カテゴリー : 2012年 2月28日

シリーズ 広告代理店・12

私が営業外勤担当だったのは、1980年~1984年の4年弱でした。
言うなら、それほど長い間ではありません。
でも、その間に起こったことは、本当に色々ありました。
何回も書きますが、制作部から営業部に移った当初は、大きな代理店を担当させるのは不安だということで、とりあえずは扱いの少ない中堅代理店を担当させられ、後は適当に営業してきてくれという感じでした。
ただし、イベンター、レコード会社、映画会社、梅田コマなどの劇場は、制作部時代のつきあいもあるだろうから、全部担当してもらうということになりました。
私が担当して、従来の倍以上の売上を達成したのは、結局これらのクライアントを担当してたこそでした。
ま、そんな話を少しずつ書いてみようと思います。


しかし、私、営業に4年いたんですよ。
後半は、なかなか優秀な営業マンだったと思うんです、売上も毎年右肩上がりだったはずですから。
でも、何故か、社内ではそんな話はあまりなし。
というか、どれだけ慣れても、大きな代理店はついに最後まで担当させてもらえませんでした。
そういう担当がなくても、売上を上げていたんだからいいだろうということだったのでしょうか。


結局、私は制作畑の人間で、営業は仮の場所(生意気な奴のお仕置きの場所)という位置づけだったのかもしれません。
その証拠に私が人事異動で制作部に戻る内示を受ける時、何故か営業部長は会社に帰って来ずじまい。
え?私の内示は?と呆然としている私に、営業担当常務が私を手招きし、「君、聞いている通りだ、長い間ご苦労さん。」と一声かけて、そのままお帰りになりました。
聞いているとおりって、聞いてないよ~第一、長い間ご苦労さんって、オレ懲役に行ってたヤクザかよ~。
「営業ではよくやってくれた。惜しいが又制作に戻って、存分に力を発揮してくれたまえ。」ぐらい何故言わん!
何かバカバカしい思いで次の日も出社すると、営業部長がひとこと。
「お、常務から聞いてくれたか?昨日いなくてすまんかったな。後の引継ぎよろしくやってくれ。」で終わりです。
どう思います、みなさん。


さて、広告代理店の関連話を続けます。
放送局は広告代理店を対象に色々な営業企画を提案するのですが、その一つにスポット企画というのがあります。
つまり、スポットを100万円分打ってくれれば、例えばゴルフに招待するとか、プロ野球のボックスシートに招待するとかです。
これは今も何らかの形で行われているはずで、そうですね、本来予定されていなかったスポット出稿を引き出すため、代理店の方が喜びそうなものを提供するという企画なのです。
たまには名門コースで、ゴルフをしたいなと思っている代理店の方、北海道のスキー場でパウダスノーの上をすべりたいなと思っている若手の営業マンの方、そういう方に、貴方が差配できるクライアントのスポット出稿をうちに下さればご招待しますよと耳にささやきかけるというか。
サッカーのワールドカップ招待、イチローの野球を見にシアトル招待、何なら社内で落ちなくて困っている領収書をいただければ、こちらでその額をお渡ししますという領収書企画。(笑い話みたいですが、真偽のほどはムニャムニャ。)
ま、こういう本来なら得られなかったスポット出稿を、娯楽をえさにして吊り上げるというのでしょうか、この世の中、どこの会社でもよくあることではと思いますが、違いますか?


さて、その中でも一番辛かったのは、毎年夏信州で行われるゴルフ企画です。
1台大型バスをチャーターし、広告代理店の方30人ぐらいを招待する2泊3日の企画でした。
つまり、3日間ゴルフをしながら朝から晩まで接待するという企画。
1口100万なら売上3000万ということで、やり始めるとやめられなくなります。
会社役員とか部長や次長、課長は、それほど大変ではないと思いますが、私ら平の営業マンは朝から晩まで動きっぱなし。
準備の段階から、ゴルフの賞品を買いに行ったり、酒や菓子類を買いに行ったり、お帰りの際のお土産を用意したり。
宴会になったら、とにかくお酌をしたり、お客さんからの要望を聞きに走ったり、それを注文に行ったり、自分の分を食べている暇がないというか。
終われば、どこかへ連れて行けという方にはお供をするし、マージャンをしたいという人にはお付き合いするし、本来許されていないビデオを調達して、夜遅くまで上映会したり。
お客さんはいいですよね、適当にあきたら寝れますから、でも私たち営業マンは最後の一人が寝るまで、勝手に寝ることはできません。
いえ、ゴルフも含め一番動き回った人間です、眠くないはずがない、それでも寝ちゃいけないのです、本当辛いです。


帰りのバス、ほんとへとへとです。
でも、幸いなことに、お客さんもさすがに眠いのか、やれビールだの、やれ何かを買って来いだのとは言わず、バスの中では静かに寝てくれます。
そうなると、へとへとの当方、かえって寝れないんですよね。
皆さんの寝顔を見ながら、寝ている人相手には何もアナウンスできずヒマそうにしているバスガイドさん相手に、うだうだと会話。何か、バスガイドさんに対しても接待しているという気分になったりして。
何で、こんな企画やるのかなあ、ゴルフなんかもっと近場でやるか、ハワイかどっかでやればいいのにと本当思いましたね。
(ちなみにハワイ企画というのもありました。当時パンナムー今は亡きパンアメリカン航空がスポンサーの番組があり、その代金の大部分が航空チケットで払われたため、ファーストクラスを使った豪華なハワイ企画でした。でも、私は一度も随行要員には選ばれませんでした。何しろ、お仕置き期間の罪人でしたからね、フンだ。)


さて、それが広告代理店とどれだけ関係あるんだと突っ込みが入りそうです。
気をとりなおして、また次回、おつきあいください。



シリーズ 広告代理店・11

さて、私の愛した広告代理店の話は置いておいて、私の経験した代理店にまつわる話を書くことにします。
第8回で、FM大阪の営業外勤は私を含めて5人いたと書きました。(東京支社にも同じだけの営業外勤がいたと思いますが、支社の話はまた別途触れたいと思います。)
他の4人は、代理店を回るだけでもそこそこ発注が来るが、私は自分で開拓しない限り、発注が向こうからやってくるということはなかったというのが率直な感想です。
ただし、私は元制作ディレクターで音楽業界や映画、演劇など芸能方面にも詳しいと思われたのか、レコード会社、イベンター、映画会社はすべて私担当でした。
元々、FM局の需要はあったのでしょうが、私が担当してから前以上に引き合いがあったような気がします。
イベンターさんは、前にも言いましたが、ほとんど直扱いです。
私が担当する前からそういう慣行だったというので、その後生まれたイベンターさんもすべて直扱い処理にしました。
ほとんど、私のところに直接に連絡されてこられたので、代理店を挟むのはかえって鬱陶しい気がしたからです。
それで、売掛金が回収できなくても、知ったことかという気もありましたね。


ある時は、NHKサービスセンターさんからの発注もありました。
ジョン・デンバーが来日するので、FM大阪でもスポットを打ちたいんですと連絡をいただきました。
へえ~、NHKさんでも民放にスポットを打たれるんですねと聞く私に、ま、私たちは子会社ですからとの返事。
NHK-FMにスポットを打ちたくても、流してくれないからとその時おっしゃっておられました。
今なら、流してくれるかもしれませんが、当時はえらい固いことを言われたらしいです。
で、もちろん、扱いは直。
NHKが払わないはずはないだろう、という私の判断でした。
額も数十万というぐらいでしたから。


後の映画とかレコード会社は必ず代理店がからみます。
レコード会社と代理店で、色々展開を考えておられましたし、いわゆるプール金みたいなものも蓄えておられたような。
一々東京に予算を申請する手間をはぶくために、ある程度の額なら大阪だけで決済しようという思惑なのだと思います。
(最近はそんな慣習を続けるのは難しくなっているはず。実際プール金の話はあまり聞かなくなりました。)
映画会社は、新聞広告や映画案内欄の出稿を担当する代理店が、放送関係も仕切っておられました。
代理店の皆さん、本当に毎日地道に仕事をされる方ばかりで、私たちのような放送マンがどれだけいい加減な営業をしているかを考えさせられたことも多かったです。


さて、私以外の営業マンは、代理店に行くことが重要な仕事になるということになりますが、いわゆる中間管理職の人達(営業部長、次長、課長)は、あまりそれを良いようには言いませんでした。
営業会議というのが毎週月曜日の朝に行われ、先週の営業活動を報告させられるのですが、管理職は「おまえ、その話、先週と同じじゃないか、代理店の話はもうええ、スポンサー行ったんか、スポンサー?」と何かにつけては突っ込みが入ります。
代理店で聞いてきた話だけで、営業報告するなといいたいんでしょう。
確かに、代理店情報だけで、自分の報告時間は埋まるわけですが、そういう態度が気にいらんというのが管理職側なのでしょうね。
そのあたり、代理店情報だけでは全く自分の時間が埋まらない私は、どうしてもスポンサー関連の話しかしませんでしたので、あまり「スポンサー行ったんか!」という突っ込みは受けませんでした。
内心、管理職の3人も、自分が平の時は多分代理店まわりの報告でお茶を濁していたんだろうと思います。
だから、その気持ちがわかるので、あえて同じことを繰り返していたんでしょうね。
人間なんて、所詮そんなものです。


ああ、それで思い出しましたが、ある同僚が毎回ある子供服のメーカーの名前を出すのに業を煮やした営業課長が「おまえ、スポンサーに行けと言っているのに、どうなっているのだ。もういい、おい、フロム、お前、スポンサー行って来い!」なんて会議中にいきなり言い出すのです。
は?ですよ。
何で私に話が振られるの?
横でスポット・デスクが苦笑していました、かわいそう、とばっちり受けてと後で皮肉交じりに言われたものです。


子供服のメーカー、もう30年も前の話ですが、ミキハウスといいます。
本社は大阪、八尾市のはずれ、信貴山のふもとの緑あふれる地にありました。(今もあるのかな?)
その営業課長の話なんか、知らん顔していればいいのですが、興味がないわけでもないし、別に私が営業の責任をとるわけでもないだろうと気軽な気持ちで訪れたわけです。
「あの~FM大阪といいますが、宣伝担当の方とお話させていただけますか?」
断られたら、「断られました。飛び込み営業は一切受け付けられないとのことでした。」と嘘をつけばいいのです。
二度と行けないと思わせればいい、その課長が自分で訪問するはずなどありえないからです。
そんな骨のある課長なら、私などに行かせず、もともと自分で行くでしょう、そう思いませんか。


でも、ミキハウスの方は、ちゃんと応対してくださいました。
しかも、後で聞くと、お会いした方は宣伝のキーマンだったということで、他の人が行ってもなかなか会ってもらえない人だったとのことでした。
そんなことは知りませんから、私、本当に適当なことばかり喋りました。
一番、しゃべったのは野球の話。
ミキハウスの方は、制服が全員野球のユニフォームだったので、放送局対抗の野球大会(民放連野球大会)の話ばかりしてしまいました。
本当に、こいつ何しに来たんだと思われたのではないでしょうか。
で、最終的に得た情報、FM大阪を広告媒体として検討したことは一度もないということでした。
そうでしょうね、子供服の広告媒体はテレビと雑誌でしょうね、と相槌をついたりして。


その後、社に戻って毎回会議でミキハウスの名前を出していた同僚に引継ぎ、私の仕事は終了。
本当、何考えて、私をスポンサーに行かせたんだろう、あの課長は・・・・。


さて、この手の話、しばらく続きます。
色々思い出すのが、楽しくなってまいりました。