カテゴリー : 2012年 3月

シリーズ ラジオの生きる道(7)~問いかけに答えて

たまごっち的ラジオその2を書く前に、ツイッターで2つほど問いかけられたことがあります。
今日は、それに答えることに限定したいと思います。
まずは、「Cocoloの失敗とは、ターゲットが特殊過ぎたってことでしょうか?」です。


昨日、次のようなリリースがありました。

総務省は、株式会社FM802(代表取締役社長 木矢 道雄)から無線局免許承継申請のあった関西インターメディア株式会社(代表取締役社長 高田 正一)所属の外国語放送を行う特定地上基幹放送局(超短波放送)の免許人の地位の承継について、本日、許可いたしました。

これで、外国語FM放送は95年以降に生まれた4局全てが当初の経営形態から変わったということになります。
東京のインターFMは、テレビ東京の系列化に入り、名古屋は消滅、大阪はFM802に身売り、福岡のLOVEFMは、コミュニティFMに吸収されてしまいました。
大体、何故こんな形態のFM局を認可したのか当時から疑問だったのですが、こういった結果が出ると誰かの責任を問いたくなりますね。


95年、まだ電波は無条件に儲かる利権という印象をもたれていました。
それゆえ、どこかのチャンネルを認可するという話になると、どこからか有象無象がやってきて申請の束が山のようになりました。
それを調整して、有力な企業をコアにして電波を割り当てる。
東京はジャパンタイムズ、大阪は関西電力を中心にした関西財界、名古屋も愛知の財界、福岡も九州の財界と言う風に整理されていきました。
電波は利権なのだという神話は本当に強固でした。
電波を出せばすぐに儲かる、そういう気持ちがなければ開局費用だけで10億以上かかりかねないFM局など作るインセンティブは働かなかったでしょう。


話を広げると長くなるので、Cocoloの話に限定します。
「Cocoloの失敗とは、ターゲットが特殊過ぎたってことでしょうか?」
この問いかけは、Cocoloの番組を愛しておられた方からのものです。
私もCocoloが好きだったというコアなリスナーの方、多く知っていますし、出演者にも友人が何人かいました。
しかし、ビジネスとして成功するかとなると、外国語放送じゃ多分無理でしょうというのが本音です。
元々何故Cocoloが生まれたのかというと、阪神淡路大震災で関西にすんでいる外国人の方々が情報を得るのに苦労したというエピソードの流布がきっかけだったように思います。
外国人、とりわけアジアから日本に来ている外国人向けの放送が必要だという大義名分が立ったのです。
電波の割り当てを広げるというのは、政府の方針でもあったのですが、何か理由がないといけない。
その大義名分に阪神大震災が使われた、私はそういう感想を持っています。
しかし、関西の中心部には、既に大阪に2波、京都と神戸に1波、FM局が存在し、そこそこ商売が成り立っています。
同じ条件では、外国語放送は負ける、そう思って県域放送ではなく広域放送にしたのです。
言ってみれば下駄を履かせてあげたということでしょうか。


そして放送はスタート、確かに目新しい部分もありましたが、正直もはやバブルも崩壊しラジオの時代は過ぎ去っていました。
今ごろ参入しても、パイは増えない、利益を出したければ、他のラジオ局から奪うしかないのです。
しかし、局の人間は他局から奪うノーハウなどあるはずがありません。
もっともらしいコンセプトを押し出して、出稿を促しても、そんな金はないとクライアントからも代理店からも相手にされませんでした。
放送って、電波を出したらその日から儲かるんじゃなかったのか、売れないなんて俺たち聞いてないよー!
ま、放送局の人達の正直な感想ではなかったでしょうか。
こんなの元々間違っていたのではないかと。


私はPCM衛星放送ミュージックバードの立上げ責任者の一人でした。
各チャンネルを編成し、92年初めて放送波を衛星に向けて発射した時に心から思いました。
こりゃ、神風でも吹かない限り、商売にはならないなと。
状況を正しく把握できた人は、Cocoloに対してもそう思ったはずです。
親会社の援助がなければ、放送はいつかやばくなると。
正直、外国語放送は、重荷になったはずです。
クライアントはそれに魅力を感じないのですから。
もちろん、やり方はあったでしょう、もっとコアなターゲットを囲い込み、それで商売が成り立つにように工夫するとか。
しかし、電波を金に換える方法論からすると、外国語放送など相手にできないというのが広告業界の現場だったと思います。
何度も繰り返しますが、広告代理店からみても積極的に売るためのノーハウなどありません。
代理店から相手にされなければ商業放送は無理です。
コミュニティFMもそうですし、外国語放送も無理です。
いえ、有料放送のミュージックバードを初めとするPCM放送、BSラジオ、それとコンセプトは画期的だったセントギガ。
結局、代理店がビジネスモデルを作ってくれなかった局はすべて破綻の方向へ行かざるを得なかった。
つまり、ラジオ単体では何もできないのだと、気づいているべきだったのです。


Cocolo、だからターゲットの設定が間違っていたというわけではありません。
そこからビジネスモデルを作れるだけの、人的経済的ボリュームがなかったのだと思います。
無謀なことですが、例えば孫正義さん率いるソフトバンクがCocoloを経営するとなったら、多少は違っていたかもしれません。
普通の大会社のサラリーマンが、頭だけで何とかしようと思って経営できるはずもない、それが今のラジオの現状ではないでしょうか。


さて、これで答になったでしょうか。
不可なんていわれるとショックなので、この問題、引き続き考えて行きたいと思います。
そして、もう一つの問いかけ、「TBSのサブカル路線はラジオの一つの生きる道なのか」。
小島慶子さんがこの4月からTBSラジオを去ります。
そして、幾つかの小さな改編が行われようとしていますが、売上は依然停滞、制作費のカットも図られているという声も耳にしています。
ということで、TBSラジオについて次回は書いてみたいと思います。
たまごっち的ラジオは、そこに見えてくるのでしょうかね。




シリーズ ラジオの生きる道(6)~たまごっち的ラジオ その1

ユーザーがラジオに何を求めているのか、それをしばらく断片的になるかもしれないが書き続けようと思います。
ラジオはこうあってほしいという既存ユーザー、そしてラジオなんか聞いたことがないという非ユーザー、そのニーズの違いまで話を進めることができればと願うばかりです。


しかし、ネットにはラジオのことを本格的に分析する人って少ないですね。
情報を流す人とか、表面を軽くなぞる人はおられるのですが、切り込む人がいないというか。
ラジオ関係者、今や万単位でおられると思うのですが、ネットにはあまり関心がないのでしょうか。
私としては、ご教示いただきたいことも多いですし、私の仮説についての反論もお聞きしたいと思っています。
これも私の小さな願いです。(悲しき願いはアニマルズ


ラジオのリスナーのニーズを少し箇条書き的に並べてみます。
●同じ時間を共有できる肉声がほしい、自分のライフサイクルの中にパラレルで存在してほしい。(仲間意識)
●他では得られない情報を伝えてほしい。あるいは他で伝えられている情報を、自分が信頼するパーソナリティの言葉で知りたい。(カリスマ志向?)
●自分の世界にラジオと通じ合える空間を作りたい。(ラジオのパーソナライジング)


抽象的すぎるかもしれません、少しブレイクダウンしてみます。
仲間を作るといっても、どこにでもいるような仲間ではありません。
ラジオで初めて声を聞き、その人が語る話の内容を聞いた時に、あ、こいつはいい、きっと将来伸びていい仲間になるかもしれない、よし、贔屓してみようと思うわけです。
しかも、ラジオですから、自分のまわりの人はそれほどその人を知りません。
ようし、なら俺が育てようと思うわけです。
これが、タイトルにも書いた「たまごっち的ラジオ」です。
自分が生きている間にも、たまごっちは生き続ける。
しかも、自分が手を抜けば、死んでしまう(消えてしまう)かもしれません。
あるものは育ち、あるものは消える、当たり前のことですがラジオにはよくあることです。


たまごっちラジオとは、ラジオ局側にそのたまごっちを供給しているんだという自覚がないと始まりません。
それを大きくするのは皆さんですという仕掛けといいますか、場を用意するといいますか。
場はサイトと言い換えても良いかもしれません。
そこに見えるラジオが生まれます。
そして、そのパーソナリティ(キャラクター)がどこまで育ったか、育っているかをデータ表示します。
アバターにして、今元気なのか、弱っているのかを設定してもいいでしょう。
ラジオの内容を文章にしたり、スタジオの風景を写真で見せるなんてのはさほどリスナーは興味を持たないと思います。
(もちろん、データベースとしては重要なので、その価値は大いにありますが。)
とにかく自分の仲間が、元気になるのか、ヤバイ状態なのか、それを伝え続けるのです。
そうなったのは、リスナーの責任ということになりますね。
ただし、パーソナリティのたまご君が、当初の期待に反してどうしようもないと判断されてヤバくなるのは自業自得です。


FM局的にいえば、音楽もまた「たまごっち」になります。
人気の出る曲もあれば、何度オンエアしても全く反応がない曲もあります。
「たまごっち」は、例えばリスナーのブログやサイトに取り込むこともできるようにし、リスナーが自分のサイトでそれを育てる(つまり、その曲をプロモーションすることになりますね、自分の思い入れや体験、写真などを掲載して)ことができるようにします。
昔の言葉で言えば、メディアミックス、今風にいえばSNS的プロモーションかな。
もちろん、そんなサイトを作る人は少ないでしょうが、それでもトラフィックは従来より格段に増えることでしょう。


とにかく、現状ではラジオのトラフィックは少なすぎます。
私の参加しているFC2ブログで、ラジオ関連のブログは200程度。
テレビは6000もあるというのに。
つまりテレビはラジオの30倍もブログが存在するのです。
それぞれの媒体広告費をこれと比較してみましょう。
昨年度のテレビの広告費は1兆7237億です。対してラジオは1247億です。
そうですね、テレビはラジオの15倍弱です。
如何にラジオがネットの中に流通していないかがわかるではありませんか。
ラジオ関係者は、売上でテレビに完全に遅れをとっているのですから、せめてネットのトラフィックで挽回しようと何故思わないのでしょう。
毎日ラジオ番組を流していれば、そのうち皆が気づいてくれると思っているのでしょうか。
何か、ほんと、一度まともな反論を聞いてみたいものです。


たまごっち的ラジオの話、次回も続きます。



シリーズ ラジオの生きる道(5)

ラジオ局関係者の嘆きをまた聞くことになってしまいました。
KDDI(au)が、宣伝予算をテレビとインターネットに集約し、ラジオはすべてやめることになったそうです。
ガラケーだと、まだラジオという媒体は価値があったのでしょうが、スマートフォン優先の時代になり、より「見える」要素が重要になったのかもしれません。
もちろん、テレビしか使用しないソフトバンクのやり方を踏襲するという考え方もあったでしょう。
いわゆる選択と集中の結果、ラジオはふるい落とされたのです。
ラジオは、そういうクライアントにとっては、枝葉末節なメディアにしか見えないのでしょう。


関係者によれば、某FM局は月額700万の減だということです。
ますます厳しくなるラジオ業界のようです、一事が万事、これからも悩みは深くなる一方かもしれません。


ラジオ業界での最近の顕著な傾向は、大手のナショナルクライアントが次々とラジオ予算を削っていることです。
ラジオに金をまわすなら、インターネットにまわせという風潮を身にしみて感じます。
結局ラジオはネット媒体と近く、それで代替が効くと思われがちなのです。
ネットは、とにかく見えるのです、それがラジオとの大きな違い。
それ以上に、効果が数量化できるのです、ラジオは1ヶ月遅れの聴取率データしか出てきません。
昔は、ハガキがこれだけ来ました、すごいでしょ、なんてやっていました。
何かのキャンペーンをやると、万単位のハガキが送られてきました。
面白そうな試写会(特に007シリーズとか)をやると、応募は常に万を超えました。
ラジオと試写会の奇妙な親和性を感じたりしたものです。
確かに、クライアントにとっては、何となくラジオの効果が見えていました。
これぐらいの安い予算(100万前後)で、こんなに人が動くなら今後も続けようと思われたに違いありません。


何度も言いますが、ラジオはもっと見えないといけません。
ラジオはインビジブルな存在です。
それゆえ、広く衆知させようと思えば、いかにビジブルにするかに力を注がねばなりません。
とにかく、これまでは広告代理店がラジオをビジブルにしてくれていたのです。
ラジオ局の努力で、その結果をクライアントに見えるようにしたわけではありません。
ラジオ局がマーケティング担当をつれて、提供していただいた結果、こんな効果がありましたなんてプレゼンをしているのを私は見たことがありません。
代理店に言われるがままに、企画書を提出し、資料をまとめてきました。
イニシアチブをとって提出できるのは、聴取率の結果だけですが、局によってはその資料すら数字が悪いといって開示しなかったりするのです。
時代のキーワードはディスクローズ。
ラジオは、データもなしに闇雲に商売を続けているのでは、ネット時代には生き残れません。


ラジオの生き残る道、それはどうやって自分たちが見えるようにするか、です。
先日、私はテレビは結果を見せるもの、ラジオは過程を伝えるものと書きました。
言いかえると、ラジオはたまごっちを育てるように、リスナーに訴求せよ、ということです。
ラジオ=たまごっち、今はそんな気持ちが強くしているのですが、その話はまた次回にでも。