カテゴリー : 2011年 11月16日

今日のツイッター~プロデューサー関連

今日のツイッターで、プロデューサー関連のつぶやきを。
一度に読めるように、この欄にアップすることにした。
しかし、私がプロデューサーを名乗るようになってから、どれぐらい経つだろう。
よく考えたら、私のことをプロデューサーという肩書きで紹介してくれた人、あんまりいないような気がする。
やはり、プロデューサーだと相手に伝わらないのかな。
社長ですとか、元FM大阪の・・とか。
何とかという番組を作った人はまだ近いけどね。
でも、相手に伝わらなくても、私はプロデューサーですと言い続けたい。
うさんくさいですかね?


ブログでプロデューサーについて考え中。いつのまにか私は自分をプロデューサーと呼ぶようになった。それが一番近い肩書きだからだ。ずっと私が社会に対して働きかけていたことは、プロデュースという概念そのもの。 とはいえ、プロデューサーという肩書きに怪訝な顔をされる人も多いが。
posted at 12:36:47


じゃ、プロデュースって何?となって、とにかく人々のニーズを前提にして、それを達成することかなと。それはディレクターより偉い人とか、映画を作る金を調達する人というイメージとは少し違う。私はラジオ局出身者だから、どうしても番組のプロデュースがメインになるが、最近はそんな仕事も少ない。
posted at 12:39:28


ラジオ番組って、予算が本当に少ない。少ない額で何ができるかを日々考える、それがラジオのプロデューサーの仕事。いきなり、予算は潤沢にあるので、あっという番組を考えてくださいといわれても、普段、逆のことばかりやっていると、その予算に見合ったコンテンツに思い当たらなかったりする。
posted at 12:41:24


テレビで、1本100万の人が、ラジオだと10万以下になる。今ラジオに出ている人は、それでもいい、ラジオはとてもやさしい表現の場だからという位置づけのようだ。名前のある人に、「すみません、番組の提供クレジット言ってくれません?」なんて頼むと、「あ、そうですか」と答が返ってくる。
posted at 12:43:58


この番組は時代をリードする○○の提供でお送りします。 意外と面白がってやってくれたりする。事務所のテレビしか知らないマネージャーは、「ええ!それは契約してもらって・・」なんて野暮なことを言う。 本人がやると言っているんだからいいじゃない、ここはラジオなんだよと言い返す。
posted at 12:46:20


ラジオの番組提供スポンサーは、別に出演者のスポンサーではない。あくまで番組のスポンサー。ギャラが少ないかどうかはスポンサー的には知ったことではない。 全国ネットとなると毎月3~4桁の金を払っているのだ。金のことを言い出すのはラジオの世界では野暮。早い話、家内制手工業みたいなもの。
posted at 12:49:55


いやならテレビに出ていろよ、ラジオは別にテレビ志向の人は要らないのだから。ま、ラジオのプロデューサーはここまで言い切らないと生きていけない。悪いけど、文化が違うんだ。金がほしければテレビにどうぞ。人々の暖かい心に触れたければラジオはそれを満たしてくれますよ、と。
posted at 12:52:20


私は、あるアーチストにこう言った。「ラジオは皆さんが帰ってくる港だと思ってください。そこで、日々の航海の思い出話を、待っている人々に語ってあげてください。」テレビとかライブとかは、荒れ狂う航海そのもの。それは大変だろうが、あなたの人生をリッチにしてくれる。
posted at 12:55:35


航海は金になるが、港では基本的に金にならない。むしろ使う場所かも。ラジオは港だと考えれば、そして帰港を待つ人がいっぱいいれば、たとえギャラが安くても得るものは大きいと思うのだ。ラジオはそれほど行動をしばらないし、たいていのことには寛容だ。英気をたっぷり養える場なのだ。
posted at 12:57:53


一度ラジオの楽しさを知った人は、本当はずっとラジオに出ていたいだろうと思う。 永六輔さんは、どれだけ幸せであるかわからない。大阪では浜村淳さん、道上洋三さんもそう。仕事そのものは、大変だが、どれだけ生きている張り合いがあることか。「笑っていいとも」のタモリさん。本当に今楽しい?
posted at 13:00:32


「ラジオは皆さんが帰ってくる港だと思ってください。そこで、日々の航海の思い出話を、待っている人々に語ってあげてください。」というセリフは、私のお気に入りの言葉だ。
そのアーチストの方は、その後毎日何かあるたびに、あ、今度この話を番組でしようとよく思ったらしい。
さて、最後に書いたタモリさん、楽しいというよりも、もはやテレビの生放送なしではたよりないという感覚かもしれない。
それは、みのもんたさんも同じかな。
ランナーズハイというか、麻痺しているというか。
ま、誰でもできることではないので、私のような体力のないアカンタレには想像も出来ない世界なのだと思います。


放送局の未来

放送局今昔論みたいな話になるが、確かに最近の放送局員は質が落ちてきている。
能力が落ちているというより、ユニークさに欠けるというほうが正しいかもしれない。


私が放送局に入った頃は、局には色んな人がいた。
ジャズ評論家もいたし、あやしげな人々を従えながら仕事をしている人もいた。
とんでもないレコードの収集家もいたし、何故かラジカセばかり収集している人がいた。(それは私です。)
女にすぐ手を出す人、自分の声に酔って俺は日本一しゃべりがうまいと豪語していた人もいた。
すぐにヒステリーを起こし、相手が誰であろうと殴るわ蹴るわ、無茶苦茶するけど皆から愛されていた女傑もいた。
ただただ妖艶な人もいたし、何ゆうとんねん、このオカマ野郎!みたいな人もいた。
正直どこかまともじゃない、でもそういう人たちが集まって活気のある放送を毎日流していたと思うのだ。


放送マンなんて、どこか変だから番組は面白いのだ。
みんなが管理者になれば、変は削られる。
とんがった人材はいなくなり、適当なところで妥協する人ばかりになる。
クリエイティブに本来妥協はない。
弁証法的なアウフヘーベン(止揚)はあっても、それは妥協することではない。
時間軸の上で変化していくことは重要だが、妥協というあいまいさを残せば、画期的なものに集中する意識は失われる。
管理優先の放送局、はたして時代の波に抗しきれるのか。


かって、あるレコード会社の人も言っていた。
昔は、音楽が本当に好きな連中が入社してきた。
音楽が好きなだけに、彼らが配属されるのを望むのは洋楽部門。
洋楽>邦楽という意識は厳然としてあった。
だが、売上が邦楽>洋楽となりはじめたころから、優秀な人材はレコード会社には入らなくなった。
芸能界が好き、アーチストやアイドルに会いたいだけの、音楽音痴が一杯入ってきて、画期的な音楽はレコード会社からは生まれなくなった。
CDは100万枚売れても、業界には未来はない、なぜなら人材が育たないからだとその人は言っていた。


放送局も同じだ。
テレビもラジオも、本当に優秀な人材はかってほど職場に魅力を感じてはいない。
最初に書いたが、変な奴が放送局には必要だ。
だが、今の時代、そういう連中が行くのはほとんどネット系。
肝心の放送局で働く連中は、ネット系への親和性がそれほどないような気がする。
今頃Ustreamがどうの、なんて言いはじめたり、ツイッターとかfacebookを使って何かできませんかねと言う。
そんなのは、業界の先端を行っていると思われている放送マンの吐く台詞ではない。
どうせ言うなら、もっと先の技術を語れ。
そのあたりにノーハウ本が死ぬほど氾濫しているものに、初めて出会ったような顔をするな、かっこの悪い。


とにかく、放送マンはイノベーターたれ、だ。
後から、ブームを追いかけるようでは、もはや未来はない。
次の時代を作るのは俺たちだ!
その気持ち、心に大きく掲げて、これからの放送局を担って行ってほしい。
老いたるプロデューサーの繰言かもしれないが、心底それを願う次第だ。