カテゴリー : メディア論

AMラジオ、FMで同時放送へ

最近、考えることが多い。
コミュニティFMを手伝っていることも関係があるのだが、問題意識が次々に生まれてくるのだ。
でも、私にできることは言うほどないのが残念。
このブログを使って、自分の考えていることを発信できればいいのだが、そのためには情報が薄すぎる。
1年ぐらい先だろうか、もしこのブログに書くにしても。


朝日新聞に気にかかる記事があった。
3/13朝刊の1面と7面にV-Low関連のニュース、タイトルが「AMラジオ、FMで同時放送へ」
「総務相の諮問機関・電波監理審議会が12日、難聴取・災害対策を条件に、AM局にもFM放送の免許を出せるよう規制緩和することを認める答申を出した。」ということを受けての記事。
答申が出た以上、今さらこれを覆すわけにもいかないだろう。
大阪本社版には、次のような追加がある。
「MBSラジオ(大阪)によると、同局、ABCラジオ、ラジオ大阪の在反3局は歩調をそろえ、早ければ2015年末にFM放送を始める方針という。」

7面の記事は、もう少し中味がある。
「AMも維持 国求める~同時放送 ラジオ局負担懸念」という見出し。


簡単にまとめてみる。
AM局が、難聴取・災害対策のため、FM放送を使って補完することを国が認可する。
ただし、あくまでAM放送は維持すること。
またサイマル(同時)放送であること。
周波数帯は、従来マルチメディア用に使うことになっていた90~95Mhzも利用できること。
新しく作る送信所の整備費に最大2/3の補助金を出したり、法人税や固定資産税を優遇する。
これらは、国土強靭化政策の一環「放送ネットワークの強靱化」を前提に実施する。


ただし、放送局側に取材すると微妙なニュアンスの差が出てきた、と。

ラジオの本音は異なる。MBSラジオの河内一友社長は「本音を言うと、AMを将来的に続けて行くというのは負担だ。」と明かす。(中略)
ニッポン放送の村山創太郎社長も「すぐにもAMをやめることは考えていない」としつつも「実際にFMをやってみて総合的に判断していく」と含みを持たせた。

さて、話が何かややこしくなりはじめた。
AM局がAM放送を続けることに不安を感じ始めているのが露見してきたわけだ。
これは、現場がだいぶ前から言ってきたこと。
「MBSのAM送信所は老朽化が進み、約20年後に建て替えが必要。放送は中断できないため、新しい送信所のために代替地が必要だ。」(同記事)
建て替え費用は膨大である。
FM局なら、同じ鉄塔設備を使うことができるが、AM局のアンテナは別の場所に設置しないといけない。
しかも広大な土地が必要だ、そんな土地を新たに取得しないといけないし、アンテナを設置するだけで10億以上はかかるという。(FMなら1億そこそこぐらいらしい)
FM局に移れるものなら移りたい、もはやAMを維持するのは不可能だという声も聞こえてくる。


難聴地域の解消、災害時の効果的な情報伝達を建前にして、新しい電波をAM局に認可するという方針が決まった。
しかし、認可されるAM局は、とりあえずFM局として動き出せば、後はそのうちAM放送を廃止できるよう国に働きかけて行くつもりかもしれない。
新しくFM放送を始めるとしても、同じ内容の放送なら広告収入がその分増えるとは考えにくい。
経費が増えるのにもかかわらず、売上は同じでは経営は持たない。
しかも、ラジオの売上が伸びる要素は甚だ少ない。


FMで2波を運営しているFM802(FMcocolo併営)にしても、経費増に全く対応できていないのは事実。
テレビが地上波とBSを2波持つのでも、最初はどれだけ苦労したことか。
最近、やっとBSが伸びてきているが、その数字も地上波の売上を食っているだけという指摘もある。
広告費のパイは限られているのだ。
しかも、ネット広告費が毎年増えている。
放送で2波持つなんて、しかもラジオ、そこにどんな目算があるというのだろう。


とにかくスタートさせれば何とかなる。
やばくなったら、国が何とかしてくれるだろう、何しろこれは国策なのだから。
言葉にしなくても、腹の中ではそう思っているに違いないと私は思うのだが、どうだろう。
それでいけば、まだFM東京の方が潔い。
マルチメディア放送への意気込みは凄いし、又々「FM波の返上も」という発言が出てきた。
退路を断つというか、背水の陣というか、それぐらいの気構えがないとラジオ局は生き残れないと宣言しているのだろう。
残念ながら、ほとんどのFM関係者はそこまで腹をくくってはいない。
AM局がFM局に加わってきたらどうなるか、それを不安に思う人が多いのではないか。


本当か嘘か知らないが、今の東京のAM局がキー局となり新しいFMネットワークを構築するという話もあるらしい。
今、JFNに加盟している地方局もその対象だという。
確かに、今のFM東京を見ていると、JFNという全国ネットワークがあるから、まだクライアント(或いは広告代理店)を引き付けている。
AM局も、JFNのような全国ネットワークを完成させれば、JFN並みの媒体価値は生まれてくることは確かだろう。
今はJFNに加盟していても、不満を持っている地方局はあるだろう。
そこが新しいネットワークに移ることはないとは言えない。
東京のAMキー局は、少なくともネットワーク運営のノーハウは持っている。
さて、FMサイマル放送を始めてから、AMキー局は今後どんな方策を打ち出してくるだろうか。


少し前(26/1/31)になるが、総務省は「AMラジオ放送を補完するFM中継局に関する制度整備の基本的方針(案)に対する意見募集の結果」を発表した。
AM局、FM局やNHK、民放連、個人等がパブコメを提出しているその数69社。
AM局のほとんどは、今回の方針に賛成。
FM局は、基本的に賛成だが、AM局のFMサイマル放送は出力を最小限にしろと要望している。
今のFM局と同じ出力を出されたら、商売がたきになる、それは困るので、何とかしろと軒並み言っている。(そりゃ、模範テンプレートがあれば、皆同じになるのは仕方がないが。)
で、総務省の答え。
「難聴、災害時に必要な出力を想定、既存のFM局の出力を越えさせないことが原則」みたいな官僚答弁。
早い話、必要があれば同等の出力でも可能、と読めてしまう。
良いのかな?FM局の皆さんは。


さて、色々思うことはあるが、今回は事実を中心に並べてみた。
個人的な感想を言えば、AM局もFM局も、どうやっても今後茨の道は変わらないだろうということ。
イノベーションを起こせるかどうか、その視点をもう一度再確認されたらいかがと、本当に私の大きなお世話で締めくくる。



ラジオは赤く燃えるか?~放送落日の詩

遅くなりましたが、2014年、皆さまあけましておめでとうございます。
私、今年から大阪守口市にあるコミュニティFM、FM HANAKOさんの選曲をお手伝いすることになり、昨日生放送に立会ってまいりました。
やはり野に置けレンゲ草と言いますか、私には現場が一番似合いますね、偉そうに放送論を語れるような器量はないような気がいたしました。
とりあえず週一で放送に関わらせていただきますが、さて、いつまで使ってもらえますやら。
貴方は来週から要りませんと言われないよう、地道にコツコツ頑張って行くつもりです。
今年もブログともども、お引き立てよろしくお願いします。


ということで、新年一発目に私は総務省が昨年12月27日に発表した「放送政策に関する調査研究会」第二次取りまとめ(案)をまず紹介してみようと思います。
いわば、今のラジオへの引導が渡された瞬間とでも呼ぶべき文書だと思った内容です。

本研究会の第一次取りまとめ及び放送ネットワークの強靱化に関する検討会の中間取りまとめにおいて指摘されているとおり、民間放送事業者の経営状況は厳しい環境にある。
特に、ラジオは、広告市場が長期継続的に減少する中で売上高の減少が続き、ピーク時の約半分の水準となっている。今後も大幅な改善は期待しにくいため、現状、先行きの見通しともに、極めて厳しい経営状況にあり、テレビと比較して切迫した状況にあると考えられる。
テレビについても、売上は現在「一息ついている」状況と考えられるが、リーマンショックのような大きな経済ショックがあった場合に、経営が急激に悪化する可能性も否定できないなど、先行きに不透明感も漂っており、デジタル化による伝送路・デバイス間の競争激化なども踏まえれば、テレビの経営状況も引き続き厳しくなっていくものと予想される。

どうです、放送関係者には絶望感を与えかねない表現ではないでしょうか。
これからもラジオの経営は厳しい、切迫しているというのですから、いくらラジオ局のエライさんが「今年は増収増益のめどが立ち始めている」なんて記者発表で語ろうと、そんなの信用できんと役所から言われているようなものですからね。
何とか、黒字のメドが立ったとか、こういう分野で売上が伸びているとか言っても、所詮ラジオはもう終わりなんだと国から断定されたら、さて当事者の方々はどんな気分なんでしょうね。
しかも返す刀で、テレビだって安泰じゃないよ、ラジオよりましだという状況なだけで、メディアとしての限界は見えているのだからとまで断定されていますしね。
テレビは一息ついているだけだそうですよ、○○テレビさん。


広告媒体としてのわが世の春はテレビもラジオも終わり、そう言っているような気もしますね。
テレビはそこまで悪いとは私は思えないのですが、ラジオは確かに経営の土台は揺れていますね。
とにかく、今のラジオが利益を出せているのは、極端ともいえる合理化の賜物で、業界全体としては下方スパイラルから抜け出せない状況にあることは事実でしょう。
いわゆるシュリンク過程に入ってしまったメディア=ラジオなのですから。
これが今はやりのベンチャー業界なら、とっくの昔に廃業している放送局が多いはずですが、そこはやはり長い歴史を持つラジオ業界です。
今までの有形無形の遺産があり、だましだまし何とか事業を続けることはできてきました。(独立系の強いバックを持たない新興局は幾つか潰れてしまいましたが。)
しかし、その遺産もいつまでも持ちません、10年後、果たして今のラジオの秩序はどうなっているのか、正直あまり明るい未来は語れそうにありません。


で、今回の表題にある「ラジオは赤く燃えるか?」ですが、これは「Radio is red hot!」から来ています。
それについては、私の別のブログの2005-11-15「さびしい人々」でこう書いています。

アメリカで「Radio is red Hot!」キャンペーンというのがあった。
ラジオは赤く燃えているとでもいうのだろうか。
日本のラジオ業界でも80年代に「RED HOT RADIO」キャンペーンをやったのだが、ほとんど話題にもならず終わったことがある。
日本のラジオが赤く燃えることはないのかもしれない。
ラジオは暖かさであり、愛情である。
その気持ちを忘れたとき、大衆から相手にされなくなる。

ラジオは淋しい人々に語りかけるメディアとこの欄では書いているのですが、詳しいことは一度リンクをクリックして読んでいただければと思います。
ついでに、2006-03-17「Radio is red Hot キャンペーン」にも関連情報を書いていますので、こちらもよろしく。


さて、そこにもあるように80年代に入ってラジオの勢いが落ちてきていたのか、民放連は「RED HOT RADIO」キャンペーンを展開、アメリカの成功例を引き合いに出し、広告業界にもっとラジオをアピールしようとしたわけです。
私も当時は営業担当だったので、RADIOという字がそのままラジオになった赤い受信機をクライアントに配って歩いたりしました。
アメリカではラジオはホットなメディアなのです、日本のラジオも同じ、若者を巻き込んでどんどん熱く燃えていますとアピールしたものです。
反応は、冷やかなものでしたが。
つまり、日本のラジオのキャンペーンって、どこかずれているんです。
継続中の民放ラジオ 統一キャンペーン「ラジオがやってくる!」もそうですし、例の首都圏ラジオ7局スーパープッシュとやらも同じです。(9月に1曲選定して以来、その後どうなったんですかね?)
そんなのやって、どうするのという話です。
業界の自己満足ではありませんか、ラジオのスタッフはそれを通じてどれだけ自分の心の中の炎を燃やしました?


ラジオって、もっと燃えるための素材が必要なんですね。
中にいる社員は、もはや燃えるためのエネルギーを失いつつあります。
燃えにくい素材で何とか燃えようとすれば、滑稽な一人芝居が始まるだけなんです、それが今の現状なんではありませんか。
ラジオはもっと燃えなくちゃ、そのためのソリューション、どれぐらいラジオの内部で提案されているのでしょうか。
その結果が、マルチメディア放送じゃ、誰も燃えようとは思いません、違いますか、関係者の方々。
瞬間的に燃えて終わりみたいなイベントを何度繰り返そうと、永続的に燃える材料にはなりません。
ラジオは、もう一度燃えないといけないと思うのなら、本当に燃える環境をまず作り出さないといけません。
そのために何が必要か、それを真剣に考えることから始めてほしいと痛切に願います。



V-Lowマルチメディア放送~その目的って何だろう

ふと思った。
V-Lowマルチメディア放送って、何のためにするのだろう。
その目的って何だろう。
思いつく範囲で箇条書きしてみる。


・アナログテレビが使用していた周波数を有効利用するため
・アナログラジオをデジタル化して、よりサービスを高度化させるため
・災害放送に対応するため
・従来ラジオ業界に参入していなかった企業を取り込むため
・ラジオ業界に限界が見えたことにより、構造そのものを変革することによって新しいラジオビジネスを創造するため
・とにかく今のままではいけないと漠然と思っているラジオ局を救済するため


他にも何かあると思うので、よければコメントなりメールなりいただければうれしい。


等とと書いてみたが、全体的に目的がイマイチはっきりしない感じもしないでもない。
政府としたら、国土強靭化とか、アベノミクス第3弾とか、理屈だけは色々つけるだろう。
また、それを推進しようとする例えばFM東京のご担当の方々も、多くの企業を巻き込むための材料を提示され、着々とマルチメディア放送のスタート環境を整備されつつあるようだ。
ただ、何が足りないのかと考えてみると、どうもここにはイノベーションという言葉が見えてこないということだ。
正直、もはやマルチメディア放送という言葉が陳腐なのだ。
マルチメディア放送って何?と聞く気もしない。
そんな概念はもう古い、もっと違う言葉はないのか、それが始まれば劇的に人々のニーズが変わるぐらいの。


最近の放送業界、やることなすこと一周ほど時代に遅れてはしまいか。
NOTTVが何故伸び悩んでいるか。
それはいわゆるイノベーター層からまるで評価されていないことに要因があるのではないか。
ただ今のデジタルテレビがスマートフォンに入っただけではないかと思われているのだ。
テレビなんて大きい方が全体のニーズは大きい。
そんな小さい画面が必要だと思う人など、どれだけいるのかという話だ。
テレビを見せるのがメインサービスならNOTTVに未来はない。


モバホ!が何故頓挫したのか。
わざわざ端末を買って、毎日でも利用しようと思ったユーザーがどれほどいたのか、と。
面白いコンテンツをどれだけ並べようが、そのための労力を考えても、また毎月の支払いを考えても、ペイするほどのユーザーを集めるには無理があったのではないか。
いわゆるマーケティングの失敗である。
このあたり、ミュージックバードを始めとするCS-PCM放送の失敗と同じだ。
私の反省をこめて、一応書き留めておきたい。


とにかく何らかのイノベーションを引き起こすような要素のないサービスは、いくら先端技術が駆使されていようと絵に描いた餅みたいものだ。
理屈は理屈、ウォンツやニーズはもっとプリミティブな、感性的なものだと思うぐらいでちょうどいい。
しかし、例えばNOTTVって、NTTさんはどんな成功のイメージを描いていたのだろう。
それが、例えば携帯電話という大成功したビジネスモデルに匹敵するものがあるはずと思ったのだろうか。
i-modeのような、何らかのサービスデフォルトを生みだすと思ったのだろうか。
成功したイメージって、何だったのか。
皆が、毎日NOTTVを見、毎月喜んでお金を払うと思っていたのだろうか。
それとも、そこそこユーザーが増えたら、どこかに売っぱらってしまおうと思っていたのだろうか。
本当に成功すると考えていたとしたら、今の状況は明らかに見込み違いといえるのではないか。
少し前に、大体想定の範囲内とか言っていた関係者がおられたが、本気でそう思っているとしたらちょっとやばくないですかと言いたくなる。
まさか本心を言う訳には行かないから、無理矢理、理屈付けしているのだと推察するが。


そういうことでマルチメディア放送。
成功したイメージって、どういうものなのだろう。
ラジオのリスナーが皆新しい端末を持って、毎日それから情報を得る、みたいなものだろうか。
しかし、多分、今ラジオのコア層である高年齢層は、マルチメディア放送には移行しないと私は思う。
相変わらず、アナログラジオ(AMサイマル放送を含め)を聞くか、ちょっと先進的な人はradikoを使ってデジタル放送を聞くだろう。
そりゃ、全国どこでも聞けるようになるならまだ違う要素も生まれてくるだろうが、相変わらず地域限定なのから、radikoもマルチメディア放送もユーザーにとってはさほど変わらないと思うのだ。


前から言っているが、私はradikoを全国どこでも聞けるようにした方が、よほど新しいビジネスモデルが生まれるんじゃないかと考えている。
無料wi-fiステーションを全国に設置し、radikoを誰でもがスマフォでもPCでも、全国のラジオ放送を簡単に聞けるようにした方がイノベーションに繋がると思うのだ。
ラジオを再生させる、ラジオ業界の未来を開拓する、そのために必要なものはイノベーションであり、もはや1周遅れ気味のマルチメディア放送に全力を傾注する時ではないのではないか。


もちろん、V-Lowマルチメディア放送という形が無意味だと言っているわけではない。
もっと多くのイノベーター達が参加してくれば、別の形でサービスが生まれ、例えばプロファイリングが完備できれば、新しい広告メディアとして脚光を浴びることもあるかもしれない。
だが、今のままでは当分無理だ、イノベーター達が驚異的な発想とともに参加してくる可能性は低い。
断言するのは不遜かもしれない。
だが、放送業界が持つある意味囲い込み的な発想、既得権益を確保しておいて、リスクの受け皿にニューカマーを呼び込もうとしている構図では、結局自由なイノベーターの参加が保証されていないように受取られるだろう。


私は多くのそういった放送業界の試みを見てきた。
そこに成功への息吹を感じだことは最近ほとんどない。
かつて成功を味わったものは、自分が消えるリスクを抱えてまで、新しいジャンルでの成功を渇望したりはしない。
とにかく今の放送人には、今を必死に生き抜くことしか考えられない。
新しい発想は、もはや辺境からしかやってこない。
その辺境への架け橋を、今のラジオの人々がつなげることができるか。
ラジオの未来への道は一体どこにあるのか、まだ先は五里霧中だ。