カテゴリー : 2012年 3月5日

シリーズ 広告代理店・16 ~小林克也氏との出会い

私がディレクターになって初めて担当した番組の広告代理店は大阪のサンケイ広告さんで、クライアントは日刊アルバイト情報(後に「J・One」)を発行していた情報センター。
当時は大阪では有力なクライアントで、そのアルバイト情報に連載していた漫画「oh!バイトくん」で、今や朝日新聞に連載を持たれているいしいひさいちさんがデビューされたのです。(覚えている人は少ないでしょうが。)
実は、提供番組のディレクターということで、私もアルバイト情報に毎回エッセイを書かせていただいていたのですが、その時のカットもいしいひさいちさんが書かれておられました。
今から考えると恐れ多いことです、しかも、その時の雑誌はほとんどなくしてしまい、今や1冊しか手元に残っておりません。
私の話に合わせて、毎回いしいひさいちさんに挿絵を書いてもらっていたなんて、本当に光栄なことです、喜ばないと。


サンケイ広告さんには、本当に新米ディレクターである私を一人前に扱っていただき、広告代理店の仕事を色々と教わりました。
コマーシャルをちょっと作ってみませんかと言われて、今から考えると実にお粗末なコピーでオーディションCMなどを作ったりしました。
多分、鼻でせせら笑われるようなできだったと思いますが、熱心に聴いていただき、アドバイスも受けた記憶があります。
ほんと、穴があったら入りたいという気分ですね、今も。


さて、それからしばらくして、ちょっとカルチャーショックを受けた代理店がありました。
マッキャン・エリクソン博報堂(現マッキャン・エリクソン)といい、アメリカの代理店マッキャンと博報堂が合弁して作った会社です。
当時はまだ東京にしかオフィスがなく、打ち合わせに態々何回か東京まで行ったりしました。
ある番組を現在プロモート中なので、君、ちょっとやってくれないかと上司から指示されたのがマッキャンとの出会いでした。
クライアントは、ネッスル日本(現ネスレ日本)で、本社は神戸にありました。
指示された内容はこうです。


今度、イギリスのBBCが世界向けに作っているブライアン・マシューズの「Top of the Pops」を毎週送ってもらって放送することになった。
で、それを使ってどんな番組にするか考えてほしい。
代理店はマッキャンエリクソン博報堂で、この企画をネッスル日本に提案し、ほぼ応諾を得ているらしい。
日本のDJとして小林克也が考えられているので、ちょっと内容の打ち合わせなどもしてくれ。
ディレクターをやり始めて間もない君には、まだ荷が重いかもしれないが、基本的に英語の番組になるので、君がやるのが一番いい、じゃ、たのんだよ。


確かにすごいプレッシャーでした。
小林克也さん、もちろん名前は知っていました。
英語のDJとして、脚光を浴び始めたころで、「ベストヒットUSA」はまだ始まっていませんでした。
多分、まだ小林さんの顔は誰も知らないという時代、会ってみて初めて私もご尊顔を拝し奉ったわけですから。
上司から英語だから君やれというのも私としてはよく分らない話でしたが、とにかく手探りで番組の内容を検討し始めました。


「Top of the Pops」、BBCのサイトに簡潔にこう書かれています。
「Long-running music chart show featuring videos and performances」、ああ今ではPVや生ライブを流しているテレビショーになっているんですね。
で、当時、日本に送られてくるのは、オープンリールの10号テープ。
BOAC(今の英国航空)の貨物便で送られてくるので、ほぼ制作されてから1週間で日本に届きます。
これを、適当に編集して30分の番組を作れ、DJは小林克也、なお、英語の部分は日本サイトで書き起こしてスクリプトにし、希望者全員に配れとの仰せでした。
何か、考えるだけで大変な感じしませんか?


そうです、こういったコンセプトの企画が広告代理店からクライアントのネッスル日本に提案され、それが了承されてFM大阪に下りてきたというわけです。
じゃ、一応これをブレイクダウンして実際のプログラムに置き換えてくれる?今度、東京でクライアント交えてプレゼンするからよろしく~。
ま、そういう感じで、私の元に来たわけですが、正直、それを伝えられる代理店の方には少々驚かされました。
何か、言葉に英語がやたらと混じる。
しかも、その英語の意味が、広告用語なんかほとんど知らない私には、何を言っているのかわからない。
アカウントエクゼクティブは何とかわかっても、アカウント何ちゃらとか、マーケティング何ちゃらとか、ほぼアメリカの部署名や役職を名刺に書くものだから、この人が何している人かさっぱりわからず。
ま、顔と名前だけ覚えていればいいかという感じで、何とかオーディションテープの作成までにはこぎつけましたが、今でも何が何だかわからないまま。
ということで、あの時のことは今も言葉で再現できないというのが正直なところです。


話が、少しややこしくなってしまいました。
気を取り直すために、ちょっとブレイクして、続きを書きたいと思います。
ほんと、何か私自身も何をどう表現していいやら、わからないといいますか~。
また、次回。



シリーズ 広告代理店・15 ~羊頭狗肉

一冊の本を読みました。
「なぜ、テレビCMをやめると売上げがあがるのか?」(主藤孝司著 ゴマブックス刊)という本で、「面白いほど行列ができるバイブルマーケティングのすすめ」という副題がついています。
至極真っ当なマーケティングの本で、プッシュ型の広告からプル型の広告への転換をすすめていると私は理解しました。
しかし、タイトルと副題には大いに不満というか、表題にもあげたように、まさに羊頭狗肉とも言うべき内容でした。


テレビCMをやめると売上げが上がるとは、本文ではどこにも書かれていません。
テレビCMはプッシュ型広告で、これからはプル型広告が主流になるから需要は減るだろういうニュアンスの話はあります。
しかし、やめたから売上げが上がるとは書いていない、これは絶対に看板に偽りあり、の典型でしょう。
副題の「行列ができる」とも、書かれていない。
早い話、これは著書とは関係なく、編集部がこういうタイトルにして副題をつければ人目につく、売れると踏んだからでしょう。
正直、あざといやり方です、プッシュだプルだという以前の問題。
何考えて、こんなタイトルをつけるんだ、売れたら中味が違っていてもいいのかよ、と毒づきたくなります。


羊頭狗肉、商売人の風上にも置けません。
とはいえ、考えてみたら、こういうやり方、広告代理店が一番得意とすることではないかと思わないでもありません。
いや、テレビ番組でも、こういう内容のもの、最近はますます増えているような気がします。
これを食べたら○○になるといって、事前に業界に情報を流し、お店に客が殺到なんて話もありました。
得意とするところですよね、テレビの。
「この後、衝撃の結末が」と言ってコマーシャルに行き、終わって出てきたものは衝撃でも何でもない当たり前の結果だったりします。
「この後、誰それがとんでもない展開に」と言ってCM、終わればいきなり来週の予告を少しするだけだったり、何考えているんだ、いい加減にしろとテレビに向かって悪態をついた人、一杯いることでしょう。
テレビはタダだから、羊頭狗肉も当たり前だ、それぐらい我慢しろといいたいのでしょうか。
とにかく、テレビ局はCMさえ視聴者に見てもらえればいい、そのためには多少の嘘もありだと思っているのでしょう。
ふざけんなよ、ですね、ほんと。


マーケティングだ、なんだかんだ言いますが、言葉を変えたら如何に消費者をわからないようにだますかの方程式の開拓ではありませんか。
何故そこまでして、人をだましてでも利益を上げようとするのでしょうか。
広告代理店は、マインドコントロールがお好きなのでしょうか、自分はだまされたくないが、消費者は俺たちの仕掛けた罠にどんどん落ちてほしいと思っていませんか。


そういえば、サブリミナル効果というのもありましたね。
意識できない層に知らない間に情報を浸透させるという広告の方法論というのでしょうか、こんなことも結果さえ出ればOKじゃんと思っているのが、広告代理店なんでしょう、違います?
もっと真っ当に商売できないのですか?皆さん。
ラジオショッピングが胡散臭いと思うのも、レスポンス広告を何だかなあと思うのも、根本にはマインドコントロールによって消費者に購買意識を持たせようというダークサイドの意志を感じるからではないですか。


オセロの中島知子さんの話をテレビがさも重要そうに報道していますが、これもそういうマインドコントロール的な手法に対し、テレビが親和性があるゆえではないかと思わないでもありません。
自分たちがいつもやっていること、その方法論の上にオセロの中島さんもいるのです。
そりゃ、面白いでしょう、テレビ関係者の方。
雑誌社もそうですね、悪いけどほとんどの記事を第一次情報ではなく、二次情報、三次情報を適当にアレンジして、さもそういう事実があるかのように書くのが週刊誌のような雑誌群ではないですか。
消費者がタイトルを見て買ってくれればいいのです。
ほとんどが羊頭狗肉でも、話題になれば勝ちなのです。
広告代理店も喜んでそういう雑誌に広告を流し込むます。
真実なんか、商売の前には大した価値を持っていない、それが広告代理店に内包する志向ではないでしょうか。


羊頭狗肉、その自覚もないまま、今日も広告代理店と組んで、マスコミ業界は繰り返しています。
そんな商売、早くつぶれるべきだ、胡散臭いと思う気持ちの後に、どうしてもそういう感情がわきあがることを私は抑えることができません。