カテゴリー : 2012年 2月

シリーズ 広告代理店・4

TVのタイム提供という形式が日本独特のものであるなら、巨大広告代理店はその特殊性から生まれたのではないか。
これが、私の仮説というわけです。
つまり、タイム提供というスキームでクライアント(初期はタニマチ的意味合い)から広告費をいただく。
TV局は、開局からしばらくは経営的には不安定。
何しろ、設備費がバカ高い、放送機器も相当高かったはずです。
集めた金は、こういった管理費にまわり、番組の制作費まで手がまわりづらかったのではないか。
で、その費用をそのままクライアント(スポンサー)から徴集。
つまり、お金をもらって番組をそのスポンサーのために作っていた。(受注生産 or 注文生産)
その集める作業を一手に行ったのが、広告代理店。
ま、最初の頃は、TVの広告費など新聞の比ではなかったでしょうから、どこかの代理店が必死になって売るという状況ではなかったはずです。


で、しばらくするうちに、TVの視聴者が増加、その広告的ニーズが高まるとともに、出稿希望者も増加。
全国ネットがあたりまえになると、その広告費用を負担するのも大変ということになり、1番組1社提供のスタイルが変化。
その全国ネットの費用をあらかじめ広告代理店が払うことにして、その枠を全面1社の広告代理店扱いに。
その結果、1番組1社提供から、1番組1広告代理店扱いに変わっていったわけです。
それだけ、TVの1番組のカロリー(商品価値)が加速度的にアップしたのだと思います。
そんなスタイル、どこの広告代理店ができるわけではありません。
多くのクライアントを抱え、内部に資金を留保している代理店しか、タイムを占有的に扱うなんてことはできません。


ここからは、文字通り上昇スパイラルの世界です。
アドバンテージを大いに利用して、さらにTV局の重要枠(Gタイム)を押さえ、ほとんどのTV局を巨大広告代理店の勢力下に置くことに成功して行ったわけです。
TVの成功が巨大広告代理店を作ったといえるのではないでしょうか。
もし、TV局がアメリカのようにスポット提供という形だけだったとしたら、もっと多くの広告代理店が群雄割拠していたのではないでしょうか。
ま、そのあたりは、たらば話なので何とも言えないでしょうが。


テレビ局は自分たちの力で今の地位を気づいたのではない。
ほとんど、広告代理店が作ったスキームの上で役割を果たしてきただけだ。
今、その広告代理店が、、TVというメディアから興味を失っていったとしたら、はたして彼らに何ができるだろうか。


そうなのです、それこそが、今のFM局、ラジオ局に起こっている現象なのです。
FM局、特にFM東京をキー局とするJFN各局にとって、この事態は直面する大きな課題でもあるのです。
ということで、次回からラジオと広告代理店について書いていきます。
TVと広告代理店に関しては、まだまだ書かないといけないことがあると思いますが、これからの私の課題として、しばらく置いておきたいと思います。




シリーズ 広告代理店・3

広告代理店が今の商業放送のスキームを作ったと前回書きました。
それが成功したビジネスモデルになった経緯を考えて、ふと思いついたのがタイム提供という概念です。
考えたら、このタイム提供という形式、日本独特のものではないかと。
すみません、ご存知の方があったら教えていただきたいのですが、このタイム提供というシステムを取っている国って、他にどどんなところがありますか?


アメリカのTVを見た経験の中では、日本では当たり前のスポンサー表示というかクレジット、お目にかかったことありません。
「この番組は○○の提供でお送りします」、英語でいえば「This program is presented by ○○」というクレジットです。
何なのでしょうね、この提供というスタイル。


CMの入れ方には二つある、一つはタイムCM、もう一つはスポットCM、なんて説明はよく見かけます。
どう違うかというと、タイムCMは番組と不可分、ついでに番組の制作費も負担しないといけない。
スポットCMは、番組とあまり関係がない、自分の好きな時間に流すことができる、もちろん制作費の負担はない。
どうしてこういうスタイルが定着したのでしょう。
以下、私の推測だと受取ってください。


商業テレビ放送が生まれ、そして普及していく段階から私はテレビを体験してきました。
私の知る頃から、多分タイム提供という概念はあったようです。
有名な番組をあげると、「てなもんや三度笠」は前田製菓提供、「やりくりアパート」はダイハツ、「とんま天狗」は大塚製薬。
こういう名前を挙げているときりがないのでこれぐらいにしておきますが、すべて一社一番組という形式でした。
テレビ局側からすると、スポンサーというのは番組の制作費を出してくれて、ついでに電波使用料(電波料)も出して下さるタニマチという認識があったかもしれません。
テレビ局からすると、皆が見たいと思っている番組、人気が出るだろうという番組をスポンサーのご希望などを聞きながら作っていればよかった、極端にいえば「注文生産」というスタイルではなかったかと思います。
作れない場合は、アメリカなど海外から買い付ける、戦後の日本人にとってはアメリカの文化は宝の山でしたから。


さて、上記を円滑に行うためには、何が必要か。
注文生産ですから、自分で注文をとってこないといけません。
しかし、日本には昔から問屋というか、卸売業者というか、「物品の販売又は買い入れ」を中間で取り仕切ってくれる存在がありました。
この場合はスポンサーと放送局をつないでくれる存在です。
そして、後者の海外からの買い付け。
言うならば商社的役割です。
日本人が楽しめそうな海外の番組を買い付けてきて、ついでにスポンサーまでつけて持ってきてくれる存在です。
で、この二つの機能を担い、それを独占的方向で掌握していったのが、電通などの巨大広告代理店ということになる、ま、そういう考え方なのです。


ということで、番組とスポンサーは不可分の存在ということになります。
テレビ局側が番組を自分の金で制作し、それをリク―プするのに一番単純なやり方はスポット売りのはずです。
こういうものを作れば、これだけの人が見てくれる、その人たちはこんな人たちだから、こういうスポットを打てば効果的に消費者にリーチしますよ。
テレビ局には、この延長で売上を伸ばしていくこともできたはずなのです。
でも、そうならなかった、番組をハンドリングしたのは巨大広告代理店であり、テレビ局側は基本そのスキームに乗っかってさえいれば、スポンサーへの販売はすべて勝手にやってくれたのです。


そりゃ、その時にテレビ局側にいて、自分のところの番組を売っていた営業担当の人にとっては、自分たちがテレビを作ってきたんだと言いたい気持ちはあるでしょう。
でも、どうでしょう、商業放送のスキームを作ったのは俺たちだと、本気で言えますか?
その大きな流れをプロデュースしてきたのは、そういった広告代理店ではなかったですか?


ということで、今日はここまでとしておきます。
シリーズを通して、修正しないといけない部分も出てくると思いますが、それは皆さまのご意見等をお聞きしながら進めていきたいと思います。
ではでは・・・。



シリーズ 広告代理店・2

シリーズ広告代理店を書く前に、せっかくなので鎮西寿々歌ちゃん情報を。


NHKのEテレ「大!天才てれびくん」にレギュラー出演しているまだ13歳の寿々歌ちゃん。
集英社さんの編集の方に気に入ってもらえたのか、今週号の「ヤングジャンプ」、昨日発売の「ヤングジャンプ増刊ーアオハル」のグラビアに登場しています。(次回の3/14号も連続掲載予定)
彼女が所属している、大阪のアクターズスクール「ESSEアカデミー」に私もお邪魔し、今後の話等をしてまいりました。
まずは、「アオハル」を、参考資料として事務所にキープしないといけないという話。
早速、大阪の大きな書店に電話を入れたのですが、どこも絶対数が足りない。
茶屋町の書店では、「10冊ぐらい何とか」という希望に対して「3冊しかお渡しできません」と言われてしまいました。
これはそれだけ人気なのか、初版をあまり刷っていないのか。
しばらく、現物さがしにスクールのみんなにお願いしないといけません。


ESSEアカデミーのウェブサイトにも何らかの情報をと思い、管理人に連絡。
でも、アイドルにそれほど強くない人なので、寿々歌の写真を載せるところを、同じ雑誌に掲載している別の女の子の写真を使用。
でも、その女の子(飯田ゆかちゃん、14歳でとても可愛い)の事務所からクレームが来てもいけないので、指摘してその日のうちに寿々歌バージョンに変更。
で、今の状態がこれです。
これからどうなるか、本当に楽しみというか、半分不安・・・。


以上、関係者の気持ちも代弁してみました。


さて、広告代理店の話、何かとってつけたみたいですみません。
繰り返しになりますが、「放送局のビジネスモデルを作ったのは、放送局ではない、広告代理店」です。
ビジネスモデルというより、商売のスキームを作ったという方が正確かもしれません。
民放ラジオも民放テレビも、商業放送として花開いたのは戦後ということになりますね。
基本的には、この商売のやり方、アメリカから入ってきました。
NHKは、そういう意味でいえばイギリスから入ってきたといえるかもしれません。
日本人は、海外のものをうまく日本の実情に適合させながら、新しい文化を発展させるのが得意です。
巨大な広告代理店が登場するのは、いかにも日本らしいといえますね。
ま、その話はおいおいと。


ラジオもテレビも広告代理店からすれば、広告のアウトプットメディアです。
そこに広告を出せば多くの人に認知してもらえる、町の看板や駅のポスター、新聞雑誌の広告欄、早い話本質は同じです。
テレビ、ラジオの特異性は何かというと、それは特定の団体が独占しているということかもしれません。
そのアウトプットは、ここでしかできない、他のものが寄こせといっても、国の認可がなければ譲渡は不可なのです。
つまりそのメディアが力を持つようになれば、利権構造はきわめてシンプルになるということです、少なくとも日本においては。


アメリカは、その点電波の認可は流動的です。
譲渡可能ですし、すべてが自由競争というか、経済原理で動いていきます。
日本では逆に、利権が固定化し、その独占に対して国がお墨付きさえ与えています。
そういう構造ですから、一度ネットの系列が生まれれば、よほどのことがない限り変更はありません。
また資本関係が動くというのも考えにくいわけです。
つまり、広告業界的にはハンドリングしやすい、どこをどう押さえれば、結果はこうという形で出てくると予測しやすいのです。


日本の巨大広告代理店は、そういう固定化の上に存在しているのだと思います。
既得権を守りたいと言う人と利害が完全に一致する。
その庇護の下にいれば、権利は侵害されない、言うことに従っていれば収入は保証され、経営基盤は安定する。
私は、ツイッターに次のように書きました。


一度クライアントの金を集めて分配するのが広告代理店。分配ではなく投資と考えれば、その効率を考えるのは代理店だ。


放送局は製造工場なのだから、言われたとおりに作っていろと広告代理店。とはいえ、放送局の人もプライドがあるから、俺たちがイニシアチブをとって放送文化を作ってきたと言いたい気持ちもわかる。でもね・・・。


放送業界のネクストジェネレーションを作りだせないのは、調整型の人物ばかりが実権をにぎっているからでは。世の中から尊敬されたり、その心意気を敬意をもって受け入れられたりするような人、本当にいない。
放送業界で経営側にたどりつく人は、権利の調整型人間で、ヴェンチャー的な志がある人はあまり出世しないのが普通、じゃないかな。


色んな利害を調整する人物、いわゆる管理型の人物が放送局側に求められているということです。
広告代理店の意に反するような編成方針を行うようなワンマン経営者がたまに出てくるようですが、多分容赦なく叩き潰されるのではないでしょうか。
何考えているんだ、そんな局には広告費の分配はしない!
実際には、皆さん大人ですから、とんでもない言葉でおどしたりはしないようですが、やっていることは同じようなものです。
放送局側のベンチャー思想など、広告代理店にとっては邪魔なものでしかありません。
インターネットが新しい広告メディアとして伸びて行っていることに当惑しているのは、多分巨大広告代理店だと思います。
彼らには、ベンチャー思想があり、勝手に自分たちのビジネスを創造していく。
広告代理店は、それを追いかけるしかない。
ま、今のところは過去の金銭的人的蓄えもあるので、何とか取り繕っていますが、これからの10年は多分大変だと思いますよ。
とにかくテレビで世界的なイベントで食いつなぐしかない、巨大であるがゆえにネット社会の中で小回りがきかない、なんてことになるかもしれません。
この10年、注目してみたいですね。