カテゴリー : メディア論

メディアは今~テレビ業界、紳助騒動の鎮静他~ツイッターより

本日のツイッターで、ちょっとしたメディア論を書いた。
大手メディアが行き詰っているのは、傍目から見ても明らかなのだが、そういう問題意識はメディア側に顕在化されていない。
■周辺から崩壊するビジネスモデル
未だに従来のビジネスモデルが有効なのだろうが、それは周辺から少しずつ崩れてきている。
BSテレビが黒字化したとフレームアップすることにより、テレビ業界は磐石という演出もされているが、そんなのは自分の足を食う蛸みたいなものだ。
それで飯を食っている人が多いだけに、簡単には崩れないようにしているが、ダムと同じで決壊すれば速い。
ま、その前に、テレビ以外のメディアもビジネスモデルが機能しなくなるので、まだ安心という関係者もいる。
広告ビジネスモデルは、確かにネットがらみで多様化しているが、商品との関わりにおいて変化していないわけで、しばらくは遺産で食えるというのも間違ってはいないだろう。
そういうメディア論は追い追いとりあげることにして、今日書いたツイッターを転記する。
ちなみに、本日のラジオランキング3位だそうだ。
多分、これから下がる一方だろうが、あまり気にしないで精進していきたい。
■メディア、島田紳助騒動とその後

やしきたかじんさんだったかな、紳助さん報道に「飽和するまで続く」と言っておられた。飽和したのか、何らかのバイアスがかかったのか、最近はメディアは明らかにトーンダウン。ミッチー、サッチーで次から次と燃料を供給させ、アホほど演出したワイドショー的メディアは沈黙。そんなものだろう。
posted at 12:09:22
紳助報道は今も数字がとれるはず。私の知っている人々(主にオバサン)は、どうなったのだろうと心配顔。しかし、それにワイドショーは対応しない。いくらでも証言する、夢よもう一度タレントは幾らでもいる。しかし、メディアはその人を守れないことを知っているから、サッチー論争的仕掛けはしない。
posted at 12:12:27
メディアはそれを取り上げたら、業界的にやばいと思うことには「言論の自由」なんか行使しない。相手が立場的に弱い場合、あるいはどこからかGOが出れば、ここぞとばかりに大特集。カストリ的話題が、毎日大画面を通じて日本中に流れる。私はきわめて不快だが、見る人がいることは否定できない。
posted at 12:16:02
メディアに対する不安は、高まっている。私は言葉狩りに堕するような風潮には心から危惧している。最近では「死の町」という言葉を使ったからと言って、結果的に大手メディアに退場に追いやられた大臣の件。「ゴーストタウン」といえば、セーフだったのに、なんて人もいる。イメージは同じだろう。
posted at 12:19:32
言葉狩りの材料なんて幾らでもある。今の野田首相を「どじょう」と名づけて揶揄するのも見方によっては自主規制すべき言葉かもしれない。我らのリーダーを「どじょう」と呼ぶのは不謹慎だと。とはいえ、学校でも人気の先生は、とんでもないあだ名で呼ばれていたので、一概には言えないと私は思うが。
posted at 12:23:41
大手メディアへの不信感がこれだけ高まっている時代はない。それをメディアはどう思っているのか。個人的には色んな意見を持っておられるが、アウトプットされるのは、従来どおりに演出された情報。現メディアの方法論に対する危機感は、形としてはまだ現れていない。過渡期とはそういうものか。
posted at 12:27:09
ネットは大手メディアを越えるとか、ネットで目覚めたと主張される方は、さまざまに大手メディアを批判される。でも、ネットとメディアの二項対立論は不毛だ。ネットによるコミュニケーションが作る世界は、大手メディアと対立するものではないだろう。AかBかという考え方は単純で理解されやすいが。
posted at 12:31:30