カテゴリー : 2012年 6月20日

ラジオの周辺

radiko関連で書いたツイート。
自分でも納得したので、再掲する。

小さな火種から、ビジネスとして燃え上がることもある。ラジオの世界に今必要なのは、衰退をただ見守るのではなく、そこからまた別の不死鳥が生まれることを願うことだ。ラジオが好きだという人の気持ちを大切に考えれば、今のような制作費カットの結果をさらすような番組を続けていいわけがない。

「制作費カットの結果」が今のラジオなのである。
私から見れば、もはやサブカルをフォローする余裕も失っている気がする。
制作者側に思い入れがないと、サブカルを盆にのせることはできない。
カルチャーを追いかけるだけでは、ラジオは確実にテレビに負ける。
カルチャーを内包するムーブメントを自ら醸成する気構えがないと、サブカルの宣教師とはとても言えないだろう。


で、ふと考えた。
今のFMのリスナーって、何を求めて聞いているのだろう。
私の時代、FMは新しい音楽をリスニングルームに招いてくれる正真正銘のサブカル・ツールだった。
洋楽の世界では独断場。
すべての情報はFMを通じて流れてきたと言っても過言ではないだろう。
じゃ、今のFMは何で目立っているのか。
何にもないんじゃない?
音楽のゲストは確かにAMよりは出てくる。
TFMの全国ネット番組(JFNの白ネットに出てくるアーチストもそうだが)、アーチストのDJ番組が目白押し。
だけど、リスナー、本当にそれを聞きたいと思っているのか。
アーチストの世間話を毎週聞きたいと思っているのか、桑田さんにしても松任谷さんにしても。


もはや名前が売れてしまった人の話、それを毎週聞きたいという人、あまりイノベーター層にはいないと思う。
沢田研二さんが言っていたけど、「ぼくのファン、別に新しいことを聞きたい人なんていない。ただ、ぼくが今何をしているか知りたいだけなんだ。」ということ。
時代に敏感に対応している人は、アーチストの日常なんてどうでもいい。
その人が次の時代に向かって何をしようとしているかを知りたいだけなんだ。
ただ、同じような日常が続いているだけなら、何の興味も浮かばない。
悪いけど、アーチストの大御所と言われる人はほとんどそれ。
Fmに毎週出て、何かを喋っていたとしても、その言葉が何かを生み出すこと等、本当に稀である。
ちょっとは政治的な発言でもすれば、またそれを盛り上げようと言う人がいるかもしれないが、今時だれが、民主党くそったれ!などと叫ぶだろうか。


ラジオに出てくるアーチスト、君たちは今何を語っているのか。
新人アーチストとして、DJのよいしょを受けている君たちにとって、今ラジオは何を伝えることができているのか。
残念ながら、今のラジオは次の時代を作り上げるポテンシャルを持たない。
ベルトコンベアーにのった素材をいつもの工程で処理し、その作業に対する報酬を得ること以外、何もできない。
今のラジオには志がない。
志を持つスタッフを育てはしない。
金になることを行い、それを回収するだけ、果たしてこれでジャーナリズムと言えるのか。


ということで、今日もひとしきり、ラジオ業界をぼやいてみた。
かつてのラジオの時代を担った一人として、最近の風潮には望みを失うばかりである。