カテゴリー : 2015年 2月2日

レーティングの話~ラジオの未来

さて、ラジオの話を書く。
ある人から、こう聞かれた。
昨今のラジオのレーティング調査についてどう思うか?
ラジオ局はレーティングの数字に一喜一憂しないほうがいい。
もはや、レーティングの意義はかつてほどない、ただ惰性で続けているだけだというのが私の意見だ。


ラジオのレーティング、統計学上はほとんど意味がない。
何しろ、出てくる数字は1%とか2%と言う話。
だいたい、サンプル数を考えると、統計誤差は±2.0%ほどある。
ほとんどの数字が誤差の範囲内、それでA局>B局なんて言うことにどれほどの意味があろう。


また、統計的に意味がないもう一つの理由は、調査対象にバイアスをかけすぎるということ。
調査期間に普段やらないことをやり、ゲストや番組の景品をを豪華にしたりして得た数字って、一体どれだけ意味があるのだろう。
普段通りにやらないと本当の数字なんて得られない。
にもかかわらず、ただいい数字がほしいばかりにバイアスをかけまくるラジオ局。
誰も変だとは言わない。
少なくとも私が放送局員だったころ、そんなことを言う連中はいなかった。
多分、彼らは統計学を学ばなかったんだろうなと私は思った。
大学で少しばかり統計の知識を得ていた私は、ラジオ局の人間、プロフェッショナルであるべきはずの彼らが、統計学の何の知識も持ち合わせていないことに愕然としたことを覚えている。


ま、そんなことを指摘するのは野暮というものだ。
レーティングは正当な統計調査ではない、営業活動のための恣意的なツールであればよいのだから。
その話は、私の上司だった営業部長の話として、何回かこのブログでも書いた。


とはいえ、このレーティング調査、人間の感性的にはそれほど実態とかけ離れているわけでもないようだ。
出てきた数字に納得している人も多い、統計学など知らなくても、これこそリスナーの実態だと信じさせる要素も多い。
何しろ、出てきた数字に首をかしげる人はさほどいないからだ。
大体、思ったような数字になっている、それならそれでいいのではないかと。
そうです、私は別にレーティングの価値を否定しているわけではないのです。
統計学的には、さほど意味がないと言っているだけなのです。
意味のない数字だが、それに意味があると思っている人を否定するつもりはありません。
そらそうでしょ、このレーティングの調査のために、ラジオ局は何千万という金を使っているのです。
その調査を無意味だと言ったら、立つ瀬ないですものね。


ということで、しばらくラジオのレーティングの話を書こうと思います。
できれば毎日。
さて、どうなりますことやら。