率調査でFMCOCOLOに負けたと。
ああ、そりゃそうだろうなと私は言った。
6/13のスポーツニッポンの記事にこうあった。

4月度の関西圏ラジオ聴取率調査では、FM全局シェア(週平均、12~69歳の男女対象、ビデオリサーチ調べ)でFM OSAKAを抜いて初の2位に浮上。

FMCOCOLOがFM大阪を抜くのは当然だと思う。
何しろ、COCOLOはほとんどを大阪で制作している。
TFMの番組をただ漫然と受けている局とは差がつくのが普通である。
何回も書くが、関西人は東京の番組より大阪の番組を望んでいるのは自明、それが他の地方との違いだ。
なのに、FM大阪は言われるままにTFMの番組を流す。
聴取率で負けるのは当たり前だ、それが何故わからない。


ただ、残念な話はある。
COCOLOがFM大阪を聴取率で抜こうとも、売上とは連動しない。
聴取率と業績はリンクしない、それが今のラジオの実態だ。
FM大阪が何故TFMの番組を受けるのをやめ、COCOLOのように自主制作しないのか。
そうすれば、確実に聴取率は上がる、FM802ともいい勝負ができるのに。
当然だろう。
そんなことしても業績は上がらない、かえって制作費が増すだけだ。
COCOLO、業績上がっているか?
802、赤字が解消したか?


でもなあ、ラジオって聞かれて何ぼじゃないの。
リスナーのため息は聞こえないの、本当はFM大阪を応援したい、でも今の851はちょっとねえ、それが現実だろ?
いや、こんなことをここに書いても意味がない。
ラジオはもはや未来を見失っている。
後は、流れに身をまかせ、なるようになれと叫ぶのみだろう。


ケセラセラ、なるようになる~先のことなど、わからない~♪



続々)何故に私の古巣のFM局が凋落していったか~

蛇女シリーズ(!?)の3回目。
とりあえず、香具師的な展開は今回でやめる。
しばし、異次元に脳回路が迷い込んでいた気がする。
とはいえ、右往左往は今も続いており、何を書いても同じ場所から出て行くことはできそうにないというか。
ま、そこから脱するためにも、何か書き続けるしか方法がないわけで、少し具体的なデータの話を引用することにしたい。


さて、私の古巣のFM局の決算状況が6/7の連合通信に掲載された。

エフエム大阪は平成25年3月期決算と役員人事を内定、25日開催の定時株主総会に付議する。
 それによると、当期の売上高は22億42百万円(前期比95・5%)、営業利益17百万円(912・8%)、経常利益28百万円(245・9%)、当期純利益27百万円となった。
 役員人事は代表取締役会長に唐島夏生エフエム東京専務を内定した。なお、唐島氏はエフエム東京専務を兼任する。

ここに出てくる数字と2012-12-18のブログ:FM大阪~決算内容についての素人的感想で書いた数字を照らし合わせてみたい。
昨期は、売上23億とあるから、今期の売上は6千万ほど減ったことになる。
営業利益は912.8%アップ!の1千7百万、経常利益は245.9%アップ!の2千8百万。
何か凄いアップ率だが、これアップ率をわざわざ書くような数字なのか。
早い話、昨年の営業利益は186万、経常1139万ということ。
昨年は、何とか黒字決算を作ったと読むのが正しいと思う、何しろ同時に特別損失4億円を計上しているのだから。(それゆえ、純利益には%表示なし。)


で、この決算値を見て感じること、そうですねえ、やはり凋落は止まっていないということかなあ。
どう考えても、年間6千万の売上減はでかい。
今の経営陣が必死になって数字を作ろうとしても、6千万も売上が減っているのである。
多分、今のトレンドが続けば、現経営陣では売上増は見込めない、普通ならそう思うのが順当だろう。
経営陣に対するテコ入れは何かあったのか?
答:TFMの専務が代取会長兼務
さて、こんな答で合格点は取れるのか。


多分、裏側では、色々あったはずだ。
もはや我が古巣のFM局は、人事権をTFMに押さえられている。
OBとしては納得できない話だが、そういう流れを作った経営者がいたから仕方がない。
愚かなリーダーが作るのは、愚かな結果のみ。
放送局にはありがち、まともなセンスを持った社員を経営者にする局は少数派、冷徹な事実だ。
古巣のFM局の人事は多分これからも色々あるはず。
特別損失関連の処理も多分終わっていないと推測される、さて、これからどうなるのか。


ついでに連合通信の記事にはFM802の分もあった。

FM802は平成25年3月期決算と役員人事を内定、27日開催の定時株主総会に付議する。
 それによると、当期の営業収益は33億82百万円(前期比116・8%)、営業損失6百万円、経常利益5百万円(7・2%)、当期純損失45百万円となった。
 役員人事は木矢道雄代表取締役社長が代表取締役会長、代表取締役社長に栗花落光代表取締役専務、新任取締役に奥井宏営業部長、村山創太郎ニッポン放送代表取締役社長、河内一友毎日放送代表取締役社長を内定した。荒井俊行取締役は退任する。

802に関しても、こちらで昨年の数字を引用している。
24年3月は28.9億、4500万の黒字と発表されている。
また、中間決算では、16億76百万円(前年同期比133・5%)、営業損失50百万円、経常損失42百万円、中間純損失46百万円だった。
営業損失がだいぶ減っているので、下期でそこそこ挽回したようだ。
とはいえ、下期の売上は17億6百万。
衆院選もあったし、年度末のあぶく銭もあっただろうから、本当はもう少し欲しいところだが。
Cocoloをかかえ、これからどうするのか、注目したいFM802ではある。(栗花落さん、がんばれ)


ということで、ちょっとまともなことを書いてしまった。
次回からは、さて、どこへ行こか戻ろか。



続き)何故に私の古巣のFM局が凋落していったか~

村上春樹の本を何故読むようになったか、それは、ある音楽プロモーションの会社の方と会ったことがきっかけだった。

少し時間があったので、本屋さんに寄ったら、村上春樹の「1Q84」が文庫化されていて、それで買って読んだんです。前から読みたいなと思ってたから。それで、フロムさんは読まれましたか?

その人と本の話をするのは初めてだった。
なにしろ、音楽業界の人間と話すのは、CD関連の話ばかり。
後、雑誌の話は時々するが、純文学の話などほとんどする機会がない。
放送局の人間もそう。
私の親友は、サブカルチャーの先端的なスノッブ系の書籍(!)の話はするが、放送局の若い連中が本を読み漁っている姿をほとんど見たことがない。
仕方がないかもしれない、それらはネットでいくらでも見れるからだ。
村上春樹をどう思うと、現場の連中に問いかけると、いきなりパソコンのキーボードを叩き、しばらくして何だかんだと言いはじめる。
いや、君の頭の中にある村上春樹の世界を聞いているのだが・・・。


メモリに村上春樹の情報がない、だからネットから情報を集める、それが何か?


音楽プロモーターの方の話に戻る。
村上春樹の「1Q84」を読みましたか?どう思いますか?
その人の問いかけに答える言葉を失った。
どう思うと言っても、あの人の世界は私にはよくわからない。
「ノルウェイの森」「ダンスダンスダンス」「海辺のカフカ」、セックスシーンばかりが思い出される。
村上さんって、人生の1/3は男女の裸の交わりなのだろうか。(少しうらやましい)


性の交わりを書くことによって、この人たちは人間の資格がある人たちです、と彼は言っているのかもしれない。
性なくして、人々の最高のイデーは描けない。
そう思っている人々が世界に一杯いるようだ。
皮膚感覚と脳機能がリンクしてこそ、人間は文化の最先端におられるんだと思う人たち。
残念ながら、私はそんな高尚な位置にはいない。
おとなしく、人々の輪から離れ、小さくなって空を見ている。
「1Q84」、ますます私にはわからない。


で、「何故に私の古巣のFM局が凋落していったか~」を書く話。
セックスシーンがあれば、多分納得する人々が増えるような気がする。
FM局が元気な頃、笑えるような話はいくらでもある。
みすぼらしい私の体験もシャレですませることもできるかもしれない。
でも、そんなシーンを書いて、私は納得できる自分を見出すことはできない。
村上春樹さん、あれで毎回何を納得しているのだろう。
人間の中のどろどろした部分を表現することによって、何かストンと腑に落ちることがあるのだろうか。


考えたら、FM局が元気だった頃、社員の平均年齢は30歳前後だった。
一人一人が燃えたぎる身体を持ち、日々それが発散できる場を求めていた。
光と影、そのどちらも、愛すべき人々の営みだった。
そりゃ、セックスシーンだって、ふんだんに語ることができただろう。
そして凋落した今、そこにあるのは淫靡な言葉でしか表現できない世界。
権力者が欲望のままに性をもてあそぶ、そんなもの誰が表現したいものか、死ね、愚か者たち。


ということで、まるで見世物小屋の口上みたいな話になった。
「蛇女がでてきますよ~!」と叫ぶ私、はは、お笑いだ。
何故に私の古巣のFM局が凋落していったか~、を書く前に、私はさんざ悪態をついているのかもしれない。
いや、これも前説の役目と割り切っているのかも。
さて、この話、中味が本当にあるのだろうか。
次回を期待される方は、どうぞ期待して下さい。