カテゴリー : 2012年 6月5日

シリーズ ラジオ制作者の心得(6)~リスナーは見えていますか・2

番組を作る時に大事なことは、リスナーが見えているかどうかだと私は提起しました。
別にターゲットがヤングであろうと、ファミリー層であろうと、この番組を聞いている人の動きが番組の進行とともにどう変化するか、それを皮膚感覚でわかるということ、それがリスナーが見えているということです。


比喩で言うと、釣り師の感覚に近いですかね。
例えば、海の様子を見れば、熟練の釣り師はこの下にどんな魚がいるかわかるでしょう。
流れが速いか、それとも止まっているか、深いか浅いか、水が濁っているかいないか、等々。
どう泳いでいるかもわかるかもしれませんし、今は餌を落としても食べないなというのまでわかるでしょう。
食べない魚にどう餌を食べさせるか、いわゆる誘い、餌を微妙に動かすことによって食い気をさそったりします。
買う気のない消費者に、時間をかけて買わせるテクニックですね、何か色々似たところがあるんですよ。


とにかく、プロは見えていないとダメなんですよ、こう言えばリスナーはこう思うはず、そこをこういう演出でシズル感を出せば、次にはこういう反応をしてくるだろう、とか。
まず探り、反応があれば、そこを何度も攻め、食い気が出てくれば大きく誘う。
後は入れ食い・・・。
ま、釣りに例えると品がなくなるのが欠点ですが。


今の制作の現場を見ていると、そこにプロの勘が不足しているような気がするのです。
そんな番組の進行したら、リスナーが退屈するだろうと指摘したら、まずキョトンとされます。
何を言っているんですか、という顔で「何ですか?」と聞き返されたりします。
一緒にリスナーの表情を追えていないんでしょう、ま、出来ない人にそれを求めても無理というものですが。


何か、美しくないんです、バランスが悪いというか、ぴたっとはまっていないというか。
それじゃ、美しさが伝わらないよ、その間(ま)じゃ、リスナーの呼吸を邪魔するよ~。
ラジオは話芸でもあるのですから、寄席芸人のテクニックも知っていないといけません。
昔、柳家金語楼師匠がテレビで言われた言葉を思い出します。
「お客さんに笑ってもらうためには、まず空気を吸ってもらわないといけない。気持ちよく空気を吸ってもらったと分ったら、何かの形で破裂させればいい。頭をポンと一つ叩くだけでも、それで笑ってくれる。」
早い話、いかに気持ちよくお客さんに空気を吸ってもらうかだということです。
空気を吐き出した後には、面白いことを言っても笑ってくれない、というか笑えない。
間が大事というのは、呼吸の間ということでもあるのです。


だからリスナーがどう呼吸しているか、それをわからないといけないのです、ラジオの世界も。
呼吸の仕方なんか、年代によっても違います。
男と女も微妙に違うでしょう。
今のラジオがオジサンオバサンに人気というのも、その間の取り方が、中年以上の世代の呼吸の仕方に合わせているからではないでしょうか。
若者の呼吸のリズムには、まるで合っていない。
若い世代の喋り手だと、呼吸のリズムは一緒かもしれませんが、話し方のテクニックができていない。
一方的にしゃべり、相手の反応を待たない、若い世代の特徴でもあります。
ラジオは音声だけですから、映像でめくらましすることはできません。
リスナーは今息を吸った、ここで確信的をワードを一発。
そうだ、そうだ、その調子・・・・もっと声を出せ、もっとオレについて来い!
ライブのコンサートでよくある光景。
呼吸を感じるラジオ、それもエキサイティングに、多分それだけでも若者をラジオの前に連れてくることができるかもしれません。


話し方のテクニックを、私は講釈するつもりはありません。
あくまで、リスナーが作り手側に見えているかどうかの話。
素人が見れば、ただの海なのに、熟練の釣り師が見ればそこに何が泳いでいるかも、見えてくるのです。
経験が勘を磨くのだと思います、ラジオの制作の世界でも同じ、見れないのは、その訓練ができていない、場数を踏んでいないという結果でしょう。
制作の経験のない管理職が、いきなり制作部にやってきたら、「番組のディレクターなんか誰でもできる、偉そうにするな。」という言動をするのは今の時代仕方がないのかもしれません。
単なる繰り返しにしか見えないし、チャラチャラしているだけじゃないかと思われることもあるでしょう。
しかし、制作のプロは本当はすごいのです。
あなたに見えないものが手に取るように見えるのです。
それを言葉で説明しろといっても無理、大工の棟梁に釘の打ち方を聞いても、その通りにはできないのと同じです。
時間空間の取扱い精度が違うのです。
どれだけ離れていようと、ラジオの向こうにいるリスナーの姿は見えているのです。
説明は不能でしょう、誰が信じます、見えていると言っても。


リスナー見えていますか?と私はタイトルしました。
それを実感してもらうには、言葉では無理。
よくいう、背中を見ていてもらうしかない、何故にそんなことができるのか、実際に経験してもらうしかないと思います。
職人の世界は、言葉だけでは伝授されません。
ラジオ制作者は職人でもあること、それを忘れてはいけませんし、そういう育て方をしないラジオ局はいつか崩壊します。
下手な大工ばかりの工務店が、顧客を失って倒産するのと同じことです。
その理屈をわからないラジオ局が、何と多いことか。



シリーズ ラジオ制作者の心得(5)~リスナーは見えていますか

私が、番組を作る際に一番気にするのは、ラジオの前にいるリスナーの姿が見えているかどうかなのです。
番組は、誰を対象に作られるのかということも関係があります。
企画書に、<放送対象>ヤング~ヤングアダルト などと書きますが、じゃあ、そのヤングとかヤングアダルトがどういうふうにラジオに接しているのか、それをイメージできないといけないということです。


若い人だから、受験勉強でもしているんだろうというのは、一昔前の考え方です。
もう少し前の考え方は、ラジオを聴く若い人というのは、若年労働者、集団就職で都会に働きに出てきた若者というイメージでしょうか。
それゆえ、番組の作り方は、ヤングだからといって同じではありません。
勉強をしながらラジオを聴いている若者、労働に疲れて、ほっとしている若者、そのニーズは全く違ってくるのはおわかりいただけると思います。


さて、今の若者とラジオについて皆さんはイメージできるでしょうか。
昨日、民放労連のシンポジウムの話をしましたが、1日目に専修大学の学生さんによるレポートがありました。
テーマは「若者はなぜラジオを聞かないのか」。
詳しいことは、当日会場の模様を実況していただいた@amayanさんが、テキストおこしをのちほどしますと書いておられたのでそれを見てからということにしたいと思いますが、総じて、ラジオに対する興味は薄いという印象でしょうか。
放送はテレビで十分のようです、ラジオがないと困ると思っている人は少数。
そう思うと、何故我々の世代はあんなにラジオを聞いたのだろうと、かえって考えてしまいますね。

質疑応答 Q.「ゼミの皆さんはラジオ普段聞いてますか?」 A.「聞いてません」
ラジオに対するイメージ。「おじさんおばさんが聴くイメージ。」
「若い人でも暗めの人が暗い部屋でどんよりとしてラジオを聴いている・・」

ポジティブなイメージがまるでありません。
おじさん、おばさんが聞いているみたいだが、私自体は興味がない、そう言われているみたいでちょっと脱力しますね。
これで、放送対象;ヤング~ヤングアダルトと書くのは少し躊躇しませんか、どうですか?
私が若い時に聞いたように、今の若者もラジオを聞いてくれるはず、それぐらいの気持ちで番組を企画し、制作していたのでは、確かに若者にリーチしているとクライアントが思ってくれるはずもありません。


前に書いたと思いますが、私の時代にはラジオのクライアントに専門学校や各種学校が、目白押しでした。
若者がラジオを聞いている、それが定量的に把握されていたから、クライアントは何の躊躇もなくスポット出稿されていました。
今、営業で学校クライアントを訪れても、「うちの生徒、志望するきっかけにラジオなんか書いてる子ひとりもいない」と冷たくあしらわれるだけでしょう。
ヤング~ヤングアダルト、そんな世代に向けて、一体ラジオはどんなメッセージを伝えることができるでしょうか。


話を元に戻しましょう。
ラジオ番組を制作している貴方、今あなたはリスナーの姿が見えていますか?
そこにヤングはいますか?
ヤングアダルトはいますか?
いないとしたら、何を貴方は流しているのでしょう。
少ない若者から届いたメールで、番組を垂れ流しているとしたら、こんな空しい作業はないのではないでしょうか。


あなたのメッセージは、誰に向かって投げられているのか、そのあたりをしばらく制作者の心得シリーズの一つとして共に考えて行きたいと思います。