カテゴリー : 過去のブログより

過去のブログより~倹約してはいけないの?

今日も過去のブログから「倹約してはいけないの?」をお送りする。
10年前に書いたことだが、政権が自民党から民主党に代わっても、状況はあまり変わっていないことに気づく。
何しろ、10年前の国の赤字は666兆円。
今は1000兆円を超えるところまで来ているらしい。
本当、どうするんだろ、こんなに借金増えて。
国を管理している人(官僚)は、どうせ俺の借金じゃないし、と高をくくっているのだろう。
いくら国を考えているといっても、心中しようとは思っていないはず。
戦後、申し訳ないと言って割腹して果てた軍人官僚はいたが、今の官僚、腹切る覚悟なんてあるはずもなし。
申し訳ないとも思っていまい。
原発を推進してきた連中、本当誰も腹を切らないのは何故なんですかね。(いえ、腹を切れと主張しているわけではありませんよ、念の為)
ま、それだけ日本人が劣化しているということかもしれませんが。(いえ、私は右翼ではありませんよ、これまた念の為)
ということで、今回の「倹約してはいけないの?」お楽しみください。
長いですけど。

2001-11-24 23:51
自民党の麻生政調会長がこういったそうだ。
年寄りは倹約が美徳だと信じているから金を使いたがらない。だから、贈与税を下げて子供に代わりに使ってもらおう。

何か子供を馬鹿にしたような話だ。

倹約は美徳だと思う世代は年寄りばかりではなかろう。
私などもどちらかというと倹約家の方である。
意味のない金は一円たりとも使いたくない。
人が自分の金を使うのは勝手だが、私に関係のある金を無駄に使われると無性に腹が立つ。税金などもこの範疇である。
採算の合わない高速道路を政治家の面子のために作られるなんて、その理不尽さに全身が震えるほどである。

しかし、だ。
倹約してもらっては、確かに今の政府は困るだろうと思う。

今までの経済原理は、「消費する」ことにあったのだから。
人々は、この1年間にこれだけの消費をする。
では、それに見合った供給はどれだけか。そのために何を作り、何を輸入したりして用意しないといけないか?

長いスパンでみるとどうか?
道路はどれだけ必要か?インフラはどれだけ整備しないといけないか?(特にIT時代に必要な社会基盤の整備はいつまでに必要かは喫緊の課題。)

これらは大体計算し終わっているのである。
そのために先行投資として、膨大な国家予算(つまり税金とか国債などの借金)をつぎ込んできたのである。

だから、倹約しようという掛け声の下に、みんなが物を買わなくなるのは困るのである。予定通り金を使ってくれないと、経済は回らない。どんどんデフレになる。
会社は投資した分が全く回収できなくなるので、どんどんつぶれる。

しかも、経済はもうグローバル化した後だ。
デフレになって、物が安くなれば、世界の資金が次々に日本の資産を狙い始めるだろう。そんな経済侵略を受けてもいいのか?
倹約なんかしては駄目だ。
確かに、鎖国の時代は倹約は美徳だったかもしれない。
しかし、グローバルな時代ではもうその道徳は捨て去らないといけない。

無駄遣いは確かにいけない。金銭モラルに影響し、精神の荒廃を招くことは不可避である。しかし、倹約も過ぎたるは及ばざる如し。
みんなが宮沢賢治になったら困るのだ。「一日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ」てもらっては経済はぼろぼろになる。
外食産業は軒並み倒産する。それでは困るのだ。

と、いうことで、倹約してもらってはいけないらしい。
年寄りは金を使わないから、子供がその貯めた金を代わりに使ってあげましょう。
一番いいのは、家を買うことです。どんどん買いましょう。贈与税は大幅に減らします。戻し減税もいたしましょう。

さあ、国民の皆さん、貯めているお金をどんどん吐き出しましょう。

倹約は確かに大事です。だから、とりあえず景気がよくなるまでは倹約を我慢しましょう。

お願いです、どうぞ金を使ってください、皆の衆。

何か変な話だ。
そうか、今後も国民がもっと金を使うだろうと思って、それを当てにして金を使いすぎたわけね。
それが、国の借金666兆円なんだ。

そりゃ、みんなが倹約したら、税収増えるわけないよね。消費税なんか減る一方だろうし、法人税なんて、まず期待できないですわね。

そうか、そりゃ仕方ないわな。

しかし、そんな理屈でこれからの日本は大丈夫なの?
倹約文化って、貴重じゃないですか?
それともアメリカのような大量消費文化がやっぱりいいの?

ま、こんなこと言っていても、日本人がずっと倹約なんかするとは思えないけどね。
ただちょっとバブルの時の反動で金を使うことに臆病になっているだけ。
そのうち、又欲の皮つっぱらかせて、またバカバカ使うに決まってるよ。
そんな倹約の美徳を本当に持ち合わせているの国民の10%ぐらいだ。
だから、今倹約している人を脅かすのはやめてあげてほしいな。

本当に爪に火をともして貯めたお金かもしれないじゃない。
そんな金を、又豊田商事とか変額保険のように、年寄りの弱みに付け込んで巻き上げるということを奨励するつもり?

ほっといてあげなよ。使わない人は使わないで。
死んだら、ほとんど国庫に入る金だよ。倹約こそ美徳という哲学を持ったままで静かに眠っていただけばいいじゃない。
国のおせっかいはほどほどにしたほうがいいと思うよ。

景気が底を打ち、自然反転するのが最上では?無理は禁物だと思う、



確かにね、景気を上向かせるためには、消費の絶対量が増えないといけませんわね。
増えますかね?国はこれから東北の復興のために金を使いますが、それが新たな消費を生み出すかどうか。
金を使っても、最近あまり楽しくないような気もします。
無理やり使わせようとするから、使ってもその分に見合った満足感が得られないのでは。
ということで、私はこれからも倹約します。
老後の不安がある間は、金なんかできるだけ貯めておきたいというのが人情ではないでしょうか。



過去のブログより~ジョージの死

ビートルズのジョージ・ハリソンが亡くなってもうすぐ10年。
これは10年前に書いたペンギンノートから。
折しも、彼の生涯を追ったドキュメンタリー映画『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』が公開されます。
アカデミー賞受賞監督マーティン・スコセッシが世界で初めて描く、ジョージ・ハリスンの音楽ドキュメンタリー。
何か、久しぶりに映画でも見に行こうかという気になっています。
では、過去のブログから、ジョージの死です。

ジョージの死
2001-11-30 20:05
ジョージ・ハリソンが亡くなった。享年58歳。

ビートルズとしてメジャー・デビューしたのは19歳の時のことになる。
20歳で大ブレイク。それからは皆様御存じの通り。

彼は幸せだったのだろうか?

デビュー早々はジョージもよくリード・ヴォーカルをとっていたというが、途中からは専らバックヴォーカルに。
声の迫力はジョンやポールと比べれば確かに劣っていた。
判官びいきとやらで、ジョージにもファンがそこそこついていたが、やはり影の薄い存在だった。

私も熱狂したのは、ジョンのシャウトとポールの高音である。
1枚のアルバムに一曲ぐらい彼にリードをとらしてあげたら、という意見のひとりだった。

ギターでリードをいくら弾こうと、シタールというインドの楽器(それまでは聞いたことのない名前の楽器だった)を導入しようと、子供がオモチャ遊びしているという感覚しかなかった。

ジョージ、できないんだったら無理するなよ。
どうせ、ジョンやポールには勝てっこないんだから。

その点、リンゴはキャラクターで得をしていた。
後で聞くと、とんでもないエエカゲンな人間だったらしいが、表面的にはひょうきんで個性豊かという印象だった。
音楽がなくても潰しのききそうなタイプだった。

ジョージには、結局最後まで何もなかった。

エリック・クラプトンとの出会いは確かに彼の価値を高めたりしたが、ギターの腕はどう聞いてもクラプトンの方が上だ。
「マイ・スイート・ロード」は、悲しいかなオリジナルと呼ぶにはあまりにも某作品に似すぎていた。

サムシングがいい?

アビーロードが発売された時、そんなこと誰も言っていなかったぞ。

ヴォーカルもだめ、ギターも言うほどではない、曲もオリジナリティはさほどでもない。

そんなこと、一番わかっていたのは本人、ジョージではなかったろうか。
彼は、ビートルズの一員であったということだけで、巨万の富を得ることができた。

それは彼にとって幸せだったのだろうか?

私は、確かにジョージが好きだった時代もあった。
だが、彼があれで満足しているとはとても思えなかった。

考えてもみよう。貴方が、報道記者だったとしたら、ビートルズ4人の記者会見で、ジョージに何を聞く?

聞きたい相手は普通ジョンかポールだろう。
笑いをとりたい時はリンゴ。
ジョージに何を聞けばいいと思う。
「昨日は何を食べましたか?」

ジョージはおそらくそんな人生を送ったのではないだろうか?

もちろん、ジョージは音楽の世界では充分すべてに渡って合格点だろう。
ファンも一杯いたし、ヒット曲も、ヒットアルバムも多く存在している。

しかし、ビートルズの世界では彼はどこまで行っても二流だ。それは彼が一番よく分かっていたはずだ。
彼は、日の当たる道を毎日悄然と歩いていた。
その気持ちは、とても私の想像できるものではなかったろう。

さて、私も久しぶりに彼のアルバムを引っぱり出して聞いてみることにしようか。

1980年12月、ジョンがなくなってからもう21年だ。
あの時は、私は「マザー」を何度も聞きながら呆然としていたものだ。

そしてジョージが逝った。

私は、今夜何を聞けばいいのだろうか?

私の青春が一つずつ死んで行く、



私が若い頃レファレンスした人々が一人一人この世から消えていっています。
そのうち、一体今生きている人は誰なのか?と探すようになるかもしれません。
これが人の一生の中で起きることなのだと、日々実感するようになっています。
死は、もはや遠い世界のものではない、五つの赤い風船「遠い世界に」の世界とは死の世界だったのかもしれない。
いや、死に世界なんてないという気もしないではありません。
私にとって、ビートルズはジョンレノンだったと、最近ますます思うようになっています。
ま、今日はそういうことで。



過去のブログより~人事異動(流刑地にて)

古巣の大阪のFM局から人事異動のお知らせというのが送られてきた。
新しい部ができ、それに伴う何人かの人事異動が行われるようだ。
とはいえ、私が在籍していた時は、社員は70人ぐらいいたが、今はその半分。
今や、人事異動とといっても、その選択肢は狭い。(半分は50代だし)
毎回同じ名前が出ているなあと思ったりもする。
ご本人はいつもどんな気持ちでいるのだろうか。
昇格人事もいくつかあるが、権限も増えず給与も上がらないのに、責任ばかり押し付けられるとあまり歓迎しない社員も多い。
そうだよね、20年ぐらい前は一度に5万ぐらいアップしたと記憶しているが、今では残業がない分、年収減なんて例もあるらしい、私なら拒否するかもしれないなあ。
ま、それはそれとして、新しい場所で皆さん頑張ってくだされ。


ということで、今日は過去のブログから人事異動をとりあげた「流刑地にて」を紹介する。
前に書いた、東京支社は懲役3年という話が出てくる。
では、のちほど。


流刑地にて
2001-6-12 17:34

カフカの不条理小説の一つだが、今回はそんな高尚な話ではない。
今、邱永漢さんの『騙してもまだまだ騙せる日本人』という本を読んでいる。
その中で、日本人は海外勤務をする際、行く前から帰ることを考えているというくだりがある。
「外国に住むようになっても、あといくつ寝たら・・と指おり数えて国に帰る日を楽しみにしている。日本人にとって外国に行くのは、流刑にあうようなものだ。」と続く。
これでは、その土地に骨を埋めるつもりで頑張ること等とても期待できないというのだ。

実は、この考えに似たものをFM大阪のかっての同僚たちの中に何度も見たことがある。
大阪から東京支社への人事異動はそんなに頻繁に行われることではないが、不幸にもその異動にあった社員は、だいたい東京に居ても大阪に帰ることばかり考えていたように思う。
私も大阪から東京に移動させられた一人だが、彼等の気持ちの一部は私の中にも共有されていたことは否定できない。
東京に来てから何か月かは、新橋で新幹線が通るのを見ながら、ああ、あれに乗れば大阪に戻れるんだなあ、と何度思ったかしれない。
しかし、私には東京に仕事をしに来たんだという使命感があった。その仕事のためには東京という文化に早く馴染まなければという意識が強かった。
だから、しばらくするとそういう気持ちはどんどん薄れていったと記憶する。

でもほとんどの同僚は違っていたようだ。
馴染んでしまうと帰れなくなると恐れていたとでも言うのだろうか。
先日、ある後輩から「お願いですから、東京でばりばり仕事をしているなんて本社で言わないで下さいね。」と言われたことがある。
「どうして?」と聞くと、「馴染んでいると思って本社が安心してしまい、大阪に帰らせてくれなくなります。」
そんな気持ちで毎日過ごすのは楽しいのだろうかと思ってしまう。
それほど、大阪本社の人間は東京に赴任することがイヤなようだ。
他にも社員が一杯いるのに何で私が・・・という気持ちもあるだろう。
しかも、我慢して東京に行ったとしても、それは少しも出世コースではない。(逆に見捨てられかねない。)

で、私も邱永漢さんと同じ結論になる。
東京に行くことは、流刑にあうことと同じなのだと。
懲役3年の刑と同じ、誰がそんな刑に服したいものか!なのであろう。
大阪人にとっては、海外に行くのも、東京へ行くのも、流刑地に行かされるの同じ?
そうです、これが現実なのだと断言できます。何故か?うーん、そういう気質なんでしょうねえ、日本人は。
その伝だと、私なんか流刑地暮し13年、もう牢名主の貫禄がついてしまって動けないというところか。
うー、「ショーシャンクの空に」のモーガン・フリーマンではないか、まるで。
え?動けないのなら、ジャバ・ザ・ハットだろうって?
うーん、それは東京支社の林君に言ってね。



今でも世の会社の中では、出世競争というのが根強くあるのだろうと思うが、そういうものに無縁になって20年の私には、もはや人事異動というのがピンとこない。
今の会社が演劇製作をメインにしたころ、よく社員から人事異動をするべきだ、人心を一新すべきだと提言を受けたが、こんな小さな会社でも、そんなのが必要なのかと首をかしげたものだった。
おそらく、人事異動に自分の未来をかけている人も大勢いるのだろう。
高いところから冷笑的に見るのもほどほどにしておかないといけないと最近は思うようになってはいるが。
なお、最後に出てくる名前は、プロデューサー・ストーリーに出てくる支社のH君のことです、はい。