カテゴリー : 2011年 10月20日

過去のブログより~サントリーの天気予報

サントリーの天気予報のことを昨日書きましたが、それに関する書き込みがあったので紹介します。
作詞作曲はコマーシャルソングの第一人者だった三木鶏郎氏。
京阪電車の歌も南海電鉄の歌も近畿日本鉄道(近鉄)の歌も、みんなこの人が作った。
今では、youtubeで皆聞くことができるようになりました。
便利になりましたねえ。
では、サントリーの天気予報を梅雨に重ねて。

2001-6-6 20:13
梅雨に入ってしまいました。
梅雨のイメージというと、ネガティブなものが多いですね。
じめじめする、カビが生える、鬱陶しい、外に出る気がしない。
昔のラジオでは、こういう季節に合わせて「雨に歌えば」とか「シェルブールの雨傘」、ジリオラ・チンクエッティの「雨」、「雨にぬれても」、「雨の日はショパンの調べ」、そして「雨に消えた初恋」。
どんな初恋なんでしょうね、雨に消えるなんて。歌は御存じ、牛も知ってるカウシルズ。
いやあ、昔はラジオでしつこいぐらいこう言ったものです。
牛も知ってるカウシルズ、馬だけ知らないカウシルズ。
そうそう、梅雨の話でしたね。
梅雨に入ると、天気予報もあまり見る気がしなくなります。どうせ、明日は雨、明後日は雨、明々後日は雨、なんて言ってるに決まってる、そう思ってしまうからでしょうね。
子供の頃、私がとても好きだったのが、サントリーの天気予報。知らない人の方が多いでしょうねえ。
ヤン坊マー坊天気予報みたいなものです。「僕の名前はヤン坊・・・」って歌、たいていの人が知ってますよね。
サントリーの天気予報はこう歌います。
「みなさん、明日の天気はどうでしょう?サントリーが知らせる天気予報・・・・」最後は「サン、サン、サントリーの天気予報、てーんきよーほーうー」で終わります。
メロディがわからないのに、文句だけ書いてもわかりませんでしょうね。
中味は人形劇で、歌詞にあわせて動くだけ。「明日は雨です。お日さま出ない。傘持って出ないと、帰りが怖い、サン、サン、サントリーの天気予報・・・」
毎回、天気予報に合わせて同じシチュエーション。
でも、面白かった。サントリーと言う言葉も覚えたし。
当時はまだ会社名は「洋酒の寿屋」。
開高健さんとか柳原良平さんが宣伝部におられた頃だと思います。
アンクル・トリスにローハイド、トリスを飲んでハワイに行こう!
子供心にもサントリーという言葉に惹かれたものです。
私はサントリーさんに、是非このサントリーの天気予報を復活してもらいたいのです。
別にテレビでやることはありません。自社サイトでやってもらえれば毎日でも見に行きます。
飲めと言われれば、モルツだって飲んでみせますがいかがなもんでやんしょか。

サントリーの天気予報の歌詞は3番までネットの中にあります。
多分、楠トシエさんのCDの中に入っているものを転載したのでしょう。
ただし、実際には歌詞はもっとありました。
晴れ、曇り、雨、雪、嵐、それの組み合わせなど、その都度増やしていったのではないかと思います。
私がとりあげた「明日は雨です」はネットにない、私の覚えているバージョンの一節。(不正確ですが)
もっとあったのですが、すぐには思い出せません。
覚えている方がおられたら、コメントいただければ嬉しいです。





過去のブログより~電気のABC

3.11以来、脱原発の流れは増水時の滝のようです。
既得権の岩に向かって、ガンガン流れがあたっているごときです。
「涓滴(けんてき)岩を穿つ」という言葉がありますが、小さなしずくもいつか岩に穴をあけるのかもしれません。
私は、原子力発電そのものを否定したことはありませんが、必然的に発生する核のゴミを処理できない限り、推進すべきではないという立場でした。
ゴミ処理を考えないで、快楽だけを享受しようという人たちの真意を疑っておりました。
普通の人だったら、あんな危なっかしい核のゴミをほったらかして平気でいられるはずはないのですが。


何なのでしょうね、金に目がくらんで真実が見えなかったのでしょうか。


さて、過去のブログで、原子力を書いたものはなかったかなと探したら、2001年にありました。
今日は、それを紹介。
タイトルは「電気のABC」、本文にもありますが、電気のイロハを教える番組。
朝日放送(ABC)で流れていたので、タイトルも「電気のABC」になったのだと思われます。
では、お読みいただこう。
I’ll come back soon,so don’t go away.

2001-6-7 19:50
昔のテレビ番組の題名である。
関西電力提供で朝日放送(ABC)が放送していた。
出演は泉田行夫さん。
元NHKのアナウンサーで後に大阪芸大教授にもなられた人。何を隠そう私も泉田先生からアナウンスメントを教えられたひとりだ。
芥川の「蜘蛛の糸」とか伊丹十三の「女たちよ」などを教材にして、朗読を習ったりしたわけだが、その暖かい声質は余人に代えがたいものがあった。
95年に亡くなられた。今も時々思い出すたびに、若き自分の身の程知らずな野望が記憶として蘇ってくる。
申し訳ないですね、こんな私になってしまって。
話を元へ戻す。
「電気のABC」は電気の啓蒙番組という位置付けであったと思う。
電気はどういう風に作られるのか、こういう使い方は危険、新しい電気器具のお知らせ等々。
その中で、泉田行夫さんはこうおっしゃっていた。
「電気はまだまだふんだんにあります。どんどん皆さんも使って下さいね。」
水力と火力発電の割合が半々の頃だだったと思う。
もちろん、原子力などというものは実用化されていない。
一杯あるからどんどん使え、これを浪費のすすめなどと思わないでもらいたい。
「御飯はいくらでもあるから、どんどんお代わりしてね。」という母の言葉でもあるのだ。
やっと御飯が各家庭に供給できるようになった。だから、もう遠慮しなくてもいいんだよ、そういうメッセージだ。
電気もそう。
簡単に停電していた時代だ。まだヒューズを交換していた時代でもあるし、天井の電球に三つ又ソケットを差し込んで、たこ足配線で電気を使っていた頃の話だ。


今では泉田先生の「電気は余っているからどんどん使え」というメッセージはとんでもない戯れ言になるだろう。
原子力発電に依拠する我々の文明生活は正しいのかと論議される時代となった。
パラダイムが変わってしまったのだ。そして、又次のパラダイムが始るのかもしれない。
昨日この欄でとりあげた、サントリーの天気予報で思い出した番組だ。
ついでにNHKの番組「ケペル先生の、何でも考え、かんでも知って、何でもかんでもやってみよう」でおなじみの(?)「ものしり博士」も思い出したのだが、その話はまたいつかすることにしたい。
雷の光を見ながらふと書きはじめた、今日のペンギン・ノートでした。



本文にもあるとおり、パラダイムが変わり始めたのを感じます。
「原子力しかない、安全だ、大丈夫だ」 → 「原発は怖い。安全なはずはない」
このパラダイム・シフト、もはや止めることはできないのではないでしょうか。
しかし、「電気はふんだんにあります、どんどん使ってくださいね」というメッセージは「ご飯、一杯あるから、どんどん食べてね」という母親の言葉でもあるというのは、私のような世代の人間には理解できますが、飽食の時代に育った人にはどうなんでしょうね。


なお、最後にある「ペンギンノート」というのは、私の書き込みの総称。
当時は、まだブログという言葉は一般化されていませんでした。
「サントリーの天気予報」には楠トシエさんの歌による天気予報番組。
詳しいことは後ほどこのブログで紹介します。

http://music.yahoo.co.jp/lyrics/dtl/KAA052192/AAA140852/