カテゴリー : 2011年 10月

過去のブログより~営業の理不尽

今日も過去のブログを転載します。
私は、FM大阪時代、4年間ほど営業外勤、すなわち番組やスポットをスポンサーに売り歩いておりました。
楽しかったことも辛かったことも一杯ありましたが、一番面倒に思ったのは社内のことでした。
外の人に頭を下げたり、お願いしますお願いしますと必死に相手に媚びたりするのは、別に嫌ではありません。
誠意が通じて、相手が、仕方がない、だまされたと思って買ってあげる、今回だけだよと言われると無性に嬉しかったりしたものです。
しかし、鬱陶しいのは会社からの指示。
ああしろ、こうしろと、理不尽な要求を現場に押しつけてくる、それが一番不愉快でした。
バカじゃなかろうか、そんなもの誰が買うかよと思うものを、売れ!という。
で、お前はこれだけ売れ、売れるまで帰ってくるな、だと。
こんな効率の悪いことを、俺にさせるのか、この馬鹿会社!
ま、営業時代、上司とはよくぶつかったものです。
今も同じような感想を持たれている営業マンの方、たくさんおられるでしょうね。
今日は、その第1回目みたいなものだと思って、お読みください。

2002-10-21 21:20
昨日、営業時代に上司は会社に批判的な言辞を認めなかったと言う話をした。
例え、間違っていようと、会社が一度決めたことは守れということだろう。
これは、ソクラテスが「悪法も又、法だ。」と言って毒杯をあおったことと通じるのかもしれない。

しかし、法と言うのはそこに住む集団に適用される者であって、外部のものにまでそれを強要するのはどうだろう。

明らかに相手が不利益になるのがわかっているのに、会社で決めたことだからと言う理由だけで、営業マンといえどそれに従うべきなのか。

私の経験を語ろう。

当時の専務の発案で、アメリカの本場DJを招聘し、朝の時間帯を国際的にしようというプランがあった。
これは別に悪いことではない。
今さら外人DJなんて珍しくもない、という批判はあったが、それ自体が悪いわけでもないので、専務の責任でやられるならどうぞ御自由にというところだった。

もちろん、スポンサーから本場の外人DJ導入ぐらいで引き合いがあるわけはない。
リスナーが、外人DJを支持して初めてスポンサーが動くのだから、当然と言えば当然のことである。

で、専務、大して話題にもならないのを見て、朝ワイドだけではなく、夕方のワイドも外人DJを採用すると決めた。

夕方は学校から帰って来たヤング層が、エアチェック等で頻繁に放送を聞いてくれる時間だ。
別に外人DJである必要もないが、これも、ま、そう思うならどうぞ御自由にと言う感じだった。(あくまで営業的に言っての話。制作内部では色々あったかもしれない)

ここまではいい。

何と、この専務、朝と夕方の時間のスポットはセット売りでないと売らないなどと言い出した。
元々は営業部長が、朝のワイドのスポットが全く売れないことの責任を問われ、苦し紛れに出したプランらしかった。

で、私達はバカじゃないかと文句を言ったのだ。

朝ワイドのスポンサー・ターゲットは基本的に主婦層であり、一部、車で仕事をしている層である。
だから、クライアントは生活用品メーカー(洗剤とか化粧品とか台所用品等)とか車メーカー等がメインだ。

夕方は、もっぱらヤング向けの商品。
レコードメーカーとかレジャー関連とか専門学校とかがメインになる。

夕方のスポットを買うクライアントに、朝のワイドのスポットをセットで売り付けろというのが会社の方針というわけだ。

でも、これ、おかしいでしょう。

学生層をターゲットにした商品を、主婦に宣伝してもどうしようもないのが、クライアントの意見だ。
しかも、夕方を買ったらおまけに付いてくるのなら、我慢のしようもあろう。

正規の値段で買わせろというのだから、無茶苦茶である。

手本は当時の朝日放送のヤングリクエストだと言うのだ。
ヤンリクは、0時台、1時台、2時台をセット売りしていた。
0時台のスポットが欲しければ、聴取率の悪い2時台も一緒に買えというのだが、これは、そこまでして0時台のスポットが欲しいクライアントがいたのだからまだ納得できる。

ターゲットだって、そんなに変わるわけではないので、ぎりぎり許容できる範囲だろう。

しかし、主婦層の時間とヤング層の時間をセットにしてどうするんだと心から思った。

単に朝と夕方を外人DJ番組にしたという局の事情を押しつけているだけではないか。
それを会社が決めたんだから、お前ら営業マンは文句を言わずに売ってこい、はないだろう。

結果、そんなセットは少しも売れなかった。
当時の営業部長が、専務を説得出来なかったばかりに現場にその矛盾を押しつけただけなのである。

売れなかったから何かペナルティはあったか?

これが実は何もないのだ。
当の部長も、売上が全く伸びないことをもって営業マンを責めることもなかった。
しばらくすると、セット売りの話なんか誰もしなくなった。

朝の時間は相変わらずスポットは売れず、夕方はスポット満杯という状況が戻って来た。

情けない、営業部長といえばそうなのだが、戦前の日本の軍部なんて、結局これとほぼ同じ状況だったに違いない。

大本営の方針は全く根拠のないトンデモ政策だったとしても、下士官は誰一人その問題点を指摘出来なかった。

アメリカを敵にまわしても勝ち目がないことは誰でも知っていたが、一度、決定されたことには反対ができないという馬鹿な掟があったのだ。

私達営業マンは、それで嫌な目にあうだけで済んだが、昔の兵隊さんは、それで自分の命を犠牲にしていったのである。

代償の差はあれ、何て馬鹿馬鹿しい日本人の性癖だろうか。

何か、営業時代の理不尽をこの稿書きながら色々思い出して来た。
ムカムカするので、今日の更新はこれぐらいでやめておこう。


言いたいことはわかってもらえました?でも、こんなこと今の日本社会には日常茶飯事だと思うよ、こんな社会構造持っている日本人が愛国心を持つとどうなるか、少し不安じゃないでしょうか、いかがです?



愛国心云々については、最近、水木しげる「昭和史」全8巻を読んだのですが、まあ愛国心の名の下に、どれだけ戦前の若者は理不尽なことを押し付けられていたのかを痛感しました。
国を愛することと、理不尽をおしつけられることは、天と地ぐらいの違いがあります。
特に教育に押しつけは一番ハーモナイズしないと思います。
営業の理不尽については、本当色々言いたいことがあるのですが、ま、それもおいおいと。




過去のブログより~サントリーの天気予報

サントリーの天気予報のことを昨日書きましたが、それに関する書き込みがあったので紹介します。
作詞作曲はコマーシャルソングの第一人者だった三木鶏郎氏。
京阪電車の歌も南海電鉄の歌も近畿日本鉄道(近鉄)の歌も、みんなこの人が作った。
今では、youtubeで皆聞くことができるようになりました。
便利になりましたねえ。
では、サントリーの天気予報を梅雨に重ねて。

2001-6-6 20:13
梅雨に入ってしまいました。
梅雨のイメージというと、ネガティブなものが多いですね。
じめじめする、カビが生える、鬱陶しい、外に出る気がしない。
昔のラジオでは、こういう季節に合わせて「雨に歌えば」とか「シェルブールの雨傘」、ジリオラ・チンクエッティの「雨」、「雨にぬれても」、「雨の日はショパンの調べ」、そして「雨に消えた初恋」。
どんな初恋なんでしょうね、雨に消えるなんて。歌は御存じ、牛も知ってるカウシルズ。
いやあ、昔はラジオでしつこいぐらいこう言ったものです。
牛も知ってるカウシルズ、馬だけ知らないカウシルズ。
そうそう、梅雨の話でしたね。
梅雨に入ると、天気予報もあまり見る気がしなくなります。どうせ、明日は雨、明後日は雨、明々後日は雨、なんて言ってるに決まってる、そう思ってしまうからでしょうね。
子供の頃、私がとても好きだったのが、サントリーの天気予報。知らない人の方が多いでしょうねえ。
ヤン坊マー坊天気予報みたいなものです。「僕の名前はヤン坊・・・」って歌、たいていの人が知ってますよね。
サントリーの天気予報はこう歌います。
「みなさん、明日の天気はどうでしょう?サントリーが知らせる天気予報・・・・」最後は「サン、サン、サントリーの天気予報、てーんきよーほーうー」で終わります。
メロディがわからないのに、文句だけ書いてもわかりませんでしょうね。
中味は人形劇で、歌詞にあわせて動くだけ。「明日は雨です。お日さま出ない。傘持って出ないと、帰りが怖い、サン、サン、サントリーの天気予報・・・」
毎回、天気予報に合わせて同じシチュエーション。
でも、面白かった。サントリーと言う言葉も覚えたし。
当時はまだ会社名は「洋酒の寿屋」。
開高健さんとか柳原良平さんが宣伝部におられた頃だと思います。
アンクル・トリスにローハイド、トリスを飲んでハワイに行こう!
子供心にもサントリーという言葉に惹かれたものです。
私はサントリーさんに、是非このサントリーの天気予報を復活してもらいたいのです。
別にテレビでやることはありません。自社サイトでやってもらえれば毎日でも見に行きます。
飲めと言われれば、モルツだって飲んでみせますがいかがなもんでやんしょか。

サントリーの天気予報の歌詞は3番までネットの中にあります。
多分、楠トシエさんのCDの中に入っているものを転載したのでしょう。
ただし、実際には歌詞はもっとありました。
晴れ、曇り、雨、雪、嵐、それの組み合わせなど、その都度増やしていったのではないかと思います。
私がとりあげた「明日は雨です」はネットにない、私の覚えているバージョンの一節。(不正確ですが)
もっとあったのですが、すぐには思い出せません。
覚えている方がおられたら、コメントいただければ嬉しいです。





過去のブログより~電気のABC

3.11以来、脱原発の流れは増水時の滝のようです。
既得権の岩に向かって、ガンガン流れがあたっているごときです。
「涓滴(けんてき)岩を穿つ」という言葉がありますが、小さなしずくもいつか岩に穴をあけるのかもしれません。
私は、原子力発電そのものを否定したことはありませんが、必然的に発生する核のゴミを処理できない限り、推進すべきではないという立場でした。
ゴミ処理を考えないで、快楽だけを享受しようという人たちの真意を疑っておりました。
普通の人だったら、あんな危なっかしい核のゴミをほったらかして平気でいられるはずはないのですが。


何なのでしょうね、金に目がくらんで真実が見えなかったのでしょうか。


さて、過去のブログで、原子力を書いたものはなかったかなと探したら、2001年にありました。
今日は、それを紹介。
タイトルは「電気のABC」、本文にもありますが、電気のイロハを教える番組。
朝日放送(ABC)で流れていたので、タイトルも「電気のABC」になったのだと思われます。
では、お読みいただこう。
I’ll come back soon,so don’t go away.

2001-6-7 19:50
昔のテレビ番組の題名である。
関西電力提供で朝日放送(ABC)が放送していた。
出演は泉田行夫さん。
元NHKのアナウンサーで後に大阪芸大教授にもなられた人。何を隠そう私も泉田先生からアナウンスメントを教えられたひとりだ。
芥川の「蜘蛛の糸」とか伊丹十三の「女たちよ」などを教材にして、朗読を習ったりしたわけだが、その暖かい声質は余人に代えがたいものがあった。
95年に亡くなられた。今も時々思い出すたびに、若き自分の身の程知らずな野望が記憶として蘇ってくる。
申し訳ないですね、こんな私になってしまって。
話を元へ戻す。
「電気のABC」は電気の啓蒙番組という位置付けであったと思う。
電気はどういう風に作られるのか、こういう使い方は危険、新しい電気器具のお知らせ等々。
その中で、泉田行夫さんはこうおっしゃっていた。
「電気はまだまだふんだんにあります。どんどん皆さんも使って下さいね。」
水力と火力発電の割合が半々の頃だだったと思う。
もちろん、原子力などというものは実用化されていない。
一杯あるからどんどん使え、これを浪費のすすめなどと思わないでもらいたい。
「御飯はいくらでもあるから、どんどんお代わりしてね。」という母の言葉でもあるのだ。
やっと御飯が各家庭に供給できるようになった。だから、もう遠慮しなくてもいいんだよ、そういうメッセージだ。
電気もそう。
簡単に停電していた時代だ。まだヒューズを交換していた時代でもあるし、天井の電球に三つ又ソケットを差し込んで、たこ足配線で電気を使っていた頃の話だ。


今では泉田先生の「電気は余っているからどんどん使え」というメッセージはとんでもない戯れ言になるだろう。
原子力発電に依拠する我々の文明生活は正しいのかと論議される時代となった。
パラダイムが変わってしまったのだ。そして、又次のパラダイムが始るのかもしれない。
昨日この欄でとりあげた、サントリーの天気予報で思い出した番組だ。
ついでにNHKの番組「ケペル先生の、何でも考え、かんでも知って、何でもかんでもやってみよう」でおなじみの(?)「ものしり博士」も思い出したのだが、その話はまたいつかすることにしたい。
雷の光を見ながらふと書きはじめた、今日のペンギン・ノートでした。



本文にもあるとおり、パラダイムが変わり始めたのを感じます。
「原子力しかない、安全だ、大丈夫だ」 → 「原発は怖い。安全なはずはない」
このパラダイム・シフト、もはや止めることはできないのではないでしょうか。
しかし、「電気はふんだんにあります、どんどん使ってくださいね」というメッセージは「ご飯、一杯あるから、どんどん食べてね」という母親の言葉でもあるというのは、私のような世代の人間には理解できますが、飽食の時代に育った人にはどうなんでしょうね。


なお、最後にある「ペンギンノート」というのは、私の書き込みの総称。
当時は、まだブログという言葉は一般化されていませんでした。
「サントリーの天気予報」には楠トシエさんの歌による天気予報番組。
詳しいことは後ほどこのブログで紹介します。

http://music.yahoo.co.jp/lyrics/dtl/KAA052192/AAA140852/