カテゴリー : 心の考察

欲望のない若者たち

村上龍「逃げる中高年、欲望のない若者たち」(KKベストセラーズ)を読んだ。
刺激的なタイトルに興味をそそられたのだが、中味はどうってことのないものだった、ちょっとがっかり。
逃げる中高年というのは、いわゆる団塊の世代を中心とした、別名逃げ込み世代のことを指している。
会社で言うと、問題なく定年を迎え、退職金も規則通りもらえ、今後そこそこの年金も保証されている世代。
村上さんはこう書く。

在職時の給料もよかったが、年金や退職金もそれなりで、郊外や田舎に移って好きな釣りをしたりして過ごしている人が多い。
現役時代は無能でほとんど使えなかった人もいるが、そういう人も路頭に迷ったりしていない。
もちろん彼らは正当な報酬を受け取っているわけだが、「うまく逃げ切った」と言い換えることもできる。

私の周りにもそんな先輩が目立つ。
悠々自適、後は楽しく人生を生きるそうだ。
そんなに贅沢はできないが、毎日毎日金のためにあくせく働く必要がない世代でもある。
羨ましい、私も会社勤めをそのまま続けていたら、今頃は相当リッチに遊んで暮らせるのにと思わないでもない。
でも、そんな生き方、私には合わないことはわかっていた。
前回も書いたが、私はそういう多数派の中にいることを望まないからだ。


さて、村上氏、それに対して若者たちは何をやっているのだと苦言を呈する。
不公平だとか、何をやっても結局損するのは俺たちではないかと思っているはずなのに、誰も怒りを身体で表わさない、と。
ひょっとしたら、彼らには欲望がないのか、自分たちがその犠牲になっていることにプロテストしないのか。
ある意味、同じ感想を若者たちに感じる。
放送局の若いディレクター、若いスタッフたちに、自分たちの欲望を実現させようとは思わないのかと問いかけたりする。
しかし、彼らからは今の体制や状況に対する不満や愚痴は聞けても、お前らは敵だ、いつかきっと倒してやるという闘争心は帰ってこない。
最初から、自分を安全地帯に置いて、文句をつけてくる。
自分で血を流してまで、相手をねじ伏せようという気概を感じない。
何てマナーのいい、お嬢ちゃん、お坊ちゃんだろうか。
かといって、そういう連中に限って、大した仕事もできない、ただの繰り返し、陳腐な業界用語をふりまわし、自己保身に精を出す。
何だろうね、いつの時、若者から野心のささくれだった矢は消えたのかと思ってしまう。
私はここにいる、私の考えは素晴らしい、私は誰よりもクリエイティブだ、私ほどラジオが好きな男はいない!
口に出せとはいわない、態度にその片鱗を見せるぐらいの、溢れだすパトスはないのだろうか。
まるで、囲いの中の羊の群れだ。
毎日草を食み、自分の毛を差し出す人生を良しとするのか、若者たちよ。


何を言っているんですか、逃げる中高年のくせに。
ああそうですよ、俺たちは欲望なんて無理やり持ちたいとは思いませんよ。
何かいいことあるのですか、何もないですよここには。
私たちには負債ばかりが押しつけられているのです、その積み重ねを見て、欲望をかきたてて何かをしようなどと思えますか、人間なら・・・俺たちに、残された場なんか、ないんですよ、違いますか。



世代論、またの機会に。
村上さんの本の別の章「寂しい勝ち組」からまた引用してみる。

周囲に元気をなくした友人が増えた。わたしが普段接するのはおもにマスメディアの人間だが、インターネットと、それに中国を中心とする東アジアに市場を奪われて広告収入が激減している。
中には会社の存続が危ぶまれるような出版社や民間放送がある。交際費や制作費が削られ、早期退職を迫られる社員も多い。そして何よりも救いがないのは、たとえ景気がある程度回復したとしても広告収入が元通りになることはないという残酷な事実だ。

この本の出版は2010年11月。
最近、テレビの売上が持ち直したとか、スポット重要が増加傾向だという発表がされたりしているが、もちろん、それを鵜呑みにするわけにはいかない。
テレビ東京「カンブリア宮殿」の司会を長らく務め、多くの経済人をゲストに呼んで情報を得ている村上氏の言葉はそれなりに重い。
「もはや、広告収入が元に戻ることはない」と断定されていることに、放送人はどう反論するのだろうか。
広告収入、すなわち、タイム放送料、スポット放送料で放送局を維持する、そんなことはもうできないということだ。
まだテレビは持つと思われるかもしれないが、それは多分、内部留保という今までの利益の蓄積が当面の安定を保証するからだろう。
その上で、昨年よりスポットは伸びている、タイムは健闘しているなどと、見栄を張っているにすぎない。


既に、ラジオ局や地方のテレビ局などには、その内部留保もつきかけているところが出ている。
「チーズはどこへ消えた?」の世界だ。
もはや、ここにはチーズは現れない、残っているチーズはこれだけだ、それで生き延びれるのは中高年だけ、若者はもはやその恩恵はないものと思え。
あはは、話が最初に戻ってしまった。


何故に若者が怒らないのか、そう、彼らはもうチーズがここにいればずっと出てくるとは思っていないのだ。
皆が、思っているからここにいる、だけど、無理だろう、これからここにはチーズはないよ、でも、だからといってどこへ行っていいのかわからない。
どこかにチーズがあるんだろうね、でも、俺はここでいいよ、無茶苦茶ひどい扱いを受けないのなら、十分ここで幸せに生きていける、ついにチーズがなくなったら、その時はその時さ。
怒る?ああ、怒ってるよ、中高年が知らないだけだ。でも、それを外に出してどうなるものでもない。
何か、そういう鬱屈した気分をパッとはらしてくれるようなことが起きたら、もちろんそれに乗るよ。
小泉さんであれ、民主党であれ、橋下市長であれ、維新の会であれ、何か光が見えだしたら一緒になって盛り上げるよ、ああ、それぐらいはできる、ネットもあるし、何ならデモにでも行くよ、ほら、今のそんな雰囲気があるじゃない、そうだろ?


なんて、本当に思っているのかなあ。
危ういなあ、何かこの空気、このギスギスした連中の声、声、声。



少数派の価値

私の人生を顧みる時、大方の場合私は少数派にいたという実感がある。
多数派に与することを善しとしなかったというか、自分を主張しようと思えば少数派にとどまらざるを得なかったというか。
だから、学校の中では常に浮いた存在だったし、成績はそこそこ良くてもクラスの指導的立場にはなかなか着けなかった。
多分、ありえないことなのだろうが、一年間、何の役職にもつかなかった時もある。
中学校の時代だ、選挙で全く選ばれなかった。
担任の先生に言われた、「あなた、人との接し方に問題があるんじゃないの?」
中学生にそんなことはわからない、ただ自分の思いに忠実であればあるほど、そんな境遇にしか自分を置けなくなっていた。
少数派になりたかったわけではない、自分が自分であるためには、少数派の場所しか残っていなかったのだ。


クラスで人気がない、それは認めざるをえなかった時もある。
何故、そんな態度をとったのか、今はわからない。
孤立していたのかと聞かれると、そんなことはないと答えるだろう。
クラブ活動も人並みにやっていたし、担任の先生を尊敬していたこともある。
しかも、さっきも書いたが、さほど勉強しなくても成績は落ちなかった。
中学2年でビートルズに心酔し、3年の時にはサルバドール・ダリの「記憶の不滅」を教科書で見て以来、シュールレアリズムの虜になった。
別に普通の男の子なのに、のめりこむ対象が人と違っていた、それも認めざるをえない。


高校~大学、哲学に耽溺し、中国の古典の世界に魂をゆさぶられ、そしてマルキシズムの洗礼を受けた。
若者が罹るはしかのようなものだ。
しばらく大学を離れ、そしてほとんどの学友とのつきあいが希薄になった。
その代わり、詩の世界に自分を置いた。
いくつかの同人になり、毎日詩を書き続け、紆余曲折を経た後、ある人との関わりの中で学にめざめた。
そうか、大学院に行って、この研究をしよう。
この研究?何をするつもりだったのだろう。
大学にはとんでもなく高価なコンピュータがあり、それを自由に使うことができた。(まだ鑽孔テープの時代である。)
芥川龍之介の短編をTAT的手法で分析したところ、思いがけない彼の性格をあぶり出すことができたりした。
その時の論文は大学に提出し、講座の助教授に評価されたのだが、今ではそれがどんなものであったのかも思い出せない。
なら、わざわざ書くな?ま、そうですわね。


で、その後、私は前にも書いたが、しゃれでFM大阪を受験し、何故か合格してしまう。
そして二度と研究の場に戻ることなく、20年ほどで会社をやめ、何となくプロデューサーなどという名刺を持ちながら今に至ったというわけである。
職業は何ですか?と聞かれれば、プロデューサーだと答える。
何のプロデューサー?には、ラジオをメインに、イベント、舞台、映画のプロデューサーを少々などと。
でも、それ以上は余り言えない。
そんなにメジャーな存在じゃないし、相変わらず多くの人から支持もされていない。
早い話、人気がない、それは学校時代からずっとそう。


でも、世の中には良い人が多い。
こんな私にも、時々仕事の話をふってくださる。
もちろん、いい年になった私である、我を張って、孤高の立場を守り続けるなどということはしない。
精一杯笑い、精一杯自分の力を使い、精一杯ご期待にこたえるようにしている。
当たり前だ、それができなきゃ、とっくに業界から消えていただろう。


放送局に入社した時の同期、みんな自己主張は強く、批判精神は旺盛だった。
私よりも会社をぼろかすに言い、こんな会社なんかいつでも辞めてやると豪語していた。
労働組合では、会社側を思い切り締め上げていた、給与を上げろ!金を寄こせ!ゼニじゃ、ゼニ寄こさんかい、と叫んでいた。
でも、そんな彼らは結局ずっと多数派の中で生き、辞めることもなく定年まで働き続けた。
いつでも辞めてやると言ったものは最後まで会社に残り、そんな不満もなく、会社に感謝したい気持ちで一杯の私は、ただここは自分のいる場所ではないと思った時にすっぱり退社を決意した。
ここでも私は少数派だった。
そんなことをすれば損するだけじゃないかと言う声を背中に聞きながら、私は颯爽とサラリーマンの出口を出て行った。


損をしたか?
金銭的にはもちろんイエス。
でも、精神的には何とも言えない・・・。
ただ今これだけは自分の心の糧となっている。
世の中を変えていけるのは常に少数派だけである。
多数派は、そこにいることを求めるがゆえに、どんどん時代に取り残されるのだ、と。


だから、私が今まで書いてきたようなラジオの危機、衰退に立ち向かうには、多数派でいたいと思うものには不可能なのだと思う。
右を見て、左を見て、おそるおそる足を出すようなラジオ局の経営者に、今の状態から脱する処方箋など書けるはずもない。
社長はどうせ孤独なのである。
だから、自分をまず少数派の場所に置き、そこから多数を駆逐するぐらいの意気込みで会社経営をしなければ、ラジオがもう一度メディアの中核に戻ることなどできるはずもない。


孤立から逃げるな、ラジオ局の経営者。
多数に傾けば傾くほど、ラジオの経営状態も傾いていくのだ。

連帯を求めて孤立を恐れず。
力及ばすして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する。

ま、そういうことだ。



大器晩成という言葉がある。
広辞苑によれば「鐘や鼎(かなえ)のような大きな器は簡単には出来上がらない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。」とある。
学校教育でよく先生が言った言葉でもある。
おまえは、今はダメだが、将来大きな人物になるよというのだ。
「このクラスは大器晩成型だな。」と慰めるように言う教師もいた。
早い話、みんな大したことなかったと言っているわけだ、傷つかないように。


そういえば、私も何度かそう言われたな。
結局、大器でなかったのか、晩成もせずじまいだったが。


そういえば、人を器という言葉で表現することがある。
あの人は器が大きいとか、器が小さいとか。
器=許容量ということだろうか。
人を許せたり、人に対して寛容であったり、小さいことにこだわらず、何があっても動揺しない、そういう人柄を器の大きい人と言うようだ。
器の小さい人は、その逆ということになる。
世の中、どちらが多いかというと、圧倒的に器の小さい人。
大きい器を持った人など、なかなか出会えるものではない。
私が社会人として育ったFM大阪の先輩や同僚、後輩の中に、この人は本当に器が大きいなと思った人は一人もいない。
そこそこの人格者でも、例えば自分が不利になりそうな場合、責任をうまく他人に押し付けたりしていた。
所詮、サラリーマンなんだなとその時思った。
ふだん言っていた聖人君子の道はどこへ行ったんだと、ため息をつく私だった。


放送局に、器の大きい人なんかいない?
そんなことはないと思う、でも、大変貴重な存在のはず。
むやみに大きくなくてもいいから、そこそこの器であってほしいと思うことはよくある。
特に私のようなプロデューサー的立場の人。
とにかく、プロデューサーは人に寛容であってほしいし、人を許す度量をもってほしい。
タレントにしても、ディレクターにしても、スタッフにしても、人は誰でも何らかの間違いをするものだ。
その間違いを常に監視し、見つけ次第注意するなどということをやっていたら、人は間違いを恐れて冒険をしなくなる。
つまり、楽なやり方で、その場その場を取り繕ってしまうのだ。
そんなところから、本当の面白さは生まれるだろうか。
新しい方法論は生まれるだろうか。
間違ってもいいから、自由にやればいい、何かあれば私がその責任を持つ。
プロデューサーなら、これぐらいのことを言わないといけない。
それが言えないのは、結局プロデューサーが間違うのを恐れ、一番簡単なやり方でその場を取り繕ってしまうからだ。


どんな誤謬も許さない、政治の世界でも最近目立つのが気になる。
この国はいつから共産圏の国家になったのか。
死の町という言葉を許さないし、ちょっとした言い間違いを許さないし、わかりやすくするために使った比喩さえ、それはこういう意味にとれると言って非難する。
そんなこと言っていたら、わかりやすい言葉を政治家はますます使わなくなるぞ。
今の官僚言葉が典型だろう、確かに後から突っ込まれることもないかわりに、実際に何言っているのかわからなくなる。
民に伝わらない言葉を駆使すれば、彼らの権力はいつまでも担保される、そんなことでいいのだろうか。


話がそれてしまった。
プロデューサーは、できるだけ器を大きくもてるよう日々精進しないといけない。
スタッフの責任を追及するのではなく、いつでもその責任を肩代わりできるよう、状況の把握に努めなければならない。
ガミガミと起こってみても、相手が萎縮するだけなら、適当に切り上げないといけないし、つまらないことを根にもってはいけない。
目的は何か、それをいつも正しく示すこと、そしてそれが認識されているのがわかれば、手段を間違えても詮索しないことだ。
多少の脱線は許すべきだし、また違った方向が一つの進化の道をたどることもよくあることだ。
こうでなければならないと言ってしまえば、プロデューサーの負けだ。
抽象的かもしれないが、私はいつもそう思っている。