ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(5)

D.W.ニコルズ「SUNRISE」のサンプル盤をいただいた。
誰?それ?と言われる前に少し説明。
前に書いた、首都圏ラジオ7局による大量のオンエアでヒット曲を生み出すという企画、その第一弾がこれ。
厳密に言うと、このアルバムの3曲目「ありがとう」というのが対象曲である。
ざっと聴いてみた。
D.W.ニコルズは多分、環境保全を語るC.W.ニコルズ氏をリスペクトしたネーミングだろう。
基本、やさしいアコースティックサウンドである。
素朴なヴォーカルをメインに、今の時代を歌っているというか。
アルバムの完成度はマアマアだ。
彼らの今後の活躍に期待したいと、とりあえずは言っておこう。


ただ、何故彼らの「ありがとう」を合同のヘビーローテーション曲としたのだろう。
爆発的にヒットするような曲ではない。
また、一度聞いたら何回も聞きたいと思わせる曲でもない。
事情のわからないリスナーからは、何かよくかかる曲だけど、何これ?と思われるのではないだろうか。
昔風にいうなら、スマッシュヒットぐらいはあるかもね、かな。
しかし、ちょっと気になるのが発売が10/9ということ。
まだ半月ある。
なのに、「9月1日-30日に7局であわせて200回以上オンエア」というのは、どうなのかな。
それだけかけておけば、10月以降首都圏でわざわざかけなくても、全国でヒットするはずだということなのだろうか。
私が、当事者なら、いえ、9月にそんなにかけてもらわなくとも、10月になってからで結構です、特に発売日周辺で分厚くお願いします、と言いたくなるはず。


そういえば、首都圏の現場のプロモーターは、10月以降も引き続きヘビーローテーションでお願いしたいと各局の現場を回っているらしい。
でもねえ、9月にヘビロテやったら、10月はできないだろう、その曲しか世の中にないわけではなし。
第1回目となると、その企画そのものは話題にもなるし、それなりに現場も対応してくれるだろうが、しかし、これで本当にヒットは生まれるのだろうか。
生まれなければ、2回目以降はあまり話題にもならず、そのうち消えてしまうかもしれない。
私は既に語っているように、この企画にはあまり賛同できない。
でも、アーチスト側からすれば、これだけ皆さんに乗ってもらっているのだから、頑張らないといけない、何とかヒットさせなくてはいけないと心に誓っているはず。
でもねえ、何かこういう企画、罪作りじゃないかなあ、本当に彼らの未来を考えているなら、こんな表面だけの盛り上げ方でいいのかなと思ってしまう。
もっと地に足のついた育て方をしないと、傷つくのはアーチストじゃないだろうかと思うのだが、やはり余計なお世話だろうか。


ヒット曲はどうして生まれるか、その話に戻りたい。
まだ私が20代の新米ディレクターの頃、ソニー系のプロモーターの方から言われたことがある。
「うちは、シミュレーションによってヒット曲を生み出している。何をどうすれば、どれだけヒットするか、どれだけの金をどの部分に投資すれば、どれぐらいの売上に結びつくか。私たちはその末端でそのシミュレーションを実践する要員というわけです。」
そんな言い方をするのは、当時のレコード業界ではソニー系だけだったような気がする。
ほとんどの局はどんぶり勘定というか、いつもと同じようにいつもと同じやり方で動いていれば、そのうち何かの拍子に大当たりする曲が出てくる、と言う風に。


今は、日本のレコード会社、外資系にほとんど牛耳られているので、かつてのソニー系のような発想でCDが作られていることは想像に難くない。
そういう意味では、みんなで頑張っていれば、自然とヒット曲が生まれてくるという牧歌的な発想ではレコード会社にはおられまい。
ああすれば、こうなる、こうなれば、そうなる、シミュレーションどおりにやればいいのだ、多分そのシステムに順応しない限り、何にも楽しくないのではないかと思ってしまうほどだ。
ソニー系の話で思い出したことがある。
1978年にCBSソニーから別れて、EPICソニーが誕生した。
全く別会社扱いで、プロモーターも別々、同じソニーグループでも情報は共有されない体制だった。
で、その時の一押しはBOSTON(ボストン)。
76年に「幻想飛行」78年に「ドント・ルック・バック」をアメリカでリリース、前者は今までで1800万枚、後者は800万枚を売ったと言われている。
で、誕生したEPICソニーはボストンの売り出しに何億も何十億もかけた。(実際の額はもちろん部外者だから知らない。)
アメリカで売れたのだから、日本でも売れるはず、そのやり方はこうこう、シミュレーションは完璧、なんて話をその頃していた記憶がある。
洋楽だから、メインターゲットはFM局だったのだろうが、そのあたりの詳しい事はわからず、もちろん私はFM局のディレクターだったからアメリカのチャートには敏感だったから、彼らのヒット曲「More Than A Feeling」(76年全米6位)は何度か番組で流したりしていた。
でも、その時思ったのは、ボストンをここまで盛り上げても、日本では絶対に大ヒットしない、アメリカ並みにミリオンヒットを狙うなんて正気の沙汰じゃないと思ったものだ。
一体、ソニーの言うシミュレーションとは何だ?ちょっとだけ疑問を持ったりしたのも事実だった。


つまり、ヒット曲を作るというのは、ことほどさように杓子定規には行かない。
その後、多分大赤字だったはずのEPICソニーを売上的に救うようになったのは、80年にデビューしたシャネルズ(後のラッツ&スター)の「ランナウェイ」のミリオンヒットだったと思う。
残念ながら、そのヒットも意図したものではなかったような気がしないでもない、彼らのドゥーワップサウンドは斬新だったが、それでも皆が一番話題にしたのは靴墨を顔に塗りたくったゲテモノグループという扱いだったように思う。


さて、話があちこちに飛んでしまった。
気分を変える意味で、この続きはまた次回に。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(4)

●私の中のヒット曲史
人口に膾炙しない限り、ヒット曲とは呼べないのではないか、それが私の持つ違和感の根源だ。
考えてもごらん。
チャートの操作が仮にあったとしても、83年ごろのベスト10の曲を知る人は多かったはずだし、歌える人もそこそこいた。
2013年、今はどうだろう。
モーニング娘。の新曲がウィークリー1位になったということがラジオから流れ、メンバーが大いに喜んでいた。
これで、リリースした3曲連続1位獲得、紅白の出場も可能性が大きくなったという。
6年間出ていない、だからどうしても今年は出たい、とリーダーが語っていた。
その気持ちはよくわかる、でも、ちょっと考えてみよう。
一体、その1位になった3曲のタイトルをどれだけの人が口に出して言えるだろう。
自慢じゃないが、私は一曲も言えない。
アイドルの世界とはそれほど遠い場所にいない(最近あるアイドルのプロデュースまでやっている)私なのに、その3曲のタイトルの欠片さえ思い出せない。
何だろ、それで3曲連続1位獲得、紅白決定的って?


参考のために調べた結果を書いておく。
1/23発売 Help me!!
4/17発売 ブレインストーミング/君さえ居れば何も要らない ※両A面
8/28発売 わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団 ※両A面
そういえば、「Help me!!」は何となく知っている。
PVはなかなかのものだったし、踊りも冴えていた。
でも、後の2曲は全然知らない。


いや、モーニング娘。の悪口を書く為にこの話をしたわけではない。
私は、今のアイドル達を肯定している側の人間だ。
どういう形であれ、一生懸命やっている若い女の子たちが少しでも喜んでくれることはいいことだ。
ただ、1位になったからヒット曲扱いすることが、業界にとって本当にいいことなのか、そんなことをしていたら、ヒット曲なんか自分たちには関係ない存在だというユーザーが増え続けるのではないかということだ。
ヒット曲がヒット曲ではない、いわゆるヒット曲というブランド価値の毀損、自己否定に繋がりはしないかと。


私のヒット曲史を語ってみる。
もちろん、私が子供の頃、本当に古い話だ。
初めていい曲だなと思ったのは、何だったか。
多分、菅原都々子の「月がとっても青いから」ではないだろうか。
1955年(昭和30年)のヒット曲。
100万枚売れたとある。
銭湯の行き帰り、空にお月さんが輝いていると、大人たちは皆この曲を歌っていた。
「月がとっても青いから~遠回りしてかえろ~♪」
実際遠回りしたのかどうかは知らない、でも、知らぬ間に私も覚えた。
ラジオからも流れていた。
鼻にかかった不思議なビブラートをかけた歌い方が耳にも残った。
気持ちをうきうきさせてくれた。
ちょうどお月さんが私たちに夢をくれたように。


当時は、ヒット曲が飽和していた時代ではない、まだまだ私たちの耳の中はスカスカだった。
そのスカスカの中に、ラジオが多くのコンテンツを運んでくれた。
そういえば、戦後の荒廃の中、ラジオから流れてくる「リンゴの歌」が、当時の人たちの心をどれだけ励ましてくれたか、などという言い方を聞いた方も多いことだろう。
私たちのスカスカの耳を癒すように流れてきた音楽、それを私たちはヒット曲と呼んだ。
「歌は世につれ、世は歌につれ・・」という今ではあまり使う人がいなくなった言葉、この歌も又ヒット曲だった。
じゃ、その曲はどうやって人々に伝わって行ったのか、言うまでもない、まずラジオから流れ、そして人々が実際に歌い、それが又人々に伝わって行ったのだ。
一昔前、音楽芸能雑誌の付録は歌集だった。
ヒット曲の歌詞が百曲以上も収められていて、それ目当てに買う人も多かったはずだ。


「月がとっても青いから」、100万枚売れたというのは凄いなと思う。
今とはマーケットの規模も違うし、第一、その価格は相当のものだったろう。
ちなみに昭和30年当時のシングル盤は300円だったらしい。
その時の物価は今の10分の1以下、サラリーマンの平均収入が月3万円ぐらいというから、シングルレコードは今なら10倍の3000円ぐらいの価値だろうか。
ひとことで言って簡単にできるる買い物ではない。
ちなみに私がレコード買うようになったのは中学生になってから。
親から正式に月1000円とかのお小遣いをもらえるようになってからだ。
最初に買ったレコードはビートルズの「恋する二人」、330円である。
1枚買えば、2枚目はしばらく買えない。
LPレコードはモノラルが1500円、ステレオが1800円。
最初に買ったLPは、やはりビートルズの「ヘルプ!」。
友人のお姉さんがレコード会社に勤めていたので、7掛けで買えた。
それでも1260円である。


いや、昔を懐かしむ為に書いているわけではない。
それぐらい、レコードを買うことは大変だったということを言いたいのだ。
それゆえ、レコードの売上枚数=ヒット曲というのは、ちょっと違うのではないかと疑問を呈しているのだ。
レコード買えない人はヒット曲とは無縁なのか、それは絶対に違うと断言しておきたい。
ヒット曲とは、みんなが知っている曲、皆が歌える曲、それについて一人一人が何らかのストーリーを語れる曲でなければならない。
私は絶対的にそう思っている。
ある日、ラジオから流れてきた曲、それは何だろうと思う、どうしても知りたい時は放送局に電話してでも聞こうとする。
タイトルを知れば、もう一度聞く為にラジオ曲にリクエスト。
あるいは、その曲をかけてくれそうな番組を探し、ただただその曲がかかるのを待っている。
今なら、買えば済む、あるいはyoutubeで運よく誰かがアップしてくれているかもしれない。
でも、時代が違う、レコードを簡単に買えるほど、私たちは金を持っていない。
その点ラジオはいい、無料で音楽を聞かせてくれる、曲についての説明もしてくれる、リクエストにも応じてくれる。
だから、ラジオさえあればヒット曲は生まれた。
リクエストが多く集まる曲は、それだけ大衆が支持されていること、支持されている曲は皆がタイトルをもちろん覚えるし、そのうち歌詞とメロディも覚えてしまう。
知っていて当然なのである、それがヒット曲なのだから。


いつからヒット曲が、結果としてのヒット曲でなくなってしまったのか。
レコード会社が仮想ヒット曲を量産し、多くの大衆をヒット曲から疎外させてしまったのはいつからなのか。
この話、長くなるので、また次回に書き続けようと思う。
私の考え、色々誤りや思い違いがあるかもしれない。
皆さんからのご指摘、ご意見など、また聞かせてもらえればうれしい。



ヒット曲とは何か~あるラジオマンの一考察(3)

●私の中のヒット曲
ヒット曲とはCD売上チャートの上位に入った曲という定義に、私自身は違和感を感じている。
今の売上チャートは初動だけで決まっているのではないかと思うからだ。
つまり、発売した瞬間にヒットチャートに入り、その後は惰性・・・という印象が強いからだ。
ヒットチャートに入れば、とにかくヒット曲に分類される。
ならば、レコード会社や音楽業界からすれば、何が何でもヒットチャートに入れることが要求される。


ヒットチャートに入ることは、ヒットするためのスタート、ヒットした後の結果ではない、それが私の意見。
業界は多分そう思っているはず、まずヒットチャートに入れるための努力をする、その次にそれを利用して本当にヒットさせるという構造だ。
ならば、レコード会社としては、CDを発売した日に何が何でもヒットチャートの上位に(できれば初登場一位に)ランクさせなければならない。
ヒットもしていないのに、どうしたらヒットチャートの一位になれるか。
事前のプロモーション、ラジオでのオンエア(皿回し)、テレビのゲスト出演、新聞、雑誌社回り、レコード店でのインストアイベント、とにかく曲とアーチストの知名度を上げること、既に人気アーチストになっている場合は、ファンクラブを通じた情報展開というのもあるだろう。
ま、このあたりは常識的なプロモーションということになる。


で、問題は、噂の真相が書いたヒットチャート操作云々という件。
チャートは操作されているか、そうですねえ、操作という言葉をどう定義するかですかね。
とにかくレコード会社は、ヒットチャートに入れないと始まらないわけだから、多少の企業努力はするというのは当たり前だろう。
大体、CDの出荷枚数で大ヒットと宣言したりする業界なのだから(実売じゃなくて)、他にも色々やっているというのが実情だ。
このあたりは、既に色々な形で、その操作例とやらがネットに書かれたりしているので、私としてはあまり触れたくない。
大体、昨今のヒット曲の目安とやらの100万枚突破CDなど、1万人のファンが1人100枚CDを買った結果だという声もあるぐらい。
一体100枚も買って、何にするのと思うのだが、握手権だのチェキ権だの選挙権だの、色々イベントに参加していると結果的にそうなってしまうらしいのだが、こうなるとヒット曲という概念とは無縁のような気がするなあ。


ああ、そうそう、先日あるレコード会社のプロモーターと話していたら、最近はCDを複数枚買わせるのは資源の無駄遣いだから、代わりにカードを売ることにしようとしているらしい。
カードを買えば、それがCDを売ったことになり、CD売上枚数にカウントされるという話だった。
つまり、カードを買うとは曲のダウンロード権を買うのと同じという説明だ。
その人の話を誤って解釈しているとしたら指摘してほしいが、確かにCDを生産するよりカードを作った方が資源の無駄遣いはなくなるし、余計な経費も要らなくなる。
で、その売上がヒット曲のバロメーターということなら、それでいいのかもしれないが。


でもねえ、何度も言うけど、ヒット曲って「話題になって多くの人にもてはやされ、広く知れ渡っている曲」のはずなのだから、皆が知らないとヒット曲って呼んじゃいけないと思うのだ。
ヒットチャート1位の曲を知っているのが、大衆の中で圧倒的に少数だとしたら、そんなヒット曲と言う名前の商品って、善良な庶民を欺く誇大広告の1つと言われても仕方ないのじゃなかろうか。
ヒットもしていないのにヒット曲はおかしいだろう・・・と。


いや、だから言っているでしょう。
音楽業界は長年こうやって商売してきたのです、今さら瑣末なことにこだわって、今まで培ってきた商品の価値を落し込めることはやめていただきたい、と。


今まで、こうやって商売してきた、確かに音楽業界ってそうだったんだろうな。
で、その商売のやり方が行き詰まり始めている、だから少々無理なこともやってきたわけだが、昨今それもできなくなりはじめ、今やその販売のやり方は混乱し、バラバラな対応になってきているようだ。
今やヒット曲とはこういうものですという定義すら曖昧にならざるを得なくなっているのかもしれない。
さて、ではかつてのヒット曲とはどういうものであったのか、私が初めてヒット曲に接した時、深夜放送を聞きながらヒット曲に触れ合っていた時、実際に放送マンになって、そのヒット曲をともに作り上げた時、次回からそのあたりを少し書いてみることにする。
私の中のヒット曲、それを一つ一つ思い出しながら。