カテゴリー : 2012年 3月

シリーズ ラジオの生きる道(13)~radiko!

業界紙「文化通信」に次のような見出しが躍っていました。
「NACK5、ついに聴取率首都圏FM1位に」
くわしい情報は知りませんが、2月の聴取率調査でJ-WAVEやTFMを抑え、1位になったという風に読めますね。
私もNACK5の深夜番組「STROBE NIGHT」に協力させていただいているので、とにもかくにも1位という知らせは嬉しいものです。
とはいえ、実際のところどういう幅の年代で1位と認定されたのか気になるところです。
何しろ、関東には我こそが1位をとったという局が目白押しです。
16~59歳で一位というのは、まだ納得するのですが、M3F3層で第一位と言われても、それがどれだけの意味があるのか。
早い話、出てきた結果の中から自分のところが一位になるようにデータを操作し、それを「われこそは1位の局」と喧伝しているわけで、これで1位が取れない局はよっぽどではないかと思わないでもありません。


元々、ラジオの聴取率調査というのは統計的なデータとしては不十分なものです。
調査期間の間、自分の局を聞いてもらうために、事前にどれだけのPRをしているか、しかもプレゼントを増やしたり、大物ゲストを読んだりして、リスナーのインセンティブを強化していたりするのです。
これで、うちの局はこれだけの人に聞かれていますと言っても、その時だけではないのかと言う疑問に答えることはできません。
とにかくまともに考えたら、レーティングの結果なんか信用するわけにはいかないのですが、まあ大体毎回同じような結果が出ているし、何となくそんな気もするという人も多いので、巷間に流布するのも仕方がないでしょうね。


さて、そういうことは横において、今回のNACK5の一位になった原因の一つとして、私はradikoがあるのではないかと思うのです。
私は東京に住んでいますから、家の中でNACK5を聞くのはなかなか辛いものがありました。
どうしても、TFMやJ-WAVEなどと比べるとチューニングがしにくいのです。
これはAMも同じようなところがあり、NHK第一、第二とTBSはクリアに受信できるのですが、文化放送、ニッポン放送となると少しきつい。
で、ラジオを聞くとなると、おのずと前の三局になるのです。
しかし、radikoが導入されてから、私はNACK5も不自由なく聞けるようになりましたし、文化、ニッポンもそうです。
本来聞こえにくかった文化放送の「大竹まことゴールデンラジオ」がTBSと抜きつ抜かれつの関係になったのも、radikoゆえではないかと最近思うようになっています。
そうです、NACK5の一位の原因もまたradikoにあるのではないかと思ったきっかけです。
radiko、知らぬ間にリスナーの聴取傾向に影響を与えるようになったのではないか、そういう仮説を立ててみたわけです。


さて、radikoが聴取率を引き上げる原因になるのかどうか。
普段データに接することができない私には、それを証明する材料がありません。
ぜひ、関東のラジオ局の方にこのあたりを分析してもらって、radikoを積極的に活用するきっかけにしてほしいと思うのですが、いかがでしょうか。


前にも書きましたが、radikoはラジオのイノベーションを起こすポテンシャルを持っていると思うのです。
radikoは見えるのです、それが普通のラジオ受信機と違うところです。
そしてブランドにもなるのです、ラジオをカッコ良くするきっかけにもなりますし、内容を保証するツールにもなります。
要は、それを使っているラジオ局側にその自覚がないのです。
ラジオの生きる道(4)の一節。

電通さんがわざわざ用意してくれたradiko。
さあ、この新しいツールを使ってイノベーションを起こしてくださいと、半分投げ出したように提起されています。
でも、ラジオ局、そのradikoを遠まわしに眺めながら、「で、私たち、これを使ってどうすればいいのです?」と電通さんに問いかけている状況に見えます。

radikoは聴取率に影響するということが証明できれば、それが又新しいツールになるのではないか、そう思ったりするわけなのですが、どうなんでしょう。
文化放送、NACK5、その1位はradikoによってもたらされた・・・と。


というわけで、今回はradikoについて述べてみました。
今思うことは、一日も早く全国化して、radikoの存在をメジャーにすることです。
地域に限定する意味が正直全くわからない。
ネットビジネスにするなら、地域限定なんか自己矛盾もいいところです。(まるでお隣の統制国家みたい・・・)
どこでも聞こえるようにして、ラジオのイノベーションを起こす、それ以外にラジオが生き残る道なんかありません!
放送業界に目を覚ましてもらいたい思って、あえて暴論を書いてみました。



シリーズ ラジオの生きる道(12)~FM Cocolo の再生

3月も終わり、ラジオの世界では明日から4月改編がスタートします。
「シリーズ ラジオの生きる道(7)~問いかけに答えて」で取り上げたFM Cocolo、大阪南港のWTCのスタジオを引き払い、FM802に文字通り引越しと相成りました。
当然かもしれません。
もはや、WTCの事務所賃貸料を払い続ける理由はFM802にはないでしょうから。
内部のことは私にはわかりません。
しかし、FM Cocoloを新しく抱え込み維持するのは、今のご時世では相当きついと思います。


ある関係者の方の話ではFM802には4つのスタジオしかないそうです。(私も少し前にお邪魔したことがあるのですが、スタジオの数までは知らなかった。)
で、そのうちの1つをFM Cocolo専用に、あと1つを共用するというプランを語っておられました。
スタジオ管理の方、現場の方、さぞ大変でしょうね。
802にしてもFM Cocoloにしても、基本編成は自社制作です。
24時間の番組×2を4つのスタジオで回す、相当無理があるだろうなと推察されます。
FM大阪なんか、半分近くはJFNのネット番組なのに、スタジオが何と5つもあります。
それでも、スタジオがないと言っているスタッフがいるのですから、802はどうなるのでしょう。
全部、生番組にすれば、まあまあ回りそうな気もしますが、録音番組一切なしで出演者は回るのでしょうか、ちょっと気になります。
ま、マルビルのスタジオで放送している番組は多分このまま続くでしょうし、東京のスタジオで収録している番組もあるみたいなので、うまくバランスをとれば何とかなるのかもしれませんが。


しかし、802の方、今回の選択を今はどう思っておられるのでしょう。
関西電力、それに大手代理店の動向も気になりますね、何かフォローしてもらえるのでしょうか。
FM Cocoloって、月の制作費は2000万ぐらいでしょうか。
年間にして2億4千万、5億程度の売上があれば、何とかなるような気がしますが、営業部隊は802もCocoloも売らないといけないのですから、さぞかし大変でしょう。
何しろ商品が微妙に違うのですから、こちらをプロモーションした後、気分を変えて別のプロモーション。
本当は担当を変えて、802担当、Cocolo担当となるのが、一番すっきりするのですが、営業マンをそれだけ揃えるのもなかなか難しいような気がします。
いえ、よく知りません、ただそんな気がしただけですので、不正確なことを言っているようでしたら訂正させていただきます。
でも、これがTVとラジオの2波を持つのなら、まだ営業方針も立てやすいというか、シンプルになるのですが、ラジオ2波だとどんな方針になるのでしょう。


Cocoloは45歳以上を対象、802はそれ以下という話をあるインタビューで責任者の方が答えておられました。
こういう考え方、それ自体は大変面白いのですが、それに対応するマーケット戦略が語られていません。
代理店の方なら思うでしょう。
そんなマーケット、どこにあるの?と。
これから作るというのは、なかなかの作業です。
毎日放送していれば、自然とそういうマーケットが生まれるなんてこと、考えられないのはもはや自明でしょう。
私のイノベーション理論からすると、45歳以下をリードするイノベーター、以上をリードするイノベーターという存在をイメージできません。
そういう年齢で分ければ、確率を半分以下にするだけではないかと思うのです。
混沌の中から、45歳以上のイノベーターが生まれるのは構わないのです。
ただ、局側が思いつきで、年代層を割るというのは、自ら可能性を減じてしまうのではと心配してしまいます。


かつてはラジオ局主導でも、人々は動きました。
ラジオ局がそれだけリスナーのニーズに敏感で、それにうまく対応できた結果だったでしょう。
でも、もはやラジオ局側にその条件は希薄です。
リスナーも、イノベーター層はラジオから離れています。
前は、ラジオ局側が何も言わなくても、ユーザーがラジオを支えてくれました。(代理店の方もそうですし、クライアントの方もラジオのヘビーユーザーとしてラジオのマーケット開拓に協力してくれていました。)
今は、それを期待してはいけません。
ラジオは原点に立ち返り、今何をユーザーは望んでいるか、もう一度ラジオのマーケットを活性化するにはどうしたらいいかを真摯に考えるべき時なのです。


そういうことで、明日からCocoloは南森町のスタジオで再出発します。
これをきっかけに、ラジオがまた人口に膾炙するようになることを祈念してやみません。

Cocolo 파이팅!(ファイティン!)



シリーズ ラジオの生きる道(11)~サブカルとラジオ・2

ラジオとサブカル論を考えていると、色々な事象が頭の中をかけめぐります。
多分、私が大阪のFM局に在籍していた時、ラジオとはサブカルチャーの表現の場だと信じていたゆえかと思われます。
元々、FM局というものが、サブカル的位置づけだったのではないでしょうか。
ポップスのアルバムを全曲かける、なんてこと普通のラジオではしなかったでしょう。
そのアーチストに興味がなければ、アルバム全部を我慢して聞く人などいるわけがありません。
でも、私のいた局が毎日夕方に流していた「ビート・オン・プラザ」はその典型。(深夜に再放送)
しかも、そのアルバムはすべて最新というか、新曲ばかり。
これが毎日手を変え品を変え流れるのです。
どう考えてもサブカルチャーです。
今、これと同じ番組をやれば、多分聴取率はほとんど取れないと思われます。
聞く側のテンションがある程度上がっていないと、とても最後まで聞くパトスが生まれないでしょう。


つまり、当時ポップスとは若者のサブカルチャーの重要な部分を占めていたのだと思うのです。
FMがそのサブカルをカルチャー領域まで上げるきっかけを与えた、これこそラジオに若者が求めていたものだったのでしょう。
ラジオを若者が聞かなくなったには様々理由があるでしょう。
家にラジオがない、ラジオというものに新しいものを感じない、オジンオバンのメディアには興味ない、他にも接するメディアはいくらでもあり、そんなものに向ける時間がない。
早い話、ラジオには若者へのメッセージがないということでしょう。
机の上にトランジスタラジオが置かれていた時、ラジオは常にメッセージを放っていたのです、スイッチを入れなくても。
それは魔法の箱、そこからはサブカル、つまり俺たちの知りたいこと、俺たちの仲間の声が溢れていたのです。


今、そんなラジオ、どこにあります。
radikoは魔法のアプリですか、掌の中のラジオからそんなメッセージが伝わりますか。
思うんですよ、今皆さんが聞いているラジオって、どんな形をしています?
そのラジオはコンポですか?
それともラジカセですか?
PC?スマートフォン?
そうです、イメージがはっきりしませんね、ラジオという形が人々に見えないのです。
テレビは誰が見てもテレビです、大きさの違いはあったとしても。
ラジオ、どうしてこうバラバラなイメージのままで放置するのでしょう。
いや、放送局の現場の方に聞きます。
貴方の放送を聞いているリスナーは、何を使ってあなたの作っている番組を聞いていると思っていますか。
ラジオの形がわからなければ、それを聞くリスナーの状況もまるでわからないのと違いますか?


私が番組を作るなら、もうリスナーのイメージはある程度固定します。
例えば、カーステレオで聞いているとか、古い家にあったラジカセで聞いている、とか。
リスニングルームでFMを聞いている人が今やいるかどうか知りません、でも、リスナーはリスニングルームにいると考えれば、自ずと作る番組は限定されますね。
何が悲しくってラジオショッピングなんか流します?
くだらない喋り、おそまつな音楽、どうでもいいゲストの声なんか誰が流してほしいと思うでしょう。


ラジオショッピングなんて流すのは、家に昔からあるラジカセで聞いているリスナーというイメージしか思っていないからじゃないですか。
そりゃ、いくらアーチストのライブ告知スポットを流しても、反応はないはずです、そんな音楽的にアクティブな層はラジカセなんかで音楽聞きませんからね、今や。
とにかく、古いイメージでいまだに音楽リスナーをとらえている、今の音楽分野のイノベーターは何で音楽を聞くか、ちょっと考えればわかりそうな話です。
そういう音楽ファンにリーチしたければ、サブカルな臭いのするやや濃いめの音楽プログラムを持ったラジオでなければ無理です。
横で、ラジオショッピング流しているんですよ、レスポンス広告流しているんですよ、そんなものサノバビッチじゃないですか。


ラジオはとんがっていないといけない、私はいつもそう思っています。
そのトンガリの演出は、時として局の上司とぶつかります。
しかし、それを忌避していては、とんがったリスナー、イノベーター層との接点は生まれません。
最近は、残念なことに制作現場のほとんどが下請けの制作会社。
局の上司とぶつかるなんてこと、するはずがありません。
文句は一杯あっても、長いものにはまかれろで旧態依然たる番組を流しています。
それで聴取率を上げろ、何とかしろと言われているわけです。
何か本質的な部分忘れていますよね、今のラジオの現場は。


ラジオの現状に対して言いたいこと、ほんと一杯あります。
これから、このブログでどこまで言えるか、皆さんのコメントなど聞かせてもらえるとうれしいです。
よろしくお願いします。