カテゴリー : 過去のブログより

過去のブログより~悠々自適

精神的余裕がないというか、集中力が続かないというか、考えながらブログを書くというのがなかなかできない。
プロデューサーになったか~シリーズは、色々思い出しながら書いたり、調べものをしたりして書いているので、どうしても時間がかかってしまい、なかなか完成しない。
早く終わらせて、もっと違う番組のことを書きたいのだが、いつになることやら。
さて、そういうことで、今日も過去のブログ(ペンギンノート)から取り上げる。
ペンギンノートは、一応ネットにあげているので、見ようと思えば見られるが、意外と手間がかかる。
簡単には見られないようにしているので、この欄で紹介するのは虫干しになっていいかなと思っている。
では、今から8年前に書いた「悠々自適」についての書込み。
I’ll be right back, so don’t go away

2003-10-7 20:18
音楽業界の大先輩と久しぶりにお会いした。

私が、FMのディレクターとしてデビューした頃、本当にお世話になった人だ。

今は、会社を退職し、いくつかの会社の顧問的な仕事をやりながら、毎日好きなことにチャレンジされているという。

最近は、コンサートによく行きますね。
自分の金で、自分の好きなアーチストの演奏を聞くのはとてもいい。
充実した時間を過ごせるような気がします。

悠々自適というのは、本当はこういう生き方を指すのだろう。
毎月、ゆったり生活しながら、奥様同伴でライブやコンサートを楽しんでいるという。

うらやますい。

私だって、50をすぎたらそんな生活ができればと思っていた。
自分のやりたいことを、自分のスタンスで、自分の時間を使って、自分のお金を使って。

なのに今の私。

時の奴隷、人の奴隷、そして金の奴隷。

ミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出す。
副題が「時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」。

盗まれたのか、置き忘れてきたのか。

時間を取り返すために、今私は何をすればよいのか。

そんなことを考えながら、今日も色んな人たちによって私の時間は奪い去られている。

いつか、私もモモとなって、時間を取り戻す旅に出たいものだ。

目指せ!悠々自適。

慣れないことをやって、絶対私は疲れている、今は人生の焦点が合っていない、さながら老眼のように、私はおぼろげな現在の中にいる、メガネ、メガネ、メガネ。

<BR>
時の奴隷、人の奴隷、金の奴隷、というのは、今もあまり変わらない。
一番辛いのは、金の奴隷かもしれない。
自由に使える金がなく、出ていく金を算段することが果てしなく続く。
never ending money flow~
自分のために金をかせぎ、自分のために金をつかう。
経営者的立場になってから、そんなことは全くできなくなった。
サラリーマンは気楽だと、本当に思う。
自分のために金をかせぎ、自分のために金を使っている皆さん、それがどれだけ楽か、気づいていますか?
ははは、またぼやいてしまった。
悠々自適、多分、そういうことができる境遇なのかもしれないなあ。




過去のブログより~営業の理不尽

今日も過去のブログを転載します。
私は、FM大阪時代、4年間ほど営業外勤、すなわち番組やスポットをスポンサーに売り歩いておりました。
楽しかったことも辛かったことも一杯ありましたが、一番面倒に思ったのは社内のことでした。
外の人に頭を下げたり、お願いしますお願いしますと必死に相手に媚びたりするのは、別に嫌ではありません。
誠意が通じて、相手が、仕方がない、だまされたと思って買ってあげる、今回だけだよと言われると無性に嬉しかったりしたものです。
しかし、鬱陶しいのは会社からの指示。
ああしろ、こうしろと、理不尽な要求を現場に押しつけてくる、それが一番不愉快でした。
バカじゃなかろうか、そんなもの誰が買うかよと思うものを、売れ!という。
で、お前はこれだけ売れ、売れるまで帰ってくるな、だと。
こんな効率の悪いことを、俺にさせるのか、この馬鹿会社!
ま、営業時代、上司とはよくぶつかったものです。
今も同じような感想を持たれている営業マンの方、たくさんおられるでしょうね。
今日は、その第1回目みたいなものだと思って、お読みください。

2002-10-21 21:20
昨日、営業時代に上司は会社に批判的な言辞を認めなかったと言う話をした。
例え、間違っていようと、会社が一度決めたことは守れということだろう。
これは、ソクラテスが「悪法も又、法だ。」と言って毒杯をあおったことと通じるのかもしれない。

しかし、法と言うのはそこに住む集団に適用される者であって、外部のものにまでそれを強要するのはどうだろう。

明らかに相手が不利益になるのがわかっているのに、会社で決めたことだからと言う理由だけで、営業マンといえどそれに従うべきなのか。

私の経験を語ろう。

当時の専務の発案で、アメリカの本場DJを招聘し、朝の時間帯を国際的にしようというプランがあった。
これは別に悪いことではない。
今さら外人DJなんて珍しくもない、という批判はあったが、それ自体が悪いわけでもないので、専務の責任でやられるならどうぞ御自由にというところだった。

もちろん、スポンサーから本場の外人DJ導入ぐらいで引き合いがあるわけはない。
リスナーが、外人DJを支持して初めてスポンサーが動くのだから、当然と言えば当然のことである。

で、専務、大して話題にもならないのを見て、朝ワイドだけではなく、夕方のワイドも外人DJを採用すると決めた。

夕方は学校から帰って来たヤング層が、エアチェック等で頻繁に放送を聞いてくれる時間だ。
別に外人DJである必要もないが、これも、ま、そう思うならどうぞ御自由にと言う感じだった。(あくまで営業的に言っての話。制作内部では色々あったかもしれない)

ここまではいい。

何と、この専務、朝と夕方の時間のスポットはセット売りでないと売らないなどと言い出した。
元々は営業部長が、朝のワイドのスポットが全く売れないことの責任を問われ、苦し紛れに出したプランらしかった。

で、私達はバカじゃないかと文句を言ったのだ。

朝ワイドのスポンサー・ターゲットは基本的に主婦層であり、一部、車で仕事をしている層である。
だから、クライアントは生活用品メーカー(洗剤とか化粧品とか台所用品等)とか車メーカー等がメインだ。

夕方は、もっぱらヤング向けの商品。
レコードメーカーとかレジャー関連とか専門学校とかがメインになる。

夕方のスポットを買うクライアントに、朝のワイドのスポットをセットで売り付けろというのが会社の方針というわけだ。

でも、これ、おかしいでしょう。

学生層をターゲットにした商品を、主婦に宣伝してもどうしようもないのが、クライアントの意見だ。
しかも、夕方を買ったらおまけに付いてくるのなら、我慢のしようもあろう。

正規の値段で買わせろというのだから、無茶苦茶である。

手本は当時の朝日放送のヤングリクエストだと言うのだ。
ヤンリクは、0時台、1時台、2時台をセット売りしていた。
0時台のスポットが欲しければ、聴取率の悪い2時台も一緒に買えというのだが、これは、そこまでして0時台のスポットが欲しいクライアントがいたのだからまだ納得できる。

ターゲットだって、そんなに変わるわけではないので、ぎりぎり許容できる範囲だろう。

しかし、主婦層の時間とヤング層の時間をセットにしてどうするんだと心から思った。

単に朝と夕方を外人DJ番組にしたという局の事情を押しつけているだけではないか。
それを会社が決めたんだから、お前ら営業マンは文句を言わずに売ってこい、はないだろう。

結果、そんなセットは少しも売れなかった。
当時の営業部長が、専務を説得出来なかったばかりに現場にその矛盾を押しつけただけなのである。

売れなかったから何かペナルティはあったか?

これが実は何もないのだ。
当の部長も、売上が全く伸びないことをもって営業マンを責めることもなかった。
しばらくすると、セット売りの話なんか誰もしなくなった。

朝の時間は相変わらずスポットは売れず、夕方はスポット満杯という状況が戻って来た。

情けない、営業部長といえばそうなのだが、戦前の日本の軍部なんて、結局これとほぼ同じ状況だったに違いない。

大本営の方針は全く根拠のないトンデモ政策だったとしても、下士官は誰一人その問題点を指摘出来なかった。

アメリカを敵にまわしても勝ち目がないことは誰でも知っていたが、一度、決定されたことには反対ができないという馬鹿な掟があったのだ。

私達営業マンは、それで嫌な目にあうだけで済んだが、昔の兵隊さんは、それで自分の命を犠牲にしていったのである。

代償の差はあれ、何て馬鹿馬鹿しい日本人の性癖だろうか。

何か、営業時代の理不尽をこの稿書きながら色々思い出して来た。
ムカムカするので、今日の更新はこれぐらいでやめておこう。


言いたいことはわかってもらえました?でも、こんなこと今の日本社会には日常茶飯事だと思うよ、こんな社会構造持っている日本人が愛国心を持つとどうなるか、少し不安じゃないでしょうか、いかがです?



愛国心云々については、最近、水木しげる「昭和史」全8巻を読んだのですが、まあ愛国心の名の下に、どれだけ戦前の若者は理不尽なことを押し付けられていたのかを痛感しました。
国を愛することと、理不尽をおしつけられることは、天と地ぐらいの違いがあります。
特に教育に押しつけは一番ハーモナイズしないと思います。
営業の理不尽については、本当色々言いたいことがあるのですが、ま、それもおいおいと。




過去のブログより~サントリーの天気予報

サントリーの天気予報のことを昨日書きましたが、それに関する書き込みがあったので紹介します。
作詞作曲はコマーシャルソングの第一人者だった三木鶏郎氏。
京阪電車の歌も南海電鉄の歌も近畿日本鉄道(近鉄)の歌も、みんなこの人が作った。
今では、youtubeで皆聞くことができるようになりました。
便利になりましたねえ。
では、サントリーの天気予報を梅雨に重ねて。

2001-6-6 20:13
梅雨に入ってしまいました。
梅雨のイメージというと、ネガティブなものが多いですね。
じめじめする、カビが生える、鬱陶しい、外に出る気がしない。
昔のラジオでは、こういう季節に合わせて「雨に歌えば」とか「シェルブールの雨傘」、ジリオラ・チンクエッティの「雨」、「雨にぬれても」、「雨の日はショパンの調べ」、そして「雨に消えた初恋」。
どんな初恋なんでしょうね、雨に消えるなんて。歌は御存じ、牛も知ってるカウシルズ。
いやあ、昔はラジオでしつこいぐらいこう言ったものです。
牛も知ってるカウシルズ、馬だけ知らないカウシルズ。
そうそう、梅雨の話でしたね。
梅雨に入ると、天気予報もあまり見る気がしなくなります。どうせ、明日は雨、明後日は雨、明々後日は雨、なんて言ってるに決まってる、そう思ってしまうからでしょうね。
子供の頃、私がとても好きだったのが、サントリーの天気予報。知らない人の方が多いでしょうねえ。
ヤン坊マー坊天気予報みたいなものです。「僕の名前はヤン坊・・・」って歌、たいていの人が知ってますよね。
サントリーの天気予報はこう歌います。
「みなさん、明日の天気はどうでしょう?サントリーが知らせる天気予報・・・・」最後は「サン、サン、サントリーの天気予報、てーんきよーほーうー」で終わります。
メロディがわからないのに、文句だけ書いてもわかりませんでしょうね。
中味は人形劇で、歌詞にあわせて動くだけ。「明日は雨です。お日さま出ない。傘持って出ないと、帰りが怖い、サン、サン、サントリーの天気予報・・・」
毎回、天気予報に合わせて同じシチュエーション。
でも、面白かった。サントリーと言う言葉も覚えたし。
当時はまだ会社名は「洋酒の寿屋」。
開高健さんとか柳原良平さんが宣伝部におられた頃だと思います。
アンクル・トリスにローハイド、トリスを飲んでハワイに行こう!
子供心にもサントリーという言葉に惹かれたものです。
私はサントリーさんに、是非このサントリーの天気予報を復活してもらいたいのです。
別にテレビでやることはありません。自社サイトでやってもらえれば毎日でも見に行きます。
飲めと言われれば、モルツだって飲んでみせますがいかがなもんでやんしょか。

サントリーの天気予報の歌詞は3番までネットの中にあります。
多分、楠トシエさんのCDの中に入っているものを転載したのでしょう。
ただし、実際には歌詞はもっとありました。
晴れ、曇り、雨、雪、嵐、それの組み合わせなど、その都度増やしていったのではないかと思います。
私がとりあげた「明日は雨です」はネットにない、私の覚えているバージョンの一節。(不正確ですが)
もっとあったのですが、すぐには思い出せません。
覚えている方がおられたら、コメントいただければ嬉しいです。