カテゴリー : 2011年 12月

アイドル論~「We are the 岬めぐり」

前の回で、私はこう書きました。
「私、FM大阪時代に多くのアイドルの方と仕事させていただいた。
その名も「山本コータローのアイドルランド」(全国ネット)という番組もやっていた。
文字通り、毎週アイドルがゲストに来て、山本コータローさんの名作「岬めぐり」の一節を歌ってもらう。
それを、後で編集して、30人ぐらいのアイドルが次々に歌ってつなぐ「岬めぐり」を完成させた。
1度だけ、完成品をオンエアしたが、あの音、今どこにあるのだろうか。
誰か持ってたら、こっそりyoutubeにアップしてもらえないかな?」


で、調べたら既にアップされていました。
なつかしい~♡
歌ってくれたアイドルは26人。
以下はそのリストです。


三田寛子、少女隊、香坂みゆき、風見慎吾、沢田聖子、伊藤麻衣子、サリー、C-C-B、芳本美代子(吉本は間違い)、柏原芳恵、菊池桃子、近藤真彦、志村香、本田美奈子、井森美幸、荻野目­洋子、宮崎ますみ、高橋真美、石川秀美、松本伊代、The Good-bye、The Tube、岡本舞子、戸川純、河合その子、河合奈保子


1985年の「コータローのアイドルランド」からだったと思います。
現場に私はいたのですが、あんまり詳しく覚えていません。
早い話、キャンペーンに来られていたアイドル歌手に、むりやり一節ずつ歌ってもらって、当時話題になっていた「We are the World」風に仕上げたというものです。
そのタイトルは「We are the 岬めぐり」です。
一度お聞きください。



ただ、FM東京の番組という表記がありますが、制作はFM大阪です。ま、どうでもいいことですが。
収録スタジオは虎ノ門にあるFMサウンズ。
スポンサーはシャープで、毎回宣伝担当の方が、写真とサインをゲットしに立会っておられました。
今も、お作りになった写真アルバムを見ながらニヤニヤされていることでしょう。




アイドル下世話ばなし

アイドルについて、下世話な話というか、思い出話を書いてみる。
興味なかったら、二度と書くなとコメントください。


私、FM大阪時代に多くのアイドルの方と仕事させていただいた。
その名も「山本コータローのアイドルランド」(全国ネット)という番組もやっていた。
文字通り、毎週アイドルがゲストに来て、山本コータローさんの名作「岬めぐり」の一節を歌ってもらう。
それを、後で編集して、30人ぐらいのアイドルが次々に歌ってつなぐ「岬めぐり」を完成させた。
1度だけ、完成品をオンエアしたが、あの音、今どこにあるのだろうか。
誰か持ってたら、こっそりyoutubeにアップしてもらえないかな?


印象的だったアイドル、その一人は石川秀美さんかな。
私の番組に出てもらっている時に、事務所には内緒で当時仕事がほとんどなかった薬丸裕英君と交際。
妊娠がわかって、いきなりカミングアウトし、「私、芸能界やめます!」と宣言したのには驚きました。
本当にしっかりした女性で、今も妻として母として完璧にやっていることだと思います。


もう一人は、斉藤由貴さん。
「斉藤由貴のサウンドクルージング」(FM全国ネット)で一緒に仕事をしたのですが、スケールの大きなすごいアイドルの一人でした。
やはり、番組をやっている時に、あの悲劇のアーチスト、尾崎豊と交際。
最終的には破局したみたいですが、番組の収録の途中にも電話していたようです。
あ、こんなことばらしたら、怒られるかな。
斉藤由貴さん、しかし、本当に勉強家というか、よく本を読んでいました。
それも、そんじょそこらの本ではありません、文化論とか芸術論とか、私も読んだことのないような本が多かったです。
「何とか、読みました~?」と聞かれて、ドギマギしたこと数知れず。
それと、話題になっている映画は、ほとんど見ていたのに驚き。
私、時間があったら映画館に行きますと言っておられました。
「アムリ」の主人公みたいな人でしたね。


最近では、元メロン記念日の柴田あゆみさんも面白い存在です。
ソロという形で、先日アーチスト活動を再開されました。
事務所とか、マネージャーとか、芸能界に対して厳しい目を持って望んでおられます。
アイドルはちゃんと教育しないとダメ、私はその点恵まれていたという感想を言っておられました。
今は、NACK5で深夜放送を担当されています。(STROBE NIGHT 火曜日担当 深夜1時~)
人知れず応援しております。


私が関与している大阪のアクターズスクールにも、何人かのアイドルやアイドル予備軍がいます。
その中で、期待しているのが、鎮西寿々歌ちゃん。
現在、NHK教育テレビ(Eテレ)の「大!天才てれびくん」にレギュラー出演しています。
昔はかわいい少女だったのですが、中学生になりアイドルらしい雰囲気が出てきました。
一度、この欄でも彼女について、詳しく紹介してみようかと思っています。
何か質問ありましたら、コメントください。


ということでアイドル下世話ばなし。
もう遅いので、このあたりでお開きをば。




給与の話他・2

昨日の本ブログへのアクセス、ついに200を超えました。
元の「フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編」は、1日のアクセス1000を越えることもありましたが、それは始めてから5年あまり後でした。
スタート3ヶ月で200を超えるというのはとても嬉しいことです。
特に、私のブログをよく取り上げてくださる「駄文にゅうす」さんのおかげかもしれません。
やはり、多くの人にアクセスしてもらえると、よし頑張って今日も書こうという気になります。
反応がなかったら、落ち込みますし、何か空しいなと思ってしまうんです、人間ですから。
ということで、お越しくださいました皆さん、本当にありがとうございます。
今後ともよろしくごひいきに。


さて、昨日の続き、放送局員の給与。
私、年収は良い時で、やはり1000万は超えておりました。
羨ましいなと言われるのは覚悟ですが、その内実といえば、相当量を残業代が占めています。
多い時は月100時間を越えました。
毎日4時間は残業、そして土曜も日曜も出社。
信じられないかもしれませんが、簡単に100時間を越えます。
何故そんなに働いたのかといわれるかもしれませんが、別に会社に命令されたわけではありません。
家にいるより、会社にいた方が、自分にとってはプラスというのが実感でした。
とにかく会社は宝の山という感覚でしょうか。
レコードも情報もふんだんにあり、スタジオの設備は使い放題です。
今とは違うといいますか、仕事で必要なものは会社にしかなかったという感じでしょうか。
土曜日曜も休みはなかったと書きましたが、実は私、ニュースアナウンサーもやっていて、土曜や日曜が泊まりのシフト勤務だったというのが本当のところです。
泊まりアナウンサーの本来の勤務は午後6時に出社。
最初の仕事は7時のニュース。それから2回ほどニュースがあり、夜は宿直要員。
仮眠は基本的に4時間とれます。
朝は6時過ぎに最初のニュース。
またそれから2回ほどニュースを読んで10時にアップというのが基本です。
ただし、これはアナウンサーとしての基本。
私は同時にディレクターもしていましたから、時間の都合上、泊まりの日は3時には出社。
明けの日は、多少眠いですが、2時ぐらいまで会社にいて別の仕事をしていました。
残業代もつきますし、宿直手当もつきますから、年収1千万を越すのはそれほど難しくもありません。
ただ、それは何もしなくてももらえるわけではない、とにかく自分の時間を犠牲にして得た1千万でした。
仕事が好きだからできることです。
制作の仕事というのは、早い話、ここまででOKというのがありません。
やり出したら止まらない、妥協なんかしたくもないという気分でした。
他の部署からはよく言われました、残業代かせぎだと。
その気持ちはよくわかります。
何しろ、私は営業外勤をやっていた時、残業なんかあっても月20時間程度でしたから。
売上をいくら上げても、年収1千万なんか行きません。
それに比べて、ただ消費するだけの部署、制作部の社員だったら、周りからちやほやされ、ディレクターでございとええかっこし、あちらからもこちらからも招待され、接待され、それでいて年収1000万超える。
そりゃ、他の部署から見たら腹立たしい限りだったでしょうね。


ただし、実際はそういう冷たい目でみられる分、制作という部署は孤独なものでしたね。
ちやほやされているように周りからは見えるでしょうが、相手だって利用しようとやってくるわけですから、そんなものを額面どおり受取るわけにはいきません。
招待も接待も、別に受けたくはないことの方が多かったです。
第一、そのために仕事がかえって忙しくなったりするわけで、ちやほやされているところばかり指摘されても、言われる側としたら憮然となることもしばしばでしたね。
接待されるより、接待しているほうが絶対に楽ですよ。
営業も制作も経験した私が言うのですから間違いありません。


さて、そういう夢のような1000万の年収、ラジオ局ではもはやありえないと指摘されています。
今日、久しぶりに古巣のFM局の役員と話したのですが、ボーナスなんか基本給×0.5ヶ月がせいぜい、今後も待遇がよくなったりすることは考えられないと言われていました。
売上は前年の90%で推移するのは避けられない、今までのような商売のやり方では5年後には今の半分になっているとの予想も出ているそうです。
マルチメディア放送への脱皮という課題もあるようですが、それも成算があるわけでなし。
ラジオ業界、嵐の中での漂流が続く、そんな状態なのだと再認識した次第です。