カテゴリー : 2012年 1月24日

FM局盛衰記・4

昨日書いたブランド論、現在放送局にいる人にはなかなかピンとこないことかもしれないが、私のような局を離れた人間にとっては切実に感じることなのである。
ブランドを均等性、均質性、価値の維持と書いたが、別に言うと「ブランドとは信頼性であり、品質保証であり、持続性である。」ということだ。
それを買えば社会的に信頼できるし、中味は安心できるし、それは今後も長く使えるという予想もつく。
放送は、もちろんリスナーのためのサービスなのだが、それを金と交換してくれる人は広告主、クライアントである。
ユーザーを、リスナーとするのか、クライアントとするのかでブランド論は少しニュアンスが変わってくる。


リスナーに支持されたからと言って、番組が続くわけではない。
結局スポンサーに恵まれなかったために、惜しまれつつ終了した番組は多い。
皆に愛されている、レーティングの数字も高いだけでは、スポンサーを呼び込めるようなブランドには育たないということの典型だろう。
そのブランドが持続できる要素を既に内包していないと、民放ではより大きい力に抗えないのだろう。


私の経験の中だけでも、FM大阪の番組として懐かしく思い出してもらえるもののほとんどはサス番組(Sustaining Program)である。
早い話、スポンサーなしで維持する(sustaining)番組なのだが、その中にブランド意識というのが隠れているような気もする。
サス番組は、スポンサーがついていない時間の穴埋め番組という言い方もできるが、これと少しニュアンスの違うのがPT番組(participating program)
提供スポンサーという売り方をせず、自由にスポットを流せる番組とでもいおうか。
今のほとんどのラジオのワイド番組はこの形式だ。
そして、一番収益を上げているとも言われている。(ラジオショッピングの占める割合が多いのも最近の特徴)


そういうことで、今のラジオのブランド力というのは、ほぼこういったワイド番組によって形成されている。
FM局のワイド番組というのは、AMほど人気化していない。
それは、音声のみの世界でファンを多く集めることができるパーソナリティの絶対数の差かもしれない。
FM局は、最近そういうDJ系のパーソナリティの発掘にかける金をセーブしているのは明らかだ。
新人で、こいつは凄いなという人材、ほとんど出てこないような気がする。
優秀な人材が入ろうと思えるような華やかさが決定的に欠けているのだろう。
つまり、ブランド力の低下ということになるのかもしれない。


新人が出てこれる場、それは例えば深夜番組だったりする。
テレビでは、まだこのルートは健在で、深夜で話題を集めた番組がゴールデンに進出、新人タレントが脚光を浴びるという例も日常茶飯事だ。
ラジオの世界でも、とにかくまずはとんでもない深夜で番組を始める。
自由に新人にしゃべらせ、面白くなるとリスナーがどんどん増える。
FM大阪で、最近のヒットはaikoだろう。
単なる普通の女の子が、わあわあ言っているうちに、カリスマ的アーチストになっていった。
本人のポテンシャルがそれだけ大きかったといえばそれまでだが、そういう幼魚を自由に泳がせるような大きな池がFM局側にあったということでもあるのだ。
ブランドはそれが育つ場所が必要である。
その場所をけちれば、しょうむないブランドしか生まれてこない。


何か、今回はブランド論に拘りすぎたかもしれない。
次回は、言いにくいけどやはり言っておきたかったことを書く予定。