カテゴリー : メディア論

レーティングの話~ラジオの未来(その2)

レーティングの話を書くと言ってから、半月以上が過ぎましたね。
ある放送関係者とこのレーティングの話をして、それで自分の限界を認識させられて、しばらく黙ってしまいました。
世の中、本当に色々ありますえねえ~。


それはそれとして、心に思い浮かぶよしなしごとを書き連ねてみましょう。
どこまで中味があるかはわかりませんが。
レーティングに関してですが、私はそろそろラジオ局は今の調査のやり方を変えてみるか、思い切ってやめたらどうかと思っています。
今のレーティング調査、本当にラジオ局にとってやる意味あるのでしょうか。
確かに現在V35とか40とか言っているラジオ局には、自分たちを誇る材料にはなるのでしょうが、それを誇ったところで金にどれだけ変わるのでしょう。
ラジオでトップだからと言って、それがどうしたというのが広告を出稿する方のスタンスではないかと。


テレビなら、もちろん視聴率は重要です。
何しろ、GRPという概念が持ち込まれてから、視聴率そのものがスポットの価格になっているのですから。
スポットの本数には限界があるのですから、テレビ局はそのスポット単価を上げるためには、何が何でも視聴率を上げなければいけません。
それに反して、ラジオ局には何が何でも聴取率を上げなければというモーチベーションが働きません。
レーティングがいくらであろうと、スポットの単価とはほとんど関係ないのですから。
第一、テレビは毎日視聴率が把握できますが、ラジオは東京地区でやっと2ヶ月に1回。
8回強に一回調査するだけ、しかもその時の調査はバイアスかかりまくりなのですから。


普段どれだけの人が聞いているのかを調べるとしたら、そんな普段と違う内容の回をサンプルに使うのがまずもって統計的に意味がありません。
ゲストを豪華にしたり、プレゼントを増やしたり、番宣をバンバン打ったりする回をサンプルにするなんて、統計的に意味があるはずないでしょう、そんなの常識でわかるはず。
なのに、頭がいいはずのラジオ業界人は誰もその愚を語りません。
今までこれでやってきたのだし、誰も損していないし、みんな納得しているからこれで良いよな~なんでしょうね。
そう、ラジオ局内で勝手にそうしているのは自由だし、そんなものに金を使うのはラジオ局の勝手です。
しかし、何度もいいますが、今やクライアントはラジオに価値をおいてはいません。
レーティングなんか一体どれだけのクライアントが気にしているでしょう。
広告代理店は、まあそれぐらいしかラジオを客観的にプレゼンできる材料がないのだから、それでもいいかと思っているでしょうが、番組の制作費をアホほどカットするラジオ局が、何故に今も金のかかるレーティング調査を続けているのか、私にはどうも納得しかねることの一つです。


そうです、こんなレーティング調査なら、もうやめたらどうですか、と思うんですよ、本当に。
コミュニティFMをごらんなさい。
まともなレーティング調査など、どこもやっていません。
それでも、局によっては結構な売上を上げていますし、地域の人からよく聞かれる局と認識もされています。
広域局だって、今ぐらいの売上なら、もう今のようなレーティング調査ならやめても同じじゃないでしょうか。
そんな金があるなら、マーケティングにもっと力を入れる、そのための調査を地道にやった方がコスパは上がるんじゃないでしょうか。
ラジオ局同士が、その聞かれている順位をつけるために、何千万も金を使う必要が本当にあるのでしょうか。
ラジオは、もはや一流のブランドではありません。
個別のブランドの順位争いなど誰も期待していない、私はそう思いますけどね。


かつては確かにラジオを聞く層がマーケティング的にみてとても重要でした。
オールナイトニッポンや大阪のヤンリク、ヤンタンなど深夜放送は若者に圧倒的に支持されていました。
本当に、聴取率調査など必要がない、若者が聞いているのは自明すぎるほど自明でしたから。
専門学校、私立の大学、予備校やその教材、医薬品、ファッション、ラジオにスポットさえ流せば、見事にターゲットに刺さって行きました。
私のいたFM局、女性をターゲットにしたクライアント、資生堂、カネボウ、コーセイ、ノエビア、それにクリニーク、あるいは東京スタイルとかミカレディとかワールドとか、ファッション関係のスポンサーが目白押しでした。
とにかく、女性がFMを聞いている、それが当たり前のように思われていたのです。
それぐらい、FM局にはブランド価値があったのです。
今では、考えられないことですが。


一体、今ラジオ局の売上に貢献しているのはどんなクライアントなのでしょう。
すぐに思いつくのは、ラジオショッピングを始めとする、レスポンス広告でしょうか。
すぐに金に変わるリスナーをどれだけ持っているか、その争いがラジオの現状なのかもしれません。
ならば、もっとそういうリスナー層を研究すべきでしょう。
もっとレスポンスのマーケティングを考えるべきでしょう。
でも、私の知る限り、それをまともにやっている局、ほとんどありません、何故なんでしょうね。


ということで、レーティングの話、まだまだ続きます。

ラジオの現場~制作費カット、経費カット

紅葉まっさかりの季節です。
四季があっというまに入れ替わる、歳をとるにつれ、その速度は早まる一方です。
多分、正月もあっというまに部屋の窓を叩き始めるでしょう。
放送業界、とりわけテレビ業界はお正月番組の収録にてんやわんやなことでしょう。
しかも、何をとちくるったか、衆院選まで実施するなんて。
選挙関連情報、多分薄いものになるでしょう。
なにしろ、政治的な問題をテレビの現場に引き出すには、その余裕も金もなさすぎるのです。
政権側から言わせれば、おとなしく今まで通り、余計な問題を持ち出すなということ。
そのためには、今が一番いい季節なのでしょうね。


私が一番恐れるのは、日本という国が戦前の状況に近づき、先人が犯したミスを知らぬ間に繰り返してしまうことです。
ヒトラーは、悪魔が勝手に招いたわけではありません。
人間が日々生存競争を繰り返す中から、必然的に生まれたのです。
理性は、そんな状況の前ではもろいものです。
本当に恐ろしいのは、自分も含め人の心の中に悪への選択が存在していると言う事実です。
大多数の個人は、悪魔的な状況が生まれることは望んでいないでしょう。
にもかかわらず、日々の小さな変化の中から、それは訪れるのだということです。
夏の暑い時、人は明日冬がやって来るとは思いません。
少しずつ変わる中から、いつのまにか冬がやってくるのです。
まだ大丈夫という意識、それは日々の時間が過ぎる中から徐々に変わって行きます。
原発も大丈夫だという意識は、3年あまり前には多くの人に中にありました。
それが、自然の荒々しい営みの前に、簡単に崩れ去りました。
意識は、変わりゆく現実(存在)の前には、あまりにも無力です。
幾ら、一生懸命生きたいと思っても、運命的な死はそんな意識を完膚無きまでに打ちのめします。


さて、放送業界の話です。
上半期の決算が発表されています。
テレビは、少しだけ業績が伸びているような発表が相次いでいます。
景気がいいようには思えませんが、数字は確実に積み上がった感じがします。
ただ、これは普遍的な真理なのですが、どの業界も本当に悪い数字は表には出しません。
表に出た時には、もうどうしようもない状況にいる、それが経済界の真理です。
最近は、外資系が日本の企業に少しずつ加わってきているので、決算自体の中味にはシビアにはなってきていますが、それでも外に出てくる数字は一部だけです。
本当は、どんな経営状況なのか、外から見ているだけでは本質的な部分はほとんどわかりません。


ラジオ業界、皆さんもご指摘の通り、決して良い決算状況ではありません。
相当無理して数字を作り上げている、私の実感はそういうところでしょうか。
制作現場が嘆く、制作費の毎年のカット、経費のカット、これは下方スパイラルとして健在です。
誰も止められない、少しでもアップすれば、全体のバランスがいびつになるのは避けられません。
なにしろ会社には、絶対に費用を下げられない部分が多く存在するのです。
一番楽なのは、制作費のカット、そうしたところで対外的なダメージは一番少ない、そう認識しているのがラジオ局なのですから。
ただ、外に対してダメージは少なくとも、じわじわとポテンシャルは落ちます。
制作能力も、下方スパイラルを止めることはできません。
デッドエンドとの距離、それは確実に近づいています。
さて、経営陣は、その距離をどう実感しているのでしょうか。


ラジオ業界、AMのFM化、それにTFMが領導するV-Lowマルチメディア、それらがこのデッドエンドへの道のりをどう変えていくかでしょう。
何もしないまま、様子見の全国のラジオ局、いざとなれば親会社のテレビ局がある、それと一体化すればまだ大丈夫などと思っているところもあるのでしょうね。
情報コングロマリット的志向の放送局も生まれ始めているようですが、さて、どこにすべてのソリューションが存在するでしょうか。
これから一つ一つ検証して行こうかなと思っています。
皆さんのご意見はいかがですか?

ラジオの聴取習慣率

1ヶ月ぶりのブログ。
ラジオに関する話題、正直いってあまりない。
淡々とラジオの日常が過ぎ去っていく、そんな印象だ。


共同の配信に、ビデオリサーチが16日に発表したラジオの「聴取習慣率」についての記事があった。
ラジオを日常的に聴いている人の割合を示す「聴取習慣率」の都道府県別調査で、沖縄県がトップ、2位は岩手県、3位は山形県、以下長野、北海道、宮城、鹿児島と続くそうだ。(以下引用)

 調査は昨年10月、全国約2万8千人を対象に初めて実施。午前6時~午前0時の時間帯別に、ラジオを聴く習慣があるかどうかを尋ね、各時間帯の数値を平均して「ラジオ聴取習慣率」とした。
 トップの沖縄は聴取習慣率11.5%で、35~49歳の男性に愛好者が多かった。平日午前7時台に聴く習慣がある人の割合が21.3%と最も高く、同時間帯の全国平均より7.6ポイント高かった。
 東京都、大阪府など大都市圏では、聴取習慣率は低い傾向にあるが、埼玉県は9位に入った。

個人的な感想だが、多分普段車を使う人が多い地域はラジオの聴取習慣率が高いような気がする。
大阪や東京は、通勤に車を使うことは少ないので、自ずと数字が下がるのは仕方がない。
ラジオはわざわざ聴くメディア、大都会ではその傾向が強い。
お店や小さな事務所では、何となくラジオが流れていたりするが、学生や生徒がわざわざラジオを聴かないのは、そういう機会に恵まれないからだろう。


今は、スマホでラジオが簡単に聴かれるようになった。(もちろん、radikoのおかげ、これでわざわざ聴く必要はなくなった。)
だから、ラジオはこの機会を逃さず、スマフォを使った聴取習慣を作る努力をするべきだ。
だが、何度も言うが、ラジオ業界はほとんど何もやっていない。
広告代理店が、聴取習慣を作ってくれる、色んなプロパガンダを通じて、そう願っているのだろうか。
どこでもラジオが生まれたのに、それをちゃんとPRしないラジオ、今までのマーケティングと矛盾するので二の足を踏むという.ことなのかもしれない。
どれだけ聴かれているか、具体的な数字がコンスタントに提示できるのに、それを忌避するラジオ。
ガチンコ勝負は避けたい、今までの八百長的商売がいい、言葉は悪いが、その印象もぬぐえない。


何故、そんなにおのれのメディア価値が明示されるのを嫌うのだろう。
前にも書いた、私のかつての営業部長が言ったセリフ。
「聴取率調査は、商売のためにするのだ。真実を知るためにするわけではない。」
良い数字なら外に出すが、悪い数字は一切出さない。
大きな広告代理店は、放送局の実施する調査とは別に、独自の調査も実施している。
スペシャル・ウィークなどとは全く関係ない時期に、本当の数字を得ようとして。
そして、今ではradikoを使った、分単位でのリスナーの増減が読める。
何が効果があり、何が全くリスナーに刺さっていないか、彼らはお見通しのはず。
広告代理店がラジオに興味を示さなくなったということに、一つの答えが出ているのではあるまいか。


本当に、うちの局、反応ないんだよねえ。
レスポンス広告も、情けない数字しか出ない、どうしたらいいのかね。
そんな声もあちらこちらから聞こえてくる。
なら、レスポンス広告はやめよう、反応がないのが明らかになるのはヤバいから、なんて話も聞いたりする。
radiko、何のために導入しているの、何のために毎月ウン十万の金を払っているの?
本当の数字で勝負できるように、その活発な活用を働かなければ、ラジオに未来はないでしょ、繰り返しになるけど。


でもねえ、言っても言っても、何にも返ってこないんだよね、マルチメディア放送も、根本的な部分でマーケティングがなされていないし。
結局、ラジオは今も日常の中に埋没しているのだろう。
キラっとした芽がそこに生まれているのに、目をそむける連中の何と多いことだろうか。