カテゴリー : 2013年 1月

制作費カットの行方

さて、ラジオ業界、4月改編が迫ってきました。
私が関与している番組も、4月から色々と変化があるようです。
ある局の番組は、メインのスポンサーが降りるらしいです。
他にもクライアントがおられるので番組は続くかもしれませんが、未来の保証は薄くなりそうです。
別の局は、出演者の変更とかスタッフの変更とか、色々噂されています。
他の番組も、いつ何時「ごくろうさまでした、今月で終了です。」と言われかねません。
前向きの、これは面白い番組が始まりそうだという感覚、しばらく味わったことがありません。
改編期はいつも頭が重い。
業界人なら異口同音にそういうかもしれません。


一つだけ、ある人から少し面白そうな企画話が来ました。
でも、それに関わりたいという制作会社が殺到、政治的な動きがからまって何かややこしくなっているという噂も耳に入っています。
そうでしょうね、街には飢えた業界人が満ち溢れています。
みんな必死なんです、キレイごとでは話は進まないようですね。


さて、そういう生々しい話は少し横に置いて、今や業界的には常識の話、制作費カットの行方について書いてみようと思います。
改編期には必ず出てくるキーワード、それがこの制作費カット。
今まで例えば60万円で引き受けていた仕事があるとすると、申し訳ないけど55万にしていただけないか、その代わり、これとこれはしなくていいからという提案が局からあったりします。
5万円ぐらいならいいか、仕事がなくなるよりはと渋々制作会社なら受けるでしょうが、でも、これ年間にすると60万の減なのです。
もし、放送局側が同じような論理で他の制作会社に同様のお願いをすると、もし出入りの制作会社が20社あれば、1200万円の経費カットになるわけです。


放送局側は、年間予算として考えますから、各社への支払いを少しずつでも減らせば、決算に大きな影響を与えます。
何しろ、最近のラジオ局、黒字といっても1000万単位、100万単位です。
こういう制作費カットがどれだけ黒字達成に影響するか、自ずとわかるはずです。
で、次にどんな事態が起きるか。
1年間、その減らされた予算で、何とか番組を作り続けた制作会社は、1年後、また局側から言われます。
悪いけど、あれとあれを減らすから、55万から50万にしてくれないか・・・?
制作会社と局の我慢比べ、もちろん制作会社にとっては、分の悪い駆引きです。
何故ならラジオ業界は、いわゆる買い手市場、現場が自分たちを高く売ろうと思っても、それに応じるラジオ局は減る一方です。


出演者もそうです。
テレビでそこそこもらっているから、ラジオは出ているだけでいいか、ラジオは気楽でいいし、などと言って安いギャラに甘んじてくれます。
例えば、ある大物タレントさんに、一度ラジオに出てください、ギャラは3万しか出せませんけどと言っても、その日は時間があるからいいよ、ギャラなんかどっちでもいいから、なんて声が返ってきたりします。
何かの宣伝になればいいかとか、俺いつも車で聞いているんだよね、一度出たかったんだ、なんてこともありそうです。
ラジオには金がない、業界的には常識、だから誰も多くを望みません。
逆にいえば、それに甘えているのがラジオ局だと言えなくもないのです。


その風潮が、例えばコミュニティFMに行くと、ボランティア出演というのが当たり前になるのです。
出ているだけで満足してください、ラジオ側の要求というか、それ以外に方法論を知らないというか。
最近は、放送局側がコミュニティFMに接近しはじめている、ただでよければどうぞ、みたいな。
何なのでしょうね、これでいいのでしょうか、ラジオ局は。
サービスを提供していただいて、それに対して報酬を払わない、これで業界の発展は可能なのでしょうか。
しばらく、制作費カットの行方について書いてみるつもりです。



ラジオが衰退するきっかけって?(3)

ラジオが失ったクライアントには、どういうものがあるか。
1つは若者ターゲットのクライアント。
専門学校とかファッション関係とかAV機器、出版関係もそうかもしれない。
とにかく若者に絞った広告展開をするクライアントからは、ラジオは相手にされなくなった。
いつからか?ざっくり言って2000年前後あたりからかな。


もう1つはOLターゲットのクライアント。
ファッショナブルなF1層をターゲットとするクライアントが、ごっそり消えてしまった。
私が覚えているだけで、化粧品のクリニークとかコーセー化粧品、カネボウ、資生堂、ビダルサスーンとか。
女性用の高級シャンプーにしても、ラジオではめったに製品名を聞くことはない。
そういえば、ファッションビルのバーゲン・スポットもラジオから消え去った。
おばちゃん相手のクライアントはあっても、おしゃれな女性相手のクライアントを見つけるのは難しい。
化粧品のクライアントに再春館製薬のドモホルンリンクルなんてのがあるが、あれはレスポンス広告、つまり反応があれば金が払われるというスポット。
純粋の宣伝費というより、販促費みたいなものだ。


そして最近顕著なのが、音楽業界、早い話レコード会社のスポット。
2012/12/18の大阪のFM802をとりあげた本ブログで私はこう書いている。
「レコード会社からの出稿がなくなった、それが44億→28億へと売上が落ちた重要なファクターであると私は思っています。」
平成20年の44億が平成22年には28億に減ったと書いた部分だ。
16億減、これはすごいことだ。
すべてが音楽業界からの出稿減というわけではないだろうが、相当の部分をレコード会社の宣伝費カットに基因していることは推測できる。
多分、レコード業界のラジオ業界への出稿減は、すさまじいものがあるはずだ。
なにしろ、日本レコード協会の数字によれば、平成10年のCD等の生産枚数と現在とでは、ほぼ半減しているのだから。
それぞれ、4億8千万枚と2億6千万枚だ。
その差2億2千万枚が減とするならば、1枚1000円と考えても、2000億円以上という巨額がレコード業界から消えたということだ。
そりゃ、ラジオ業界からレコードの宣伝スポットが減るのは当然と言えば当然だろう。


ラジオが衰退したのは、一言でいうとクライアントが減ったということに尽きる。
じゃ、何故クライアントが減ったのかというと、ターゲットのイメージがラジオに合わなくなったからということになる。
そう、イメージ、ラジオはクライアントが望むターゲットのイメージを失ったのだ。
イメージで勝負できなくなったゆえ、ラジオは実需で生きる道を開拓するしかなくなった。
それがラジオショッピングであり、レスポンス広告ということになる。
それはますます良質なイメージをラジオから奪う結果を招くことに繋がったのではないか、私はそういう気がしてならない。
この項、まだしばらく続けて行きたい。



ラジオが衰退するきっかけって?(2)

ラジオは衰退している、これはまぎれもない事実だ。
ラジオ関係者は口々にいう、このままでは早晩ラジオのビジネスモデルは終焉すると。
ラジオのビジネスモデルとは何だろう。
もちろん、NHKと民放ではビジネスモデルは違う。
NHKはテレビ受信料を国民から頂戴することによって、ついでにその金でラジオ放送も行なっている。
テレビの客がいる限り安泰、それがNHKのラジオである。


民放ラジオはどうか。
時間をスポンサーに切り売りし、その上がりでメシを食っている。
つまり、民放ラジオにとって時間で切り分けた放送こそ商品、メシの種である。
しかし、何故、その時間が商品として成立するのか。
それは、その時間を共有している消費者(リスナー)がいて、そこから流れてくる情報に対してきわめて親和性が高いからである。
その情報に対しては、リスナーは基本的にポジティブに反応する、また信頼もしている。
だから、その時間に流れるスポンサーの情報(つまりコマーシャル)に対しても、自分にとって有益であると判断すれば、積極的に活用しようという構えでいると考えてよい。
ラジオは友達、ラジオは仲間、そんなウェットな関係が、放送とリスナーの間に存在することは私たちの中ではよく言われたことだ。
テレビはドライ、ラジオはウェットなメディアだ、という風に。


で、そこまで信頼されてきたラジオが、今、急速に信頼を失いつつあるのではないか、私はそんな気がするのだ。
特に若い世代を中心に、信頼に値するメディアとは思われなくなっている。
ネットやマルチメディアなど、オールタナティブが次々に生まれてきたというのも一因だが、それに煽られるように信頼をも失いかけている、それが今のラジオではないかと思わないでもない。
信頼を失うきっかけは何だったのか。
ラジオショッピングがうざい、新興宗教の番組やスポットがうざい、何か安直に番組が作られていはしないか。


しかも、ローカル局はただ東京からのネット番組を垂れ流すだけ。
それが価値を持っていた時代は確かにあったが、今は東京の情報なんかネットで幾らでも手に入る。
いや、東京だけではない、全国の情報、全世界の情報が東京というフィルターを通さなくても易々と得ることができる。
何ゆえ、東京からの情報だけで地方の人々は納得すると思うのだろう。
そういう意味では、すでに東京一極集中のメリットは地方からは感じられなくなりつつある。
別にそれが東京にある必要はないのではないか、そういうものが増えている。
ガセ情報だったが、会社の本社機能が東京から西に移り始めた、なんてのがあった。
これは原発事故関連で、東京にいると放射能に少しずつ汚染されるのではないかという危惧が、巷間ささやきはじめられたからだと言う人もいる。
考えてもみよ、ネットで全国全世界がつながっている今、東京が情報の中心である必要などまるでないのだ。
中心なんてバーチャルなものでいい、東京という具体的なものがいつまでも中心でいる時代は終るべきだと。


そう、ラジオの人々は、この部分でも危機感を共有できていない。
東京に制作を委ねるのは時代に逆行している、情報はどこでも共有できるのだから、一方的に東京というフィルターを通して情報が流れてくるべきではない。
多分、今の状況に満足していないリスナー達はそう思うのではないだろうか。
なのに、ローカル局はそう思わない。
いや思っているのかもしれないが、制作費がないから東京から貰っていたほうが合理的だと判断したというのが現実だろう。
今、ラジオが内部の努力で何とかビジネスを成り立たせようとしているのは理解できる。
しかし、それだけでは衰退は止まらない。
情報の流れが今のままでは、リスナーは満足しない。
もっとヴィヴィッドに情報を流す努力をしないと、他のメディアに完全に押されたままである。
もう少しインターネットにからめとられているユーザーの動向にセンシティブであるべきだ。
今のラジオでいいと思うなら、多分、目の粗いザルのようにリスナーは一人二人落ちていくことだろう。
それを使って、新しいユーザーを掬えるようなザルにならないといけない、ラジオは。
なのに、今のラジオ業界。
見ザル 言わザル 聞かザル だものなあ。