カテゴリー : 2011年 12月

給与の話他

昨日書いたツイートが、多くの方からリツイートされて正直驚いています。
それは、こんな文。
「しかし、放送局に面白いプロデューサーって、減りましたね。ディレクターを喜ばせてくれるようなプロデューサーになってほしいですね。管理ばかり口にするPも多いし、自分の都合ばかり押し付けてくるPも多いと聞きます。Pは現場の空気を作ればいいのです。人にやさしい空気をね。」


人にやさしい空気を作るプロデューサー、ステキですね。
放送関係者の方が、主に反応してくださったという印象です。
多分、そんなプロデューサーは現実にはいないからなんでしょうね。
プロデューサーで、私のこのブログを読んでおられる方、おられましたら是非人にやさしい空気を作ってあげてください。


19日のzakzakの記事に「厳冬のテレビ局…給料20万円足らずのカツカツ内情」というのがあった。
「あるスタッフはワイドショーのスタッフとしてテレビ局へ派遣され、マージンを差っ引かれて、給料は手取り20万足らずだったと語る。」などと書いてある。
ネットでは、20万円もらって花形の仕事をしているんだからまだマシだという声が多かったようだ。
ま、独身だったり、夫婦共働き子供なし(DINKSですね)なら20万円でもいいでしょうが、子供を抱えるようになったら、それじゃいくらなんでも足りないでしょうね。
東京では、部屋代15万ぐらい軽くかかってしまうわけで、20万でOKなんていえるわけありませんから。
本当は、東京の家賃、もっと下げるべきなのでしょうが、今のような一極集中の体制を敷いている限りは無理でしょうね。
政府の無策といえばそれまでなんでしょうが、実際人口が日本各地に分散される政策をとれば、既得権者から大きな圧力がかかることでしょう。
八ツ場ダムでもあれだけ紛糾するぐらいですから、首都移転なんて話になったらそれを阻止する勢力は半端ないと思いますよ。


しかし、放送局の社員と下請けの給与の差は開くばかりですね。
私が現役の時も、社員と制作会社の人との待遇は相当違っていました。
やっている仕事は同じなのに、時給単価は倍ほど違っていた気がします。
勢い、制作会社の人は多くの仕事をこなさないと生活ができません。
で、どうしても仕事の質が落ちるというか、雑になる。
私ら社員は、スタジオを自由に使えるし、自分の興味のある分野に自分の金をつぎこめるし、仕事がなくなる恐怖など全くない。
仕事がその分丁寧になるというか、あえていうなら、よりクリエイティブになるというか。
で、今の放送局の社員、そういうメリットがだんだんなくなってきているなんて話をされています。
私の古巣のFM局、最近ボーナスは1ヶ月でるかどうからしい。
私の時は4~5ヶ月は支給されていました。
月の給料は退職金に跳ね返るので、あんまり上げないが、ボーナスならその時の業績に連動するので、まあまあ大盤振る舞いされていたようです。
正直、今の年収だと放送局の魅力は半減ですね。
給与の話、次回ももう少し書いてみるつもりです。



大器晩成という言葉がある。
広辞苑によれば「鐘や鼎(かなえ)のような大きな器は簡単には出来上がらない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。」とある。
学校教育でよく先生が言った言葉でもある。
おまえは、今はダメだが、将来大きな人物になるよというのだ。
「このクラスは大器晩成型だな。」と慰めるように言う教師もいた。
早い話、みんな大したことなかったと言っているわけだ、傷つかないように。


そういえば、私も何度かそう言われたな。
結局、大器でなかったのか、晩成もせずじまいだったが。


そういえば、人を器という言葉で表現することがある。
あの人は器が大きいとか、器が小さいとか。
器=許容量ということだろうか。
人を許せたり、人に対して寛容であったり、小さいことにこだわらず、何があっても動揺しない、そういう人柄を器の大きい人と言うようだ。
器の小さい人は、その逆ということになる。
世の中、どちらが多いかというと、圧倒的に器の小さい人。
大きい器を持った人など、なかなか出会えるものではない。
私が社会人として育ったFM大阪の先輩や同僚、後輩の中に、この人は本当に器が大きいなと思った人は一人もいない。
そこそこの人格者でも、例えば自分が不利になりそうな場合、責任をうまく他人に押し付けたりしていた。
所詮、サラリーマンなんだなとその時思った。
ふだん言っていた聖人君子の道はどこへ行ったんだと、ため息をつく私だった。


放送局に、器の大きい人なんかいない?
そんなことはないと思う、でも、大変貴重な存在のはず。
むやみに大きくなくてもいいから、そこそこの器であってほしいと思うことはよくある。
特に私のようなプロデューサー的立場の人。
とにかく、プロデューサーは人に寛容であってほしいし、人を許す度量をもってほしい。
タレントにしても、ディレクターにしても、スタッフにしても、人は誰でも何らかの間違いをするものだ。
その間違いを常に監視し、見つけ次第注意するなどということをやっていたら、人は間違いを恐れて冒険をしなくなる。
つまり、楽なやり方で、その場その場を取り繕ってしまうのだ。
そんなところから、本当の面白さは生まれるだろうか。
新しい方法論は生まれるだろうか。
間違ってもいいから、自由にやればいい、何かあれば私がその責任を持つ。
プロデューサーなら、これぐらいのことを言わないといけない。
それが言えないのは、結局プロデューサーが間違うのを恐れ、一番簡単なやり方でその場を取り繕ってしまうからだ。


どんな誤謬も許さない、政治の世界でも最近目立つのが気になる。
この国はいつから共産圏の国家になったのか。
死の町という言葉を許さないし、ちょっとした言い間違いを許さないし、わかりやすくするために使った比喩さえ、それはこういう意味にとれると言って非難する。
そんなこと言っていたら、わかりやすい言葉を政治家はますます使わなくなるぞ。
今の官僚言葉が典型だろう、確かに後から突っ込まれることもないかわりに、実際に何言っているのかわからなくなる。
民に伝わらない言葉を駆使すれば、彼らの権力はいつまでも担保される、そんなことでいいのだろうか。


話がそれてしまった。
プロデューサーは、できるだけ器を大きくもてるよう日々精進しないといけない。
スタッフの責任を追及するのではなく、いつでもその責任を肩代わりできるよう、状況の把握に努めなければならない。
ガミガミと起こってみても、相手が萎縮するだけなら、適当に切り上げないといけないし、つまらないことを根にもってはいけない。
目的は何か、それをいつも正しく示すこと、そしてそれが認識されているのがわかれば、手段を間違えても詮索しないことだ。
多少の脱線は許すべきだし、また違った方向が一つの進化の道をたどることもよくあることだ。
こうでなければならないと言ってしまえば、プロデューサーの負けだ。
抽象的かもしれないが、私はいつもそう思っている。




昨日のツイッターより~ラジオ論

昨日のツイッターで、ラジオに関する話を展開。
多くの人からリツイートされたり、議論を交わしたりで面白かったので、このブログに一部を再掲する。
ラジオ局(放送局)は内向的で、人付き合いが悪いというのは、本当に実感することだ。
彼らは、ちやほやされることに慣れていて、自分から多くの人と付き合おうとはしない。
排他的と言い換えてもいいかな。
利権を持つ人は、えてしてそんな人格になってしまうようだ。


それとラジオマンはオッサン、オバハンなのに、それを自覚しないで若者に訴求しようとしている。
オッサンになっても頭の中はいつまでも20代というのは、昨日北山修さんもラジオで指摘していた。
別にそれはかまわないから、現実を見るときは、ちょっとオジサンであることを意識したほうがいいと思うがな。

放送局、というかラジオ局の将来について、色々と考えているのだが、余計なお世話らしい。放送局って、基本的に内向的というか、外に友達を作らない主義なのかも。欲しいのはお金を持ってくるクライアント、エージェント。でも、それに相手にされなくなっても、相変わらず人付き合いが悪い。

posted at 20:59:29

ラジオ局、もっと愛想よくしたらどうなのかな。芦田愛菜ちゃんみたいに、可愛らしく、ハキハキと、私たちはこんなこと考えているんです~って。もうオッサンにしか見えない、FM局も。それぐらい、番組作っていてわからんのかな。

posted at 21:02:03

自分で書いていて、実感。今のFM局、もはやオッサンのイメージなのだ。そりゃ、若い人に相手にされないよね。なお、少し前に書いた「ラジオのどこがいけないの~、それとも若者が変わったの~♪」は、いしだあゆみさんのヒット曲「あなたならどうする」です。ラジオのいけないところは、全部で~す!なんてね。

posted at 21:08:45

ラジオ局にいる人間は、いかに自分たちがオッサン、オバハンであるかを、鏡を見て認識すべきです。それを認めて、じゃあこれからどうしようと考えないと。ええ年したオッサンが若者にどうウケようかと無駄な裸踊りをしていては未来はないよ。ま、人間なんだから仕方ないけど。

posted at 21:12:07

あらま。FM=中高年ですか。業界人に聞かせてやりたい。 RT @rin_loafer @abex795 FM→中高年、AM→高齢者というボンヤリとしたイメージが私のなかにはありますw

posted at 21:14:57

FM:中高年 AM:高齢者 とのご指摘、なるほどと思いました。中高年といえば40代~ですかね。30代をせめてつかみたいけど,、20代はあきらめて。20代、テレビも見ないそうだし。 RT @abex795 自分が中高年なので、自分にシックリくるというのはそういうことかと

posted at 21:25:02

今もFMは若い層に向けて放送していると思い込んでいる放送マン多数です。実際に聞いている人は40代~とは考えたくないでしょうね。 RT @fuukitomy FMが中高年のものになってて若者が振り向かなくなってる、というのは、言われてみたらあんまり指摘されてないよなぁ…

posted at 22:02:56

FMが40代~のメディアに既になっているのなら、FM802が40代以上はcocoloをどうぞというのは大きな間違いということになりますね。もはやFM自体が40代以上がコアユーザーだとしたら、今回の2波保有は屋上屋を重ねるようなものか・・さて?

posted at 22:05:15

電器の量販店へ行き、ラジオ売り場やチューナーつきのコンポ売り場が、どれだけのスペースをとっているかを見れば、もはやラジオに過去の栄光はないことが実感できると思うんですよ。買う人がいないから売り場が縮小するんです。昔とは違うんです、ラジオ業界の皆さん。

posted at 22:10:31

今日のブログ「ラジオの再編」というタイトルでFM大阪の話を少し。「送信所を飯盛山から移動して生駒山に上げる。一社だけでやるのは大変だからNHKも。大体NHKFMも、もはや県域で放送する理由はないだろう、これだけ再編が叫ばれているのだから。」http://t.co/y4wHG0m4

posted at 22:22:18

ラジオが聴ける携帯電話が人気、ラジオは若者に見捨てられてはいない、なんてことを言う人がいる。若者がラジオを聴きたいから携帯を買っていると思いますか?ラジコを聞くためにスマートフォンを買っていると思いますか?第一、売り場にラジオも聴けて便利と書いたPOP見たことありますか?

posted at 22:28:41

私、今もラジオが好きなので量販店に面白い商品が出ていないか見に行きます。3/11以降、品不足になりみすぼらしいラジオしか売られていません。生産はすべて東南アジアです。日本の町工場が作れば、もっと斬新なラジオが生まれるのにと思っています。

posted at 22:34:43

ほんと、この半年、ラジオ売場にはろくな商品がありません。大体、ラジオの周波数設定はアメリカがデフォなんですよ。日本のラジオの周波数設定、これも又ガラパゴスなんです。何で、こんな設定するのかな、総務省さん。世界標準に合わせるべきでは、TPPが締結されるまで無理?

posted at 22:37:30