カテゴリー : 2013年 2月

デジタルラジオはどうなる~V-Low政策を見直し?

久しぶりの書込み、18日も空いてしまいましたね。
この間、会社の東京事務所移転に伴う、もろもろの作業で精神的に集中できず、ブログを考える余裕がありませんでした。
まだ少し後作業が残っていますが、ちょっとゆとりも出てきたので、そろそろ何か書こうかなと思っていたところ、今朝の朝日新聞を見て、「おっ!」と思ってしまいました。
その記事の導入部がこれです。

文化放送、TBSラジオ、ニッポン放送などのAMラジオ局が、FMラジオへの移行を検討していることが27日、わかった。高層ビルが電波を遮るなどして聞こえにくいことなどから、AMの経営環境は悪化している。聞きにくさの解消を低コストで実現し、生き残りを目指す。災害時に強いラジオを重要視する政府もFM化を後押しする方針だ。

早い話、V-Low帯をデジタルのマルチメディア放送に割り当てると言う方針をやめ、AM局がFM局に移行するための帯域に使おうというのです。
つまり、デジタルではなく、アナログ放送用に使うのだそうです、へぇ~ではありませんか。
この朝日の記事が出る前に、23日の読売新聞もこう書いていました。
 

難聴解消や高音質を目指して検討されてきたラジオのデジタル化が、民放局の足並みがそろわず、全国規模での実施が困難になったことが22日わかった。(中略)実施には新しい端末の普及に加え、総額1200億円の設備投資が必要。深刻なラジオ離れの影響で、苦しい経営が続く民放局の中には難色を示す局が多く、NHKも消極的だ。

いきなり、何が起こったのかと思いませんか。
あれだけデジタルラジオに割り当てる、全国を分割しローカルなマルチメディア放送を行うと喧伝されていたのに。
ついでに、業界紙映像新聞にはこんな記事まであります。

 総務省は、アナログ放送終了後の空き帯域であるV-Low帯(90-108MHz)について、「放送ネットワークの強靭化に関する検討会(仮称)」(以下、検討会)を開催し、6月までに方向性をとりまとめる方針だ。現在、同帯域はマルチメディア放送に割り当てられているが、サービス実現のめどが立っていない。検討会では同帯域をAM局のFM移行に充てる案を検討するなど現政策を見直す。東北3県のアナログ放送が終了し完全デジタル化が完遂して1年。V-Low問題が決着に向け動き出す

昨日、その検討会やらの第一回会合が行われたようです。
2/22の総務省発表の資料の中にそれが書かれています。
ということで、何となく、これらの記事の流れがわかりますね。


AM局をFM局を移行させたいという勢力が、22日の総務省発表を機に表面化してきたということで、最初に読売が書き、27日の会合を経て朝日が記事にしたということのようです。
しかも、どちらもほぼこの線で動くだろうというニュアンスを伝えてきています。
いいのですかね、これ。


何しろ、エフエム東京のV-Lowマルチメディア放送への意気込みは尋常ならざるものがあります。
JFNを中心に各ブロックごとに地域のマルチメディア放送株式会社を設立しましたし、福岡を中心に実証実験等を繰り返してきました。
しかも、久しぶりにマルチメディア放送ビジネスフォーラムを組織、その総会を3/28に予定したと言うのに、まるでその動きに水をかけたような結果になってしまいました。
フォーラムの会員社、今も募集中のはずですが、さて参加される方々はこのニュースをどう思われているのでしょうか。


この間の話、断片的には私の耳にも入ってきていますが、今後どうなるのか予測もできません。
とりあえず、第一報的に本ブログを書いてみました。
皆さんの情報など、支障のない範囲で教えていただければ幸いです。

制作費カットの行方(3)

制作費に関して、少し古い話を書いてみたいと思います。
かつて、番組はカテゴリー的に3種類に分けられていました。(今も基本的には同じだと思いますが)
一つはスポンサード番組、つまり提供会社がある場合です。
一つはPT番組、つまり固定的な提供会社はなく、主にスポット販売されている番組です。(PTとはParticipation Timeの略)
最後の一つはサス番組、サスとはSustainingを指し、自社で維持している、つまりスポンサーが一切ない番組ということです。


どう違うかというと、スポンサード番組は制作費を全てスポンサーから出してもらいます。
それゆえ、番組を制作する際は、スポンサーからいただいている範囲で制作費を使うことができるわけです。
PT番組は、制作費は放送局から払われます。
制作費はスポンサーから払われませんが、全体の売上の中からその番組に必要な費用を制作費として局から予算化されます。
今では、局の看板番組はほとんどこのPT番組なので、状況によってはスポットの売上を越える制作費が使われる時もあるようです。(夕方から夜のワイドに顕著らしいです。)
最後のサス番組は、もはやどこからも金はやってきません。
ラジオ局の利益の中から、制作費が捻出されます。
昨今のように、もはや制作費が捻出することができなくなってくると、サス番組はどんどん減って行きます。
ローカル局が穴埋め的にキー局の放送を流したりするのは、その一つの典型で、FM局は東京のJFNが作った番組をフィラー的に流しているというのが現状のようです。


それゆえ、そういうフィラー番組の供給先を持たないローカル局は大変です。
今、何とか自社制作でやりくりしているFM局(NACK5もその一つ)がありますが、その制作費の額たるや、本当にこれで大丈夫かと思わないでもありません。
でも、いいかえると、出すだけエラい、無理してでも番組を続けるのだという意志は評価してもいいのではないでしょうか。


私もいくつかサス番組を作りました。
特に大阪でディレクターの修行を始めた頃は、半分がサス番組。(残りはPT番組)
そりゃそうでしょう。
商品として成り立つにはどうしたらいいかを身体で把握していない新米ディレクターに、スポンサード番組をそう簡単には任せられません。
まずは、時間をやるから好きに作れ、制作費は最低限のこれだけ、早く一人前のディレクターになれるようがんばれと言い渡すのです。
サス番組、つまりはこういった新人の育成枠として使うことができるわけです。


それ以外にも、スポンサーは付かないけど局のイメージを上げるためには重要という位置づけのサス番組があります。
FM大阪だと「上方FM寄席」という当時話題を集めていた上方落語を公開録音し、毎週30分の番組にして放送していたのがあります。
最初は、局の会議室でリスナーを集めて録音していましたが、話題になるようになってホテル阪神の宴会場に移し、毎回400人ほどのリスナーを招待して1カ月に1回ぐらい公開録音しておりました。
ついに最後までスポンサーはつきませんでしたが、思い出多い番組の一つとして記憶に残っています。


とにもかくにもサス番組という存在は、その局の個性を作るための貴重な時間を作りだしていましたし、FM大阪の代表番組は何?と昔のリスナーに聞けば、そこから出てくる番組名はほとんどがサスだったというエピソードも聞かれました。
深夜2時台にずらっと並んだ「ミッドナイトきのこ列車(チチ松村)」「ラジオ少年派」「デーやんの音楽横丁」「上柴とおるのポップスアゴーゴー」、潤沢に制作費はありませんでしたが、毎回毎回他では聞けないユニークな番組内容をお届けしていましたし、それぞれ濃いファンが生まれ、業界的にも話題になっていたりしたものです。


よく言われることなのですが、今そういった話題を集めるサス番組が存在しない、それがラジオ業界なのです。
スポンサーがないと放送できない、例え面白くてリスナーの支持があろうとも、サス番組にまでラジオ局の金は回らない、勢い、企画もされなければ、盛り上っている番組を有無を言わせず終わらせてしまう。
そこに未来があるのか、私がこの欄を使ってしきりに繰り返していることです。
裾野を整備しなけらば、ラジオ文化は育たない。
当たり前のことです、ラジオはサブカルチャーによって支えられているのです。
荘子の「無用の用」ですね。
人が立つためには、足下の地面があればいい、だが、じゃあそのまわりの土地は要らないのか、それがあるから、今足元の地面があるのではないか、立つために必要なものは、その下の土地だけじゃない・・・。
さて、ラジオ局にこのメッセージが伝わるだろうか。
伝わっていれば、こんな体たらくになるはずもないのですが。



制作費カットの行方(2)

ラジオには未来がない、そう思う一番の理由はラジオの世界で制作費カットが常態化しているからです。
つまり、ラジオの現場に金が回っていないのです。
金は、人間の身体にとって血液みたいなものです。
血液が、十分に回ってこないとどうなるか、いわゆる貧血状態というわけです。


ラジオ局からすると、背に腹は代えられずバンバン制作費をカットする、どれだけ少ない費用で番組を作れるか、それを制作現場に課してくるわけです。
早い話、貧血を起こしている現場に、それでもいいから働けと言っているようなものです。
ラジオの現場の人は、基本的にラジオが好きですから、少々条件が悪くても我慢して働きます。
ディレクターになるのが、自分の夢でもあった人もいるので、そう簡単に貧血に音を上げたりしません。
しかし、そこから生産されるもの、番組自体はどうなのでしょうか。
貧血のディレクターと、健康なディレクターが作る番組、多分プロ的な見方ができる人には、明らかな差があるのではないでしょうか。


私は、東京支社で最高23の番組を同時にプロデューサーとして担当していました。
多くのディレクターと接触し、日々彼らの仕事を見てきました。
貧血を起こしているディレクターには、2つのパターンがありました。
1つは、制作会社に搾取されているというか、こきつかわれているディレクター。
朝から晩まで、スタジオにいたり、事務所で作業したり、椅子の上で眠っていたり。
家に帰る余裕がないというか、早い話課されている仕事をこなすスキルがついてこなかったというのもあるでしょう。
しかし、そうなら、制作会社は仕事の量を調整すべきで、貧血を起こすまで働かさせるべきではなかったのでしょうが、こう言う会社、おしなべて低賃金でした。
低賃金でも我慢できる社員って、やはり少ないというか、優秀なディレクターはどんどんやめる、、で、残ったもので何とかしようとすると、こういうややスキルの落ちるディレクターに無理が行くということになったような気がします。


さて、もう1つのパターンは、自分で制作会社を経営しているディレクター。
元々、どこかの制作会社に勤めていて、そこから独立して何とか番組制作を受注していると、こういう貧血状態になるようです。
とにかく安い制作費で多くの番組を受注する。
その制作費は、ほとんど彼の生活費になり、番組に使える費用はどんどん減って行きます。
こういう連中の番組の作り方は、とにかく荒い。
全体への気配りもなければ、こだわりもない。
ただ、同じようなものが同じように生産されるだけ、それも雑に。
私はこういう番組の作り方は大嫌いでした。
でも、彼らにはそれしか生きる道はなかったでしょうね。
何しろ、毎日生きていくための金に困っていたのですから。


さて、それは私の時代の話、つまり20年以上も前のことです。
今のラジオ局に流れている制作費、私の感覚では1/3ぐらいでしょうか。
例えば、1時間の番組があったとしたら、制作費は月60万程度はありました。
今では、どうなのでしょう、出演料込で20万あるかないか。
ディレクターの手元に残るのは、月5万程度じゃないでしょうか。
この額では、とても構成者は雇えません。
ADだって、状況によっては無しだったりするかも。
勢い、中味は同じことの繰り返し、冒険的なことは一切できません。


これで、ラジオ局からは多くの要望が寄せられます。
聴取率を上げろ、企画を出せ、この前の放送内容はどうたらこうたら。
正直、やってられないでしょうね、まともな神経なら。
もし、私が現場にいたら、こんな条件で何故そこまでしないといけない、やってほしければ払うもの払ってから言えと叫ぶことでしょう。
人を貧血状態にさせておいて、もっと働けなんてよく言うよという感覚でしょうか。
でも、局側はわかってないでしょうね、そんなセンスのある連中、ラジオ局に減りましたから。


ラジオ局は今貧血状態、そんな状況で今の退潮傾向を止めることができるはずもない。
それが、私の意見です。
皆さんの意見はどうでしょうか。