カテゴリー : 2013年 2月10日

制作費カットの行方(3)

制作費に関して、少し古い話を書いてみたいと思います。
かつて、番組はカテゴリー的に3種類に分けられていました。(今も基本的には同じだと思いますが)
一つはスポンサード番組、つまり提供会社がある場合です。
一つはPT番組、つまり固定的な提供会社はなく、主にスポット販売されている番組です。(PTとはParticipation Timeの略)
最後の一つはサス番組、サスとはSustainingを指し、自社で維持している、つまりスポンサーが一切ない番組ということです。


どう違うかというと、スポンサード番組は制作費を全てスポンサーから出してもらいます。
それゆえ、番組を制作する際は、スポンサーからいただいている範囲で制作費を使うことができるわけです。
PT番組は、制作費は放送局から払われます。
制作費はスポンサーから払われませんが、全体の売上の中からその番組に必要な費用を制作費として局から予算化されます。
今では、局の看板番組はほとんどこのPT番組なので、状況によってはスポットの売上を越える制作費が使われる時もあるようです。(夕方から夜のワイドに顕著らしいです。)
最後のサス番組は、もはやどこからも金はやってきません。
ラジオ局の利益の中から、制作費が捻出されます。
昨今のように、もはや制作費が捻出することができなくなってくると、サス番組はどんどん減って行きます。
ローカル局が穴埋め的にキー局の放送を流したりするのは、その一つの典型で、FM局は東京のJFNが作った番組をフィラー的に流しているというのが現状のようです。


それゆえ、そういうフィラー番組の供給先を持たないローカル局は大変です。
今、何とか自社制作でやりくりしているFM局(NACK5もその一つ)がありますが、その制作費の額たるや、本当にこれで大丈夫かと思わないでもありません。
でも、いいかえると、出すだけエラい、無理してでも番組を続けるのだという意志は評価してもいいのではないでしょうか。


私もいくつかサス番組を作りました。
特に大阪でディレクターの修行を始めた頃は、半分がサス番組。(残りはPT番組)
そりゃそうでしょう。
商品として成り立つにはどうしたらいいかを身体で把握していない新米ディレクターに、スポンサード番組をそう簡単には任せられません。
まずは、時間をやるから好きに作れ、制作費は最低限のこれだけ、早く一人前のディレクターになれるようがんばれと言い渡すのです。
サス番組、つまりはこういった新人の育成枠として使うことができるわけです。


それ以外にも、スポンサーは付かないけど局のイメージを上げるためには重要という位置づけのサス番組があります。
FM大阪だと「上方FM寄席」という当時話題を集めていた上方落語を公開録音し、毎週30分の番組にして放送していたのがあります。
最初は、局の会議室でリスナーを集めて録音していましたが、話題になるようになってホテル阪神の宴会場に移し、毎回400人ほどのリスナーを招待して1カ月に1回ぐらい公開録音しておりました。
ついに最後までスポンサーはつきませんでしたが、思い出多い番組の一つとして記憶に残っています。


とにもかくにもサス番組という存在は、その局の個性を作るための貴重な時間を作りだしていましたし、FM大阪の代表番組は何?と昔のリスナーに聞けば、そこから出てくる番組名はほとんどがサスだったというエピソードも聞かれました。
深夜2時台にずらっと並んだ「ミッドナイトきのこ列車(チチ松村)」「ラジオ少年派」「デーやんの音楽横丁」「上柴とおるのポップスアゴーゴー」、潤沢に制作費はありませんでしたが、毎回毎回他では聞けないユニークな番組内容をお届けしていましたし、それぞれ濃いファンが生まれ、業界的にも話題になっていたりしたものです。


よく言われることなのですが、今そういった話題を集めるサス番組が存在しない、それがラジオ業界なのです。
スポンサーがないと放送できない、例え面白くてリスナーの支持があろうとも、サス番組にまでラジオ局の金は回らない、勢い、企画もされなければ、盛り上っている番組を有無を言わせず終わらせてしまう。
そこに未来があるのか、私がこの欄を使ってしきりに繰り返していることです。
裾野を整備しなけらば、ラジオ文化は育たない。
当たり前のことです、ラジオはサブカルチャーによって支えられているのです。
荘子の「無用の用」ですね。
人が立つためには、足下の地面があればいい、だが、じゃあそのまわりの土地は要らないのか、それがあるから、今足元の地面があるのではないか、立つために必要なものは、その下の土地だけじゃない・・・。
さて、ラジオ局にこのメッセージが伝わるだろうか。
伝わっていれば、こんな体たらくになるはずもないのですが。