ラジオの本音

久しぶりのブログ、最近身辺があわただしいのでなかなか書く時間がとれない。
で、今日はエッセイ風にラジオの話を書いてみたいと思う。
いつもの、ですます調もやめる。


ある広告代理店の方と話した。
ラジオはやばいという情報をその人から聞く。
確かに、長い間ラジオ業界とつきあってきたその人から見ると、ラジオ局周辺からもたらされる話はネガティブなことが多いようだ。
某AM局。
代理店を集めたプレゼンテーション会議で、昨年度比やっと100%を超えそうだという話を得々とされたという。
こんなにラジオはすごいので、皆さんスポンサーに番組やスポットを売ってくださいというのが会議の趣旨。
でも、代理店からすると、100%超えるという話を嬉しそうに言われても困るらしい。
じゃ、今までは何だったの?と。
毎年、代理店会議に出ていて、その度に威勢のいい話を聞いてきた。
あれだけ威勢のいいことを言ったのに、その時は前年比100%以下だったの?
その類の話、今までなかったじゃない。
今さら、100%超えたからと言って、それがどうしたの?


で、ラジオ、売るに値するメディアなのかと考えてしまうそうだ。
他に自分たちを売る材料はないのかと。
(ないよなあ~)


とにかく、今までやってきたことを少し修正するしかラジオ側のソリューションはない、私の意見はそう言う感じ。
4月改編、どの局もこんなに変わりましたとアピールするも、実際に見えているのは次の通り。
制作費のカット。
キー局は、確実にネットのスポンサーは減っている。
で、制作費をさらに減らすため、出演料が高く、さほどクライアントを呼び込めないタレントは切る。
番組をさらにワイド化し、総体の予算を減らす。
まあ、これはここ10年、どこの局も手を変え品を変え実践してきた。
スタッフを減らす、あるいはあまり話題にならない割にギャラの高いスタッフを外す。
新しい血を入れるといえばカッコいいが、それに使う金は限定的。
ついでに、金を払い過ぎていると思われる制作会社、タレント事務所とはギャラ交渉、つまり減らしてほしいという要望。
私たちは運命共同体なのです、ぜひご協力ください、か。


制作費のカットの方法、本当は色々あるようだが、くだくだしくなるのでこれぐらいで。
で、昨日発表された民放連ラジオ委員会が出した「ラジオ再価値化プロジェクト」に少し言及。
早い話、ラジオをもう一度皆さん見直して下さい、という内容。
ラジオはこんなに面白い、だからお忘れかもしれませんが、再度興味を持ってくださいというキャンペーンだ。
「ラジオの持つ価値とは、安心・安全に関わる情報を迅速に伝える社会的責務と、言葉・音楽を通じて感動や興奮といった感情を湧き立たせ、聴いている人すべてを結びつける一体感です。」
う~ん、確かにそうかもしれないけど、その言葉で動く人々はどれだけいるのだろう。
災害でもあれば、ラジオを聴く人は増えるかもしれないけど、それは限定的なのはもはや明らか。
その機能、ラジオしか持たないと断定できるわけでもない。
ラジオというメディアがビジネスとして成り立つには、この言葉だけでは弱すぎる。


ラジオのビジネスモデルには未来はない、それぐらい言及するところからしかラジオの再生は始まらないと私は思う。
再価値化って何?
ラジオが変わらなければ、ラジオの未来はない。
今あるものに付加価値をつけなおすという発想では、自分たちが変わることは無理だろう。
映画「山猫」のセリフを思い出す。
「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」
ラジオなんか、そこにいる連中の意識はちっとも変わっていない、それは外部から見て明らかだろう。
彼らからは、危機感は感じられる。
実際に売上が落ち、収入も減っている、賃上げもされない、ボーナスは毎年カット。
そんな疑心暗鬼になっている連中から、どんな革命的なソリューションが提起されようか。


ということで、しばらくラジオ業界人の本音にこだわってブログを書いてみたい。
総務省、民放連、東京のAM局、FM局、このあたりから断片的にラジオの未来に関する情報が漏れ出てきている。
さて、どこまでフォローできるか、若干不安ではあるが。



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