シリーズ 東京一極集中の功罪~番外編

今回は、東京一極集中に関して、若い頃に思った違和感などを書いてみたいと思います。
別に、マスコミが東京に集まり、そこから情報発信しようとそれ自体をどうこう言うつもりはありません。
それが合理的だとほとんどの人が判断するなら、私もあえてそれに抗おうという気になれません。
別に、私にとって損得がそこに存在するわけではないのですから。
やはり東京生活24年になると、考え方も少し中央よりになるというか、東京からの発信で全国に伝わるならそれが一番いいのではと思わないのでもないのですから。


さて、では私の違和感とは何か。
それは、私の学生時代にさかのぼります。
御多分にもれず、私もまた学生運動にまきこまれ、何度か東京の集会に動員されたりしておりました。
何かの抗議集会だったでしょうか、ある東京の学生(出身は知りません)が、次のような言葉でアジテーションを始めました。
「本日の集会に結集した、全都、全国の学生諸君!」
はあ、何それ?
何が全都、全国の学生諸君だと思ったわけです。
わかりますか、この言い方変じゃないですか。
全都って何よ。
全東京と言う意味なのか、じゃ、東京の学生だけが相手?東京の集会に来るのは千葉も神奈川も埼玉の学生もいるでしょう、それ無視?
しかも、これ元々全国集会でしょ、何故全都なんて枕詞をつけないといけないの?
何か、反体制のくせに、権威主義に陥っていない?東京が何物にも優先する、全国なんてその付属物だと。


ひねくれているかもしれないですが、この言い方にすごくひっかかりました。
全都、全国の学生諸君!というアジに対して、「異議なし!」と叫ぶ学生連中に私は一人、「異議あり!ナンセンス、ナンセンス!」と叫んでおりました。
多分、田舎から東京に出てきた連中は、東京のやり方をまねるのに一つの美意識を持つんだろうなと思いました。
正直、そんな連中らと団結する気、なくすよなという気分です。
イデオロギー以前の問題でしたね、私には。


東京のやり方に合わせることこそ、至高の美意識なのでしょう。
言葉もそうですし、ファッションも、考え方も。
東京イズナンバーワン、東京に同化した自分も、ナンバーワンの存在だとでも思うのかもしれません。
もちろん、ずっと東京に育った人間はそんなこと思わないでしょう。
至高も何もそれしか知らないし、また東京をそこまで美化もしないはずです。


大阪人は東京に来てもなかなか同化しないといわれていますが、根本的に東京こそナンバーワンだと思っていないところがあります。
だから、東京を無条件にまねたりしません。
もちろん、それが価値あると判断できるものは評価します。
何が何でも大阪が一番なんて思いません。
ただ、それおかしくない?ということには、当然ながら強く反応します。
何で東京ではこんなルールがはびこるのか、悪いけどその事に関しては、大阪の方が合理的だと思うことも少なくありません。


放送業界での違和感、それは今日もTBSラジオ「dig!」で繰り返されていました。
それは次のようなフレーズ。
「この番組はTBSをキーステーションにお送りします。」
もちろん、これはTBSだけではありません。
TOKYOFMもしょっちゅう、「TOKYOFMをキーステーションに全国38局をネットしてお送りします」と言いますし、ニッポン放送も「ショウアップナイター、ニッポン放送をキーステーションに全国の皆さんにお送りしています」などと繰り返します。
何なのでしょう、このセリフ。
何を誇らしげに言っているのでしょう、キーステーションと。
それ、言わないといけないのですか、ステーションコールみたいに。
誰かからクレームでも来るのですか、どこがキーステーションかを明示しないと。


私も、FM大阪時代、何本かの全国ネット番組を担当しました。
でも、一度たりとも、「この番組はFM大阪をキーステーションに~」などというメッセージは入れませんでした。
何故か?どう考えてもそれを言わないといけない必然性を感じなかったのです。
また会社からも、その表現をしろとは一度たりとも言われませんでした。
どこの放送局が作ろうと、私たちは皆さんに対して放送をしている、一人一人に対してメッセージを送っている、だから、私たちは、皆さんが聞いている放送局の人間でもあるのだという気分でした。
なのに、東京の局は、キーステーションにこだわるのです。
私たちは皆さんが今聞いている局の人間ではありません。
何と東京というナンバーワンな場所から皆さんに語りかけているのです。
わかってますか、私たちは東京人です、そう思って、ありがたく私たちのメッセージを受け取ってくださいね。


正直言って、私にはわからない。
何故、キーステーションがどうのこうの、なんて態々言うのだろう。
違和感、本当に色々あります。
でも、あまりそればかり言いすぎると、本質が見えてこなくなるから、とりあえず番外編として書いてみました。
まだまだ言いたいことはあります。
しかし、そればかり書いていると、また「ル・サンチマン」かと思われて終わりでしょうから、今日はこれぐらいにしておきます。
また次回。



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