カテゴリー : 2013年 8月

ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(2)

●ヒット曲とは何か?
本当、何だろう。
少なくとも人口に膾炙した歌であることは確かだろう。(歌というか、曲かも)
やはり話題になってもてはやされ、広く知れ渡らないとヒット曲とは言えないだろう。
今のヒット曲と言われている中で、一体どれだけが本当に話題になり、皆にもてはやされ、多くの人に知ってもらっていることだろう。
どうせ皆に知れ渡るような曲はこれから幾らも出ない、ならば、ヒットチャートの上位曲をヒット曲と呼んでそれらしく見せないと、ヒット曲を主力商品にしているレコード業界は維持できない、供給者側はそう思っているのかもしれない。


前回書いた、ヒットチャートを人為的に作っているのではと疑問を呈した83年の頃のチャートに昇った曲、まだ話題にもなり、広く知れ渡る結果になっているだけましだと言えよう。
ちなみに昨年のオリコン年間チャートベスト5だが、知っている人は知っているだろうが、全部AKB48の曲である。
AKB48 「真夏のSounds good !」
AKB48 「GIVE ME FIVE!」
AKB48 「ギンガムチェック」
AKB48 「USA」
AKB48 「永遠プレッシャー」
データ上は、すべて100万枚を超えている。
AKB48、ヒットチャート5位を独占!快挙!と言えなくもない。
(ちなみに嵐は、6位と7位にチャートイン)
しかし、本当にこれらヒット曲と呼べるのだろうか。
曲がそんなに話題になっただろうか。
そんなに広く知れ渡っただろうか。
業界認定では、これらをヒット曲とするのだろうが、世間は多分ヒット曲とは思っていないのではないだろうか。


本当に、いつからこんな乖離が始まったのだろう。
実際にCDが売れているからいいじゃないか、供給者側としてはこれでいいし、ファンも納得しているはずだろうと言う業界人もいる。
だけど、ほとんどの大衆にとっては、もはや無縁のヒット曲になっているのではないだろうか。
心から共感し、辛い時、楽しい時、何となく口ずさんだりできる曲、そんな曲が新しく生まれる機会は減っていると言わざるを得ない。


とはいえ、そういった口ずさめるヒット曲、これまでにも何千曲、何万曲も生まれていて、それが記憶の中に蓄積されているのは事実だ。
あえて新曲にそれを求めない、もはや頭の中は一杯でこれ以上は余程の名曲が出ない限り、頭の中に蓄えたいとは思わないかもしれない。
ラジオ局的にいえば、TOP40フォーマットの局はそれほど要らない、むしろ過去の名曲を聞かせてくれる局(最近で言えば大阪のFMcocoloみたいな局)の方が安心できていい、とか。
確かにヤングアダルト層より上の年代は、大なり小なり、そんな感想を持っているのかもしれない。
もう、新曲はほどほどにして、と。


新曲と言っても、要は過去の曲の焼き直しみたいなもの、そんなにユニークな曲などもはや出てこない。
若いアーチストは、こういう新曲を作りましたと意気揚々と発表するが、そのほとんどがどこかで聞いたメロディラインだし、コード進行、ま、ちょっとアレンジが斬新かなと思うこともあるが、もはや新曲としての生きの良さは感じにくくなっているような気がする。
そりゃ、そうだろう、これだけ過去に一杯曲が蓄積されているし、しかも音楽を作る人口はパソコンの普及によってより増加しているのだから、新しいユニークな曲の入る余地など、どれほど残っていようか。


本当にこれからどうなるのだろう、誰が見ても、これはヒット曲だと言える曲がこれから先どれだけ生まれてくるか、音楽を真摯に考えるものには、業界の将来に不安なものを多々感じるはずだ。
もちろん、世代は交代するものだし、新しく音楽を聞く若い人たちにとっては、全く違うヒット曲観があるようだが、そういう若者がラジオを聞かない、テレビでも音楽番組を見ないとなると、さて、これからヒット曲の世界はどうなるのかと本気で心配してしまう。
ヒット曲で飯を食っている人たち、本当にこれで大丈夫ですか、もはや違う道を模索するしかないのではないですか。


などと、要らぬお世話をやいてしまった。
ヒット曲考、まだまだ続けます。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(1)

ヒット曲に対する私中のの違和感、それが何に起因するのか、過去を試行錯誤的にふりかえりながら、何らかの結論を得ていきたいと思う。
ラジオマンがどこまで事の本質に迫ることができるか、あまり自信はないがやってみることにしたい。


●ヒット曲とは何か
そもそもヒット曲とは何を指すのだろう。
Wikipediaには、「ヒット曲(ヒットきょく)とは、ポピュラー音楽の分野においてCDの売上等のヒットチャートで、ある程度のヒットを記録した曲のこと」とある。
ま、無難な解釈と言えよう。
厳密に定義しているわけではないが、業界がヒット曲と呼んでいるのは多分そんなところだろう、という感じか。
ということは、CDの売上チャートがヒットしているかどうかのメルクマールになるとなるが、さてそうなると、ちょっと首をかしげたくなる人も多いのではないか。
売上チャートって、じゃあ何?
アメリカでは、ビルボード、キャッシュボックス、イギリスではメロディメーカーのヒットチャートが私の時代では有名だった。
これらのチャートは、レコード売上、ラジオでのオンエア回数、リクエスト数などを加味されながら、作られたものだった。
ラジオでのオンエア回数が重視されていた結果として、シングルレコードのA面、B面ともにチャートに入るということが何回もあった。(ビートルズには、「アイ・フィール・ファイン/シーズ・ア・ウーマン」というシングルが65年に発売され、どちらもベスト10に入っていたことを思い出す。)
つまり、レコードの売上だけでは、ベスト10に2曲チャートインするというのは難しかろうと思う訳だ。(普通A面の曲しかチャ―ト上の評価はされないのが普通だろうから。)


そういうわけで、CDの売上チャート=ヒット曲の尺度というのは、どんなものだろうと思う訳だ。
音楽業界的には、多分それが無難な尺度で、今までそれでやってきたからそれでいいではないかというところだろう。
ただ、近年はインターネットという市場が生まれた為、ダウンロード回数、youtubeでの視聴回数なども評価の尺度として使われ始めているから、本当にCDチャート=ヒット曲の評価基準といえるかどうかは疑問な気もする。
何しろ、前にも言ったが、売上チャートに登場する曲、ほとんどの人は聞いたこともないし、アーチストのイメージなどほとんど何も浮かばないというのが多いのだ。
それでも、音楽業界はその後のプロパガンダには励みますよ、そりゃ、そうしないと本当にヒット曲なのに誰も知らないままになってしまいますからね。


言い換えると、ヒットチャートに入るということが、ヒット曲になるためのスタートということだ。
ヒット曲だから、ヒットチャートに入るわけではない、それが近年の音楽業界の現状である。
いつからそうなってしまったのか、私見だが、オリジナルコンフィデンス(オリコン)や、ミュージックリサーチ、ミュージックラボという三大音楽業界誌が一番華やかだった頃だから、70年代後半から80年にかけてではなかったか。
何しろ、これらの音楽誌は一般には売っていない。(後にオリコンはオリコン・ウィークリーを発行、一般売りすることになるが。)
業界誌だから、買うのはレコード会社、レコード販売店、それに放送局あたりだったろうか。
値段もうろ覚えだが、月に1万円以上はした。
ラジオ局に入った頃、高い雑誌だなあと感心したことがある。
しかも、その業界紙、色々重宝されているのだ。
レコード会社からすると、販売店や放送局にダイレクトにプロモーション情報が届けられる。
発行部数は大したことはないが、確実にターゲットに届くのである。
レコード店も、次にどんなレコードを仕入れるか、そのあたりの参考にもなるし、各レコード会社がどのアーチストを推しているのか、どの曲に力を入れているのかがビジュアルとともにわかるのだ。
そして、放送局。
いわずとしれた、ヒットチャート。
ビルボード何位、キャッシュボックス何位と同じように、オリコンチャート何位というだけで、リスナーの食いつきもよくなるわけだ。
つまり、これら音楽業界誌が、一つの触媒として日本のヒットチャートを作ってきたのだと言っても過言ではない気がする。


しかし、これらが正常に機能し、ヒットチャートが誰から見ても納得いくものであり続けるなら、私の違和感はなかっただろう。
とにかく、ある時までは、ヒット曲というのは、確かにいい曲で時代をうまく表現していたのは事実だ。
だが、そのヒット曲が、供給者側の都合でほぼオートマチックに生み出されるようになると、色々と業界の内部に問題が生まれてくるのは仕方がないのかもしれない。
インターネットで検索すると、こんな記事に出会った。
「ヒット・チャートに操作あり!の疑惑で揺れる『オリジナル・コンフィデンス』(噂の真相)」
83年7月の「噂の真相」の記事の一部だが、ヒットチャートが人為的に作られているのではないかを取材したものだ。
詳しくは、ぜひクリックして読んでいただきたいが、それでもこの時代はまだましな気もしないではない。
何しろ、当時のヒット曲として書かれているベスト20曲だが、正直言ってほとんど私でも知っている、一部歌えたりする曲なのだ。
ちなみに5位までは次の通り。
 ・め組のひと  ラッッ&スター
 ・天国のキッス 松田聖子
 ・真夏の一秒  近藤真彦
 ・矢切の渡し  細川たかし
 ・君に胸キュン イェロー・マジック・オーケストラ
ジャニーズ系は、ちょっと考えるところがあるが、それでもヒット曲ですと言われてもまだ納得できるものがあると思いませんか。
つまり、オリコンやリサーチやラボがどれだけ業界の思惑にそって雑誌を作ってきたとしても、この頃は大衆とはそれほど離れた位置でチャートを作ってはいないということが言えるのではないか。


じゃ、何故、今のように大衆から幾分隔絶したかのようなヒットチャートになってしまったのか、そのあたりを次回は書いていくつもりだ。
皆さんの情報、ご意見など、また聞かせてもらえると嬉しい。



ラジオ局が生み出すヒット曲とは(3)

「ヒット曲に関する違和感、明日から集中して書く」と言いましたが、それから半月過ぎてしまいました。
問題意識はあったのですが、一身上の都合で考えることを中止しておりました。
まだ環境的には整っていないのですが、放置しておくのも何なので、頭の中を簡単に整理して、シリーズの続きを書きたいと思います。


首都圏のラジオ局が合同で推薦曲を決め、それを集中的にオンエアしてヒットにつなげるという話から、私の論は始まりました。
違うんじゃない、そんな考え方でヒット曲は生まれるの?
それが私の違和感の一つでした。
いえ、確かに考え方としては、間違っているとは言えません。
1曲を決めて、首都圏のラジオ局がヘビーローテーションでオンエアすれば、よほどダサい曲でない限りヒットするでしょう、常識で考えて。
でも、何かイマイチしっくりこないのです、私には。
ヒット曲って、そういうものなのでしょうか。


●やるなら、だまってやれ!
私の主張はこれに尽きます。
今から何と首都圏のラジオ局が合同でヒット曲を作ります。
すごいでしょ、これがラジオの力です!なんて嬉しそうに言っているようにしか聞こえません。
その媒体力に疑いを持たれているラジオが、最後の力を振り絞って音楽業界をリードしようというのは、今後の企業戦略としてはアリなのかもしれないですが、何ともプアな戦略ではないでしょうか。
「失敗の本質~日本軍の組織論的研究」(ダイアモンド社刊)という名著がありますが、その中で論じられているものと同質のものをラジオ局の戦略に感じる、まあ、そう思うわけです。
つまり、失敗するだろうというのが、私の意見です。


だいたい、こういうものは大上段にふりかぶって実施するものではありません。
各局のセンスのある選曲ディレクターが集まって、1曲を決め、それぞれの局がどういう形で紹介するか等、いわゆる相互の連携プレーがあり、そして、みんなで売れるまでその曲と曲にまつわる情報を発信し、アーチストを魅力的に見せる方法論を駆使するという、きわめて高度戦略論に裏打ちされたやり方をするなら、7局でヒット曲を作りますと言えば、私は納得するかもしれません。
しかし、現実的にはそんなことにはならないでしょう。
誰が、具体的な目的を選定するのでしょう。
誰が、刻々と変わる状況を分析し、それに応じた戦術を各局に伝えるのでしょう。
大体、ヒットするということは、どういうことなのか、そして、それがヒットしてから、各局はどうしようと言うのでしょう。
とにかく、やるだけやって、それからのことは後で考えようとしか思っていないのではないでしょうか。
ヒットすればいい、そうすれば7局の媒体価値が再認識される、ヒットしなかったら、その時はその時だ。


やってもいないうちに、文句ばかり言うなと叱られるかもしれません。
とにかく皆で話し合って、一度やってみようと決めたのだ、やらないうちに批判的なことばかり言うのは評論家もどきの連中と同じ穴のムジナではないか。
確かに、やらないよりやった方がいいのは、私もそう思います。
しかし、よく言うではないですか。
「行動なき理論は無、理論なき行動は死」
とにかく、突っ込めばいい、その気持ち(魂)さえあれば、結果は自ずとついてくる。
それ、突撃だ~!
そんな突撃を評価する理論や尺度がどこにありましょうや。


話がそれました、私は自分の違和感を説明するのに、例えばこういう言い方をさせていただいたわけです。
元に戻りますが、「やるなら黙ってやれ!」です。
ラジオでヒット曲を作りたいなら、一人一人の制作者がもっと地道に、そして情熱を持って、番組を演出してほしいと思うのです。
現場同士が情報を交換し合い、或いはどちらが先に曲をヒットさせるかを競争し、一人一人の音楽に対する純粋の愛情の上に、リスナーにこんな曲があります、私たちはとてもいい曲だと思います。
アーチストも、その才能は無限大、どうか繰り返し繰り返し、この曲を聞いてみてください。
そういうメッセージが伝わるような、作り手側の気持ちの集合が必要です。
ただ、ラジオから流していればいい、一日に10回以上お皿を回せばいいでは、何もわざわざラジオ局がしかけることはないのではないですか。


そうです、そんなのはレコード会社がやればいいのです。
また、それらは今までレコード会社や音楽事務所が社運をかけて取り組んできたことです。
ラジオ局に一体どれほどのことができるのでしょう。
そもそもヒット曲って何なのですか。


ヒット曲に関する私の違和感、とりあえず今日はイントロダクションとして、思うことの断片を書き連ねました。
次回から、そもそもヒット曲とは何なのかについて、少し理屈っぽくなるかもしれませんが、取り上げて行きたいと思います。
この後、今回のブログに関してのツイートを@abex851のアカウントでやります。
おヒマな時にまたお読みいただければ幸いです。