カテゴリー : 2012年 2月

感想の羅列

2月5日、クオリティーの高い「歌」と「ダンス」で定評のあるガールズユニットが多数集結した「Girl’s Revue -ガールズレヴュ-」のライブイベントがベルサール秋葉原にて行われ、東京女子流、Dream5、Dorothy Little Happy、B♭、PEACEFUL、キャラメル☆リボン、OSAKA BB WAVEの7組が登場した。 

以上は、GirlsNews2/6からの引用。
私が関わっている大阪のアクターズスクール「ESSEアカデミー」から、3人の中学生ユニット、キャラメル☆リボンにもオファーがあり二度目の東京公演となった。(前回は昨年9月の「第4回ヤンヤン歌うステージ」
父親の心境だったが、何とか気後れすることもなく3曲を歌い終えてくれたのでほっとした。


しかし、私はアイドルを育てようと思ったわけではなく、音楽のある青春を楽しく過ごしてほしいと思っていただけなので、あんまりオッサンどもに受けるのはどうなのかと思ってしまう。(ファンの方々、すみません)
3人とも中学生なので、本当は中高生に人気が出てほしいと思わないでもない。
それでいい男見つけて、幸せな日々を送ってもらえればと。
何しろ、アイドルの世界で、変な常識に汚染されたり、心が傷ついたりしないかと不安でならないからだ。
アイドルを志して、その結果幸せになる人なんて、ほんの一握り。
商売には、格好の材料なのは確かなのだが、それから利益を得ている大人どものやっていることを考えると、何だかなあと・・・。
天に唾するようなものかもしれない、適当にしておこう。


当日、ちょっと期待したのが、東京女子流(5人グループ、多分全員中学生だと思うけど)なのだが、一番歌がうまいと思っていた子が足の指を折ったらしく、舞台は4人で何とか務めていた。
でも5人で構成しているダンスは、さすがに4人で補うには無理がある気がして、正直イマイチの出来にがっかりした。
でも一番辛いのは欠場したあぁちゃん(小西彩乃)本人だろうから、これも言うだけ野暮だったかな。


韓流アーチストでよく思うことなのだが、Youtubeを見ている限り、韓国ではメンバーが1人や2人抜けようと別にキャンセルすることなく何とかやっているのが目立つようだ。
KARAだと、たまに4人しかいなかったり、童顔のスンヨンがよく骨折するみたいで、ある時なんか右手をギブスで固定したまま「ミスター」を一緒に歌ったりしていたし、9人組の少女時代も平気で5人とか6人でいつもの曲を歌ったりしていた。
私が、一番好きな韓国のグループ「コブギ」なんか、男1人女2人のユニットなのに、女性が1人いないなんてこともよく見た。
ダンスユニットが加わり、バックボーカルも裏にいるので、女性ヴォーカルが1人いないぐらい何とでもなるのだろう。
大体、韓国のお客さんは、こういうグループに日本のファンのような愛着をあまり持っていないように思う。
いなけりゃそれでいい、と思っているようにしかみえない。


日本で言うと、宮川大助・花子師匠の出番なのに、大助師匠が倒れたので急遽花子師匠が漫談をという感じかな。
すみません、今日は相方が休んでますんで、私一人でやらせていただきます。
かつての西川きよし師匠も、やすし師匠が留置場に入れられて、仕方なしに一人でというのもあった。
寛容というか、そこまでこうでなければならないとは誰も思わないからだろうな。


もし、私どものキャラメル☆リボンの一人のメンバーが休んだら、どうするか?
まず、出さない、そこまで無理して出ることないよと私なら言うに違いない。
完成度を落とし、余計な気を使わせるぐらいなら、ごめんなさい、今日はだれそれがいないのでお休みさせてくださいと頭を下げることを指示するだろう。
それでも出たいというなら別だが。


今日は、何かまとまりのない話をしてしまった。
いつものようにブログ書きましたとツイッターに書き込む勇気は今日はない。




ラジオな日々・4~サマータイムブルース

昨日、脱原発の話をした。
それで、忌野清志郎さんが冗談のように結成したタイマーズのことを思い出した。
いや、このアルバムの時は、まだRCサクセションだったか。
1988年の彼らの一曲、「サマータイムブルース」にはこんな歌詞が。

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ、誰のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い (悪かったな、何だよ)
それでもテレビは言っている
「日本の原発は安全です」
さっぱりわかんねえ、根拠がねえ
これが最後のサマータイム・ブルース

見事な遺言になっている。
さっぱりわからないうちに増殖していった原発が、東北(東海ではなかったが)地震の余波で壊滅した。
テレビは言った「原発は安全だ」と。
見事に言い当てたこの曲を、たぶんどの局も流しはしないだろう。


忌野清志郎さんは、FM大阪の深夜番組で叫んでいた。(確か、東京他へもネットしていたはず)
それがレコードになる、「カバーズ」。
だが、当時の所属レコード会社東芝EMIは、親会社の東芝が原発の仕事を受注しているので、このアルバムの発売中止を決めた。
その時の説得役が石坂敬一氏、ビートルズでかつては脚光を浴び、今はワーナーの会長に復帰して再び注目されている。
石坂氏は損な役割を引き受けた、早い話言論弾圧。
私なら絶対に断りたい仕事である。


納得できない忌野清志郎さんは、もう少し理解力があり、立場的にもある程度はフリーだったキティレコードに「カバーズ」のリリースを依頼。
そこから、レコード会社、放送局、経済界など入り混じりグダグダに。
そこで起きたのが、FM東京、この後のタイマーズを含む放送禁止事件。
「夜をぶっとばせ」、FM大阪では別に放送禁止にしていなかったが、東京はNGということで曲をさしかえるかどうかなんて話をしていたことを思い出す。


私は当時夕方のワイド番組のディレクター。
忌野清志郎さんに同情していた私は、キティからリリースされた曲を毎回かけまくった。
ある時、当時専務取締役だった白木龍雄氏がいきなりスタジオにやってきた。
東京で、JFNの会議から帰ってきたところのようだった。
「あのな、わしは曲をかけるなとは言わん。しかし、節度をもって選曲してくれ、頼んだぞ。」
何か、東京で決まったのだろう。
それを伝えたかったのだろうが、あからさまには言わなかったのだと思う。
「わかりました」と応える私。
だが、やることは同じ、毎回「サマータイムブルース」を流す。
おかげでというか、彼の曲は一位になった。
アート(芸術)が政治力でねじまげられるのは、今も大嫌いである。


しかし、その一位によって時代が修正されることはなかった。
原発は、地元の利害とともに急速に日本全国に広がっていった。
忌野清志郎さんは、フジテレビの「夜のヒットスタジオ」で思い切りFM東京をののしったが、蟷螂の斧でしかなかったようだ。


今の日本のマスコミの意識の低さはひどい!
いや、元々日本のマスコミなんて、昔からこの程度なのさ。
文化人とか評論家も、口では偉そうに言っているが、それで今回の悲劇を止められなかったんだから、あの悲劇的な戦争をあおった、昔の文化人、ジャーナリストと根は一緒なんだよ。


もし、あなたがラジオのディレクターなら、少しでもラジオの選曲権を持っているなら、何も言わずに「サマータイムブルース」をかけてほしい。
何がその後起ころうと、また何も起こらなかろうと、それはそれで今の日本の状況なのだ。
「原発は安全ではない。放射能はコントロール不能なのに、安全を語る人の気がしれない。」
ほんとう、安全だというなら、今すぐ福島第一原発を沈静化させるべきだ。
それができないのなら、安全なんて二度と言うな。


原発の話は、私があえて言うことではなかったかもしれない。
私は、原子力の活用に関しては基本的に好意的なのだ。
何しろ、ぼくたちはアトムの子供なんだから。
ただ、安全でないものを広げるのはやめてほしい、それも金で人々の心を買いあさりながら。
純粋な気持ちで原子力と向き合って欲しい、利権目当てはお願いだからやめてくれ。
金で人々が不幸になるなんて、これを文明社会と呼ぶのは、あまりにもひどすぎるじゃないか。




ラジオな日々・3~脱原発

私がかつて所属していた放送局の後輩がfacebookにこう書いた。
「日本のマスコミの意識のあまりの低さは、怒りを通り越して、民族性として称賛に値する!!」
おいおい、おまえもマスコミの一員だろうが。


ラストサムライ、渡辺謙氏がダボス会議でのスピーチで原発について語ったことを、大手メディアがあえて書かなかった、彼はそれを責めているらしい。
ジャーナリストとして、恥を知れと言いたかったのだろう。
詳しくは把握していないが、渡辺氏が脱原発に触れたことを伝えたのは東京新聞だけだったらしい。
大手紙、大手TV局は、渡辺氏がダボス会議でスピーチをしたことはニュースとして流したが、原発について語ったことは全く報道せずじまい。
そんな姿勢はおかしいのではないか、日本のマスコミ、意識低すぎるとわが後輩君は自分もマスコミ人にもかかわらず叫んでいたのだ。


原発、あいかわらず大手のマスコミにとってはアンタッチャブルなんですよね、基本的に。
今、例えばTVやラジオ(特にTBSラジオのDigではしょっちゅう取り上げているが)で原発問題を語っているが、あれは最低限の話にとどめているというのが現状だろう。
局の上層部、それと営業関係者は苦悩しているはず、何しろ原発問題は深く追求してこなかったからだ。
何故か、それがある意味放送局の掟だったのである、私の時代でもそうだった。


電力会社(ガス会社も同じだが)、本来独占企業なのだからテレビやラジオでCMを流す積極的な理由はない。
あるとすれば、何かあった時のためのマスコミの懐柔策としての出稿である。
古巣のFM局でも関西電力提供番組はあった。
何と、ニュース枠のスポンサーだった。
で、暗に上司は私たちに告げた。
原発関係の事故があった場合、その扱いは慎重にしろ、と。
もちろん、大事故の場合は、率先してニュースとして取り上げる。(他の局も多分そう扱うだろうから、遠慮はしなくていい。)
しかし、例えばちょっとした放射能漏れとか、反対運動のニュースなどは流さない、ま、そういう了解事項である。
ニュース番組の提供会社としては、電力会社というのは本来ふさわしくないかもしれない。
しかし、放送局にとってはそれが逆に営業チャンスにもなるのであり、大手広告代理店もそういうクライアントの意向を十分に汲んで、放送局と交渉してきたと思われる。


今も、その暗黙の了解は消えてはいまい。
了解がなくなるとするならば、他の東京電力以外の全国の電力会社も広告出稿をとりやめた後だろう。(今でも東京以外では電力会社の提供番組やスポットは流れているはず。)
九州電力と佐賀県と元検事郷原信郎さんとの軋轢を見ていても、そういう事態が類推されるではないか。
日本のマスコミの意識が低いと私の後輩は嘆いた。
いや違うんだよ、これからの電力業界の動向が見極められないから、慎重に扱っているにすぎないんだ。
今まで、原発の危険性にはノータッチだった放送局が、今更何が言えるだろう。
1年後、本当に原子力発電所がすべて閉鎖されると決まれば、マスコミは何の気兼ねもなく、脱原発のメッセージを伝えるだろう。
でも、それは今じゃない。
電力会社よりも、大手広告代理店の方がもっと怖い。
下手に動けば、他にも影響する、放送局って今大変なんだから。


意識が低いんじゃなくて、志(こころざし)が元々なかったのかもしれないね。
ジャーナリズムなんて、今の日本では死語に近いかもしれない。
なんちゃってジャーナリストばかり。
最近、田原総一郎さんも、かつての信用を失い気味。
何か、原発にしても、橋下大阪市長の話にしても、無理やり辻褄合わせているだけのようだし。
郷原信郎さんが、ジャーナリストに見えてくるのは何かの趣向なのか。
DJの世界に、糸居五郎さんのような方がいなくなって、なんちゃってDJばかりになったのと同じ現象なのかな。
何かラジオも、ジャーナリズムの世界も、色あせましたねえ、残念だなあ。


そういうことで、ため息が出るような今日のブログでした。
ラジオな日々、次回からも続きます。