カテゴリー : 2012年 10月

キーステーション

TBSラジオ「dig!」のポッドキャストを最近聞くようになっています。
大阪にいると、TBSラジオを聞くのはどうしても限定されるので、興味のある回は寝る前にiPhoneで楽しんでいます。
ま、それはいいのですが、前から何回も繰り返して書いてますが、ポッドキャストにまで態々TBSラジオをキーステーションにしてお送りしています、というフレーズを何故入れるのかなと気になったりします。
キーステーション、そう言うインセンティブって何なのでしょうね。


今まで私が書いてきたことを箇条書きにします。
・制作局がどこかを明示する必要がネットワークに存在する。
・キーステーションは、ブランドである。そのブランドを使えるのはウチだけだという差別化。
・全国のクライアントへの自社ブランド(TBSラジオとか)の宣伝。
それと最近、そうかなと思った理由の一つはこれ。
・テレビで表示される制作著作という表示の代わり。
つまり、○○をキーステーションに全国の皆さんにお届けしますというのは、著作権はウチにあるのでよろしくという表現でもあるのかと。


これも一度書きましたが、私のいたFM大阪では全国ネット番組を制作しても「必ずキーステーションという言葉を入れろ」とは指導されませんでしたから、多分東京のキー局のみに何か課せられているルールなのかもしれません。
FM大阪の番組でも、山寺宏一さんの番組で「FM大阪をキーステーションに・・」という表現をされているという指摘を受けましたが、多分、東京で制作されていること、そう言うのが当たり前だと思っているスタッフで作られているからなのではと推測しております。
とにかく、大阪の準キー局のようなその言葉に価値を見出す当事者がいない場合は、キーステーション云々という発想は生まれないような気がするのですが、いかがでしょう。


東京のやり方がかっこいいとか、放送局のアイデンティティみたいなものをキー局のスタイルに求める人は、キーステーションという言葉にも憧れるのかもしれません。
私が自分の作る全国ネット番組にあえてキーステーションという表現を入れなかった理由は多分単純な理由だったと思われます。
ずばり、自分の局をキーステーションとは思っていなかったということです。
FM東京は確かにキーステーションです、全国に番組を提供し、ほとんどの時間を自分たちのイニシアチブの下に制作しています。
FM大阪にそんな番組、いくつあったでしょうか。
たまたま、関西のクライアントがスポンサーになったからキー局になったでけで、そんなスポンサー、どれだけあったというのでしょう。
第一、私が営業外勤をやっていた時、全国ネットの番組をプロモートしろとは一度も言われていません。
発想がローカルなのです、どうやれば全国ネット番組を増やせるか、全国といわずともせめて名古屋から西のネットワークを作って、独自の共同制作番組を作るという話、正式に検討されたことすらありません。


FM大阪にそんなネットワークを形づくる高邁な意志などあると思えませんでした。
前にも書きましたが、ネットワーク担当なんて大阪にはいません。
その需要が出れば、本社や東京支社の営業のデスクが担当したりしましたが、別に売上予算の設定もありませんし、ノルマもありません。
私が営業担当の頃、ある大阪のクライアントから、今度地方に店を出すのでこれこれの予算で番組を考えてくれといわれたことがありました。
私は、今大阪で提供いただいてる番組の中にコーナーを設け、その部分を地方局にネットするというプランを考えてくれとお願いしたのですが、誰もネット局と交渉せず、結局地方局のありもの番組にCMを流すだけになってしまいました。
いい機会なのだから、ネット局との交流をすれば活発にし、ネットワークとして企画を開発していければと思ったのですが、そんなこと誰も考えない。
私だけでもちょっと出張させてくれと言っても、お前は大阪の売上を上げるのが仕事だ、余計なことはするな、で終わり。
私が営業から離れたら、クライアントもしばらくして大阪の番組もろとも撤退してしまいました。
つまり、構想というのですが、グランドデザインが描けていないのです。
それぐらい、経営者なら考えろと思うのですが、何度も書きますように大きな代理店にそのあたりを任せっぱなし。
代理店が相手にしなくなったら、キー局に下駄を預け、とにかく年間これだけのネット電波料を確保してくれとおねだりするだけ。
これで、○○をキーステーションにお送りしています、なんて偉そうなこと言えると思いますか?


とはいえ、これは私のような立場、目線の側から見た意見です。
今を無条件に肯定する人もおられるでしょうし、私の意見は偏っている、全体のバランスを考えれば今が一番いいと言われる方もおられるでしょう。
そういうことで、何となく感じております、私の意見が少数異見だということを。
そういうことで、今回「少数異見」というカテゴリーを作り、しばらく私の少数異見を書きなぐってみようかと思っています。
文化は辺境からやってくる、イノベーションは辺境から現れると私は書いてきました。
そんな辺境からの意見として、今後も愛読していただければ幸いです。



MBS~たね蒔きジャーナルの終了について

しばらく、ブログもツイッターも御無沙汰しました。
自分を言葉で表現するというのは楽じゃない、それを痛感しております。


さて、今日放送ジャーナルの最新号を読みました。
MBSラジオが9月で終了させた「たね蒔きジャーナル」の特集という感じ。
「『たね蒔きジャーナル』はなぜ打ち切られたのか」と題されていましたが、これという断定はなかったようです。
でも、ツイッターで私が書いたと思うのですが、その理由は多分、関西電力、そして広告代理店への配慮としか言いようがありません。
ラジオはいいんです、関西電力の広告出稿はそれほどでもありません。
たね蒔きジャーナルを続けてほしいという人たちに1000万のお金で存続をお願いされれば、普通ならウェルカムのはず。
でも、そういうわけにはいかない。
ラジオはよくともテレビはNOなのです。


だから、今回の存続をお願いする人たちのとの対応は総務部が行っています。
編成部長は前に出ていません。
総務部が対応するのは、例えば右翼とか、政治的な圧力をかけてくる団体。
法務的な処理ができる部署が対応します、ついでに金で解決できるなら、ちょっと金を包んで、これでお引き取りをとか。
番組存続要望の方たちには、不本意なことでしょう。
金をくれと言っているのではない、こういう放送をしてほしいとお願いしているわけなのに・・・。
しかも、1000万以上の善意で集めたお金を持って。


MBSは、多分年間何千万の宣伝費を関西電力関連でもらっていることでしょう。
特に、光回線普及に力を入れているeo光の広告費は馬鹿になりません。
たね蒔きジャーナルを続ければ、それらを失うとなれば、MBSの経営者が今のラジオ番組を維持するインセンティブはなくなるのは仕方ありません。
それでも、番組を続けるという経営者なら、それは立派なのですが、所詮サラリーマン重役、そんな決意などあろうはずがない。
そんな人格を持つ経営者、今の放送界にはほとんどいません。
大体、ジャーナリストの矜持など持ち合わせていない。
まだ、新聞業界から来られた方々は高潔な人格を持っておられた、でも、今の放送業界の経営陣、所詮サラリーマンの延長でしか存在していない、何かそんな気がして仕方ありません。


ラジオ局のプロパーには、ろくな奴がいない。
そんな感想を持ってしまったのですが、何か間違っていること、あるでしょうか。



続・不毛なるジャーナリズム

前回は読売新聞のことを書きましたが、今度は週刊朝日が物議をかもしています。
「ハシシタ 奴の本性」とかいう記事。
佐野眞一氏のノンフィクション、橋下市長の血脈を暴くのだそうです。
何か、ださいタイトルだなあと思っていたら、当の本人からきつい反論。
「血脈主義、身分制に通じる極めて恐ろしい考え方だ」と非難し、ついでに朝日新聞、朝日放送の質問には答えないと。
朝日新聞はまだわかるけど、何故朝日放送まで?、結局撤回したみたいなのでよかったですが。
ツイッターにも書きましたが、この論理で言ったら、週刊SPA!(元週刊サンケイ)の記事の責任は、産経新聞、フジテレビ、ニッポン放送、文化放送、ついでに大阪のラジオ大阪にまで及びかねません。
そんなSPA!のことを私たちに言われても、そんな編集方針まで知らねえよ、となるのが普通でしょう。


ま、これも橋下氏一流のマスコミ操作のテクニックなんでしょうね。
週刊朝日の記事は私が読んだ限りでは、そんなにトンデモないルポとは思えないのですが、朝日というブランドを大事にするなら問題ありかもしれません。
被差別部落の地名をわざわざ書くのは何か理由があるのか、それがルポに不可欠なら許容することもできるのでしょうが、第一回目だけでは何とも言えません。
先ほど得た情報では、連載は中止の方向だそうで、何か世間を騒がせただけで終わりそうです。
でも、少し前の週刊文春にしても、今回の週刊朝日にしても、もう少しデリケートに扱ってほしいですね、こういうことは。


最近の週刊朝日、何かスキャンダル雑誌みたいな内容が増えていて、もう少し何とかならないのと思っていました。
編集長が今の売れ線はこういう雑誌という考え方だったのかもしれませんが、つまらないところで転倒してしまいましたね。
だいたい、前の編集長の山口一臣氏を何故人事異動したんでしょうか、毎回楽しみに読む記事が多かったのに。
やはり、ノブレス・オブリージュというんですか、ジャーナリストとしての品格はほしいですね、今の週刊朝日には気品が感じられませんから。


さて、この問題もしばらく後を引きそうですが、他にも世の中は混沌とした話題に満ちています。
ips細胞のことはご存知の通りですし、今一番気になるのがPCの遠隔操作事件。
インターネットを使って、こうしてブログを書いたりツイッターを使ったりしている私には、他者によるネット操作というのは、きわめて気持ちの悪いことです。
私の名前で勝手にブログを書かれたり、人の悪口を言われたりするのは甚だ困ります。
誰かが悪意で私を潰そうとすれば、ネットを使っていくらでもできそう。
冤罪で警察に逮捕されることもあるかもしれないし、ある日一方的に得意先から出入り禁止を言われるかもしれません。


だいたい、今の田中法務大臣(そろそろ辞任しているかもしれませんが)、暴力団スキャンダルの話、30年前ですよ。
私でも30年前の話、持ち出されたら困惑してしまいます。
何がその時あったか、誰と会ったかなんか、覚えているわけありません。
外国人から献金があったことにしても、年に数万円ぐらいだったら誰でももらうでしょう。
これが何百万円、何千万円なら見返りに何をしたんだ、スパイ活動の可能性だってあるんだと言えますが、そんなはした金で何かを要求する人なんかいないでしょう。
暴力団とのつきあい、自民党の安倍さんにもあったとか、石破さんも外国人から献金受けたとか言ってますが、何か卑小な話題で政局をもて遊ぶのはやめにしたらと思うんですよ。
誰かが、人々の心をカオス状態にして、それをある意図的な秩序に押し込んで行こうとしているのではないかと邪推してしまいます。
人は不安定な精神状況には耐えられる存在ではありません。
秩序といえば、どうしてもアンシャンレジュームへの回帰が一番手っ取り早いので、私なんかますます不安になってしまいますけどね。


東アジアでの領土争いも気になりますし、アメリカの大統領選挙もどうなるのかと思います。
シリアの内戦、イラン対イスラエル(アメリカ)、不安定な北朝鮮、ロシアのプーチン大統領、あの人毎日何考えているんでしょうね。


ま、とにもかくにも、私が一番不安なのは、このインターネットの問題。
普及し始めたのは、ほんの10年前ぐらいからなので、まだまだネットの頭の中は子供と同じ。
何するかわからないし、いくらでも残虐になれる。
ネットが、例えばロボット三原則のように、人に危害を加えてはならない、人の命令に従わないといけない、自分を守らないといけないという規律を持つようになれば、私も少し安心できるのだろうが、下手をすれば凶器にもなる道具である間は、こちらも心してかからないといけないわけです。


ネットは、子供のように怖い。
そうは思いませんか、皆さん。