カテゴリー : 2013年 8月

ラジオ局が生み出すヒット曲とは(2)

ヒット曲に関して、皆さんから多くの反応をいただいています。
批判的なことを言ってこられる方は少数で、ほとんどの方が同感だ、もっと書いてほしいと要望されておられるようです。
多分、業界人があまり口に出さなかったことが、私のブログの中に含まれているからだと思われます。
それはそれで、反応があるということは書いた本人としてはとても嬉しいことなのですが、「面白いけど、過激すぎやしない?」と忠告して下さる方もおられるので、なかなか今後何を書き続けるかは微妙な感じですね。
さて、このシリーズ、どう続けたらよいものやら。


今回は、ひとまず私が思うことを論理立てずに、箇条書き程度に書いてみたいと思います。
それで、個々に皆さんのご意見等も頂戴できると嬉しいです。
まずは私の中の違和感を列挙することからはじめましょう。


●ヘビーローテーションって?
ヘビーローテーションというのは、放送局がある曲を何度も繰り返して流すことを意味します。前にも書きましたが、FM802が前面にそれを押し出し、レコード業界とうまく折り合いながら展開した結果、新しいヒット曲を生みだす方法として認知されるようになりました。
元々はアメリカのラジオ局のうち、TOP40フォーマットを採用する局で使われていた言葉だったと記憶しています。
私も78年にサンフランシスコのTOP40のFM局を訪れ、色々とレクチャーを受け、知った言葉でした。
ヘビーローテー、つまり何度も繰り返しかけるという意味ですね。
TOP40フォーマットの中の一つの方法論だったというわけです。


アメリカでは、例えばある曲がヒットして利益を得るのはレコード会社だけというわけではありませんでした。
一つの曲を通じて利益を得る事業者は複雑に存在し、例えば後に日本でも当たり前になりますが、音楽出版会社とか、単純に原盤を所持している会社、その他色んな権利を保有する会社があって、日本のように単純な構造ではありませんでした。
最近、日本でも曲に関しては、少しずつ権利が分散しはじめていますが、それでもまだまだ利益を得るのは一部の業界だけという感じがします。
ヘビーローテーションというのも、FM802がそういう音楽業界とタイアップさせながら、日本で普及させた方法論であったことは間違いありません。


しかし、FM802はヒット曲を作る努力をしている人たちを大切にしてこられたと思っています。
いい曲を何とか人々に届けたい、努力するアーチストにその場を提供したい、そのためにアメリカでは当たり前だったヘビーローテーションを採用し、音楽業界の新しい形を作ろうとされたんでしょう。
とはいえ、好事魔多し。
それが金になると考えた音楽業界、ラジオ業界は、これを商売の材料にしてしまいました。
ある曲は、ヘビーローテーションをパワープレイなどという言葉に変えました、私が関係してきたFM大阪や、FM795は今もそう呼んでいます。
一体、今、同じ曲を繰り返しオンエアすることで、どれだけヒット曲が生まれているのでしょう。
何か惰性でやっているのではないか、自己満足ではないかと思わないでもありません。


つまりですね、何が足らないかというと、放送する側の愛情、思い入れ、何が何でもこの曲を後世に残そうという気迫を感じられないとでもいいますか。
パワープレイすると決めたなら、本当にヒットするまで責任もてよ、と思ってしまうのです。
そのためには、2週間だけとか、1ヶ月だけとかに限定するのではなく、売れるまでかけ続けろ、売れそうにないとわかれば即やめろ、それぐらいの強い意志、判断力をラジオ局が持ち合わせないといけないのです。
私たちはこうします、レコード会社の皆さん、事務所の皆さん、どんどん曲をノミネートしてきてください。


早い話、ラジオ局はメニューを作るだけ、それを選ぶのはレコード会社、それで売れなくともラジオ局は知らないよ・・・。
ま、そういうシステムになってしまっているのですから、それはそれで仕方がない、売れないのは結局曲が悪いのだ、アーチストの力不足だで済むなら別にいいのですがね。
でもねえ、私はラジオ局側がそれを全面的に押し出して、色んな形でアピールしているとすると、本当にそれでいいのかなあと思ったりするわけです。
(ある局なんか、ヘビロテ1ヶ月で何十万ととか設定されていました。ヘビロテを金で買える局というリストを私に見せてくれるレコード会社の人もおられました。ほとんど馬鹿にしたような言い方でしたが。)


ああ、そうそうヘビーローテーションに決まってから、当然のようにスポット出稿を露骨に要求する営業マンの方もいたなあ、FM局とレコード会社は持ちつ持たれつの関係なので、金にまつわる話は枚挙に暇がありませんが。
大体、テレビ局の番組テーマ曲やドラマの挿入局なども、莫大な金がからんでいたりしますからね。
音楽出版権を局関連の出版社に提供するだけでなく、その後千万円単位のスポット出稿が当たり前のように要請されたり。
ヒットすれば儲かる、そのおこぼれをどう頂戴するか、その構造はついこの間までのミリオンヒット続出の時には毎日が祭のように展開されていましたからね、ラジオ局のヘビーローテーションなんて可愛いものといえば、そうなんでしょうね。


さて、もっと箇条書きに述べて行こうと思ったのですが、ヘビーローテーションだけで一日分書いてしまいました。
ヒット曲に関する違和感、明日から集中して書いていこうかと思っています。
また、皆さんからのメール、コメントなどお待ちしております。



ラジオ局が生み出すヒット曲とは

首都圏のラジオ7局が共同でヒット曲を生み出そうという企画、私は「上から目線」的なこういう発想には批判的だと書きました。
それに対してある方から、「その気持ちにもう一度立ち返って、ヒットを産み出したい、というのが例のプロジェクトの出発点」ではないかとご指摘いただきました。
「その気持ち」に関しては、その時の私のツイートを参考のため、並べておきます。


@首都圏のラジオ7局が、一緒に1曲を選んでヒットさせる企画の話。読んでもらえればわかるが、何だかなあと思っている。レコード会社や音楽事務所、アーチストには期待できるかもしれないが、リスナーにとってはどうでもいい話だ。リスナーがわくわくしない話に意気消沈の私。

@ヒット曲への違和感、業界の片隅にいた私でも、ずっとありました。こんなヒット曲の作り方でいいのか、放送局もそんな片棒ばかりかついでいていいのか。こんなことをしている間に、本当にいい曲、後世に残したい曲が消えてしまっているのではないか。今の制作者にはそんな気持ちはないのだろうか。

@ヒット曲って、どうやって生まれると思いますか。業界がもてはやすヒット曲のほとんどが、何故かほとんどの人が聞いてもいない段階でヒット曲と規定されていると思いませんか。リリースした途端一位という曲、それがヒット曲だといわれると、私は違和感もちますね。一体、どこでヒットしているのだと。

@ヒット曲って、まだ誰も知らない曲を例えば放送局がかけて、お、いい曲だな、何て曲?もう一度聞きたい、そういうリスナーの気持ちが合わさってヒット曲になるのではなかったか。もちろん、供給する側も、こういう曲ならヒットするのではという気持ちは当然あるのは事実だが。

@音楽業界が、いつからか自分たちの都合のいいようにヒット曲という概念を操ってきた、出版も放送も皆グルで、そんな業界をフォローしてきた。これがヒット曲です、皆さん買いなさい。ただで曲聞く奴は泥棒です。私たちのルールに従い、音楽を消費しなさい、あ、別に同じものを何十枚買うのもOKです。


大体、7局が合同で2カ月分の新譜から1曲を決め、ヘビーローテーションするとおっしゃいますが、どうやってその1曲をお決めになるつもりですか。
そんなコンセンサス、簡単に得られますか。
私はも、ヘビーローテーション曲の推薦員として、毎月ノミネートに加わってきましたが、1局の中でもそれを選定するのは色々ややこしい手続きが踏まれます。
政治的な圧力もないとはいえないでしょうし、誰かさんのごり押しもあったりします。
で、決まった曲が、いつもいい曲ばかりではありません。
プロが集まって、決めた曲がこれかと慨嘆したくなることも多々あるのではないでしょうか。
それが、今度は、首都圏ラジオ局というお山の大将ばかりを集めて1曲を決めるのです。
正直言って、そんなの誰が調節するんだと思いますね。
現場の純粋な選曲者が集まって決めるというのなら、まだ頑張れ~と言いたくなりますが、多分そんなお花畑にはならないでしょう。
やれるものならやってみろ、そのうち、業界の力関係に流された形ばかりのヒット曲が生まれることになるだろう。

(以下、ですます調をやめて)
大体、音楽業界に今必要なことは、ヒット曲とは何なのかという定義から組直すことだ。
瞬間的に1位になるために、手練手管を駆使して、ヒットしたと言う結果を作る。
リリース30曲、連続1位、これは新記録!!!
年間売上チャートベスト10を独占!!!前代未聞の大ヒット!!!
シニカルに言えば、とんだお笑い草である。
確かに、他の曲よりは、人の心を動かし、アーチストを支持する人を獲得したかもしれないが、それが本当にヒット曲と呼べるのか、自慢じゃないが、私は嵐の曲なんて1曲もタイトルを言えないし、耳に残っている曲もない。
覚える必要があるとも思えない。
自分とは違う世界で、ヒット曲扱いされているだけだと思うからだ。
(ま、もし私が関わっている番組にゲストで来られたら、一応にわか勉強して、知ったかぶりすることだろうが。)


作り手側からすると、ヒット曲を作ることは本当に大変な作業だ。
いい曲、いいアーチスト、いいスタッフ、とにかくそういったプロジェクトを構成することさえ、生半可なことではない。
そして、そこから生まれた曲を、宣伝担当の方、営業担当の方が智恵をしぼり、足でマスコミやレコード店をまわりながら、少しでも消費者の耳や目に届くために必死になる。
多くの人がかかわり、多くの音楽ファンがその価値を認めてくれる。
その構造は何も変わっていない。
だが、そんな純粋系の営みの中から、生まれてくるヒット曲は減る一方だ。
音楽業界を支えている金、売上は、今や、これでいいのかと首をかしげるような現場から生まれてくるのがほとんどではないのか。


本当にいい曲はなかなか売れない。
今のヒットチャート、ベスト10の曲、あなたは何曲歌えます?
私は1曲も歌えません、お恥ずかしいながら。
ヒット曲云々の話、ついでに言いたいことが他にもあるので、次回に続きます。
ご意見など、またよろしくお願いします。



ラジオ業界を掘り下げる機会

ふと気づけば8月。
最近、本当にブログを書く余裕がなくなっている。
情報は流れてきても、それを掘り下げるための時間も手段もないというか。
基本は人に会うこと、ラジオの業界人、役所、かつての仲間。
でも、今の私には、そこまでする材料を持たない。
毎日のサイクルの中に、ラジオに直結するものがない。
最近、ラジオも語学関連以外ほとんど聞かなくなった。
ラジオって、一度自分の生活サイクルから外れると、途端に興味を失うものだという実感がする。
習慣とはそういうもの、何か積極的な理由があってそうしているわけではない。
言い換えれば惰性、慣性の法則ならぬ、惰性の法則。
つまり、惰性でやっていれば、そのうち失速し停止するというか。
ラジオは惰性で聞かれている、そう考えればラジオ業界がしないといけないのは何かがわかりそうな気もするが。


最近のラジオに関する話題とそれに対する意見を列挙する。
●首都圏のラジオ局で、ヒット曲を作るとか言う話。
「7局が参加し今年9月〜10月上旬に発売される楽曲の中から1曲を選定、7局のヘビーローテーションを通じて当該曲を応援し、ヒットを生み出すことが目的。」(連合通信7/22より)
何だよ、この上から目線の企画。
ラジオというのは、サブカルチャア的視点を持たないと続かない、それが私の意見。
なのに、自分たちが大衆を領導して、ヒット曲を作り出すんだと言っている。
そんなのに、賛同する消費者がどれだけいるんだ、と。
ラジオからヒット曲を生み出そうというのは悪いことではない。
昔、私たちも多くのヒット曲をラジオ主導で(つまりレコード会社の思惑を超えて)生み出してきた。
それは、決して上から目線ではない、そういう曲を選び出し、少しでもリスナーに「こういう曲があるよ」と知らせたかったからだ。
ほっておけば埋もれてしまいかねない、そんなアーチスト、そんな曲を紹介しないとと思ってきた。
早い話、そんなの宣言してすることか、ということだ。
俺たちが7曲も集まってプッシュするんだ、どうだ、すごいだろう。
そんな風に見えてしまうのはどうなんだろう。


かつてFM802は、ヘビーローテーションを通じて、多くのヒット曲を生み出したことは記憶に新しいだろう。
でも、それは自分たちのレーゾン・デートルを確立させるための手段だったし、またそこには純粋な音楽への愛情があったと思う。
結果的に多くの利益を生み出すきっかけになったが、元々は業界と一緒に音楽を盛り上げよう、ラジオにもっと注目してもらおうと思って企画したことだ。
それはある意味冒険だったし、それゆえ作り手側はスリリングであったろう。
また、その気持ちが放送にうまくのり、リスナーにまでビビッドに伝わった、私はそう思っている。
だが、今回の7局合同企画にそんなスリリングなマインドはあるのだろうか。


私たちは、こんな企画で1曲を応援する。
レコード会社の皆さん、どんどんノミネートしてください、私たちと一緒に曲を売りましょう、あ、もちろん新曲スポットよろしくね。


ま、別にそれでもいい、商業放送なのだから、売上を最終的目的にするのは当然だ。
でも、こんな発想をやっているうちは、リスナーは動かないよ、むしろますます離れていくのではと心配してしまう。
ピュアな気持ち、音楽を心から愛し、一曲でも多く、埋もれてしまいかねない曲を後世に残したい、その気持ち、伝わるだろうか、この企画で。


そういうことで、私の思いはこのブログで伝わっただろうか。
しばらく、こんな感じでブログを続けよう。
今は、ちょっとそう思っている。