カテゴリー : 2012年 3月27日

シリーズ ラジオの生きる道(9)~TBSのサブカル路線・2

TBSラジオは関東地区の聴取率1位を64期も続けていると発表しています。
中波といえば、かつてはニッポン放送がぶっちぎり1位でしたが、それがいつのまにかTBSの天下に。
私の印象では、首位独走の頃のニッポン放送は、文字通りサブカルチャーの発信基地みたいなものでした。
音楽業界も、オールナイトニッポンの中でどうやって自分たちの曲をかけてもらえるかに注力していたと記憶しています。
1/31のブログで、藤井青銅著「ラジオな日々」(2007年小学館刊)をとりあげましたが、これはニッポン放送を舞台にした実話がメインで、松田聖子さんの初めてのDJ番組のことを書いています。
当時の歌手やタレントは、ニッポン放送に番組を持つというのが一番のステータスだったと思います。
ニッポン放送が無理なので、TBS、文化、ラジオ日本と流れていくといいますか、それとアルバム志向のアーチストはFM局を選ぶという感じだっとでしょうか。
とにかくTBSは堅いというか、地味というか、とても今のようなサブカルチャーを体現するような局ではありませんでした。


それが今や、ラジオの生き方はこれしかないとばかりに、若きイノベーターやコメンテーターを採用、ある意味とんがったラジオ・ワールドを展開するようになりました。
もはや、既成の価値観の上で展開する番組は古い。
昔の名前で出ているような局に負けるわけにはいかないとばかりに、実験的な番組を編成してきたと思います。
それが何がきっかけだったのか、残念なことに私は当時のTBSとの接点がほとんどなかったのでよくわかりません。
気づいた時には、夜帯に「アクセス」があり、午後帯に「ストリーム」があったというわけです。(これらの後番組が「dig!」と「キラ☆キラ」)
この二つの番組は、他の局やテレビが取り上げない、文字通りサブカルチャーをメインに多くのイノベーター層を参画させました。
私はプロデューサーですから、これらの番組を担当していたプロデューサーがどれだけ孤軍奮闘していたかが手に取るようにわかります。
まず、会社の上部が許容しているというか、やりたければやりなさい、後のことは心配しなくていいという空気があったのではないかと推察します。
その下に、優秀なプロデューサーがいて、いわゆる時代と寝ることができる逸材がそろっていたということでしょう。


私も大阪にいた時は、こういう社会と結び付いた、他の局がそう簡単にはまねできないような番組を作るのが夢でした。
毎日、街を歩いて、今何が流行し、あるいは流行しようとしているかを観察。
いわゆるイノベーター層の人たちと知り合い、酒でも飲みながらこれからの時代をどうするかを議論する。
ライブ会場へ行き、多くのアーチストのパフォーマンスを見、映画を見、寄席に顔出し、ついでに歌舞伎や文楽など古典芸能も鑑賞する。
これらの中に、リスナーが本当は求めているものがあるのではないか、リスナーとはこういうものだから、こういうコンテンツを提供すればいい、代理店もクライアントもそれを求めているで思考停止している会社に警鐘を発したいとよく思ったものです。


これが受けているのだから、この通りに番組を作れ、多分ほとんどの放送局は今話題になっていることを優先して番組編成してきたのが実態でしょう。
しかし、今や従来のやり方では売上が上がらない。
いや、ラジオは聞かない層が、昔以上に増えているのです、ラジオって何?と聞かれない状況です。
それなのに、今話題になっていることを優先する路線を変えないのですから、新しいニーズというか、ウォンツにたどりつけないのも当然なのです。
サブカルチャーは、今ほとんどの人にとっては知らない世界です。
でも、そこには多くのイノベーターが集い、次の時代のカルチャーを生み出そうと切磋琢磨しています。
それをアウトプットできるメディアとしてのラジオ、それが求められている、いや、それしかラジオの生きる道はない、そういう意思を今のTBSラジオから感じる、なんて書くと少し言い過ぎかもしれませんが。


TBSラジオ、毎月第4日曜日に編成している「文化系トークラジオ Life」はその一つの象徴でしょう。
2年ほど前、まだツイッターが今ほど普及していない頃、当時の名物アカウントだったカトキチさんの末広部長(現在丸亀製麺に勤務)にツイッター上でスポンサーになってほしいとオファー、めでたくスポンサー契約を交わしたことは今も瞠目するような出来事でした。
サブカルは商売になる、いやこれからのラジオはサブカル的位置に自分を置かなければ市場は生まれないという認識が生まれたきっかけではなかったでしょうか。
文化系トークラジオは、確かにどのラジオ局でも簡単にできるような番組ではありません。
センスがあり、剛腕型のプロデューサーが必要だし、多くのイノベーターとの人脈を普段から確保しているような局でなければ続くものではありません。
ラジオの生きる道は確かにいくつもあります。
しかし、肝心のラジオ側にそれを実行できるような人的経済的ボリュームが不足している、要は経営者をそれをどう解決するか。
生きる道はあっても、その道を歩く人はいない、何だか今のままだとそんな結果になりかねないと危惧するのは私だけではないはずです。