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続・アイドル下世話ばなし

鎮西寿々歌ちゃんの話、これから折に触れて出てくると思いますので、今日は前に書いた「アイドル下世話ばなし」の続きをかいてみようと思います。


FM局のディレクターだったことから、多くのアイドルの方に接してまいりました。
残念ながらといいますか、ほとんどの方とは1回か2~3回のおつきあい。
アイドルさんは、毎日多くの人たちと会われますから、そんな1放送局のディレクターのことなど覚えているはずもありません。
というか、かつてのアイドルの方は、本当毎日寝る時間もないほど働いていたので、今日何をやったかも覚えていないというのが現実だったようです。
青春って、アイドルたちには人生の空白そのものだったなんて話も聞きましたね。


さて、先日書いたアイドルの方々、石川秀美さん、斉藤由貴さん、柴田あゆみ(元メロン記念日)さんは、多分私のことなど知らないとはおっしゃらないと思います。
一緒に仕事をしていた時は、そんなに仕事に追いまくられるという時代ではなかったので、何だかんだと雑談する機会も多かったですから。


思い出に残る人といえば、一番最初に局でお会いしたのは、シンシアこと南沙織さん。
小さくて少し浅黒い感じの人というイメージ。
目鼻立ちははっきりしておられ、労働組合の掲示板をぼーと見ておられたのを覚えています。
ま、私は新入社員も同然という頃で、お話することはありませんでしたが。
私が勝手に印象的だったと思う人は、西村知美さんですかね。
文字どおりにアイドルそのものという衣装を着て、「ヤア」と声をかけてスタジオに入ってこられました。
「ドン松五郎の生活」で映画デビューされた頃ですか。
まさしく天然の明るい少女というイメージでした。
多分、アイドルとして活躍するのが楽しくて仕方がなかったのではと思います。


河合奈保子さんも可愛かったですね。
大阪出身の子だったから、大阪にいる時は何となくリラックスしているという感じですか。(大阪でラジオのレギュラー番組「MBSヤングタウン」があったので、時間的精神的余裕もあったのでしょう。)
放送局内をぴょこぴょこはねながら、「すみませ~ん、トイレどこですか~」と奈保子スマイルで聞かれると、何かトイレのある場所まで、連れて行ってあげたくなるような。
もちろん、そんなことはしませんでしたが。


多くのアイドルの中で、私が一番きれいというか、しばらくぼーと見とれた方がいます。
その人は、麻生祐未さん。
フォーライフからレコードデビューするというので、私の番組にゲストに来られた。
その日、たまたま出演者がハワイに行っていたため、急きょ私がインタビュアーになり、お話を伺うことになったのだ。
フォーライフの担当の子は「別嬪さんですよ~」と言っていたが、本当にそうだった。
全体にピンクを主としたファッションで、同じくピンクのレッグウォーマーが可愛かった。
プロポーション抜群で、当時は夏目雅子と比べられるぐらいのものだった。
しかも、その時の肌つやのいいことときたら。
水もしたたるようないい女、そのものでした。
あんなみずみずしい顔をした人は、その後見たことはありません。


おかげで、その後も麻生祐未さんの動きには興味ありありになり、映画「コミック雑誌なんかいらない」は飛ぶように見に行きましたし、『税務調査官・窓際太郎の事件簿』は可能な限り見るようにしております。
最近の、NHK朝ドラ「カーネーション」のお母さん役もなかなかのものですね。


そうそう、麻生祐未さんは、元々は大阪府泉佐野市の生まれ。
ドラマの舞台である岸和田市の隣です。
ただ、私がインタビューした時は、「長崎県出身」になっていたのですが、「私、本当は泉佐野生まれなんです。でも小さい頃なのであまり覚えていません。事務所も長崎で統一しろと言われたので、長崎出身ということに」と、ささやくような声で話されていました。
ま、そういうことで、ドラマの中の大阪弁も自然に話せるんでしょうね。
あ、その時、実は伯母が奥村チヨです、なんて話もされていました。


アイドル下世話ばなし、まだ色々あるのですが、今日はとりあえずここまで。
また「続々・アイドル下世話ばなし」でお会いしましょう。



ビジネスで必要とされる「認知的スキル」

最近読んで感銘をおぼえた書のひとつに、山田昌弘著「なぜ若者は保守化するのか」(東洋経済新報社刊)がある。
山田昌弘氏は、社会学者で、パラサイトシングルとか格差社会、そして今大流行の「婚活」という言葉を世に出した方でもある。
何故当代の若者が保守化したのか、読後はしごく納得してしまったのだが、そのあたりは実際に本を読んでいただくことにして、今日は、本の中で「ビジネスで必要とされる認知的スキル」と題された部分をとりあげてみたい。


まず、資本主義社会とは、他人の欲求を満たすことによっておカネをもらう社会である、と書く。
「だから、ビジネスでおカネを儲けるには、他人の欲求を満足させるための商品やサービスを提供しなければならない。」
当然のテーゼだ。
「一通りのモノがそろっている豊かな社会では、人々の欲求の質に変化が起き、ありきたりのものでは満足しなくなる。(中略)生活するための必要最低限の商品、サービスは供給されるが、その価格は極度に低下し、それで利益を出すことはますます困難になる。」
何か、音楽業界とか放送業界にも関係してきそうな話である。


「従来の商品、サービスにプラスアルファがついていないと利益が出る商品ができない。(中略)商品やサービスに付着したプラスアルファを消費するのが、ニューエコノミーの特徴である。」と書き、プラスアルファの欲求には次のような特徴があると続ける。


①新しい欲求は際限がない。商品自体の賞味期限は長くとも、プラスアルファ部分はすぐに効用が低下する。つまり飽きられる。ビジネス側は、常に新しいものを提供する必要がある。
②プラスアルファ部分は個性的である。ある人が満足するものだからといって、別の人が満足するとは限らない。個性化した感性の中核にヒットしなければ、見向きもされない。つまり、いくら似ていようとも二流とみなされたサービスは売れないのだ。
③プラスアルファの部分の内容は、本人も事前にはわからず、消費してはじめて満足を得る。新しい経済では、消費者はこのような商品やサービスがほしい思って求めるのではない。特定の商品に出会うことで、自分の内側に隠れていた感性が呼び覚まされ、それを消費して満足に至るのだ。


商品自体は、さほど変わらない、例えば服は服だし、カバンはカバン、それ自体の機能は変わるものではない。
だが、それに付随するもの、例えばデザインであったり、それを使う時には、こういうものと組み合わせるとか、ついでにこういう機能も加味することによって、別の欲求を生み出すということなのだろう。

また個性化した感性の中核にヒットするというのは、重要なファクターである。
広告業界では、これを「刺さる」と言ったりするようだ。
心に刺さるというか、ユーザーの感性に刺さるとか表現する。
刺さらないものは、外形が同じであっても相手にされない、ま、そういうものなのだろう。


消費者がこういう商品を求めているという時代ではないというのも示唆的だ。
消費者のニーズは消費者自身はさほど自覚していない、確かにそんな気がする。
そういう商品を目の前に置かれて、初めて自分の中のニーズに気づくということ、そう、その通りなのだ。
自分の心もそう、ある一つの言葉、ある一つの思想体系に触れて初めて自覚するということ、それが人間の認知というものだ。
初めに真理ありき、人の心は後についてくるだけだ、ややこしい話だがそういうことだろう。

デジタル系の商品なんて、本当にそれを外から眺めているだけでは何かよくわからない。
ブログというのもそうだし、ツイッターも又そうだろう。
やってみないとわからないのが現実なのだ。
外から眺めているだけで、ブログとはこういうもの、ツイッターとはこういうものという言説を語る人がいるが、それが如何に空論であるかは、既に皆さんご理解されていることだろう。
自分の内側の感性が、ブログにもツイッターにも呼び覚まされることがないなら、それを消費して楽しんでいる人の気持ちはわかるはずはないのだ。


ウェブサイトを眺めているだけの放送局の管理者や経営者に、サイトビジネスの本質はわからないと本ブログで書いたと記憶しているが、つまり刺さることの原体験がなければ、ユーザーのニーズに応答できないということなのだと思う。


さて、田中昌弘氏は、プラスアルファを作り出すために必要な能力として3つのCをあげている。
①新しいモノや組み合わせを考えつく能力ー創造力(Creativity)
②相手が何を欲しいかを察して引き出す能力ーコミュニケーション力(Communication)
③新しい感性に訴え、「クール」であることを判断できる能力ー美的センス(Cool)
これらを認知的スキルと呼び、こうした能力を持つことがビジネスで成功する条件とされているのだ。


私は、特にこの3つのCの中で、コミュニケーション力を強くあげておきたい。
結局人とどれだけ多く交わっているか、社会性を持っているかが鍵になると思うからである。
放送局ならリスナーとのコミュニケーション、音楽業界なら音楽ファンとのコミュニケーションである。
とにかく、消費者を泥棒と呼んだり、消費者の楽しむためのツールを一方的に指定し、折角自発的に工夫して作られたものを一方的に無力化するなんて愚の骨頂以外の何者でもないだろう。
長くなるので、そのあたりを具体的な話を交えて、次回にもう少し。




NHKラジオ深夜便

n4543さんからいただいた「新たな装いのラジオ雑誌!」のコメント、なるほどなと思いました。
どうもありがとうございました。


NHKのラジオ深夜便、ラジオ関係者なら常識になっているのですが、番組としては60才代以上の最大のキラーコンテンツとなっています。
ご案内のように、ラジオ深夜便という月刊誌が毎月10万部以上売れているとすれば、これは十分放送のビジネスモデルを形作ることができるでしょう。
FM雑誌の項でも書きましたが、放送ー雑誌ークライアント(シニア・ターゲット)のトライアングルが見事にできていると考えていいでしょう。
これが民放の番組だったら、このモデルはマーケティングの問題としてもっと取り上げられるのですが、何故かNHKは本格的なビジネス素材として「ラジオ深夜便」を話題にはしません。


NHKは基本的に番組と企業のタイアップを積極的には行わないのです。
ある企業のために、番組を使うのはご法度、多分そういう考え方なのでしょう。
私の知人に、ラジオ深夜便に関わっている人がいるのですが、民放なら当たり前のように流れているタイアップ的情報を、NHKは一切取り扱わないのだと言っていました。
それぐらいいいじゃないかと思われることでも、何らかの必然性や公共的な使命と関わらない限り、勝手なプロモーションはさせてもらえないのです。
お役所と同じなんですね、前例のないことはダメ、早い話山口百恵の「真っ赤なポルシェ→真っ赤な車」という言い換えが笑い話でないのと同質な話です。


NHKはそれぐらいであっていい、私はそう思いますが、もうちょっと何とかならないのかなあと言っている業界関係者は多いようですね。
そういうことで、ラジオ深夜便は、雑誌などでひそかにビジネスとして成り立っているらしいのですが、それは声高に語られることはありません。
FM雑誌のように、「ラジオ深夜便」を特集した雑誌が発刊されれば、あるいは健康関係の雑誌(「壮快」や「健康」など)にラジオ深夜便のページができれば、そこそこ話題になるかもしれません。
今、テレビやラジオで、どれだけの健康関係(それもシニア向け)のCMが流れているかを考えれば、深夜便さえOKを出せば、一時期のFM雑誌のような賑わいを見せるのではないかと。


ま、多分、NHKはOKを出さないでしょうけどね。


じゃ、民放がラジオ深夜便みたいなものをやればいいのにと思いますが、やはり全国放送のNHKラジオにはかなわないようです。
NHKだって、元々は単なる時間つぶし、フィラー代わりに流していただけで、こんなに当たるとは考えていなかったわけで、意識してやるようなものではなかったようです。
ラジオ深夜便みたいな番組、今も実際に民放で流れていますが、帯でやっている局はありません。
これ、帯でやるからいいんです。
せめて1時から6時まで、それぐらいやらないとシニアは聞いてくれません。
ラジオ深夜便に不満を持つ、シニア、私の周りにも何人かいます。
もっとこうしてほしい、この時間はできればこういう内容にしてほしいという要望、NHKにも多く届いているはずですが、局としては新しいコーナーを作る気もなければ、新規投資をする気もないというところではないでしょうか。
何か突発的なことが起こった時のフィラー番組という位置づけは今も変わっていないと思います。
たまにやるリスナーとの集いが精一杯なんでしょうね。


ということで、ラジオ深夜便に挑戦しようという民放局、もしあるとしたら、絶対毎日の帯番組にすることをお勧めします。
シニアには、土曜も日曜もあまり関係ないのです。
のんびりと自分と一緒に流れていく時間を共有してくれればいいのです。
ほしいのは、人の息吹といいうか、人の身体のぬくもりというか。
もはや、夜の12時から朝の6時までは、聴取率調査の対象ではないのでしょう?
何やってもいいのなら、ぜひシニア向けののんびりした番組を流してみたらどうですか?
文字通り、ラジオの復権ということになるかもしれませんよ。