カテゴリー : 音楽業界

ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(6)

いつのまにか10月、それでも暑い日が続く今年の秋。
外を歩いていても、太陽の耐えがたき熱がシャツの中に侵入する。
あまりにも暴力的な季節ではあるまいか。


10月、ラジオ業界は改編の時期を迎え、私も何年ぶりかに新番組や新しい局との対応に右往左往している。
感謝すべきなのだろうが、身体がうまく反応しない年齢を意識せざるをえない。
ブログもうまくまとまらない、困ったことだ。


ヒット曲とは何か、正直、問題意識が高まらない、何を証明したかったのか。
で、また箇条書きモードに戻る。
単なる、メモだと思って頂ければ幸いだ。


村上春樹「やがて哀しき外国語」(講談社文庫)の一節にこういうのがある。

これはまったくのところ文化的焼畑農業である。みんなで寄ってたかってひとつの畑を焼き尽くすと次の畑に行く。あとにはしばらくは草も生えない。本来なら豊かで自然な創造的才能を持っているはずの創作者が、時間をかけてゆっくりと自分の創作システムの足元を掘り下げて行かなくてはならないはずの人間が、焼かれずに生き残るということだけを念頭に置いて、あるいはただ単に傍目によく映ることだけを考えて活動し生きて行かなくてはならない。これを文化的消耗と言わずしていったい何と言えばいいのか。

知的流行の現象を、独特の視点からそう書かれているのだろう。


音楽の世界も、また文化的焼畑農業レベルに衰退しているのではないかと私も思う。
とにかく、今の時代、何かが流行れば(当たれば)、それが焼き尽くされるまで暴力的に消費されるような気がしてならない。
ヒット曲という、本来業界がじっくりと育む、その成果の上に、また次のヒット曲を生んでいくというスパイラルが必要な世界に、ただ燃えればいい、あるいは煽ればいい、その時に暴力的な消費が生まれればそれでいいのだと言わんばかりの風潮がはびこっている、果たしてそれでいいのか、レコード業界人は。
ヒット曲=CDが売れた枚数、とにかく枚数がマーケットでどういう形でもいいから消費されれば、それがヒット曲なのだと主張する、でも、繰り返す、一体その曲の中味を知っている人がどれだけいるというのか。
燃やしてしまえば、後には何も残らない、次の芽がいつ生まれてくるかもわからない。
どうせ燃やすなら、建設的に燃やせ、初春の山焼きのように不純なるものを淘汰する作業として。
でも、文化的焼畑農業を繰り返していていいのか。
今の業界が勧めるものを、今の消費者は簡単には買わない。
CDなんか、その傾向はますます強まっている。
そりゃ、そうだろう、聞いたこともない曲、聞いたとしても何も感じなかった曲を、大ヒット曲と呼び、これを買いなさい、ただで聞いてはいけない、そんなことをすれば貴重な文化財産が毀損されるなんて理屈を滔々と主張する業界なのだから。


村上氏は、文化的焼畑農業に対して、コレクトかインコレクトかを判断することを提起されている。
そんな曲をヒット曲と呼ぶのはコレクトなのか、インコレクトなのか。
常に、ヒット曲に対してその判断をするべきなのだろう。
消費者は常にだまってその判断を行う。
その結果、ヒット曲とよばれるCDは売れない。
消費者は、何も言わない、ただ去って行くだけ。
それを止めるには、まず供給者側が、そのヒット曲をコレクトと判断するかしないかから始めるべきではないだろうか。
今の音楽状況はコレクトなのか、そのメッセージが供給者側から発せられない限り、CD冬の時代はしばらく続くような気がするのだ。


箇条書きと言いながら、長々と意見を書いてしまった。
元へ戻そう。
CDは、年を経るごとに売上は落ちている。
そのためのカウンターアクト、例えばアイドル系に見られるように一人のファンに100枚近く買わせる方法論ばかりが開発される。
ファンはCDを100枚欲しいわけではない。
そうすることが、自分が支持するアイドルのためになると思うから、必要でもない数のCDと自分の資産(現金)を交換するのだ。
確かにそうした行為によって、CDを媒介とした祭(アイドルを御神体とする)に全人格的に参加するのだろう。
だが、そこに商業主義が過当に目立つようになれば、その祭も色あせることになるだろう。


ヒット曲の原点とは何だったのか。
売れたCDの枚数では、なかったのではないか。
みんなが知り、ああ、いい曲だね、ぐらいの反応はし、何となく後世に歌い継がれていく、そんな曲が毎年何曲残るか、その積み重ねが文化的な資産として、豊かな未来を形作るのではなかったか。
文化的焼畑農業でよいのか、本当に。


何かまとまらない話になってしまった。(箇条書きでもなかったし)
さて、そういうことでヒット曲に対する違和感の話、これでひとまず終りとしたい。
次回から、また放送に関する話を書く。
V-Lowの世界でも、何か大きな動きが始まっているようだし、気になることもある。
ご意見など、またメールやコメントの形で、いただけると幸甚、よろしくどうぞ。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(5)

D.W.ニコルズ「SUNRISE」のサンプル盤をいただいた。
誰?それ?と言われる前に少し説明。
前に書いた、首都圏ラジオ7局による大量のオンエアでヒット曲を生み出すという企画、その第一弾がこれ。
厳密に言うと、このアルバムの3曲目「ありがとう」というのが対象曲である。
ざっと聴いてみた。
D.W.ニコルズは多分、環境保全を語るC.W.ニコルズ氏をリスペクトしたネーミングだろう。
基本、やさしいアコースティックサウンドである。
素朴なヴォーカルをメインに、今の時代を歌っているというか。
アルバムの完成度はマアマアだ。
彼らの今後の活躍に期待したいと、とりあえずは言っておこう。


ただ、何故彼らの「ありがとう」を合同のヘビーローテーション曲としたのだろう。
爆発的にヒットするような曲ではない。
また、一度聞いたら何回も聞きたいと思わせる曲でもない。
事情のわからないリスナーからは、何かよくかかる曲だけど、何これ?と思われるのではないだろうか。
昔風にいうなら、スマッシュヒットぐらいはあるかもね、かな。
しかし、ちょっと気になるのが発売が10/9ということ。
まだ半月ある。
なのに、「9月1日-30日に7局であわせて200回以上オンエア」というのは、どうなのかな。
それだけかけておけば、10月以降首都圏でわざわざかけなくても、全国でヒットするはずだということなのだろうか。
私が、当事者なら、いえ、9月にそんなにかけてもらわなくとも、10月になってからで結構です、特に発売日周辺で分厚くお願いします、と言いたくなるはず。


そういえば、首都圏の現場のプロモーターは、10月以降も引き続きヘビーローテーションでお願いしたいと各局の現場を回っているらしい。
でもねえ、9月にヘビロテやったら、10月はできないだろう、その曲しか世の中にないわけではなし。
第1回目となると、その企画そのものは話題にもなるし、それなりに現場も対応してくれるだろうが、しかし、これで本当にヒットは生まれるのだろうか。
生まれなければ、2回目以降はあまり話題にもならず、そのうち消えてしまうかもしれない。
私は既に語っているように、この企画にはあまり賛同できない。
でも、アーチスト側からすれば、これだけ皆さんに乗ってもらっているのだから、頑張らないといけない、何とかヒットさせなくてはいけないと心に誓っているはず。
でもねえ、何かこういう企画、罪作りじゃないかなあ、本当に彼らの未来を考えているなら、こんな表面だけの盛り上げ方でいいのかなと思ってしまう。
もっと地に足のついた育て方をしないと、傷つくのはアーチストじゃないだろうかと思うのだが、やはり余計なお世話だろうか。


ヒット曲はどうして生まれるか、その話に戻りたい。
まだ私が20代の新米ディレクターの頃、ソニー系のプロモーターの方から言われたことがある。
「うちは、シミュレーションによってヒット曲を生み出している。何をどうすれば、どれだけヒットするか、どれだけの金をどの部分に投資すれば、どれぐらいの売上に結びつくか。私たちはその末端でそのシミュレーションを実践する要員というわけです。」
そんな言い方をするのは、当時のレコード業界ではソニー系だけだったような気がする。
ほとんどの局はどんぶり勘定というか、いつもと同じようにいつもと同じやり方で動いていれば、そのうち何かの拍子に大当たりする曲が出てくる、と言う風に。


今は、日本のレコード会社、外資系にほとんど牛耳られているので、かつてのソニー系のような発想でCDが作られていることは想像に難くない。
そういう意味では、みんなで頑張っていれば、自然とヒット曲が生まれてくるという牧歌的な発想ではレコード会社にはおられまい。
ああすれば、こうなる、こうなれば、そうなる、シミュレーションどおりにやればいいのだ、多分そのシステムに順応しない限り、何にも楽しくないのではないかと思ってしまうほどだ。
ソニー系の話で思い出したことがある。
1978年にCBSソニーから別れて、EPICソニーが誕生した。
全く別会社扱いで、プロモーターも別々、同じソニーグループでも情報は共有されない体制だった。
で、その時の一押しはBOSTON(ボストン)。
76年に「幻想飛行」78年に「ドント・ルック・バック」をアメリカでリリース、前者は今までで1800万枚、後者は800万枚を売ったと言われている。
で、誕生したEPICソニーはボストンの売り出しに何億も何十億もかけた。(実際の額はもちろん部外者だから知らない。)
アメリカで売れたのだから、日本でも売れるはず、そのやり方はこうこう、シミュレーションは完璧、なんて話をその頃していた記憶がある。
洋楽だから、メインターゲットはFM局だったのだろうが、そのあたりの詳しい事はわからず、もちろん私はFM局のディレクターだったからアメリカのチャートには敏感だったから、彼らのヒット曲「More Than A Feeling」(76年全米6位)は何度か番組で流したりしていた。
でも、その時思ったのは、ボストンをここまで盛り上げても、日本では絶対に大ヒットしない、アメリカ並みにミリオンヒットを狙うなんて正気の沙汰じゃないと思ったものだ。
一体、ソニーの言うシミュレーションとは何だ?ちょっとだけ疑問を持ったりしたのも事実だった。


つまり、ヒット曲を作るというのは、ことほどさように杓子定規には行かない。
その後、多分大赤字だったはずのEPICソニーを売上的に救うようになったのは、80年にデビューしたシャネルズ(後のラッツ&スター)の「ランナウェイ」のミリオンヒットだったと思う。
残念ながら、そのヒットも意図したものではなかったような気がしないでもない、彼らのドゥーワップサウンドは斬新だったが、それでも皆が一番話題にしたのは靴墨を顔に塗りたくったゲテモノグループという扱いだったように思う。


さて、話があちこちに飛んでしまった。
気分を変える意味で、この続きはまた次回に。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(4)

●私の中のヒット曲史
人口に膾炙しない限り、ヒット曲とは呼べないのではないか、それが私の持つ違和感の根源だ。
考えてもごらん。
チャートの操作が仮にあったとしても、83年ごろのベスト10の曲を知る人は多かったはずだし、歌える人もそこそこいた。
2013年、今はどうだろう。
モーニング娘。の新曲がウィークリー1位になったということがラジオから流れ、メンバーが大いに喜んでいた。
これで、リリースした3曲連続1位獲得、紅白の出場も可能性が大きくなったという。
6年間出ていない、だからどうしても今年は出たい、とリーダーが語っていた。
その気持ちはよくわかる、でも、ちょっと考えてみよう。
一体、その1位になった3曲のタイトルをどれだけの人が口に出して言えるだろう。
自慢じゃないが、私は一曲も言えない。
アイドルの世界とはそれほど遠い場所にいない(最近あるアイドルのプロデュースまでやっている)私なのに、その3曲のタイトルの欠片さえ思い出せない。
何だろ、それで3曲連続1位獲得、紅白決定的って?


参考のために調べた結果を書いておく。
1/23発売 Help me!!
4/17発売 ブレインストーミング/君さえ居れば何も要らない ※両A面
8/28発売 わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団 ※両A面
そういえば、「Help me!!」は何となく知っている。
PVはなかなかのものだったし、踊りも冴えていた。
でも、後の2曲は全然知らない。


いや、モーニング娘。の悪口を書く為にこの話をしたわけではない。
私は、今のアイドル達を肯定している側の人間だ。
どういう形であれ、一生懸命やっている若い女の子たちが少しでも喜んでくれることはいいことだ。
ただ、1位になったからヒット曲扱いすることが、業界にとって本当にいいことなのか、そんなことをしていたら、ヒット曲なんか自分たちには関係ない存在だというユーザーが増え続けるのではないかということだ。
ヒット曲がヒット曲ではない、いわゆるヒット曲というブランド価値の毀損、自己否定に繋がりはしないかと。


私のヒット曲史を語ってみる。
もちろん、私が子供の頃、本当に古い話だ。
初めていい曲だなと思ったのは、何だったか。
多分、菅原都々子の「月がとっても青いから」ではないだろうか。
1955年(昭和30年)のヒット曲。
100万枚売れたとある。
銭湯の行き帰り、空にお月さんが輝いていると、大人たちは皆この曲を歌っていた。
「月がとっても青いから~遠回りしてかえろ~♪」
実際遠回りしたのかどうかは知らない、でも、知らぬ間に私も覚えた。
ラジオからも流れていた。
鼻にかかった不思議なビブラートをかけた歌い方が耳にも残った。
気持ちをうきうきさせてくれた。
ちょうどお月さんが私たちに夢をくれたように。


当時は、ヒット曲が飽和していた時代ではない、まだまだ私たちの耳の中はスカスカだった。
そのスカスカの中に、ラジオが多くのコンテンツを運んでくれた。
そういえば、戦後の荒廃の中、ラジオから流れてくる「リンゴの歌」が、当時の人たちの心をどれだけ励ましてくれたか、などという言い方を聞いた方も多いことだろう。
私たちのスカスカの耳を癒すように流れてきた音楽、それを私たちはヒット曲と呼んだ。
「歌は世につれ、世は歌につれ・・」という今ではあまり使う人がいなくなった言葉、この歌も又ヒット曲だった。
じゃ、その曲はどうやって人々に伝わって行ったのか、言うまでもない、まずラジオから流れ、そして人々が実際に歌い、それが又人々に伝わって行ったのだ。
一昔前、音楽芸能雑誌の付録は歌集だった。
ヒット曲の歌詞が百曲以上も収められていて、それ目当てに買う人も多かったはずだ。


「月がとっても青いから」、100万枚売れたというのは凄いなと思う。
今とはマーケットの規模も違うし、第一、その価格は相当のものだったろう。
ちなみに昭和30年当時のシングル盤は300円だったらしい。
その時の物価は今の10分の1以下、サラリーマンの平均収入が月3万円ぐらいというから、シングルレコードは今なら10倍の3000円ぐらいの価値だろうか。
ひとことで言って簡単にできるる買い物ではない。
ちなみに私がレコード買うようになったのは中学生になってから。
親から正式に月1000円とかのお小遣いをもらえるようになってからだ。
最初に買ったレコードはビートルズの「恋する二人」、330円である。
1枚買えば、2枚目はしばらく買えない。
LPレコードはモノラルが1500円、ステレオが1800円。
最初に買ったLPは、やはりビートルズの「ヘルプ!」。
友人のお姉さんがレコード会社に勤めていたので、7掛けで買えた。
それでも1260円である。


いや、昔を懐かしむ為に書いているわけではない。
それぐらい、レコードを買うことは大変だったということを言いたいのだ。
それゆえ、レコードの売上枚数=ヒット曲というのは、ちょっと違うのではないかと疑問を呈しているのだ。
レコード買えない人はヒット曲とは無縁なのか、それは絶対に違うと断言しておきたい。
ヒット曲とは、みんなが知っている曲、皆が歌える曲、それについて一人一人が何らかのストーリーを語れる曲でなければならない。
私は絶対的にそう思っている。
ある日、ラジオから流れてきた曲、それは何だろうと思う、どうしても知りたい時は放送局に電話してでも聞こうとする。
タイトルを知れば、もう一度聞く為にラジオ曲にリクエスト。
あるいは、その曲をかけてくれそうな番組を探し、ただただその曲がかかるのを待っている。
今なら、買えば済む、あるいはyoutubeで運よく誰かがアップしてくれているかもしれない。
でも、時代が違う、レコードを簡単に買えるほど、私たちは金を持っていない。
その点ラジオはいい、無料で音楽を聞かせてくれる、曲についての説明もしてくれる、リクエストにも応じてくれる。
だから、ラジオさえあればヒット曲は生まれた。
リクエストが多く集まる曲は、それだけ大衆が支持されていること、支持されている曲は皆がタイトルをもちろん覚えるし、そのうち歌詞とメロディも覚えてしまう。
知っていて当然なのである、それがヒット曲なのだから。


いつからヒット曲が、結果としてのヒット曲でなくなってしまったのか。
レコード会社が仮想ヒット曲を量産し、多くの大衆をヒット曲から疎外させてしまったのはいつからなのか。
この話、長くなるので、また次回に書き続けようと思う。
私の考え、色々誤りや思い違いがあるかもしれない。
皆さんからのご指摘、ご意見など、また聞かせてもらえればうれしい。