カテゴリー : 2011年 11月

過去のブログより~人の心の弱さ

村上龍のことを少し書いた過去のブログを紹介する。
8年前、村上龍原作「昭和歌謡大全集」が映画化された時、プロモーション・イベントを東京と大阪で実施したのを思い出す。
配給はシネカノン、韓国映画「シュリ」や「JSA」が大当たりしていた頃である。
ゲストにピンキー(今陽子)さんや、細川ふみえさん、内田春菊さん、そして主演した松田龍平さんとか。
映画を上映するわけではなく、原宿のギャラリーに昭和歌謡関連のグッズの陳列、そしてシームレスに流れる昭和のヒット曲で映画をプロモートするというものだった。。
ピンキーさんは、学生時代の私の憧れの人だったが、何か二人きりになってしまって、正直年甲斐もなくあがってしまった。
色んなことをイベント・プロデューサーの私に聞いてこられる、その一つ一つの言葉がまぶしかったのだ。
それに、いつまでも若く、みずみずしく輝いておられた。
この時のイベントからは、色んなエピソードが思い出されるのだが、また書く機会があればその時にでも紹介したい。
では、過去のブログから、「人の心の弱さ」。

2003-12-26 20:45

環境が不安定になれば、人間の心も不安定になる。
心が平穏なら、判断を間違ったりしないものだが、何かにかきまわされると、とんでもない失態を演じたりする。

最近では、オレオレ詐欺にかかったりするのもそう。

普通なら、そう簡単に赤の他人の演技にだまされることなどない。

ただ、交通事故で大変だということを頭に言ったり、誰かに脅されていて殺される等と言ったら、受ける方は絶対に動転するはず。

受話器の向こうが誰であろうと、孫だと言っている相手が切羽詰まった状態にいることは理解できるだろう。
じゃあ、その相手が本当に孫なのか?

つまり、孫か孫でないかを判断する前に、受ける側が動転してしまえば、そんな判断力は働かないと思った方がいい。

冷静になって、初めてわかるのだ。
おかしいな、と思っていたのだが、相手が切羽詰まっているので、自分もそれに煽られてしまった。
ああ、なんてことを。

自分はそんなことはない、なんて思ってはいないだろうか。

今まで、財布とかカバンなどを失ってドギマギしたことはなかったろうか。
呆然として、しばらくどうしていいかわからない、という状況になったことはなかったろうか。

そんな経験のある人は、多分、オレオレ詐欺にもかかりやすいと思った方がいい。

詐欺にかからない人は、よほどそういう詐欺的状況になれている(つまり場数を踏んでいる)か、財布やカバンがなくなったからと言って、ま、何とかなるさと思える人だ。

夢で、カバンを置き忘れる夢なんてしょっちゅう見る人は、用心したほうがいい。

詐欺は、そういった、こうあったらどうしようという心の陥穽に入り込むものなのである。

人の心には、いくつかの穴があるものだ。

普通の状況では、その穴はあまり感じないものだ。

しかし、極限状況、つまり精神的に動揺するようなことがあった時、穴は見事に開き、やすやすと判断力も理性もその穴の中に落ちてしまうのだ。

おれは、大丈夫だなんて平常時にはいくらでも言える。

突っ張っているやつほど、心理的圧力には弱いものなのだ。
あまり、原理原則を持たない人、何があってもなるようにしかならない、と思える人、そんな人はほとんど詐欺なんかにはかからない。

ただし、物事に対する思い入れもないから、友達としてはイヤな奴ではあるのだが。

村上龍の「69」を読了した。
1969年の自分の高校時代の一部を描いたと村上氏は書いていた。

その中で、主人公は高校をバリ封鎖して、適当なところで逃げ出す。
仲間と彼はその成功に有頂天になり、学校という権力機構に一矢報いたと無邪気に喜ぶ。

しかし、やがて警察がやってきて、主人公も含め全員補導されるのだが、今まで強気なことばかり吐いていた連中が次々に警察の取り調べに耐えられず、仲間を売って行くのだ。

早い話、みんなヘタレなのである。
ちょっと精神的に揺さぶられると、今まで突っ張っていたものが自分を悪い立場に追い詰めるのだと思いはじめる。

しゃべってしまえば、楽になるよ、と唆されると後は一気呵成の自白ショー。

人間なんて、小市民そのものだ。

人間はプライドは大きいが、心は小さい。

プライドの高いやつほど、ちょっとした挫折で鬱病にかかったりする。

そんなやつを一杯見てきた。

弱いやつほどキャンキャン吠える。

「69」を読み終わって、久しぶりにそういう諦観が甦った。
大学時代、権力と対峙していた時、あるいは違うイデオロギーの連中と対立していた時、この諦観は何度も頭の中をループしていたものだ。

結局、修羅場に強くならないと人はだめなのだ。
理屈なんか、いざとなれば役に立たない。

場数が人を成長させるのだ。
そして、人の心がどれだけ頼りないものであるかを、実体として認識できるようになるのである。



日本の軍隊では「星の数よりの飯(メンコ)の数」という言葉があったと浅田次郎氏が何度も書いている。
階級よりも、兵隊としてどれだけ飯を食ってきたかで価値が決まるという。
つまりは修羅場に強くなるには、現場でどれだけ飯を長く食ってきたかが重要であって、知識なんか屁の突っ張りにもならぬということかもしれない。
私は放送現場では、長く飯を食ってきた方なので、そういう修羅場にはまあまあ強い。
しかし、軍隊でも同じだと思うが、出世競争のような陰湿なものにはどちらかというと弱い。
プロデューサーにはなれても、社長にはなれない、ま、その結果が今の私なんだろうね。



思うこと

千林商店街フェニックスホールで行われた「アイドルフェスタ」のことを書いた。
満席でにぎわったのだが、私はこのことを手放しで喜べない。
子供たちをアイドル扱いし、過渡的にであれ商品化することに躊躇するからだ。
アイドルを語ると、私の話は長くなる。
私自身も子供の頃、アイドルへの憧れを何回も持った。
最初は、スクールメイツ出身の恵とも子。(といっても、知る人は少ないだろうが)
その後、岡崎友紀、キャンディーズ、業界に入ってからはさすがにアイドル歌手をアイドルと見ることができなくなったため、前のように憧れる対象ではなくなったが、それでも心がゆらぐ子も何人かいた。
最近では、KARAは衝撃だった。
いい年したオッサンが、youtubeでKARAばかり追い求めて見ているというのは、いかがなものかと思わないでもない。
何なのだろうね、この心のゆらぎ。
アイドルは疑似セックスの対象なんて、解釈されていた時期もあったが、最近は女性が女性アイドルに熱狂しているのを見ると、そんな単純な解釈でいいのかと思うようになっている。
しかも、私のような立場になると、アイドルは商品化の1つのアイテムにすぎない。
アイドルに対するニーズをつかみ、それに合わせた生身の子をアイドル・イメージそのものに同化させる。
最近は、かってのような純粋さとか清楚さとかはあまり望まれない。
時代をリードするような言動のできるアイドルが珍重されたりする。
アイドル・イノベーターみたいなものだ。
ファンに対して、次はこうしろ、ああしろと上からものを言う、でも心はとても優しく理知的。
コミュニケーションをはかることを優先し、決して偶像ではないというアピールもできることが重要だろう。
確かにそういうアイドルだと、私も何かプロデュースできないだろうかと、まじに心がわくわくする。
とにかく、昨今、アイドルは雨後のタケノコのように、全国的に生まれ始めている。
もはや全国ネットのテレビも、全国を対象とした音楽雑誌、アイドル雑誌も必要ではない。
そして、小なりといえども、アイドルビジネスが成立するのは、今回のフェニックスアイドル祭りでも実感したことだ。
業界人ももっと頭を切り替えないといけない。
今は、私の中ではまとまっていないが、新しいアイドル論が必要になっていると感じている。
それを書こうか?
自信はないけど、そんなことを思い始めているのが今の私だ。


過去のブログより~舞台を作るのは自分

坂本竜馬は、今もまだまだブームが続いており、心酔しておられる有名人の方も多い。
日本シリーズで日本一になったソフトバンク・ホークスのオーナー、孫正義さんもその一人。
確かに、あの生き方は、何らかの志を持った人でなければできなかったろう。
批判される人は多いが、日本の携帯電話をスマートフォンに劇的に変えさせる要因を作ったのは、ソフトバンクに他ならない。
通信業界で長年君臨してきたNTTとKDDIの携帯電話のシェアを大幅に下げさせることなど、後発の企業がなかなかできることではなかったろう。
その意味では、偉大なるプロデューサー、坂本竜馬&孫正義というところか。
どちらも、私は心から評価している存在ではないが。
そういうことで、今日は過去のブログより、竜馬のことを少し書いた「舞台を作るのは自分」を紹介する。
では、また後ほど。

2004-11-30 22:02
人生は一場(いちじょう)の芝居だという。
ただし人生は芝居と決定的に違うところがある。
芝居は、他人が舞台を作ってくれる。
だが、なまの人生は、自分で自分に合った舞台をコツコツと作り、その上で芝居をするのだ。
他人が舞台を作ってくれることはほとんどないと心得よ。

なかなかの達見だ。
もちろん、私のオリジナルではない。
昨日も書いた「竜馬がゆく」の一節である。

竜馬というのは、さしずめ名プロデューサーだったのだろう。
プロデューサーは、一からコツコツと舞台を作るのが仕事だ。
そして、その舞台の上に役者を上げ、思う存分自己表現に専念してもらう。

うまくはまれば、心から嬉しい。
だが、世の中、そんなに簡単に最高のものなどできはしない。
試行錯誤の繰り返し、イライラは募り、毎日はただの苦しみの重なりになる。

いつか、すべてが大団円を迎える。
今の苦労は、そのためのステップ、あるいは一里塚。
未来の栄光のために、今の辛酸を耐える。

それが人生、それが私がプロデューサーであることの証。

今日の仕事は辛かった、明日の仕事、今日よりも更に嫌な一日になることは見えている。
だが、それが人生、それが人間の甲斐性だ。

死して後、やむ。

そう思わないとやっていられない。

燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや、なんてフレーズを思い出した、私が鳳がどうかはわからんが。



さて、そういうことで、あれから9年たった今も、プロデューサーの仕事を細々と続けている。
昨日は、大阪の千林商店街にある、フェニックスホールで、「フェニックス・アイドル祭り」というのに関わっていた。
かってダイエーが発祥し多くの人々をひきつけた街、千林、しかし今は過去の賑わいも半分というところか。
この街を何とか生き生きとした文化が胎動する地域にできないものか。
そう思い、リニューアルしたフェニックスホールを拠点にいくつかプランを考えたりしているところ。
とにかく、アイドル祭りは、200人以上の方を集め、まあまあ成功というところだった。
さて、NEXTは何?
気になるのは、このホール、大阪市の持ち物で外郭団体が管理していること。
橋下さんが、今度の選挙で市長になれば、潰されるのではないかという危惧もないではない。
何か平松現市長不利なんて情報が飛び交っており、全く気が気ではない昨今である。