カテゴリー : 2012年 7月21日

シリーズ 東京一極集中の功罪~マスコミ編(4)

平成元年、私は人事異動で東京に来ました。
東京制作の番組を管理するというのが仕事、地位的にはプロデューサーということだったでしょうか。
私が東京に移ってから生まれたのが、大阪のFM第二局、FM802でした。
それゆえ、私は実感としてはFM802の誕生の頃を知りません。
すべて伝聞、一度も放送を聴いたことはありませんでした。


それでも何となくFM802は人気が出るだろうと思いました。
そういう例を見てきたからです。
一つはFM横浜が生まれた時。
FM東京に飽き足らない若者が一斉にFM横浜に移りました。
リスナーだけではありません、広告代理店の人もそうでした。
FM東京は殿様商売をしている、こちらの要望に応じようとしない、新しい局はそれゆえウェルカムなのだと。


FM横浜、ちょっと評判が落ちてきたなと思った頃に生まれたのがJ-WAVE。
802誕生の1年前です。
FM東京、その影響でぼろぼろ状態。
これに、bayfm、NACK5が加わりますから大変でした。(山梨からFM富士というのも、東京局として参戦)
それでも、FM東京には他の局にはない強みがありました。
それはJFN、全国のFM局を網羅する強力なネットワークが、東京での人気が左肩下がりに落ちていく中でも経営を支えました。


話を戻しましょう。
FM大阪は、多分これからやばくなるだろう、私がそう思ったのはFM東京の例を見ていたのと、FM802がJ-WAVEとネット関係を強化するのではなく、番組を自社制作するという方針を聞いたからです。
ああ、これはダメだ。
FM大阪よりも、大阪の人は802を選ぶだろう、私が大阪にいたら絶対そう思うはずだから、と。


関西の方ならおわかりになると思います。
関西人、基本的に東京ナイズされた放送を嫌いますから。
話を広げたくないので、FM大阪のことに限定します。
私が802にFM大阪は負けるだろうと思ったのは、全編、大阪制作という点です。
FM大阪の編成のうち、逆Lの部分は東京に押さえられていたからです。
当時、推測ですが、FM大阪の自社制作率は60%ぐらいだったでしょうか。
でも、それは平日の午前、午後~夕方がほとんどです。


逆Lとは、土日と夜帯を合わせて放送する形態です。
月曜~日曜まで横に並べて「土日」と「夜」を塗りつぶすと「L」が逆になった形からこの様に表現されます。(以上文化放送の業界用語から拝借)
FM業界では、一番おいしい時間、一番売れる時間なのです、当時は。
その時間帯を、全国ネットのクライアントで押さえられていました。
番組制作は基本的に東京です。
その結果、FMを聞く若い層は、東京くさい放送ばかりしないで、もっと大阪に密着した話をしろと不満を持っていたのです。


本当かどうか知りませんが、地方のFMリスナーは東京の情報を聞きたい、地方の情報などいらないと思われるといいます。
でも、大阪は違います。
正直、東京の情報は要りません、特にラジオにおいては。
しかも、一番若者が聞く時間に東京の放送を流していたのです、FM大阪は。
そりゃ、FM802が全部大阪制作されたら負けるに決まっていたのです。


そんなの、しばらく放送局で働いていたら分るはずです。
私は東京にいましたが、これはFM大阪の危機だ、早急にネット関係を何とかしたほうがいいと思いました。
でも、当時の会社のお偉いさん、私たちはそれなりの地位を築いてきた、新局が生まれたからと言って微動だにするものではない、受けて立とうじゃないかとのたまわれました。
結局、何と言うんですか、肌感覚で放送ってわかっておられなかったんでしょうね。
何が受けて立つですか、そんなの原発みたいに簡単に津波に飲み込まれますよ、今風に言うとそんな印象でした。
そして、平成元年夏、徐々に大阪レジスタンスとでもいうべき胎動が始まって行ったのです。