カテゴリー : 音楽業界

ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(3)

●私の中のヒット曲
ヒット曲とはCD売上チャートの上位に入った曲という定義に、私自身は違和感を感じている。
今の売上チャートは初動だけで決まっているのではないかと思うからだ。
つまり、発売した瞬間にヒットチャートに入り、その後は惰性・・・という印象が強いからだ。
ヒットチャートに入れば、とにかくヒット曲に分類される。
ならば、レコード会社や音楽業界からすれば、何が何でもヒットチャートに入れることが要求される。


ヒットチャートに入ることは、ヒットするためのスタート、ヒットした後の結果ではない、それが私の意見。
業界は多分そう思っているはず、まずヒットチャートに入れるための努力をする、その次にそれを利用して本当にヒットさせるという構造だ。
ならば、レコード会社としては、CDを発売した日に何が何でもヒットチャートの上位に(できれば初登場一位に)ランクさせなければならない。
ヒットもしていないのに、どうしたらヒットチャートの一位になれるか。
事前のプロモーション、ラジオでのオンエア(皿回し)、テレビのゲスト出演、新聞、雑誌社回り、レコード店でのインストアイベント、とにかく曲とアーチストの知名度を上げること、既に人気アーチストになっている場合は、ファンクラブを通じた情報展開というのもあるだろう。
ま、このあたりは常識的なプロモーションということになる。


で、問題は、噂の真相が書いたヒットチャート操作云々という件。
チャートは操作されているか、そうですねえ、操作という言葉をどう定義するかですかね。
とにかくレコード会社は、ヒットチャートに入れないと始まらないわけだから、多少の企業努力はするというのは当たり前だろう。
大体、CDの出荷枚数で大ヒットと宣言したりする業界なのだから(実売じゃなくて)、他にも色々やっているというのが実情だ。
このあたりは、既に色々な形で、その操作例とやらがネットに書かれたりしているので、私としてはあまり触れたくない。
大体、昨今のヒット曲の目安とやらの100万枚突破CDなど、1万人のファンが1人100枚CDを買った結果だという声もあるぐらい。
一体100枚も買って、何にするのと思うのだが、握手権だのチェキ権だの選挙権だの、色々イベントに参加していると結果的にそうなってしまうらしいのだが、こうなるとヒット曲という概念とは無縁のような気がするなあ。


ああ、そうそう、先日あるレコード会社のプロモーターと話していたら、最近はCDを複数枚買わせるのは資源の無駄遣いだから、代わりにカードを売ることにしようとしているらしい。
カードを買えば、それがCDを売ったことになり、CD売上枚数にカウントされるという話だった。
つまり、カードを買うとは曲のダウンロード権を買うのと同じという説明だ。
その人の話を誤って解釈しているとしたら指摘してほしいが、確かにCDを生産するよりカードを作った方が資源の無駄遣いはなくなるし、余計な経費も要らなくなる。
で、その売上がヒット曲のバロメーターということなら、それでいいのかもしれないが。


でもねえ、何度も言うけど、ヒット曲って「話題になって多くの人にもてはやされ、広く知れ渡っている曲」のはずなのだから、皆が知らないとヒット曲って呼んじゃいけないと思うのだ。
ヒットチャート1位の曲を知っているのが、大衆の中で圧倒的に少数だとしたら、そんなヒット曲と言う名前の商品って、善良な庶民を欺く誇大広告の1つと言われても仕方ないのじゃなかろうか。
ヒットもしていないのにヒット曲はおかしいだろう・・・と。


いや、だから言っているでしょう。
音楽業界は長年こうやって商売してきたのです、今さら瑣末なことにこだわって、今まで培ってきた商品の価値を落し込めることはやめていただきたい、と。


今まで、こうやって商売してきた、確かに音楽業界ってそうだったんだろうな。
で、その商売のやり方が行き詰まり始めている、だから少々無理なこともやってきたわけだが、昨今それもできなくなりはじめ、今やその販売のやり方は混乱し、バラバラな対応になってきているようだ。
今やヒット曲とはこういうものですという定義すら曖昧にならざるを得なくなっているのかもしれない。
さて、ではかつてのヒット曲とはどういうものであったのか、私が初めてヒット曲に接した時、深夜放送を聞きながらヒット曲に触れ合っていた時、実際に放送マンになって、そのヒット曲をともに作り上げた時、次回からそのあたりを少し書いてみることにする。
私の中のヒット曲、それを一つ一つ思い出しながら。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(2)

●ヒット曲とは何か?
本当、何だろう。
少なくとも人口に膾炙した歌であることは確かだろう。(歌というか、曲かも)
やはり話題になってもてはやされ、広く知れ渡らないとヒット曲とは言えないだろう。
今のヒット曲と言われている中で、一体どれだけが本当に話題になり、皆にもてはやされ、多くの人に知ってもらっていることだろう。
どうせ皆に知れ渡るような曲はこれから幾らも出ない、ならば、ヒットチャートの上位曲をヒット曲と呼んでそれらしく見せないと、ヒット曲を主力商品にしているレコード業界は維持できない、供給者側はそう思っているのかもしれない。


前回書いた、ヒットチャートを人為的に作っているのではと疑問を呈した83年の頃のチャートに昇った曲、まだ話題にもなり、広く知れ渡る結果になっているだけましだと言えよう。
ちなみに昨年のオリコン年間チャートベスト5だが、知っている人は知っているだろうが、全部AKB48の曲である。
AKB48 「真夏のSounds good !」
AKB48 「GIVE ME FIVE!」
AKB48 「ギンガムチェック」
AKB48 「USA」
AKB48 「永遠プレッシャー」
データ上は、すべて100万枚を超えている。
AKB48、ヒットチャート5位を独占!快挙!と言えなくもない。
(ちなみに嵐は、6位と7位にチャートイン)
しかし、本当にこれらヒット曲と呼べるのだろうか。
曲がそんなに話題になっただろうか。
そんなに広く知れ渡っただろうか。
業界認定では、これらをヒット曲とするのだろうが、世間は多分ヒット曲とは思っていないのではないだろうか。


本当に、いつからこんな乖離が始まったのだろう。
実際にCDが売れているからいいじゃないか、供給者側としてはこれでいいし、ファンも納得しているはずだろうと言う業界人もいる。
だけど、ほとんどの大衆にとっては、もはや無縁のヒット曲になっているのではないだろうか。
心から共感し、辛い時、楽しい時、何となく口ずさんだりできる曲、そんな曲が新しく生まれる機会は減っていると言わざるを得ない。


とはいえ、そういった口ずさめるヒット曲、これまでにも何千曲、何万曲も生まれていて、それが記憶の中に蓄積されているのは事実だ。
あえて新曲にそれを求めない、もはや頭の中は一杯でこれ以上は余程の名曲が出ない限り、頭の中に蓄えたいとは思わないかもしれない。
ラジオ局的にいえば、TOP40フォーマットの局はそれほど要らない、むしろ過去の名曲を聞かせてくれる局(最近で言えば大阪のFMcocoloみたいな局)の方が安心できていい、とか。
確かにヤングアダルト層より上の年代は、大なり小なり、そんな感想を持っているのかもしれない。
もう、新曲はほどほどにして、と。


新曲と言っても、要は過去の曲の焼き直しみたいなもの、そんなにユニークな曲などもはや出てこない。
若いアーチストは、こういう新曲を作りましたと意気揚々と発表するが、そのほとんどがどこかで聞いたメロディラインだし、コード進行、ま、ちょっとアレンジが斬新かなと思うこともあるが、もはや新曲としての生きの良さは感じにくくなっているような気がする。
そりゃ、そうだろう、これだけ過去に一杯曲が蓄積されているし、しかも音楽を作る人口はパソコンの普及によってより増加しているのだから、新しいユニークな曲の入る余地など、どれほど残っていようか。


本当にこれからどうなるのだろう、誰が見ても、これはヒット曲だと言える曲がこれから先どれだけ生まれてくるか、音楽を真摯に考えるものには、業界の将来に不安なものを多々感じるはずだ。
もちろん、世代は交代するものだし、新しく音楽を聞く若い人たちにとっては、全く違うヒット曲観があるようだが、そういう若者がラジオを聞かない、テレビでも音楽番組を見ないとなると、さて、これからヒット曲の世界はどうなるのかと本気で心配してしまう。
ヒット曲で飯を食っている人たち、本当にこれで大丈夫ですか、もはや違う道を模索するしかないのではないですか。


などと、要らぬお世話をやいてしまった。
ヒット曲考、まだまだ続けます。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(1)

ヒット曲に対する私中のの違和感、それが何に起因するのか、過去を試行錯誤的にふりかえりながら、何らかの結論を得ていきたいと思う。
ラジオマンがどこまで事の本質に迫ることができるか、あまり自信はないがやってみることにしたい。


●ヒット曲とは何か
そもそもヒット曲とは何を指すのだろう。
Wikipediaには、「ヒット曲(ヒットきょく)とは、ポピュラー音楽の分野においてCDの売上等のヒットチャートで、ある程度のヒットを記録した曲のこと」とある。
ま、無難な解釈と言えよう。
厳密に定義しているわけではないが、業界がヒット曲と呼んでいるのは多分そんなところだろう、という感じか。
ということは、CDの売上チャートがヒットしているかどうかのメルクマールになるとなるが、さてそうなると、ちょっと首をかしげたくなる人も多いのではないか。
売上チャートって、じゃあ何?
アメリカでは、ビルボード、キャッシュボックス、イギリスではメロディメーカーのヒットチャートが私の時代では有名だった。
これらのチャートは、レコード売上、ラジオでのオンエア回数、リクエスト数などを加味されながら、作られたものだった。
ラジオでのオンエア回数が重視されていた結果として、シングルレコードのA面、B面ともにチャートに入るということが何回もあった。(ビートルズには、「アイ・フィール・ファイン/シーズ・ア・ウーマン」というシングルが65年に発売され、どちらもベスト10に入っていたことを思い出す。)
つまり、レコードの売上だけでは、ベスト10に2曲チャートインするというのは難しかろうと思う訳だ。(普通A面の曲しかチャ―ト上の評価はされないのが普通だろうから。)


そういうわけで、CDの売上チャート=ヒット曲の尺度というのは、どんなものだろうと思う訳だ。
音楽業界的には、多分それが無難な尺度で、今までそれでやってきたからそれでいいではないかというところだろう。
ただ、近年はインターネットという市場が生まれた為、ダウンロード回数、youtubeでの視聴回数なども評価の尺度として使われ始めているから、本当にCDチャート=ヒット曲の評価基準といえるかどうかは疑問な気もする。
何しろ、前にも言ったが、売上チャートに登場する曲、ほとんどの人は聞いたこともないし、アーチストのイメージなどほとんど何も浮かばないというのが多いのだ。
それでも、音楽業界はその後のプロパガンダには励みますよ、そりゃ、そうしないと本当にヒット曲なのに誰も知らないままになってしまいますからね。


言い換えると、ヒットチャートに入るということが、ヒット曲になるためのスタートということだ。
ヒット曲だから、ヒットチャートに入るわけではない、それが近年の音楽業界の現状である。
いつからそうなってしまったのか、私見だが、オリジナルコンフィデンス(オリコン)や、ミュージックリサーチ、ミュージックラボという三大音楽業界誌が一番華やかだった頃だから、70年代後半から80年にかけてではなかったか。
何しろ、これらの音楽誌は一般には売っていない。(後にオリコンはオリコン・ウィークリーを発行、一般売りすることになるが。)
業界誌だから、買うのはレコード会社、レコード販売店、それに放送局あたりだったろうか。
値段もうろ覚えだが、月に1万円以上はした。
ラジオ局に入った頃、高い雑誌だなあと感心したことがある。
しかも、その業界紙、色々重宝されているのだ。
レコード会社からすると、販売店や放送局にダイレクトにプロモーション情報が届けられる。
発行部数は大したことはないが、確実にターゲットに届くのである。
レコード店も、次にどんなレコードを仕入れるか、そのあたりの参考にもなるし、各レコード会社がどのアーチストを推しているのか、どの曲に力を入れているのかがビジュアルとともにわかるのだ。
そして、放送局。
いわずとしれた、ヒットチャート。
ビルボード何位、キャッシュボックス何位と同じように、オリコンチャート何位というだけで、リスナーの食いつきもよくなるわけだ。
つまり、これら音楽業界誌が、一つの触媒として日本のヒットチャートを作ってきたのだと言っても過言ではない気がする。


しかし、これらが正常に機能し、ヒットチャートが誰から見ても納得いくものであり続けるなら、私の違和感はなかっただろう。
とにかく、ある時までは、ヒット曲というのは、確かにいい曲で時代をうまく表現していたのは事実だ。
だが、そのヒット曲が、供給者側の都合でほぼオートマチックに生み出されるようになると、色々と業界の内部に問題が生まれてくるのは仕方がないのかもしれない。
インターネットで検索すると、こんな記事に出会った。
「ヒット・チャートに操作あり!の疑惑で揺れる『オリジナル・コンフィデンス』(噂の真相)」
83年7月の「噂の真相」の記事の一部だが、ヒットチャートが人為的に作られているのではないかを取材したものだ。
詳しくは、ぜひクリックして読んでいただきたいが、それでもこの時代はまだましな気もしないではない。
何しろ、当時のヒット曲として書かれているベスト20曲だが、正直言ってほとんど私でも知っている、一部歌えたりする曲なのだ。
ちなみに5位までは次の通り。
 ・め組のひと  ラッッ&スター
 ・天国のキッス 松田聖子
 ・真夏の一秒  近藤真彦
 ・矢切の渡し  細川たかし
 ・君に胸キュン イェロー・マジック・オーケストラ
ジャニーズ系は、ちょっと考えるところがあるが、それでもヒット曲ですと言われてもまだ納得できるものがあると思いませんか。
つまり、オリコンやリサーチやラボがどれだけ業界の思惑にそって雑誌を作ってきたとしても、この頃は大衆とはそれほど離れた位置でチャートを作ってはいないということが言えるのではないか。


じゃ、何故、今のように大衆から幾分隔絶したかのようなヒットチャートになってしまったのか、そのあたりを次回は書いていくつもりだ。
皆さんの情報、ご意見など、また聞かせてもらえると嬉しい。