カテゴリー : 2012年 3月

シリーズ ラジオの生きる道(10)~サブカルとラジオ

サブカル、サブカルチャーのことです。
サブは副の意味よりも、下位という意味の方が近いですね、つまり下位文化と訳されます。
文化の下位にあって、一部の人たちによって形成されている思考形態・行動形態とでもいいますか。
でも、その一部の人たちが次第に多くの人に支持され、権威を持つようになると文化、カルチャーになる、ま、それぐらいの意味で私は使っています。


ラジオはサブカルチャーと親和性が強い、と私は思っています。
深夜放送というのも、元々はきわめてパーソナルな、本来学生や生徒の教育面においてはカウンターカルチャー的なサブカルだったといえましょう。
勉強しているのかと思ったらラジオを聞いている、しかも夜遅くまで。
おかげで次の朝はなかなか起きてこない、お母さんは怒って「早く起きなさい!」と大声を上げる。
深夜放送なんて、親や学校からすれば好ましからざるものです、教育的に言って。
それでも、深夜放送というサブカルチャーは多くの文化を産みました。
ビートルズといえば不良そのものだったのが、しばらくすれば芸術として認められ、それが50年たった今も多くの富を産みつづけているのは、誰も否定できないことです。
サブカルチャーからカルチャーへ。
その過程に大きな影響力を持つのがラジオというわけです。
テレビは結果を伝え、ラジオは過程を伝えるメディアだと私は繰り返し述べてきました。
テレビはカルチャーを伝え、ラジオはサブカルチャーを伝えるメディアと言い換えることもできそうです。
これからの話もそういった私の意見を前提に聞いてみてください。


さて、サブカルのイノベーター、すなわち下位文化を担っている人々からの視点でラジオを考えてみようと思います。
これらの人たちは、自分たちの表現の場を、今日も求めています。
場としてのプライオリティを考えると、一番はやはり雑誌などの活字媒体、サブカルを体現するような雑誌の誌面に原稿を書いたりすることでしょう。
その次は、新聞、それも一流紙、そしてラジオの出演というのが考えられます。
本当はテレビの出演というのが、精神的な部分では一番なのですが、サブカルはテレビには耐えられないのが感覚的にわかっておられるのではないでしょうか。
テレビでは、本質をねじ曲げられる、とがった部分は丸くされる、あげくに何だかわからないままに、単純化され、はっと気づいたら終わっている。
自分も場に慣れないので、出たという結果しか残らず、表現的には不満だったりするのではないかと思います。
サブカルにはテレビは似合わない、私はそう思うのですがいかがですか?
とりあえず今回はラジオの事がメインなので、テレビのことはこれぐらいで。


サブカル関係者、ラジオは意外と自分たちに合うなと思っているはずです。
ラジオに出るということも一つのステータスですし、また自分のためにそこそこの時間をとってくれます。
番組の趣旨とうまくはまれば、まさかと思うほどの反応も返ってきます。
永六輔さんの番組を聞いていると、例えば恒例の「まむちゃん寄席」(毒蝮三太夫さん主催の番組とタイアップした寄席)の告知がなされます。
多分、まむちゃん寄席なんて言われても、何それ?という人がほとんどでしょう。
ところが、番組内でチケット売り出しの話をすると、番組の途中でほとんどと言っていいほどソールドアウトします。
そういう人たちが、永さんのラジオを一杯聞いているのです。
チケットの数なんか、たかが知れています。
でも、じゃあ新聞に広告を打てば売れるのか、テレビでCMを打てばソールドアウトするのか。
多分そうじゃない、これはサブカルの分野、永さんの番組で取り上げるから売れるんだということが、放送関係者として場数を踏めば納得されるようになるはずです。


映画なんかもそうです。
多くのスクリーンで上映されるような映画は、テレビでの主演者のPR出演は重要でしょうが、単館系の映画ははるかにラジオの方が訴求したりします。
今は存在するのかどうか知りませんが、NHKラジオ深夜便で映画紹介のコーナーがあり、私は夜、車を走らせながらよく聞きました。
NHKですから、これは映画のパブリシティでもなんでもありません。
コメンテーターの人が、本当にいいと思った映画を紹介してくれます。
しかも、本当にいいと思っているから、その気持ちが言葉に見事に乗っているのです。
ああ、そうか、そこまで言うなら一度見てみようか、と聞いている方も心から思うようになるのです。
おかげで、ちょっと気になった映画は、映画館まで見に行きましたし、見そびれた映画はビデオになった時に借りに行きました。
そりゃ、テレビのようにいきなり大当たりなんかしません、ラジオは。
しかし、「あるある大事典」のような、仕組まれた流行みたいな話とはラジオは無縁であることは確かです。
一体どちらが本当に消費者、ユーザーに向いているでしょう。
ユーザーに真摯に向き合っているメディア、ラジオの生きる道はまさにそれだと思うのです。


だから、私は繰り返し言うのです。
ラジオショッピングやレスポンス広告、それが本当にラジオの生きる道ですか、ユーザー(リスナー)の気持ちに配慮がなされていますか?と。


とにかくサブカルを担う人々はラジオにその場を求めているのは事実です。
それにラジオの現場がどれだけ対応できているか、ただで出させてやるんだ、ありがたく思え、なんて上から目線でないことを祈ります。
サブカルチャ―のイノベーター層と、どれだけラジオ局側がWIN-WINの関係を保てるか。
ラジオ局の皆さん、原点にもどって一度じっくり考えてみてはいかがでしょうか。



シリーズ ラジオの生きる道(9)~TBSのサブカル路線・2

TBSラジオは関東地区の聴取率1位を64期も続けていると発表しています。
中波といえば、かつてはニッポン放送がぶっちぎり1位でしたが、それがいつのまにかTBSの天下に。
私の印象では、首位独走の頃のニッポン放送は、文字通りサブカルチャーの発信基地みたいなものでした。
音楽業界も、オールナイトニッポンの中でどうやって自分たちの曲をかけてもらえるかに注力していたと記憶しています。
1/31のブログで、藤井青銅著「ラジオな日々」(2007年小学館刊)をとりあげましたが、これはニッポン放送を舞台にした実話がメインで、松田聖子さんの初めてのDJ番組のことを書いています。
当時の歌手やタレントは、ニッポン放送に番組を持つというのが一番のステータスだったと思います。
ニッポン放送が無理なので、TBS、文化、ラジオ日本と流れていくといいますか、それとアルバム志向のアーチストはFM局を選ぶという感じだっとでしょうか。
とにかくTBSは堅いというか、地味というか、とても今のようなサブカルチャーを体現するような局ではありませんでした。


それが今や、ラジオの生き方はこれしかないとばかりに、若きイノベーターやコメンテーターを採用、ある意味とんがったラジオ・ワールドを展開するようになりました。
もはや、既成の価値観の上で展開する番組は古い。
昔の名前で出ているような局に負けるわけにはいかないとばかりに、実験的な番組を編成してきたと思います。
それが何がきっかけだったのか、残念なことに私は当時のTBSとの接点がほとんどなかったのでよくわかりません。
気づいた時には、夜帯に「アクセス」があり、午後帯に「ストリーム」があったというわけです。(これらの後番組が「dig!」と「キラ☆キラ」)
この二つの番組は、他の局やテレビが取り上げない、文字通りサブカルチャーをメインに多くのイノベーター層を参画させました。
私はプロデューサーですから、これらの番組を担当していたプロデューサーがどれだけ孤軍奮闘していたかが手に取るようにわかります。
まず、会社の上部が許容しているというか、やりたければやりなさい、後のことは心配しなくていいという空気があったのではないかと推察します。
その下に、優秀なプロデューサーがいて、いわゆる時代と寝ることができる逸材がそろっていたということでしょう。


私も大阪にいた時は、こういう社会と結び付いた、他の局がそう簡単にはまねできないような番組を作るのが夢でした。
毎日、街を歩いて、今何が流行し、あるいは流行しようとしているかを観察。
いわゆるイノベーター層の人たちと知り合い、酒でも飲みながらこれからの時代をどうするかを議論する。
ライブ会場へ行き、多くのアーチストのパフォーマンスを見、映画を見、寄席に顔出し、ついでに歌舞伎や文楽など古典芸能も鑑賞する。
これらの中に、リスナーが本当は求めているものがあるのではないか、リスナーとはこういうものだから、こういうコンテンツを提供すればいい、代理店もクライアントもそれを求めているで思考停止している会社に警鐘を発したいとよく思ったものです。


これが受けているのだから、この通りに番組を作れ、多分ほとんどの放送局は今話題になっていることを優先して番組編成してきたのが実態でしょう。
しかし、今や従来のやり方では売上が上がらない。
いや、ラジオは聞かない層が、昔以上に増えているのです、ラジオって何?と聞かれない状況です。
それなのに、今話題になっていることを優先する路線を変えないのですから、新しいニーズというか、ウォンツにたどりつけないのも当然なのです。
サブカルチャーは、今ほとんどの人にとっては知らない世界です。
でも、そこには多くのイノベーターが集い、次の時代のカルチャーを生み出そうと切磋琢磨しています。
それをアウトプットできるメディアとしてのラジオ、それが求められている、いや、それしかラジオの生きる道はない、そういう意思を今のTBSラジオから感じる、なんて書くと少し言い過ぎかもしれませんが。


TBSラジオ、毎月第4日曜日に編成している「文化系トークラジオ Life」はその一つの象徴でしょう。
2年ほど前、まだツイッターが今ほど普及していない頃、当時の名物アカウントだったカトキチさんの末広部長(現在丸亀製麺に勤務)にツイッター上でスポンサーになってほしいとオファー、めでたくスポンサー契約を交わしたことは今も瞠目するような出来事でした。
サブカルは商売になる、いやこれからのラジオはサブカル的位置に自分を置かなければ市場は生まれないという認識が生まれたきっかけではなかったでしょうか。
文化系トークラジオは、確かにどのラジオ局でも簡単にできるような番組ではありません。
センスがあり、剛腕型のプロデューサーが必要だし、多くのイノベーターとの人脈を普段から確保しているような局でなければ続くものではありません。
ラジオの生きる道は確かにいくつもあります。
しかし、肝心のラジオ側にそれを実行できるような人的経済的ボリュームが不足している、要は経営者をそれをどう解決するか。
生きる道はあっても、その道を歩く人はいない、何だか今のままだとそんな結果になりかねないと危惧するのは私だけではないはずです。



シリーズ ラジオの生きる道(8)~TBSのサブカル路線

ある方がツイッターで、TBSが関東で聴取率首位、先日の小島氏降板が騒動になったり、関東の方の体制指向からしたら意外な感じ、あれは「残存者利得」路線?という問いかけをされていました。
残存者利得、多分残存者利益のことだと思います。
残存者利益とは、「過当競争や収縮傾向にある市場において、競争相手が撤退したあと、生き残った企業のみが市場を独占することで得られる利益」(コトバンクより)だそうです。
遠藤功「経営戦略の教科書 」(光文社新書)によれば、残存者利益が成り立つ条件とは、「成熟しているが絶対になくならない製品であること」「市場の成熟化に耐えられる体力を持っていること」「競合は多いものの強くないこと」の3つ。
さてラジオの世界で、これらの条件が満たされるかどうか。


競争相手が撤退したのは、ミュージックバードが確かにそうでしたね。
元々PCM放送の会社は6社ありました。
日本テレビ系、TBS系、徳間(大映)系、中日新聞(CBC)系、ヘラルド映画系、しかしどの社も結局利益を出すことができず、最終的にミュージックバードに飲み込まれた形になりました。
私がバードにいた時から、最終的にはバードが独占するという構想を持っていましたから、ある意味残存者利益を狙っていたのだと思います。
上の三つの条件から言うと、最初の「成熟しているが絶対になくならない製品であること」という面で問題があったのかもしれません。
TFMは成熟化に耐えられる体力をずっと保持してきましたが、これからはどうなのでしょう。


話をTBSに戻します。
残存者利益云々は何とも言えません。
しかし、ラジオ局の中で体力を持っているのは事実です。
ラテ兼営局は強いです。
大阪の朝日放送、毎日放送、名古屋のCBC、福岡の九州朝日放送、RKB毎日放送。
地方にいけば、ほとんどのラジオがラテ兼営局によって運営されています。
ラジオ単営は、正直いって今のご時勢は辛いでしょう。
ラジオを複数局持つことを国が認めたのも、そういった再編が不可避であることを体現しているのだと思います。


で、残存者利益とは別に、私がTBSラジオの強さであげたのが、サブカルチャー路線ともいえるべきものだったのです。
サブカルチャーは、それが発展すればカルチャーになるべきものです。
テレビは結果を伝えるメディア、ラジオは過程を伝えるメディアだとこのブログで書きました。
過程を伝えるというのは、サブカルチャーを伝える、それもカルチャーへと発展する可能性を感じるものを先取りして番組化するというものです。
小島慶子さんのキラ☆キラも、そういった番組の一つでした。
番組で中で小島さんを始め出演者が語っていたことは、文字通り皆さんが気づいていないサブカルチャーの紹介に力を入れていました。
何故か、多分、TBSラジオの遺伝子の中にそういうものがまだ残っていたのではないかと思います。


他の番組もそうです。
深夜番組「アクセス」、それが改編して「dig!」に変わっても、伝えるのはサブカル路線に乗ったものです。
私は、この番組を聞くまで、荻上チキさんも藤木TDCさんも大根仁さんも知りませんでした。
でも、この人たちの向こうには多くのイノベーターが存在しているということを、日々の放送で実感しました。
つまり、その向こうの世界が、形となって見えてくるのです。
大沢悠里さんの番組もそうです。
大沢さんは、年配の方に向けて放送するスタイルをとっていますが、若い人も多分それを支持していると思います。
毒蝮さんは、やたら「くたばりぞこないのババア」なんて放送で言いますが、聴く人は誰もそれに反感を持ちません。
そして、まだサラリーマン生活を送っている年配の方は、森本毅郎スタンバイを聞かれるでしょう。
テレビで流される、エキセントリックな司会者の叫びはここにはありません。
しかも、物事を単純化して紹介するフリップもなければ、善悪を決め付けたようなボードもありません。
別に、単純化しなくても、リスナーは逃げません。
わからないことはわからないでいいのです。
出演者が偏ったことを言っても、リスナーは適当に処理して聞いています。
そんなこと、一概に言えないよと苦笑しながら。


サブカルチャー紹介番組の象徴は永六輔さんの番組です。
永さんはテレビを今や拒否しています。
カルチャーの紹介は結果の紹介に他ならないとすれば、そんなテレビに私はつきあえないと思っておられるのかもしれません。
そして、アシスタントの外山恵理さんは見事にそれをサポートしています。
私もテレビに出ません、私はテレビに出るようなタイプではありませんと謙遜しながら自己主張されています。
多分、サブカルチャーに集まる人々が好きなのでしょう、流行の波の上で楽しそうに泳ぐ人々(チャラチャラしている?)と一緒にいるのは自分の生き方とは合わないのでしょう。


私は昨日のツイッターで次のようにTBSを評しました。
「TBSはいいパーソナリティを揃えているのは間違いありません。優秀な社員の方も多いし、私はテレビに出ませんと言うアナウンサーまでいます。サブカルチャーの仕掛け人とのつきあいも顕著、社員数が多いのもアドバンテージですね。」
ラジオの聴取率首位にいるのは、むべなるかなです。
さて、長くなりました、TBSラジオの話、次回ももう少し続けてみたいと思います。