カテゴリー : 2012年 7月

シリーズ 東京一極集中の功罪~マスコミ編(6)

さて、FM大阪がFM802に対抗するには、TFMからのネット番組を切ることが一番効果的だと私は書きました。
大阪のラジオ、自社制作をやめて東京からのネット番組を流すと確実に数字は落ちます。
今のFM大阪の土曜日曜の番組、ビッグなタレント、アーチストを並べて、ちょっとゴージャス感を与えていますが、大阪人の好みには合いません。
言うほど、数字取れていない。
しかも、ネット番組はほとんど録音。
FM802に生放送されたら、確実に負けます。
当然ですよ、今大阪で起きていることを放送するラジオと、東京のいつ収録したかわからない番組を流すラジオの、どちらに大阪人はシンパシーを感じると思いますか。


でも、東京の業界人にはこのあたりの話が通じにくかったりします。
地方の人は東京の放送を聞きたいはずだよ、達郎だよ、福山だよ、桑田だよ、それを放送しているのがJFNなんだ、すごいじゃないか、ローカル放送にできんのかよ、こんな番組。
完全にずれているのです。
そんなもの、大阪のリスナーはさほど求めていません。
ファンの方は、もちろん必死になって聞くでしょうが、聴取率、本当たいしたことないのです。


ま、radiko担当の人によれば、福山さんの番組が始まったら、途端にアクセスが増える、聴いている人多いんだなと実感するそうですが、それでも802を超えることができないとしたら、ちょっと絶望的な気になりますね。
福山の番組をやめろと言うつもりはないのです、そうじゃなくて、土日を東京からのネット番組で全部埋めるなと言うことを強調したいのです。
ついでに、平日夜の「SCHOOL OF LOCK!」なども関西でうけている印象はありません。
いい番組です、今をときめくアイドルも出ているし、金曜日にはキムタクの名前も加わります。
でも、そういうネットを受けるという姿勢が、大阪人からいいように思われないというのも事実なのです。
だから、ある程度のネット番組は仕方がないが、今の量は多すぎる、せめて自主編成率を80%ぐらいにはしないとFM802とまともな戦いはできないと私は思うのです。


でも、それは現実にやろうとすると大きな軋轢が生まれます。
何故なら、JFNにはプログラムネットというルールがあるからです。
私が現役の頃は、東京からのネットはスポンサー付き(黒ネットと呼びます)であることが条件だったと思います。
スポンサーが下りたら、各局が自由に売れる時代でした。
スポンサーのつかないネット番組は白ネットと呼ばれ、自社で制作できないローカル局などは、TFMの作る番組をそのまま流していました。
JFNがBラインというフィラー番組(穴埋め番組)を制作して全国に流すようになってからは、白ネットという言葉もあまり使われなくなり、TFMが38局向けの番組にスポンサーをつけられなくなると、黒ネットという言葉の変わりにプログラムネットという言葉を使うようになりました。
プログラムネット、つまりこの時間は同じ番組を38局で流す時間だから、例えそれにスポンサーがつかなくなっても、勝手に自社番組に変えてはいけないというゾーンです。
EXILE枠、桑田さんの枠などがそうですね。(今は三井住友銀行がクレジットされていますが、)
土日の番組でスポンサー名がクレジットされないネット番組は、ほとんどがこのプログラムネットです。


何故こういうゾーンがあるのかというと、それの方がTFMがキー局として売りやすいからです。
TFMが売るというよりは、元々は代理店の買い切枠みたいなもので、スポンサーが何かの拍子に下りても、代理店手持ちの別のスポンサーに売り込めば、また違う番組がキー局の判断で流すことができたのです。
しかし、そんないい時代は終りました。
もはや、FM38局をマストバイ(ネット局を全部買わないといけないシステム)できるクライアントは減る一方です。
で、あるスポンサーが降りるとしばらくノンスポンサー。
松任谷由実さんの番組、ついこの間までずっとスポンサーなしで流していましたでしょ。
大物アーチストだし、スポンサーが降りたのでやめてくださいともいえない、敵に回すわけにもいかないのです。
昔は、TFMとしたらいい時間帯の番組は全部スポンサードされていましたから、そういう時にはクライアントが降りたのでしばらく番組も休養ということでと、番組終了をソフトランディングすることができました。
今は違います。
ノンスポンサー枠、あちこちにあります。
今、言える事は、すみませんが時間移動ということでという説得しかありません。
時間が変わるならやめますとアーチストさんに言っていただければ最高なのかもしれませんが、最近こういう大物アーチストが出演できるラジオ枠、減る一方なので、よほどひどい時間に移動といわれない限り、番組は続いてしまうようです。
ファンの方には嬉しいことなのでしょうが。


さて、東京一極集中の話から少しそれましたね。
以上のことについては、半分は私の体験に基きますが、半分は伝聞だったり推測だったりするので、あまりに間違っているようでしたらご指摘くだされば訂正します。
次回は、もうちょっと東京一極集中の功罪を語るつもりです。
ご意見などいただければ幸甚です、よろしくお願いします。



シリーズ 東京一極集中の功罪~マスコミ編(5)

FM大阪はFM802の誕生に対して、その動きを制するような手段は何らとりませんでした。
自分たちには実績がある、そう簡単には客を取られないだろうと思い込んでいたようです。
私の考え方は、そういう社のお偉いさんとは全く違っていました。
相手は、商売敵です。
自分の隣に店を出し、同じようなものを同じような客に対して売ろうとしているのに、それを黙ってみているなんて商売人としては失格でしょう。


表向きは、鷹揚なふりをしていても、陰では思い切り邪魔をしないといけません。
向こうが安売りをかけるなら、もっと安売りする。
相手が勝負をしようとしている商品がわかれば、同じものをカウンター的に作る。
こちらも相手ができないようなセールをする、魅力的な商品を売りに出す。
これぐらいのことをしないと、新しい店には負けます。
何しろ、向こうは「新しい」のです。
「NEW]というだけで、どれだけの訴求効果があるかわかりますか。
FM大阪、基本的な商売をわかっていなかったとしか思えません。


相手が勝負しようとしているものに対して、同じようなもので対抗するのは基本でしょう。
FM802が例えば大阪を主張するなら、同じように大阪を主張すればいいのです。
TFMが何と言おうと、JFN各局から文句が出ようと、FM802に対抗するにはこうせざるを得ないのだと主張すればいいのです。
それが局の姿勢というものです。
リスナーに、あ、FM大阪は変わった、FM802も面白いけど、FM大阪も聞いてみようと思わせなくてはいけません。
しかし、何にもしませんでした、東京にいた私はあきれるばかりでした。


繰り返しになりますが、私が東京に異動したのは平成元年の2月でした。
その時の私は、とにかく早く東京に慣れること、東京の人たちと懇親を深めることで精一杯でした。
特に最初の1年間は、何がなにやらわからないままで過ぎていきました。
FM802の誕生は、その年の8月です。
私は、FM802がどんな放送をしているのか、どういうステーションカラーを打ち出していたのか、ほとんど知りませんでした。
東京にしか目が行っていなかった、大阪で何が起きているかまで考えるヒマがなかったのです。


しかも、FM大阪という放送局は、東京支社にいる社員のケアをあまりやりません。
東京支社は東京支社だけでやってくれというスタンスを感じました。
東京支社の制作担当は、最初だけ2人体制でしたが、しばらくして私1人になり、東京支社の中で仕事の中味を話す相手がいなくなりました。
私は、人事的には東京支社管轄なのですが、仕事は本社直結。
つまり、私の上司は本社の制作部長ということになり、東京本社には私を管理する人はいません。
一見自由そうに見えるかもしれませんが、何があっても自己責任、誰も助けてくれないという状況だともいえます。
本来、制作部で交わされている情報ぐらい、定期的に連絡してくれてもよさそうなものですが、本社からは何にもきません。
だから、本社制作部の中で、FM802にどう対抗するかという話も全く耳に入ってきませんし、今何が問題になっているかもわかりません。
こちらから聞けばいいのですが、先ほども言いましたように、私は東京に同化するのにほとんどの時間を費やしていました。


面白いことに、私の仕事の内容にも全く無関心。
私が実際に何をやっているか、報告しろとも言ってこないし、802がこうだから、東京でこういう番組を作ってくれとも指示されたこともありませんでした。
あいつは、東京へ行った、それで終わり、ああ、清々したとでも思っていたのではないかと疑りたくなるほどです。


そうこうするうちに、衝撃的な電話が入ってきました。
大阪のタレント事務所からです。
内容はほぼ次のような内容でした。
「色々とお世話になりましたが、このたびFM802の番組に出演することになりました。私たちはFM大阪が好きで、何とかFM大阪を元気にしようと思って頑張ってきましたが、それも空回りするばかり。もはや私たちのできることはありません。前からFM802さんからがオファーをいただいており、今回それに応ずることになりました。ご容赦ください。」
その間の事情も説明していただきました。
私と一緒に仕事をしていたころが懐かしい、もしあのような番組が作れるなら、わざわざ移籍することもなかったでしょうというお話もありました。
ありがたいお言葉でしたが、私にはどうすることもできませんでした。
何やってるんだよ、大阪の連中は・・・。
こうやって時代は変わっていくんだろうな、これから冬の時代がくるのかもしれないな、と漠然と思ったりしました。
秋の始まりということだったのでしょうね。



シリーズ 東京一極集中の功罪~マスコミ編(4)

平成元年、私は人事異動で東京に来ました。
東京制作の番組を管理するというのが仕事、地位的にはプロデューサーということだったでしょうか。
私が東京に移ってから生まれたのが、大阪のFM第二局、FM802でした。
それゆえ、私は実感としてはFM802の誕生の頃を知りません。
すべて伝聞、一度も放送を聴いたことはありませんでした。


それでも何となくFM802は人気が出るだろうと思いました。
そういう例を見てきたからです。
一つはFM横浜が生まれた時。
FM東京に飽き足らない若者が一斉にFM横浜に移りました。
リスナーだけではありません、広告代理店の人もそうでした。
FM東京は殿様商売をしている、こちらの要望に応じようとしない、新しい局はそれゆえウェルカムなのだと。


FM横浜、ちょっと評判が落ちてきたなと思った頃に生まれたのがJ-WAVE。
802誕生の1年前です。
FM東京、その影響でぼろぼろ状態。
これに、bayfm、NACK5が加わりますから大変でした。(山梨からFM富士というのも、東京局として参戦)
それでも、FM東京には他の局にはない強みがありました。
それはJFN、全国のFM局を網羅する強力なネットワークが、東京での人気が左肩下がりに落ちていく中でも経営を支えました。


話を戻しましょう。
FM大阪は、多分これからやばくなるだろう、私がそう思ったのはFM東京の例を見ていたのと、FM802がJ-WAVEとネット関係を強化するのではなく、番組を自社制作するという方針を聞いたからです。
ああ、これはダメだ。
FM大阪よりも、大阪の人は802を選ぶだろう、私が大阪にいたら絶対そう思うはずだから、と。


関西の方ならおわかりになると思います。
関西人、基本的に東京ナイズされた放送を嫌いますから。
話を広げたくないので、FM大阪のことに限定します。
私が802にFM大阪は負けるだろうと思ったのは、全編、大阪制作という点です。
FM大阪の編成のうち、逆Lの部分は東京に押さえられていたからです。
当時、推測ですが、FM大阪の自社制作率は60%ぐらいだったでしょうか。
でも、それは平日の午前、午後~夕方がほとんどです。


逆Lとは、土日と夜帯を合わせて放送する形態です。
月曜~日曜まで横に並べて「土日」と「夜」を塗りつぶすと「L」が逆になった形からこの様に表現されます。(以上文化放送の業界用語から拝借)
FM業界では、一番おいしい時間、一番売れる時間なのです、当時は。
その時間帯を、全国ネットのクライアントで押さえられていました。
番組制作は基本的に東京です。
その結果、FMを聞く若い層は、東京くさい放送ばかりしないで、もっと大阪に密着した話をしろと不満を持っていたのです。


本当かどうか知りませんが、地方のFMリスナーは東京の情報を聞きたい、地方の情報などいらないと思われるといいます。
でも、大阪は違います。
正直、東京の情報は要りません、特にラジオにおいては。
しかも、一番若者が聞く時間に東京の放送を流していたのです、FM大阪は。
そりゃ、FM802が全部大阪制作されたら負けるに決まっていたのです。


そんなの、しばらく放送局で働いていたら分るはずです。
私は東京にいましたが、これはFM大阪の危機だ、早急にネット関係を何とかしたほうがいいと思いました。
でも、当時の会社のお偉いさん、私たちはそれなりの地位を築いてきた、新局が生まれたからと言って微動だにするものではない、受けて立とうじゃないかとのたまわれました。
結局、何と言うんですか、肌感覚で放送ってわかっておられなかったんでしょうね。
何が受けて立つですか、そんなの原発みたいに簡単に津波に飲み込まれますよ、今風に言うとそんな印象でした。
そして、平成元年夏、徐々に大阪レジスタンスとでもいうべき胎動が始まって行ったのです。