カテゴリー : 2012年 1月

2012年の展望~放送局編・2

放送業界は確実に下り坂に入った、そういう認識はほぼ固まりつつあると思います。
今までのビジネスモデルでは、民間放送はもう持たない、新しいビジネスモデルが必要、というのもコンセンサスを得つつあります。
しかし、実際にはこれといった方策は提起されていません。
テレビは、地デジの時代に入り、テレビという端末も完全にデジタル対応されています。
HDTVや3D放送ということも当たり前になってきています。
にも関わらず、これらはビジネスとして何も成立していません。
やっていることは、アナログ時代と本質的には何も変わっていません。
BSやCS、ケーブルテレビ、ひかりTV、ワンセグ、VOD、何か言葉は一杯生まれていますが、それらは従来のテレビの売上を少し削り取っただけという印象ではないでしょうか。
テレビはいまだに地上波テレビを指し、それは毎年スポンサーの純粋広告費からの取り分を減らしています。
今年年初の話題は、相変わらず紅白が視聴率を40%とったとかどうとか、それに久しぶりに日本テレビが三冠王を取った、どうだ凄いだろうとか。
何かそんな話題、40歳以上しか興味ないことじゃないでしょうか。
もはや大量消費時代の指標は若者に刺さらないのではないか、私はそんな気がするわけです。


いまだに巨人がどうとか読売がどうとかという話題、ああそうですか、という声しか若者たちから聞こえてきません。
結局、今のテレビ、オッサンオバハン基準でその商品価値を決めているんじゃないでしょうか。
そのあたり、多分広告代理店で働く若い営業マンの方なら認識されていると思います。
一番、鈍感なのは、放送局側の人間、それもいわゆるエライさんという人たちではないかと。
この人たち、知識だけは立派なものをお持ちなんですよ。
また見識もお持ち、世の中の常識もお持ち、ただないのは今の自分たちをとりまく時代認識かもしれません。
過去の集合知を越える、未来知のようなもの、世の中を先取りして、今の時代にあわせて試行錯誤する意欲、既得権者としてアイデンティティを確立させてしまった放送エリートの方には、なかなか肌感覚として持てないものでしょう。


若い放送関係者がよく言います。
会議で、今後放送局がどうするべきか、問題提起をしろと言われ、新しいメディアのあり方、デジタル時代の放送局のあり方を説明しても、机上の空論みたいに言われ相手にされないと。
でも、その会議に出ているエライさんの中で、ブログやっている人もツイッターやっている人もほとんどいない。
辛うじて、フェイスブックに登録している人もいるが、ほとんど何も情報発信していない。
ウェブサイトに関する知識もないし、Eメールだって最低限しか使わない。
それでいて、私はインターネットのことは誰よりもわかっているという顔をしている。
あんた、ただウェブサイトを眺めているだけじゃん。


ラジオ関係者、私が一番つきあっている人たちですが、ほとんどの人がネットの利用者といっても受動的に使っているにすぎません。
ネットは自分が情報を発信し、それをどう受信者側が受取り、またそれを修正してどう再発信するか。
そういった、上方へのスパイラル構造を持たなければ、ネットを活用しているとは言えないでしょう。
そんなことに価値を感じない放送関係者は、過去のビジネスモデルの呪縛から逃れられない、アンシャンレジュームの存在でしかありません。
若者から、「既得権者」と呼ばれ、日々「既得権」を守ることしかできないオヤジとしか思われないのではないでしょうか。
ラジオを聞かないという若者が増えるということは、オヤジの好きな色あせたメディアなんか、反感は覚えても興味など感じないということではないかと思います。
餌を与えれば、若者は食いつく、そうとしか思っていないのではないですか、ラジオ関係者の皆さん。


かつて放送関係者というのは、時代の最先端にいました。
誰よりも時代に敏感、誰よりも人のニーズに対して繊細だったのです
でも、そんな時はすでに過ぎ去りました。
放送局から、未来の息吹はもはや感じられません。


今日もまた かくてありけり 明日もまた かくてありなむ

そこは、もはや迷いの空間でしかありません。
中央に鎮座ましましていた、食べどもつきぬチーズの山は、少しずつどこかへ消えつつあります。
チーズを外に求めるか、過去のチーズをいつまでも追い求めるのか、
2012年は、それが顕著に現れてくる、その端緒の年ではないかと思うのですが、どうですか?



2012年の展望~放送局編

2012年、あけましておめでとうございます。
皆さん、どんなお正月をお迎えになられたでしょうか。
元旦というと、今年はこんな年にしよう、こんな夢を実現しようなどと、多少はポジティブな気持ちになるものですが、さて、皆さん、どんな抱負を持たれたのでしょう。
私は、そうですね、とにかく健康で昨年思ったことを一歩一歩実現に向けて進もうというところでしょうか。
2012年、昨年のようなとんでもない年になれば、夢だ望みだなどと言っている場合ではなくなりますが、まさか二年続けてそんな年にはならないでしょうと楽観論。
後ろ向きでは、人生は面白くありません。
世の中は、おもしろおかしく、まるくまあるく、そう思って、この一年どうぞよろしくお願いします。


さて、新年の第一回目は2012年を展望してみようと思います。
手始めに放送業界はどうなる?という話。
とはいえ、あまり断定的な言い方をすると、営業妨害だ、いい加減にしろと業界関係者から怒られるので、そのあたりは適当にぼやかしながら、考えてみたいと思います。
放送業界、テレビにしてもラジオにしても、これからはバラ色の未来を信じない方がいいでしょう。
NHKは、税金のように受信料を国民からかき集めることができるので、人々がテレビを見ている限り、それほど売上が低迷するということはないでしょう。
しかし民放は正直言って厳しい。
民放が存在するのは、広告業界が放送業界と不即不離であったゆえです。
日本の産業が発達し、消費が伸びれば、同時に広告費も伸びました。
GDPが拡大すれば、放送業界も伸びたのです。
広告費がネットに流れたので、放送業界の売り上げが落ちたという評価が一般的ですが、それは一面的な真理です。
早い話、広告業界は、消費が落ちた分、安くて効率的な広告媒体に移行せざるを得なかっただけなので、ネットが優れているからシフトしたわけではありません。
今までと同じように消費が伸びていれば、ネット広告費も伸びたでしょうが、放送や新聞、雑誌媒体への広告量もここまで減ることはなかったでしょう。
要は、縮むパイを分配していればこうならざるをえなかったということなのです。


テレビやラジオ、BSテレビは特にそうなのですが、今なぜテレビショッピングやラジオショッピングがこんなに流れているのか。
それは、媒体価値の答えが簡単に出るということにつきます。
しかも売上の範囲内で広告費を出すわけですから、クライアントからするとこれは売上に対するバックマージンみたいなものであり、純粋な広告宣伝費というわけではないようです。
つまり、今の放送業界、売上は何とかある水準を保っていたとしても、純粋な広告宣伝費は減る一方だということなのです。
しかも、このショッピング、確実に放送局から客を逃がしているのも事実でしょう。
ユーザー、すなわち視聴者、リスナーの過半数はショッピングを「うざい」と思っている、そう考えていいのではないかと思います。
単なるスポットでもうざいと思っているのがユーザーです。
なのに、長々と広告をやられたら、しかもわざとらしいヨイショを入れられたら、どれだけ不快かは推して知るべしでしょう。
にもかかわらず、テレビもラジオもショッピングをやめることはできません。
売上を維持する方法が他にないからです。


そして、時代は地上波デジタルの時代になりました。
ラジオもradikoで、パソコン系で聞くことができるようになりました。
端末がテレビもラジオもパソコン系になった場合、どういうことが起きるか?
放送形態をいくらでもユーザーが操作できるということです。
イニシアチブを一方的にとっていた供給者側(放送局)から、一部消費者側に移行する、その結果何が起きるか、ユーザーは勝手に不愉快な部分をカットしていきます。
そのカットした部分、それは何をかくそう、放送局側の経営を成り立たせている広告ということになるわけです。


何もいいことはありません、売上減を止める方法は、従来のビジネスモデルにはないはずです。
2012年、デジタル化はさらに進み、どんどん放送局の売上にしめる広告費は減っていくことでしょう。
それに対する答え、放送局側にあるでしょうか。
多分、現場では様々な模索を必死になってされてはおりますが、簡単に見つかるようなものではないでしょう。
今までのビジネスモデルは、どこかで清算しないといけない。
そこから始めないと、ここまで巨大化した放送業界は持たないと思いますが、ちょっと言い過ぎたでしょうか。


この続き、また次回にでも書かせてもらいます。