カテゴリー : 2012年 7月30日

シリーズ 東京一極集中の功罪~マスコミ編(8)

東京一極集中の功罪と題して始めたこのシリーズですが、理屈ではなくなるだけ私の経験を交えた状況説明を主にしております。
何故東京一極集中化したのかを考えると、やはり中央集権国家、地方分権、効率化などの話をしないといけませんが、個人的にはそういう言葉がいまひとつピンと来ません。
道州制とか大阪都構想なんて話は聞きますが、具体的にどうなるのか皮膚感覚でわからない。
最近の橋下市長も維新の会も、下手をすると集団ヒステリーみたいになってきているので、あまり近寄りたくないですね。
文楽に対して発する言葉は、庶民感覚としては理解できるところもありますが、伝統文化を冒涜しているのではと誤解されます。
その勢いで、茶道や華道、舞踊に謡などの家元制度も批判すればいいはずなのに、そういうのはノータッチ。
宗教団体にも、言わないといけないこと一杯あるはずです。
でも、そういう固い岩盤があるものに対しては、あまり何も言わない。
全権を掌握したら、ぶっ潰してやる、のでしょうか。
小泉さんもそんな発想されていましたが、結局は途中で放り出されてしまいました。
この道は、いつか来た道~♪ にならないことを祈ります。


さて、マスコミの中央集権化について。
実は、私が若い頃は、マスコミはこんなに東京一辺倒ではなかったような気がします。
関西のラジオ局、どこも大阪発のイノベーションを起こすような番組が次々に生まれていました。
東京では、「オールナイトニッポン」「セイヤング」「パックインミュージック」が有名でしたが、大阪ではほとんど話題にされませんでした。
何しろ、朝日放送「ヤングリクエスト」毎日放送「ヤングタウン」ラジオ大阪「大阪オールナイト」KBS京都「ハイヤング11」というのがあり、相互に切磋琢磨して若者を取り合いしておりました。
名古屋に「ミッドナイト東海」というのがあり、森本レオという名前を初めて聴き、一部でヒットした「親父にさよなら」(1970年)を不思議な感じで聞いたのを思い出します。


つまり、東京の深夜放送が盛り上ろうと盛り上るまいと、大阪や名古屋ではそれとは関係なく大きなブームを起こしていた、イノベーションが起こっていたのです。
これを東京の目からすると、地方にも深夜放送が生まれていたが、東京の3局が本格的に若者に深夜の時間を開放したことにより、それが全国に波及していったということになるようです。
つまり、東京が主導することによって文化として洗練されたのだと言わんばかり。
言っておきます、大阪のムーブメントは東京とは関係がありません。
大阪の若者は、別に大阪の深夜放送で十分だったのです。
それ以外のものがほしいとは思っていなかった。
それぐらい、関西という土地は次々と新しい若者文化を生んでいたのです。


フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」、東京では「オールナイトニッポン」で大々的にかけてヒットし、話題になったのだと言われています。
しかし、昨年でしたか、ANAの機内放送「オールナイトニッポン クラシックス」(DJ:斉藤安弘)に北山修さんがゲスト出演し、オールナイトニッポンでヒットしたという話をあまり肯定的には語っておられませんでした。
そりゃそうでしょう、その前に関西では、大ヒットしていたのですから。
元々、ラジオ関西の深夜放送でかかったものを口コミでどんどん広まり、他の局も何とか音を手に入れてバンバンかけた。
おかげで、毎日、どこかのラジオ局でかかっていました、フォーククルセダーズが何者か全然わからないままで。
すでに話題になっていたものを、東京で取り上げたからといって、ヒットさせたのは「オールナイトニッポン」だと言われても、「へ?何言ってんの、あんた」になりますわね。
このあたりの関西人の違和感を東京人がわからない。
受益者のくせに、何を供給者の顔して上座でふんぞりかえっているんだと、東京の態度に不快な気持ちを持って当然じゃないでしょうか。


東京は常に供給者、地方を受益者だと勘違いしているのです、多分。
だから、大阪が供給したものも、東京を介してこそ全国に広がったと言い換えてしまうのです。
何故、そうするかって?
そりゃ、供給者でいたほうが儲かりますからね、大阪が供給者になったら、その分儲けが減ります。
儲けは東京に集める、それがこの国がある時から強化した方針です。
そのあたり、どうもピンと来ないと思われる方も多いと思われますので、次回にもう少し詳しく書くことにします。