カテゴリー : 2012年 5月

欲望のない若者たち

村上龍「逃げる中高年、欲望のない若者たち」(KKベストセラーズ)を読んだ。
刺激的なタイトルに興味をそそられたのだが、中味はどうってことのないものだった、ちょっとがっかり。
逃げる中高年というのは、いわゆる団塊の世代を中心とした、別名逃げ込み世代のことを指している。
会社で言うと、問題なく定年を迎え、退職金も規則通りもらえ、今後そこそこの年金も保証されている世代。
村上さんはこう書く。

在職時の給料もよかったが、年金や退職金もそれなりで、郊外や田舎に移って好きな釣りをしたりして過ごしている人が多い。
現役時代は無能でほとんど使えなかった人もいるが、そういう人も路頭に迷ったりしていない。
もちろん彼らは正当な報酬を受け取っているわけだが、「うまく逃げ切った」と言い換えることもできる。

私の周りにもそんな先輩が目立つ。
悠々自適、後は楽しく人生を生きるそうだ。
そんなに贅沢はできないが、毎日毎日金のためにあくせく働く必要がない世代でもある。
羨ましい、私も会社勤めをそのまま続けていたら、今頃は相当リッチに遊んで暮らせるのにと思わないでもない。
でも、そんな生き方、私には合わないことはわかっていた。
前回も書いたが、私はそういう多数派の中にいることを望まないからだ。


さて、村上氏、それに対して若者たちは何をやっているのだと苦言を呈する。
不公平だとか、何をやっても結局損するのは俺たちではないかと思っているはずなのに、誰も怒りを身体で表わさない、と。
ひょっとしたら、彼らには欲望がないのか、自分たちがその犠牲になっていることにプロテストしないのか。
ある意味、同じ感想を若者たちに感じる。
放送局の若いディレクター、若いスタッフたちに、自分たちの欲望を実現させようとは思わないのかと問いかけたりする。
しかし、彼らからは今の体制や状況に対する不満や愚痴は聞けても、お前らは敵だ、いつかきっと倒してやるという闘争心は帰ってこない。
最初から、自分を安全地帯に置いて、文句をつけてくる。
自分で血を流してまで、相手をねじ伏せようという気概を感じない。
何てマナーのいい、お嬢ちゃん、お坊ちゃんだろうか。
かといって、そういう連中に限って、大した仕事もできない、ただの繰り返し、陳腐な業界用語をふりまわし、自己保身に精を出す。
何だろうね、いつの時、若者から野心のささくれだった矢は消えたのかと思ってしまう。
私はここにいる、私の考えは素晴らしい、私は誰よりもクリエイティブだ、私ほどラジオが好きな男はいない!
口に出せとはいわない、態度にその片鱗を見せるぐらいの、溢れだすパトスはないのだろうか。
まるで、囲いの中の羊の群れだ。
毎日草を食み、自分の毛を差し出す人生を良しとするのか、若者たちよ。


何を言っているんですか、逃げる中高年のくせに。
ああそうですよ、俺たちは欲望なんて無理やり持ちたいとは思いませんよ。
何かいいことあるのですか、何もないですよここには。
私たちには負債ばかりが押しつけられているのです、その積み重ねを見て、欲望をかきたてて何かをしようなどと思えますか、人間なら・・・俺たちに、残された場なんか、ないんですよ、違いますか。



世代論、またの機会に。
村上さんの本の別の章「寂しい勝ち組」からまた引用してみる。

周囲に元気をなくした友人が増えた。わたしが普段接するのはおもにマスメディアの人間だが、インターネットと、それに中国を中心とする東アジアに市場を奪われて広告収入が激減している。
中には会社の存続が危ぶまれるような出版社や民間放送がある。交際費や制作費が削られ、早期退職を迫られる社員も多い。そして何よりも救いがないのは、たとえ景気がある程度回復したとしても広告収入が元通りになることはないという残酷な事実だ。

この本の出版は2010年11月。
最近、テレビの売上が持ち直したとか、スポット重要が増加傾向だという発表がされたりしているが、もちろん、それを鵜呑みにするわけにはいかない。
テレビ東京「カンブリア宮殿」の司会を長らく務め、多くの経済人をゲストに呼んで情報を得ている村上氏の言葉はそれなりに重い。
「もはや、広告収入が元に戻ることはない」と断定されていることに、放送人はどう反論するのだろうか。
広告収入、すなわち、タイム放送料、スポット放送料で放送局を維持する、そんなことはもうできないということだ。
まだテレビは持つと思われるかもしれないが、それは多分、内部留保という今までの利益の蓄積が当面の安定を保証するからだろう。
その上で、昨年よりスポットは伸びている、タイムは健闘しているなどと、見栄を張っているにすぎない。


既に、ラジオ局や地方のテレビ局などには、その内部留保もつきかけているところが出ている。
「チーズはどこへ消えた?」の世界だ。
もはや、ここにはチーズは現れない、残っているチーズはこれだけだ、それで生き延びれるのは中高年だけ、若者はもはやその恩恵はないものと思え。
あはは、話が最初に戻ってしまった。


何故に若者が怒らないのか、そう、彼らはもうチーズがここにいればずっと出てくるとは思っていないのだ。
皆が、思っているからここにいる、だけど、無理だろう、これからここにはチーズはないよ、でも、だからといってどこへ行っていいのかわからない。
どこかにチーズがあるんだろうね、でも、俺はここでいいよ、無茶苦茶ひどい扱いを受けないのなら、十分ここで幸せに生きていける、ついにチーズがなくなったら、その時はその時さ。
怒る?ああ、怒ってるよ、中高年が知らないだけだ。でも、それを外に出してどうなるものでもない。
何か、そういう鬱屈した気分をパッとはらしてくれるようなことが起きたら、もちろんそれに乗るよ。
小泉さんであれ、民主党であれ、橋下市長であれ、維新の会であれ、何か光が見えだしたら一緒になって盛り上げるよ、ああ、それぐらいはできる、ネットもあるし、何ならデモにでも行くよ、ほら、今のそんな雰囲気があるじゃない、そうだろ?


なんて、本当に思っているのかなあ。
危ういなあ、何かこの空気、このギスギスした連中の声、声、声。



シリーズ ラジオの売り方(12)~最終回

ラジオの売り方について、何やかんや書いてきました。
大したこと書いてないじゃないかという批判はあるかもしれませんが、とりあえずこのシリーズでのラジオの売り方を考えるのは今回を最後にしたいと思います。


まあ、色々提起してきたつもりでおりますので、読まれた方はそれなりの受け止め方をされたことでしょう。
結論を少しまとめまてみます。、
ラジオは広告代理店によってビジネスモデルが作られ、今もそのモデルの中で商売が継続されている。
広告代理店は、ラジオを売るということに従来ほど熱心ではない。
にもかかわらず、ラジオ局は広告代理店(ローカル局はその代理店に直結しているキー局)への従属関係を維持し、そこから離れた別のビジネスモデルを見出していない。


今でも、ラジオ局の営業マンの価値はどれだけ代理店の人間と親しいかで計られているのではないでしょうか。
いざと言う時に、代理店に助けてもらえるかどうか、その人脈を持っているかどうかで、放送局内での力関係も変わってくるのです。
営業力=業界の人脈という構図は今も変わりません。
FM局なら、レコード会社を初めとする音楽業界とどれだけ深くつきあっているか、音楽プロダクションの重鎮とどれだけ酒席をともにしているか、音楽出版業界の方と日々のつきあいはあるか、等々。
営業的な人脈を持っている人は放送局内で強いです。
リスナーとどれだけ深い関係を持っていても、社内ではそんなことは評価されません。
何しろ、今の放送局内で権力を握ろうと思えば、どれだけ業界から金を持ってこられるかにかかっています。
金をつまんでくる能力さえあれば、社長でさえ意のままに動かすことができます。
何しろラジオ局の社長なんて、たよりないものです。
業界の人脈を構築するほどキャリアを積んではいませんし、社長になってからはふんぞり返るしか自分の居場所を持てません。


社長なんて、正直なところ孤独なものです。
会社の調子がいい時は、別に何もしなくても売上はどんどん伸びていきます。
その金に群がる人はいくらでもおり、その人たちは社長、社長と寄り添ってきますし、毎日そういう基盤の上で会社にいれば、時間は勝手に埋まっていきます。
忙しいな、楽しいな、そこそこ金も使えて、やはり社長は1回やったらやめられんと思ったりすることもあるでしょう。
しかし、ひとたび業績が落ち始め、もはや金のにおいのしなくなった場所にミツバチはやってきません。
毎日が憂鬱な日々が続きます、このままでは会社はやばい、何とかしないといけない、そこで社長は他の役員に叫びます。
「おまえら、何とかしろ!赤字を出さないよう対策を考えろ!大体、おまえらたるんどる!」
たるんどるのは、お前じゃ!と声にならない叫びがあちこちから沸いてくることもあるでしょう。


昨日引用した津田栄さんも、衰退する企業の根本的な問題は、企業の社長などのトップにあると指摘されていました。
これは私も同感です。
いくら部下が必死になっても、トップがくさっていればその努力は空回りするだけです。
いや、必死になった分、自分が傷つくのが実際です、それぐらいトップの連中は物事の道理をわかっていません。
自分は、優秀だと思っていますし、自分のいうとおりにすれば会社もうまく行くはず、行かないのは俺の言うとおりにしないお前らが悪いと信じきっています。
部下が喜々として働き、社長を初めとするトップに信頼を置いているとするならば、ここまでラジオは売上を落とさなかったでしょう。
そんな信頼、今のラジオ局にはほとんどありません。
誰も喜々として働いていない、トップを優秀だとは思っていない、もはやラジオには未来はないのではと疑い始めている。
何が、radikoは電通がやるから大丈夫、なんでしょう。
何を他力本願なことを言っているのでしょう。
毎月毎月リクープもされないradikoの負担金が50万前後も支払われているのに、電通にまかせていればそのうち何とかなるなんて楽観論が何故言えるのか。
もちろん、電通は偉大です。
そのうち、radikoの新しいビジネスモデルを開発し、その分配がラジオ局に対しても行われるだろうと期待するのはかまいません。
しかし、もし期待がはずれたらどうするのでしょう。
それも電通の責任ですか、そんなわけありませんよね。


自分の会社の商売のやり方ぐらい、自分で考えなさいよ。
他力本願じゃなくて、自分たちの力量にあったビジネス、それに見合う売上は何かをもっとマジメに考えなさいよ。
おれの言うとおりにやれと言ったって、その通りやって何が社員に戻ってくるのでしょう。
給料上がるのですか、労働過重が改善されるのですか、新しい人を採用してくれるのですか。
ただ経費を削り、人を減らし、安い労働力の調達しか考えず、それでいてリスナーから嫌われるような放送ばかりしている、それが今のラジオ局の政策じゃないですか。
もはや未来がない、という考え方を否定することなど誰にもできない、そうじゃないですか?


以下は、昨日私がツイッターに書いたことです。
「個人的なことを言いますと、折角あれだけ努力して稼いだ金を、何てことに使うんだ、もっと楽しい職場にして、みんなの創意工夫を引き出せる環境を作れ、それぐらいできるだろうと叫びたいぐらいです。みんなラジオが好きなんだ、それを商売に使えないでどうすると思うのですよ。」
「ラジオが好きな人って一杯います。それをコアに新しいビジネスぐらい創出できないのかと思います。商売のやり方が今までのままだとクライアントは乗ってきません。ラジオが好きな人とその人たちをターゲットにするクライアントの橋渡しをすればいいのです。今まで広告代理店がやってくれたことです。」
多分、このシリーズの最後にふさわしい言葉ではないかと思い、再掲しました。
私は、もはや放送局の当事者ではないので、話がどこかずれているかもしれませんが、何かの参考になればと書き綴ってきたわけです。
ラジオの売り方、もっと地道な提言もあったと思うのですが、それを許容するような余裕はもはやラジオ局にはないかもしれない、そんな気もします。
今後も、思いついたら何か書くでしょうが、とりあえず今回でシリーズ、ラジオの売り方を終了したいと思います。
新しいシリーズにまたご期待ください。



少数派の価値

私の人生を顧みる時、大方の場合私は少数派にいたという実感がある。
多数派に与することを善しとしなかったというか、自分を主張しようと思えば少数派にとどまらざるを得なかったというか。
だから、学校の中では常に浮いた存在だったし、成績はそこそこ良くてもクラスの指導的立場にはなかなか着けなかった。
多分、ありえないことなのだろうが、一年間、何の役職にもつかなかった時もある。
中学校の時代だ、選挙で全く選ばれなかった。
担任の先生に言われた、「あなた、人との接し方に問題があるんじゃないの?」
中学生にそんなことはわからない、ただ自分の思いに忠実であればあるほど、そんな境遇にしか自分を置けなくなっていた。
少数派になりたかったわけではない、自分が自分であるためには、少数派の場所しか残っていなかったのだ。


クラスで人気がない、それは認めざるをえなかった時もある。
何故、そんな態度をとったのか、今はわからない。
孤立していたのかと聞かれると、そんなことはないと答えるだろう。
クラブ活動も人並みにやっていたし、担任の先生を尊敬していたこともある。
しかも、さっきも書いたが、さほど勉強しなくても成績は落ちなかった。
中学2年でビートルズに心酔し、3年の時にはサルバドール・ダリの「記憶の不滅」を教科書で見て以来、シュールレアリズムの虜になった。
別に普通の男の子なのに、のめりこむ対象が人と違っていた、それも認めざるをえない。


高校~大学、哲学に耽溺し、中国の古典の世界に魂をゆさぶられ、そしてマルキシズムの洗礼を受けた。
若者が罹るはしかのようなものだ。
しばらく大学を離れ、そしてほとんどの学友とのつきあいが希薄になった。
その代わり、詩の世界に自分を置いた。
いくつかの同人になり、毎日詩を書き続け、紆余曲折を経た後、ある人との関わりの中で学にめざめた。
そうか、大学院に行って、この研究をしよう。
この研究?何をするつもりだったのだろう。
大学にはとんでもなく高価なコンピュータがあり、それを自由に使うことができた。(まだ鑽孔テープの時代である。)
芥川龍之介の短編をTAT的手法で分析したところ、思いがけない彼の性格をあぶり出すことができたりした。
その時の論文は大学に提出し、講座の助教授に評価されたのだが、今ではそれがどんなものであったのかも思い出せない。
なら、わざわざ書くな?ま、そうですわね。


で、その後、私は前にも書いたが、しゃれでFM大阪を受験し、何故か合格してしまう。
そして二度と研究の場に戻ることなく、20年ほどで会社をやめ、何となくプロデューサーなどという名刺を持ちながら今に至ったというわけである。
職業は何ですか?と聞かれれば、プロデューサーだと答える。
何のプロデューサー?には、ラジオをメインに、イベント、舞台、映画のプロデューサーを少々などと。
でも、それ以上は余り言えない。
そんなにメジャーな存在じゃないし、相変わらず多くの人から支持もされていない。
早い話、人気がない、それは学校時代からずっとそう。


でも、世の中には良い人が多い。
こんな私にも、時々仕事の話をふってくださる。
もちろん、いい年になった私である、我を張って、孤高の立場を守り続けるなどということはしない。
精一杯笑い、精一杯自分の力を使い、精一杯ご期待にこたえるようにしている。
当たり前だ、それができなきゃ、とっくに業界から消えていただろう。


放送局に入社した時の同期、みんな自己主張は強く、批判精神は旺盛だった。
私よりも会社をぼろかすに言い、こんな会社なんかいつでも辞めてやると豪語していた。
労働組合では、会社側を思い切り締め上げていた、給与を上げろ!金を寄こせ!ゼニじゃ、ゼニ寄こさんかい、と叫んでいた。
でも、そんな彼らは結局ずっと多数派の中で生き、辞めることもなく定年まで働き続けた。
いつでも辞めてやると言ったものは最後まで会社に残り、そんな不満もなく、会社に感謝したい気持ちで一杯の私は、ただここは自分のいる場所ではないと思った時にすっぱり退社を決意した。
ここでも私は少数派だった。
そんなことをすれば損するだけじゃないかと言う声を背中に聞きながら、私は颯爽とサラリーマンの出口を出て行った。


損をしたか?
金銭的にはもちろんイエス。
でも、精神的には何とも言えない・・・。
ただ今これだけは自分の心の糧となっている。
世の中を変えていけるのは常に少数派だけである。
多数派は、そこにいることを求めるがゆえに、どんどん時代に取り残されるのだ、と。


だから、私が今まで書いてきたようなラジオの危機、衰退に立ち向かうには、多数派でいたいと思うものには不可能なのだと思う。
右を見て、左を見て、おそるおそる足を出すようなラジオ局の経営者に、今の状態から脱する処方箋など書けるはずもない。
社長はどうせ孤独なのである。
だから、自分をまず少数派の場所に置き、そこから多数を駆逐するぐらいの意気込みで会社経営をしなければ、ラジオがもう一度メディアの中核に戻ることなどできるはずもない。


孤立から逃げるな、ラジオ局の経営者。
多数に傾けば傾くほど、ラジオの経営状態も傾いていくのだ。

連帯を求めて孤立を恐れず。
力及ばすして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する。

ま、そういうことだ。