カテゴリー : 2015年 2月

レーティングの話~ラジオの未来(その2)

レーティングの話を書くと言ってから、半月以上が過ぎましたね。
ある放送関係者とこのレーティングの話をして、それで自分の限界を認識させられて、しばらく黙ってしまいました。
世の中、本当に色々ありますえねえ~。


それはそれとして、心に思い浮かぶよしなしごとを書き連ねてみましょう。
どこまで中味があるかはわかりませんが。
レーティングに関してですが、私はそろそろラジオ局は今の調査のやり方を変えてみるか、思い切ってやめたらどうかと思っています。
今のレーティング調査、本当にラジオ局にとってやる意味あるのでしょうか。
確かに現在V35とか40とか言っているラジオ局には、自分たちを誇る材料にはなるのでしょうが、それを誇ったところで金にどれだけ変わるのでしょう。
ラジオでトップだからと言って、それがどうしたというのが広告を出稿する方のスタンスではないかと。


テレビなら、もちろん視聴率は重要です。
何しろ、GRPという概念が持ち込まれてから、視聴率そのものがスポットの価格になっているのですから。
スポットの本数には限界があるのですから、テレビ局はそのスポット単価を上げるためには、何が何でも視聴率を上げなければいけません。
それに反して、ラジオ局には何が何でも聴取率を上げなければというモーチベーションが働きません。
レーティングがいくらであろうと、スポットの単価とはほとんど関係ないのですから。
第一、テレビは毎日視聴率が把握できますが、ラジオは東京地区でやっと2ヶ月に1回。
8回強に一回調査するだけ、しかもその時の調査はバイアスかかりまくりなのですから。


普段どれだけの人が聞いているのかを調べるとしたら、そんな普段と違う内容の回をサンプルに使うのがまずもって統計的に意味がありません。
ゲストを豪華にしたり、プレゼントを増やしたり、番宣をバンバン打ったりする回をサンプルにするなんて、統計的に意味があるはずないでしょう、そんなの常識でわかるはず。
なのに、頭がいいはずのラジオ業界人は誰もその愚を語りません。
今までこれでやってきたのだし、誰も損していないし、みんな納得しているからこれで良いよな~なんでしょうね。
そう、ラジオ局内で勝手にそうしているのは自由だし、そんなものに金を使うのはラジオ局の勝手です。
しかし、何度もいいますが、今やクライアントはラジオに価値をおいてはいません。
レーティングなんか一体どれだけのクライアントが気にしているでしょう。
広告代理店は、まあそれぐらいしかラジオを客観的にプレゼンできる材料がないのだから、それでもいいかと思っているでしょうが、番組の制作費をアホほどカットするラジオ局が、何故に今も金のかかるレーティング調査を続けているのか、私にはどうも納得しかねることの一つです。


そうです、こんなレーティング調査なら、もうやめたらどうですか、と思うんですよ、本当に。
コミュニティFMをごらんなさい。
まともなレーティング調査など、どこもやっていません。
それでも、局によっては結構な売上を上げていますし、地域の人からよく聞かれる局と認識もされています。
広域局だって、今ぐらいの売上なら、もう今のようなレーティング調査ならやめても同じじゃないでしょうか。
そんな金があるなら、マーケティングにもっと力を入れる、そのための調査を地道にやった方がコスパは上がるんじゃないでしょうか。
ラジオ局同士が、その聞かれている順位をつけるために、何千万も金を使う必要が本当にあるのでしょうか。
ラジオは、もはや一流のブランドではありません。
個別のブランドの順位争いなど誰も期待していない、私はそう思いますけどね。


かつては確かにラジオを聞く層がマーケティング的にみてとても重要でした。
オールナイトニッポンや大阪のヤンリク、ヤンタンなど深夜放送は若者に圧倒的に支持されていました。
本当に、聴取率調査など必要がない、若者が聞いているのは自明すぎるほど自明でしたから。
専門学校、私立の大学、予備校やその教材、医薬品、ファッション、ラジオにスポットさえ流せば、見事にターゲットに刺さって行きました。
私のいたFM局、女性をターゲットにしたクライアント、資生堂、カネボウ、コーセイ、ノエビア、それにクリニーク、あるいは東京スタイルとかミカレディとかワールドとか、ファッション関係のスポンサーが目白押しでした。
とにかく、女性がFMを聞いている、それが当たり前のように思われていたのです。
それぐらい、FM局にはブランド価値があったのです。
今では、考えられないことですが。


一体、今ラジオ局の売上に貢献しているのはどんなクライアントなのでしょう。
すぐに思いつくのは、ラジオショッピングを始めとする、レスポンス広告でしょうか。
すぐに金に変わるリスナーをどれだけ持っているか、その争いがラジオの現状なのかもしれません。
ならば、もっとそういうリスナー層を研究すべきでしょう。
もっとレスポンスのマーケティングを考えるべきでしょう。
でも、私の知る限り、それをまともにやっている局、ほとんどありません、何故なんでしょうね。


ということで、レーティングの話、まだまだ続きます。

レーティングの話~ラジオの未来

さて、ラジオの話を書く。
ある人から、こう聞かれた。
昨今のラジオのレーティング調査についてどう思うか?
ラジオ局はレーティングの数字に一喜一憂しないほうがいい。
もはや、レーティングの意義はかつてほどない、ただ惰性で続けているだけだというのが私の意見だ。


ラジオのレーティング、統計学上はほとんど意味がない。
何しろ、出てくる数字は1%とか2%と言う話。
だいたい、サンプル数を考えると、統計誤差は±2.0%ほどある。
ほとんどの数字が誤差の範囲内、それでA局>B局なんて言うことにどれほどの意味があろう。


また、統計的に意味がないもう一つの理由は、調査対象にバイアスをかけすぎるということ。
調査期間に普段やらないことをやり、ゲストや番組の景品をを豪華にしたりして得た数字って、一体どれだけ意味があるのだろう。
普段通りにやらないと本当の数字なんて得られない。
にもかかわらず、ただいい数字がほしいばかりにバイアスをかけまくるラジオ局。
誰も変だとは言わない。
少なくとも私が放送局員だったころ、そんなことを言う連中はいなかった。
多分、彼らは統計学を学ばなかったんだろうなと私は思った。
大学で少しばかり統計の知識を得ていた私は、ラジオ局の人間、プロフェッショナルであるべきはずの彼らが、統計学の何の知識も持ち合わせていないことに愕然としたことを覚えている。


ま、そんなことを指摘するのは野暮というものだ。
レーティングは正当な統計調査ではない、営業活動のための恣意的なツールであればよいのだから。
その話は、私の上司だった営業部長の話として、何回かこのブログでも書いた。


とはいえ、このレーティング調査、人間の感性的にはそれほど実態とかけ離れているわけでもないようだ。
出てきた数字に納得している人も多い、統計学など知らなくても、これこそリスナーの実態だと信じさせる要素も多い。
何しろ、出てきた数字に首をかしげる人はさほどいないからだ。
大体、思ったような数字になっている、それならそれでいいのではないかと。
そうです、私は別にレーティングの価値を否定しているわけではないのです。
統計学的には、さほど意味がないと言っているだけなのです。
意味のない数字だが、それに意味があると思っている人を否定するつもりはありません。
そらそうでしょ、このレーティングの調査のために、ラジオ局は何千万という金を使っているのです。
その調査を無意味だと言ったら、立つ瀬ないですものね。


ということで、しばらくラジオのレーティングの話を書こうと思います。
できれば毎日。
さて、どうなりますことやら。