昨今の放送業界あれこれ

またも知らぬ間に1ヶ月以上がすぎてしまった。
この間、何をしていたか、慣れぬコミュニティFMでの活動が私にストレスだったのかもしれない。
現象面的には、別に大したことをしていないのだが、理解することが多すぎるというか、考え過ぎるというか、バックグラウンドでの作業に忙殺されていたような気がする。
このあたり、最適なプライオリティを自分につけていかないと、何も形にできないまま時間が過ぎて行きそうな気がする。
そろそろ、考えを改める時が来たのかもしれない。
もうすぐ4月なのだから。


この間、何があったろう。
そうそう、トラックバックしていただいた方のブログにもあったが、NOTTVの契約者が1月に若干減った。
諦め始めている、という印象だ。
もはや、利益を生み出すのは無理ではないかという議論が始まっているはず。
この1年は、何とかごまかしごまかし継続するだろうが、そこにかける費用が減少していくことは容易に推察される。
そんなの商売にならないよと危惧していた人たちをおろそかにした結果だ。
というか、V-highのビジネスすべてが、もはやイノベーションとは無縁なものになっているのは何故なのか。
そんなのネットで十分代替できるではないかと思われるものばかり。
ネットでは効率が悪いから、電波でという考え方ではイノベーションは起きないと私は思う。
ワイアードかアンワイアードかの違いだけではないか。
アンワイアードのメリットって何なのか、少しは考えればいいと思うのだ。(ただし、私に明確な答えがあるわけではない。考えもしないでサービスを始めることが信じられないのだ。)


ならば、V-Lowはどうか。
同じだろう、それが既にネットで展開されているサービスなら、アンワイアードのメリットをもっと前に出すしかない。
ワイアードは、ゼロ・サービス志向(つまり無料)が定着、ユーザーは基本フリー、自分がほしいと思ったものだけに金を出すというスタンスになっている。
だが、今言われているV-Lowのビジネスには、そういうゼロ・サービス志向への放送局側からの提案がない。
民放が無料で放送サービスを続けていられるのは、スポンサーが広告媒体としてその意義を見出していて、そのシステムを維持するための費用を支払っていてくれるからだ。
今後もそのゼロサービスを続けたいなら、己の媒体価値を維持するしか方法がないはず。
だが、V-Lowには、そんな戦略がない。
いやそれ以前に、radikoにその戦略がない。
radikoは可能性を秘めていても、その制限された環境ゆえイノベーションを起こすことができない。
目の前のものに対応できない放送業界に、V-Lowを新しいイノベーションの場にする能力があるだろうか。


民放は相変わらずB2B志向である。
何しろ、業界として自立できていない、相変わらず大手広告代理店にビジネスの根幹を押さえられている。
代理店からすれば、もうそろそろ自分でアイデアを出し、ビジネスとして確立させることで自分たちに新しい利益を提供してくれというところではないか。
チラッチラッと後ろ(広告代理店)を振り返りながら、V-Lowを語る放送人。


いいですか、行きますよ、絶対ついてきて下さいね、あ、押さないで、ちょ、ちょっと待ってください。でも、大丈夫ですよね、行きますよ、いいですか、行きますよ・・・・。


本当にみんなついてくるだろうか。
少なくともAM業界は降りてしまった。
しかも、電波の権利は持っていたいがために、アナログFMという選択まで始めている。
こんなのイノベーションでも何でもない。
補完要因をいくら増やしても、そこから何も生まれない。
radikoがその典型だ。
アナログFMの選択をする前に、それを片づけていけ。
イノベーションなんか、演繹的に生み出そうと思っても無理だろう、違うか?


話を自分に戻す。
放送業界は4月改編の真っ最中。
テレビ的には、「笑っていいとも」や「はなまる」などの長寿番組が終了する。
早い話、テコ入れしないと数字がとれない、できれば制作費も減らしたいという局側の論理があるのだろう。
ま、民放テレビはある程度の視聴率をとっていたら、終了したくてもできない。
同じような番組が横並びにあっても、それをいじることすらできない。
ユーザーからすれば、選択肢を増やせよと思うのだが、赤信号なのだから皆で渡りましょうとなっているのだろう。
今のテレビ、面白くないと思っている層がじわじわと増えている。
何年か先、テレビのビジネスモデルも問い直される時が来るだろう。
今は、過渡期、オッサンオバハン層が淘汰され始めれば、わが世の春は遠のく一方だろう。


テレビはまだいい、時間が猶予されている。
ラジオはもはやどうにもならない。
4月改編、私のまわりには制作費のカットが相変わらず話題になる。
それでも、引き受けてくれる制作会社がある、フリーのディレクターがいる。
でも、イノベーションを起こす余裕が彼らにあるか。
局の社員に、それを領導する能力はあるか?
実際、私が関わっている番組も、制作費カットをつきつけられている。
もはや、誰も抗えない。
仕事がなくなれば、干上がる、まだ水がある間は生きていける、干潟のムツゴロウみたいなものか。
諫早みたいになれば、消えて行くしかない。


V-Lowがうまく行けば、われわれは生き延びられる、そう語る制作会社はない。
IT関連の会社が辛うじて新しい発注を受け、幾つかのプログラムを作成しているが、その発注額は微々たるもの。
ならば、ネットを使ったビジネスの方がまだ可能性があると思っているようだ。
アンワイアードの利点を活用し、イノベーションを起こすためにはどうしたらいいか。
その提案がほしい、ワイアードでできること以外に。
とどのつまり、もはや電波ビジネスには限界があるということなのだろうか。
ま、そういう人が増えているのが現実ではあるが。

NOTTV 携帯電話業界の事情 その他

ブログ更新、ほぼ1カ月ぶり。
どうしてだろう、毎日書く気満々だったのに、あっというまに日が経ってしまうなんて。

1月から、大阪守口市にあるFM HANAKOの土曜日ワイド番組をお手伝いにすることになった。
あるコーナーと一部の選曲をするだけなのに、私の時間の半分がそれに注がれた。
そこまでする必要はないとわかっていても、情報は集めるし、取材はするし、新しい音楽は手に入れて聞くし。
性分なのだろうな、昔からそういう風に番組を作ってきた。
100集めた情報のうち1しか番組に使わない。
でも、それがプロの仕事だと思っていた、自分の集めた情報をとにかく詰め込めば、聞いている方は疲れるだけだ。
自分がどれだけ努力をして放送をしているか、そんなことをアピールする奴はプロじゃない。
さりげなく、リスナーに楽しんでもらう、放送マンはそうありたいものだ。


今年になってやったこと。
スマートフォンを買い替えた。
その時に気づいたことが幾つかある。
携帯業界、こんなことをしていたのか、ちょっとひどくない?という話。

その前にdocomoのNOTTVの契約数が12月末で150万を超えたという。
ペイラインの500万契約までは、まだ道のりは遠い。
ソチ五輪の放送を100時間放送するという。
多分、電通がからんでいるのだろうが、無謀だなと思わないでもない。
ソチ五輪を見るために新しく契約をする人など、どれほどいるだろう。
多分、すでにわけもわからず契約し、知らぬ間に金を取られている人へのアフターサービスのつもりだろう。
そうしないと、気づいた客がどんどん逃げかねないからだ。
しかし、釣った魚に餌をやる余裕が果たして今のNOTTVにあるのだろうか。

で、思い出したのが、津田大介さんのツイート。

今のエイベックスの好調を支えているBeeTVってほとんどの加入者がこの手法によってよくわからず加入させられて……って状況だからな。ドコモ様々。http://t.co/BDX1nOrYE2

つまり、BeeTVにしても、NOTTVにしても、よくわからず加入させられている人がほとんどという話。


で、話は私の携帯更新話に戻る。
一応、一連の更新時の作業を終えて言われた言葉に唖然とした。
「すみません、お客さんは今このコンテンツおためしキャンペーンにすでに加入しています。毎月これだけの費用が要りますが、必要なければ解約してください。今月分これだけの費用を払ってもらうことになりますが、その分は今商品券でお返しします。とにかく使って頂いて、本当に必要ないなら明日から1週間以内に再度来店いただければ解約作業をします。」

思わず「はあ~?」という気持ちになった。
おためしキャンペーンか何か知らんが、そんなもの最初から要らん、勝手に加入契約するなという気分だった。
だが、この間のマニュアル、うまくできているなあと。
とにかく経験者はおわかりだろうが、契約する時にやたらと時間がかかるのだ。
店が混んでいた時は待たされるし、実際窓口に座ると、そこから何やかやと説明うけるし、説明員はモニター見つめながら、マウスをかちゃかちゃ操作するし。
一体、お前は何をやっているんだと思いながら、とにかく言われたとおりにしないといけない。
そして1時間がぐらい経ち、わあわあ作業した後に、先ほどの言葉を言われるのだ。
もう早くしてくれと思っている客に、無理難題を押し付ける。
でも、その時には、商品券くれているし、明日以降に来たら解約できるんだから、まあいいかと言う気分にさせられる。
とにかく、早くこの場を離れたい。

何というマニュアルの完成度、客をあきらめさせるそのテクニック。
つまり、ほとんどの客はこうやって、欲しくもないサービス契約に同意してしまうのだ。
積極的にほしいのではなく、その場を何とかおさめるために同意する。
いつからこんなやり方を始めたのだろう、携帯電話会社は。

スマートフォン、私にとってはこれが3台目である。
最初は契約なんか簡素なものだった。
色々サインはしたが、あんまり気になるほどのものではなかった。
2回目、ちょっと聞かれることが増えた。
それでも、サービスを強要はされなかった。
あれ要りますか?これ要りますか?と聞かれたが、説明を聞き必要のないものは契約しなかった。
そして3回目の今回。
何だよ、この時間の使い方は、しかもこのややこしいサービス契約のやり方は。
多分、利益の上げ方のマニュアルが進化したのだろう。
人が気付かないところに、新しい利益のタネを見つけたというか。

多分、こうだろう。
何故、無理に明日解約してもいいから、サービス契約をさせるか。
1契約に対して、サービス業者から月額相当以上のバックが入るからだろう。
つまり商品券で販売店が立て替えてでも、それ以上のマージンが入るのだ。
また、その契約にもノルマがあって、達成しなければ不利益、達成すればさらなるインセンティブが得られるのだろう。
誰が考えたのか知らないが、私はこんな商法は不愉快である。

単純に売れよ、そちらの都合なんか知るもんか。
だいたい、学生割引がどうの、家族割引がどうの、あげくは他社から移動したらキャッシュバックが何万とか。
こんな商売のやり方、おかしくないか、しかもそのキャッシュバックに又々別のサービス契約を付加させて、ますます消費者を混乱させているのだから。
大体、毎月払う額はいくらなのか、それを契約者ごとに丁寧に説明する義務はないのか、携帯業者さんたちは。

私は、まだリテラシーのある方だから、そうそう業者の口車にのって契約することはないが、今回ちょっとこれは要らなかったと思うのが、充電池だ。
充電池とショック吸収用の液晶保護シート、それにケーブルのセットで、12000円も払わされた。
毎月500円ずつ24回請求するという。
私は、wi-fiを解約し、テザリング用としてiPhoneを使うことにしたので、ポータブル充電池は必要かなと思って、ついそのセットを買ってしまった。
でも、実際使いはじめると、本当にセットで買う必要はあったのかと今も疑問に思っている。
そんなに費用は必要ではなかったのではと。

それといざという時の保証プラン云々も。
私は、ある経験からそんなプランは不必要だと実感していたので、即座に断ったが、たまたま私の横にいた人は店員のこんな言葉にそのプランに応じていた。
それはこうだ。
「いいですか、購入時に入らないと後からは入れませんからね。」
これは私も言われた。
今契約しないと、2度と入れませんからねと、まるで脅しのように言う。
何か、詐欺師が使う言葉と同じではないだろうか。
購入時にしか入れない保証プランって何だよ、と貴方は思わないか?

とにかく、今携帯電話のお店では、こんな類のリテラシーの低い顧客を手玉にとっているのではないかと思ってしまいかねないケースが多い気がするのだが、どうなんだろう。
NOTTVもこんな形で、よくわからない人が知らぬ間に入らされてしまっているのだったら、150万突破という数字も信じられなくなってくる。

ということで、続きはツイッターで。



ラジオは赤く燃えるか?~放送落日の詩

遅くなりましたが、2014年、皆さまあけましておめでとうございます。
私、今年から大阪守口市にあるコミュニティFM、FM HANAKOさんの選曲をお手伝いすることになり、昨日生放送に立会ってまいりました。
やはり野に置けレンゲ草と言いますか、私には現場が一番似合いますね、偉そうに放送論を語れるような器量はないような気がいたしました。
とりあえず週一で放送に関わらせていただきますが、さて、いつまで使ってもらえますやら。
貴方は来週から要りませんと言われないよう、地道にコツコツ頑張って行くつもりです。
今年もブログともども、お引き立てよろしくお願いします。


ということで、新年一発目に私は総務省が昨年12月27日に発表した「放送政策に関する調査研究会」第二次取りまとめ(案)をまず紹介してみようと思います。
いわば、今のラジオへの引導が渡された瞬間とでも呼ぶべき文書だと思った内容です。

本研究会の第一次取りまとめ及び放送ネットワークの強靱化に関する検討会の中間取りまとめにおいて指摘されているとおり、民間放送事業者の経営状況は厳しい環境にある。
特に、ラジオは、広告市場が長期継続的に減少する中で売上高の減少が続き、ピーク時の約半分の水準となっている。今後も大幅な改善は期待しにくいため、現状、先行きの見通しともに、極めて厳しい経営状況にあり、テレビと比較して切迫した状況にあると考えられる。
テレビについても、売上は現在「一息ついている」状況と考えられるが、リーマンショックのような大きな経済ショックがあった場合に、経営が急激に悪化する可能性も否定できないなど、先行きに不透明感も漂っており、デジタル化による伝送路・デバイス間の競争激化なども踏まえれば、テレビの経営状況も引き続き厳しくなっていくものと予想される。

どうです、放送関係者には絶望感を与えかねない表現ではないでしょうか。
これからもラジオの経営は厳しい、切迫しているというのですから、いくらラジオ局のエライさんが「今年は増収増益のめどが立ち始めている」なんて記者発表で語ろうと、そんなの信用できんと役所から言われているようなものですからね。
何とか、黒字のメドが立ったとか、こういう分野で売上が伸びているとか言っても、所詮ラジオはもう終わりなんだと国から断定されたら、さて当事者の方々はどんな気分なんでしょうね。
しかも返す刀で、テレビだって安泰じゃないよ、ラジオよりましだという状況なだけで、メディアとしての限界は見えているのだからとまで断定されていますしね。
テレビは一息ついているだけだそうですよ、○○テレビさん。


広告媒体としてのわが世の春はテレビもラジオも終わり、そう言っているような気もしますね。
テレビはそこまで悪いとは私は思えないのですが、ラジオは確かに経営の土台は揺れていますね。
とにかく、今のラジオが利益を出せているのは、極端ともいえる合理化の賜物で、業界全体としては下方スパイラルから抜け出せない状況にあることは事実でしょう。
いわゆるシュリンク過程に入ってしまったメディア=ラジオなのですから。
これが今はやりのベンチャー業界なら、とっくの昔に廃業している放送局が多いはずですが、そこはやはり長い歴史を持つラジオ業界です。
今までの有形無形の遺産があり、だましだまし何とか事業を続けることはできてきました。(独立系の強いバックを持たない新興局は幾つか潰れてしまいましたが。)
しかし、その遺産もいつまでも持ちません、10年後、果たして今のラジオの秩序はどうなっているのか、正直あまり明るい未来は語れそうにありません。


で、今回の表題にある「ラジオは赤く燃えるか?」ですが、これは「Radio is red hot!」から来ています。
それについては、私の別のブログの2005-11-15「さびしい人々」でこう書いています。

アメリカで「Radio is red Hot!」キャンペーンというのがあった。
ラジオは赤く燃えているとでもいうのだろうか。
日本のラジオ業界でも80年代に「RED HOT RADIO」キャンペーンをやったのだが、ほとんど話題にもならず終わったことがある。
日本のラジオが赤く燃えることはないのかもしれない。
ラジオは暖かさであり、愛情である。
その気持ちを忘れたとき、大衆から相手にされなくなる。

ラジオは淋しい人々に語りかけるメディアとこの欄では書いているのですが、詳しいことは一度リンクをクリックして読んでいただければと思います。
ついでに、2006-03-17「Radio is red Hot キャンペーン」にも関連情報を書いていますので、こちらもよろしく。


さて、そこにもあるように80年代に入ってラジオの勢いが落ちてきていたのか、民放連は「RED HOT RADIO」キャンペーンを展開、アメリカの成功例を引き合いに出し、広告業界にもっとラジオをアピールしようとしたわけです。
私も当時は営業担当だったので、RADIOという字がそのままラジオになった赤い受信機をクライアントに配って歩いたりしました。
アメリカではラジオはホットなメディアなのです、日本のラジオも同じ、若者を巻き込んでどんどん熱く燃えていますとアピールしたものです。
反応は、冷やかなものでしたが。
つまり、日本のラジオのキャンペーンって、どこかずれているんです。
継続中の民放ラジオ 統一キャンペーン「ラジオがやってくる!」もそうですし、例の首都圏ラジオ7局スーパープッシュとやらも同じです。(9月に1曲選定して以来、その後どうなったんですかね?)
そんなのやって、どうするのという話です。
業界の自己満足ではありませんか、ラジオのスタッフはそれを通じてどれだけ自分の心の中の炎を燃やしました?


ラジオって、もっと燃えるための素材が必要なんですね。
中にいる社員は、もはや燃えるためのエネルギーを失いつつあります。
燃えにくい素材で何とか燃えようとすれば、滑稽な一人芝居が始まるだけなんです、それが今の現状なんではありませんか。
ラジオはもっと燃えなくちゃ、そのためのソリューション、どれぐらいラジオの内部で提案されているのでしょうか。
その結果が、マルチメディア放送じゃ、誰も燃えようとは思いません、違いますか、関係者の方々。
瞬間的に燃えて終わりみたいなイベントを何度繰り返そうと、永続的に燃える材料にはなりません。
ラジオは、もう一度燃えないといけないと思うのなら、本当に燃える環境をまず作り出さないといけません。
そのために何が必要か、それを真剣に考えることから始めてほしいと痛切に願います。